傀咒葬
「もう1年も学校を休んでいるんです」
そう相談してきたのは市内の中学校に通う水野 絵水さんだった。
なんでも彼女の親友が1年ほど前からずっと学校を休んでいるらしく、その原因が学校側にある可能性が高いというのだ。
「私たちは3年生なのでもうすぐ卒業式があるんですが、彼女はこのまま休むと言っているんです。学校のせいで晴れ舞台にも立てないなんて、ひどいと思いませんか?」
「詳しいことが分からないのでなんとも言えませんが、もし本当に学校のせいで休んでいるのであれば可哀想ですね」
私は言葉を選んで返した。
「なので学校の闇を暴いて、朱音がちゃんと卒業式に出られるようにしたいんです! お願いします、協力してください!」
潤んだ目でこちらを見る少女。私の答えは当然決まっている。
「もちろんです。協力させてください」
その日は私の用事があったので、一時解散となった。
私はここ『なんでも相談所』の所長、上杉 良軌である。絶賛彼女募集中だ。まだまだ働き盛りの35歳だよ〜! ご応募待ってますよ〜!
ここにはさまざまな悩みを持った人達が訪れる。私はその悩みを聞いたり解決したりしている。どんな相談も一律3000円でやっているのだが、来る人によって重い話だったりしょうもない話だったりする。
この前「膝が痒くて痒くて仕方がないんだけど、爪が汚いから掻けない」というおじいさんが来た時は「手を洗って爪を切って掻きましょう」とアドバイスしたら泣いて喜んでいたし、「自分のおしっこが美味しくない」という少年は「おしっこはそもそも美味しくないんだよ」と教えたら喜んで帰っていったし、基本的にまともな相談者が来ないのだ。
なので今回はとても嬉しかった。彼女の相談は今までにないほど真面目な相談だった。この間は飲み会の予定が入っていたので彼女には帰ってもらったが、今日からはしばらく暇なので頑張っていこうと思う。そろそろあの子が来る時間だ。
「こんにちは」
水野さんだ。今日は学校帰りのようで、制服姿でカバンを持っている。
「お待ちしていましたよ」
「早速なんですが、朱音の家に行きましょう!」
あれ、そういう感じなのか。彼女が持ってきた情報を使って、全部ここで解決するのかと思っていたのだが。まあいいか。
「分かりました。戸締りをするので外で待っていてください」
「分かりました」
学校帰りの中学生と歩いたりなんかしてたら通報されたりしないだろうか。まあ通報されたところでやましいことなど何もないから大丈夫なのだが。
「お待たせしました。さて、行きましょうか」
朱音さんの家はここから徒歩15分ほどのところにあるそうだ。おじさんだからこの炎天下だと15分でも十分堪える。
「で、詳細なんですが⋯⋯」
水野さんは予備知識として、この件について朱音さんから聞いた事をいろいろ話してくれた。
朱音さんは、ある男から性的暴行を受けたのだという。
その男とは、江来 恭史という教育委員会のお偉いさんで、水野さん達が通っている学校の校長を務めていたこともあるのだという。そのこともあってか、月に1度ほどこの学校に見学という名目で遊びに来ているそうなのだ。
彼には黒い噂が絶えず、彼が見学に来た次の日から必ず女子生徒が1人不登校になるのだという。つまり、彼は毎月不登校の生徒を量産しているということになる。
十中八九他の皆も朱音さんと同じことをされたのだろう、とのことだった。
私が「警察に言えばいいのに」と言ったら水野さんは首を横に振り、こう言った。
「あいつ、警察の偉い人と繋がってて、全部揉み消せちゃうらしいんです。他の先生もなにか弱みを握られているらしくて、あいつに逆らえない様子でした」
そういうことか。
「なら私が公表しましょう」
「それもダメなんです。江来のしたことをバラしたら朱音達の家族が全員殺されちゃうんです。そう脅されているんです」
そんな馬鹿な。いくら警察でもさすがに人殺しなんて揉み消せないだろう。
