2 死に装束はウェディングドレス
死に装束が花嫁衣装なんて、とんだ失笑ものだ。どうせ食べられて終わりなのに、着飾る必要がどこにあるのか。
そんな無駄な税金を使うなら、もっと孤児院の皆に美味しい物でも食べさせてあげたい。この一着を売れば、一晩ぐらい贅沢な晩餐が出来るはずだから。
当たり前で平凡な日々を送れることが、どれだけ幸せなことだったのか。今になってよく分かった。
そんな事を考えながら、馬車に揺られてひたすら街道を走っていた。窓の外では、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが真っ昼間から行われている。
悪魔様に生贄を捧げるための祝いの宴。家畜である我々下等種族の人間が、高等種族の悪魔様の仲間に加えてもらえるめでたい日だということらしい。
食べられて、悪魔の血肉の一部となる。それのどこがめでたいことなのか。その理不尽さに苛立ちを募らせても、この世は弱肉強食だ。弱者は逆らうことさえ出来やしない。
赤い手紙を受け取った時点で、人としての権利も失う。それを無理矢理放棄しようものなら、見せしめとして家族や恋人、友達など親しい人が犠牲になる。本当に腐った世の中だ。
窓から外を眺めている気分にもなれなくて、私は目を閉じた。最後にこの景色を目に収めておきたいとか、微塵も思わない。
ただ孤児院の皆とルシファー様の事だけが心残りだけど、今更私に出来ることもない。この命で皆の安寧が守られるのなら、そう考えると少しだけ心が安らいだ。
決して近づいてはいけないと言われていた、外の世界と中の世界を繫ぐ門。その前で馬車が一旦止まった。
「名誉の花嫁様、こちらをどうぞ。聖杯でございます」
名誉の生贄様の間違いだろと心の中で悪態をつきながら、聖杯を受け取った。普段、平民が口をつける事さえ出来ないたかーいお酒。最後に慈悲を与えてくれるとは、とんだ無駄遣いだ。
冥土の土産にそれを味わった瞬間、頭がぼんやりとしてきて意識が朦朧となった。どうやら逃げ出さないよう薬が仕込まれていたらしい。
「ご武運をお祈りしております」
にんまりと口の端を緩めながら、聖杯を渡してきた女が言った。
どの口がそんな戯れ言をほざくのか。ああ、やっぱりこの世界は嫌いだ。最後の最後まで裏切られる。そんな事しなくったって今更逃げやしないのに。苛立ちを抱えながら私は意識を手放した。
◇
眠っていたのでどれくらいの時間が経ったのか分からないが、気がつくと空は暗く染まっていた。
窓から辺りを窺うと一目でここが外の世界なのだと分かった。見たことのない何とも奇抜な町並みに、角と羽根を生やした悪魔の姿がチラホラ見える。流石に魔王に捧げられる生贄に手を出そうという馬鹿な悪魔はいないらしい。逆に馬車に向かって頭を垂れている。
どんちゃん騒ぎしていた薄情な同類より、よっぽどマシに見えるのは何故だろう。
それからしばらくして、カタカタと穏やかな音を立てて回っていた車輪の音が止んだ。どうやら目的地についたようだ。
「到着です。使者が参りますので少しお待ち下さい」
私が馬車から降りると、役目は終わったと言わんばかりに、御者のおじさんは来た道を引き返してゆく。
一人ポツンと放置された。使者が来ると言っていたし、待つとするか。
目の前にある立派なお城を見上げると、首が痛くなった。あの中に魔王様とやらがいらっしゃるらしいけど、城を囲むように深い谷がある。とても飛び越えていけるような幅じゃない。どうしたものか。
その時、バサバサと翼のはためく音が聞こえて城の上部から誰かが飛んで降りてきた。
「ようこそお越し下さいました。名誉の花嫁様。ヴェルディと申します。以後、お見知りおきを願います」
ヴェルディと名乗った悪魔の青年は、私の前で品良く腰を折った。ウェーブのかかった濃い緑色の髪が、それに合わせてさらりとこぼれ落ちる。
馬車の窓から外に居る悪魔を見てひそかに思ってたけど、知能のある悪魔はみんな美形なのだろうか。このお兄さんも含めて、顔面偏差値が高すぎる。
「アリアです。よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶された手前、こちらも礼にならって返した。そんな私を見て、ヴェルディさんは優しく微笑んでくれた。
「我が主、魔神国の王ベルフェゴール様がお待ちです。僭越ながら失礼致します」
そう断りを入れて、ヴェルディさんは私の背中と両足の膝裏に手を回すとそのまま抱えて飛んだ。
感じたことのない浮遊感が怖くて、咄嗟に彼の服を掴んでしまった。今から死ににいくのに、今更こんな事で怖がるなんて。そんな自分が馬鹿らしく思えた。
「大丈夫ですよ。貴方を落とそうものなら私の首が飛びますから。そんな馬鹿な真似はしません」
首が飛ぶとか笑って言わないで欲しい。でも、それくらい殺気盛んな魔王様ならひと思いに殺してくれるだろう。
最上階の部屋にある立派なバルコニーで降ろされた。中に入るよう促され、室内へ足を踏み入れる。










