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1 死への招待状

 人間は悪魔に飼われた家畜だ。


 定期的に生贄を差し出さなければ、悪魔が支配する過酷な世界では生きていく事もできない。


 一年に一度、悪魔に捧げられるため、四人の生贄をのせた馬車が街道を走る。


 生贄は罪を犯した者から優先的に選ばれるが、それでも人数が足りない場合、高貴なる者の安寧のために、数多の下民が犠牲になる。


 同じ家畜でも、その血筋によって優劣がはっきりと決められているのだ。


 王家の家紋が施された赤い手紙。

 中に入っているのは死への招待状。


 王令によるその召集令状を受け取った者は、決して拒否することは出来ない。


 男なら名誉の花婿。

 女なら名誉の花嫁。


 大変光栄な役目に選ばれましたと、陳腐な言葉で褒め称えられたその紙切れ一つで未来がなくなるのだ。


 高い税金に苦しみながら、毎日汗水垂らして働いて、突然やって来るその赤い手紙によって命を奪われる。


 そうやって理不尽に母を奪われてから、自暴自棄になっていた。 


 この腐った世界で生きるくらいなら、死んだ方がましだと思った。


 衝動的に川に飛び込んで、次第に苦しくなる息に、これで母の元に行けると思った。


 でも、死ぬことは出来なかった。たまたま通りかかった憲兵のルシファー様に助けられたからだ。


「何で助けたりしたのですか?! 余計なお世話です、放っておいて下さい!」


 助けてくれた相手に対して使う言葉じゃないって今なら思うけど、当時の私は本当に怒っていた。

 視線だけで人を殺すことが出来たらきっと、私はルシファー様を殺していたに違いないと思えるほど睨み付けた。


「この世は弱肉強食だ。弱者は自分の望みさえ満足に叶えることは出来ない。邪魔されたくなければ、俺を倒してからにしろ」


 差し出された剣を前に、悔しくて仕方が無かった。弱者は死に場所さえ選べないのかと。


 望みを叶えるため、初めて人に刃を向けた。搾取される側で居続けることをやめて、私は刃向かった。


 もちろん、子供の私が大人のルシファー様に敵うはずはなくて、あっけなくかわされてしまった。

 だけど、少しだけ晴れやかな気持ちになった。我慢して押さえ付けていたものを感情のおもむくまま開放できたから。


 死に場所は選べなかったけど、憲兵に逆らえば罪は免れない。次の生贄にされることは間違いないだろう。

 そう思っていたのに、連れて行かれたのは留置場ではなく孤児院だった。


「死にたがっているガキを、わざわざ死なせるわけないだろ。力が欲しいなら学べ。そうすれば俺を倒す算段ぐらいはたてられるぞ」


 ここにいる子供達は皆、行き場を無くしている所をルシファー様に保護されてきたらしい。


「折角授かった命を無駄にするな」


 そう言って私の頭をグシャグシャに撫でて、ルシファー様は帰って行った。


 決して裕福ではないけれど、食べるのに困ることもない。一緒に食卓を囲んでくれるたくさんの兄妹が居る平穏な日々。独りではないということが、私の心の安寧を保たせてくれた。



 お世話になったルシファー様と孤児院の皆に恩返しがしたくて、自立して半年、町のパン屋さんに就職して一生懸命働いた。


 貯めたお金を握りしめて、孤児院の皆にうちの店で一番人気のカレーパンをご馳走してあげた。外はカリッ、中はふわっと柔らかい揚げパンと野菜と牛肉の旨味をギュッと濃縮したカレー。それらが絶妙にマッチして、とても美味しいと皆満足そうに食べてくれた。


 孤児院を出た後、私はルシファー様の元へ向かった。いつも眉間に皺を寄せて難しい顔をされているルシファー様にも、感謝の意を込めてプレゼントを渡していたのだ。


「これは何だ?」

「日頃の感謝を込めて、そのお礼です」


 おかしい。ルシファー様の眉間の皺をとる作戦だったのに、さらに深く刻ませてしまった。


 プレゼントしたのはマフラー。これから寒くなる季節に向けて、風邪を引かないようにと思いを込めてこれにしたけど、気に入ってもらえなかったらしい。


「返してこい。無駄な金を使うな」

「嫌です。受け取って下さい!」

「どうせお前のことだ。チビ達にも金使って来たんだろ? それにこんなものまで買って、お前は今から一ヶ月どうやって生活すんだ?」

「もう必要ないんです。だから、心配しないで下さい」

「それはどういう意味だ?」


 最後くらい、笑った顔が見たかったのに。本当にこの方は、いつも仏頂面をされている。


 どんな時、心の底から笑って下さるのだろうかと考えて、無駄なことだと思考を停止。

 これ以上ルシファー様の眉間の皺が深く刻まれる前に、私は王印の押された赤い手紙をポケットから取り出して見せた。


「今まで、ありがとうございました」


 押しつけるようにして、私はルシファー様にマフラーを渡して走り去った。


「アリア! ちょっと待て!」


 後ろからルシファー様が何か言いた気に呼び止めてきたけど、別れが辛くなるのが嫌で足を止めなかった。



 世界は残酷だ。


 死にたいと思っていた時には生かされて、生きたいと願った時に殺される。


 私は何のために、()()()()()のだろう。


 いや違う。


 私は何のために、()()()()()のだろう。


 赤い手紙を前に、やはり私はこの世界が嫌いだと心底思った。

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