4 背中に悪魔の翼が生えてきました
こ、腰が痛い。下腹部には鈍痛がして上手く力が入らない。その原因を考えて、すぐに昨夜の事を思い出す。
あの魔王様、大事にするって言いながら私が意識を飛ばすまで容赦なく抱き続けた。初めてだったのに……命がある事に喜べばいいのか、意味も分からず散らされた純潔を嘆けば良いのか分からない。
「アリア様、お目覚めになられたのですね」
クラシカルなエプロンドレスを身につけた、金髪の綺麗なお姉さんが嬉しそうに背中の白い翼を羽ばたかせながら駆け寄ってきた。
性別によって翼の色が違うのだろうか? 魔王様も私を城まで運んでくれたヴェルディさんも羽根は黒かったし。
「お初にお目にかかります。これからアリア様のお世話をさせて頂くマリエッタと申します。分からない事があれば、何なりと聞いて下さいね」
私の両手をぶんぶんと上下に振りながら、マリエッタと名乗った綺麗なお姉さんはキラキラと目を輝かせてそう言った。
「あの……マリエッタさんは何故私の世話を?」
小さな赤子じゃないのだから、自分の事くらい自分で出来る。
「アリア様、どうか私の事はマリエッタと呼び捨て下さい」
途端に悲しそうに顔を歪めてそう懇願され、ノーとは言えなかった。
「わ、分かりました。それでマリエッタ、何故貴方は私の世話を?」
「私の家系は代々王妃様のお世話をさせて頂いております。その役目を今か今かと待ちわびて三百年、やっとその時が来たのです!」
「さ、三百年も?! それに王妃様って……」
「勿論、アリア様の事ですよ。昨晩、私達の主、魔神国の王ベルフェゴール様と契りを交わされたと知らせが入り、いまや国中が歓喜にわいております。私もその知らせを聞いて今朝方、急いでこちらに参上した次第です」
「いや、あの……私は生贄としてこちらに……」
「生贄……? アリア様、我々魔神国の悪魔は人を食べたりなどしません」
「そうなんですか?!」
「隣接する龍神国と鬼神国もです。ただ、馬鹿舌の獣神国と知能の低い下等種の悪魔だけは未だに人間を食する文化があるようで、本当に野蛮ですよね。滅びてしまえばいいのに」
は、初耳だ。悪魔の世界に、そんな事情があったなんて。私の住んでいたエルグランド王国は大きな石の壁で囲まれていて、悪魔が入って来れないように結界が張ってある。その周りを恐ろしい異形の形をした悪魔がたむろっていて、外に出たら問答無用で食べられる。
それが私達人間の共通認識だった。勿論、外の世界になど出たことはない。ただ、出た人がどうなったかは見たことがある。
大きな石壁には、生贄を捧げるために通る正門と呼ばれる大きな門と、外へ不要物を投げ捨てるために使う裏門と呼ばれる小さな門がある。
その裏門から、容赦なく外に投げられる亡くなった人の体。門を出たその瞬間、異形の悪魔が奪い合うようにそれを貪るのだ。一度その現場を目撃して、衝撃でしばらく眠れなかった。
「名誉の花嫁や花婿としてこちらに送られた人々は皆、魔族へと転化し元気に暮らしていますよ。ただ獣神国に送られた方は、どうなってしまったのか分かりません。従来通り食べられてしまったか、無理な転化をさせられているかその後について何も情報が入って来ないので分かりません。元々あちらには取り決めで罪人しか送られない事になっていますし、自業自得ですよね」
「魔族への転化って、何ですか?」
「悪魔の体液を体内に取り入れ続けると、人の身体は悪魔へと変化します。アリア様もほら、背中にお可愛らしい翼が生えてきてますよ」
そう言われて背中に手を這わせると、昨日まではなかったモサモサしたものがある。
「一晩でここまで生えてくるなんて、昨日はかなり激しい夜を過ごされたようですね」
昨夜の事を思い出し、一瞬で茹で蛸のようになった。確かに何度もキスされたし、熱いものを注がれたけど……思い出したら無性に恥ずかしくなってそれ以上考えるのを止めた。
「アリア様、お食事と湯浴みの準備が出来ておりますが、まずはどちらからなされますか?」
「お風呂を……お借りしたいです」
洗いたい。とりあえず色んな所をくまなく洗い流したい。記憶ごと綺麗さっぱり洗い流せたらいいのに。
「かしこまりました。ではこちらへ」
浴室へと案内され、そこに置いてある大きな鏡で全身に付けられた赤い印を見て思わず発狂しそうになった。
「お身体お流しします」と入ってきたマリエッタには、その身体を見られて「あらあらまぁまぁ、お若いって素晴らしいですわ」とにまにま笑われるし。
「後で目立たなくするクリームをお持ちします。でもそうしたらベルフェゴール様が寂しがるかしら?」
そう言って首を傾げるマリエッタに、絶対持ってきて下さいと懇願した。
服で隠れる部分ならまだしも、首とか腕とか足とか、全身虫に刺された残念な人みたいになってるから、隠せるなら隠すにこしたことはない。