「本当なんです。実際に殺されて揉み消されたケースもいくつかあるみたいなので、迂闊に公表出来ないんです」
もしかしたら、警察の偉い人以外にも何人かと繋がっていて、皆で悪事を働いては揉み消しているのかもしれないな。
ただ、私自体は警察からは特に嫌なことをされたことはないので、そんなに悪いイメージはついていない。でも悪いことをしていたのであれば私が正義の鉄槌を下す。
そんな話をしているうちに朱音さんの家に着いた。表札には「朱宮」と書いてあり、「宮」の字の下の□がインターホンのボタンになっていた。水野さんが押して話しかけている。
「朱音ー! 信用出来る人連れてきたから、家入ってもいい?」
『絵水がそう言うなら⋯⋯分かった。開けるね』
どちらかというと人相が悪い方の私がいるにも関わらず、すんなりと鍵を開けてくれた。水野さんをよほど信頼しているようだ。
水野さんが今までどれだけ彼女の力になってきたのかを想像したら、少し涙が出てきてしまった。感動ではなく、自分が中学生の頃に友だちが1人もいなかったことを思い出したがゆえの涙だった。
「初めまして、あなたのことは水野さんから聞いています」
「え、あ、あの⋯⋯ごめんなさい!」バタン!
閉められてしまった。
「朱音はあれから男性恐怖症になってしまっていて、お父さんとも距離を置いているそうなんです」
お父さんは知っているのだろうか。私は娘どころか結婚もしていないが、もし娘がそんな目に遭わされたら犯人を殺してしまうだろう。
「すみません、あれから男性恐怖症になってしまっていまして。少し落ち着いたのでもう大丈夫です。どうぞ、お上がりください」
「それさっき聞いたよ。お邪魔します」
「先生、それ余計なひとことですよ」
注意されてしまった。私は相談を受けている時に時々余計なひとことを言ってしまうことで有名なのだ。おそらくクチコミで広まったのだろう。生きづらい世の中だ。
そういえば私はよく先生と言われるが、理由が分からない。学校の先生でもなければ病院の先生でもないのに。ただの相談所のおっさんなのに。
「⋯⋯⋯⋯」
朱音さんはただ俯いているだけで、なかなか口を開こうとしない。
「大丈夫、この人は力になってくれるって言ってたから。信用していいから。ほら、朱音」
「⋯⋯実は私、江来から性的暴行を受けたんです」
「それもさっき水野さんから聞いたよ」
「先生!」
水野さんが怒っている。また余計なひとことだとでも言いたいのだろうか。私は効率を考えただけだ。すでに聞いた話をもう1度聞いても時間が無駄になるだけだろう。
「このことを誰かに喋ったら、その人が死ぬよって脅されてて、誰にも話せないでいるんです」
「親友の私にだけは話してくれたんです」
それって水野さんは死んでもいいって思われてるんじゃね? それか誰にも言わないって約束してくれると思ったから話しただけなのだろうか。これ言うとまた余計なひとことって怒られるよな⋯⋯そんなんじゃ済まないか。
「家族にはなんて言ってるんですか?」
無難な質問をしてみた。
「親戚の中では私はただの引きこもりという認識です。なので両親が働きに出ている間にこうしてたまに絵水と会ってるんです」
あんな酷いことをされたのに、1番の味方である両親に話すことが出来ず、自分は引きこもりを演じることしか出来ないなんて⋯⋯不憫すぎる。
「それだと朱音さんが可哀想じゃないですか。全部1人で、いや、水野さんと2人で背負って。ご両親にだけ話してみたらどうです?」
「それだけはダメです。両親は私を愛しているので、あんな話をしたらすぐに江来を殺しに行ってしまうと思います。あんな危険な男に家族を近づかせたくないんです」
優しさゆえか⋯⋯
「なんとかしてハッピーエンドを迎えられるように頑張りましょう!」
私は元気な声で言った。今まで言ってなかったけど、めっちゃ空気が重いのよ。朱音さんはたまに涙流すし、水野さんも私にプレッシャー与えてくるし、こんな空気吹き飛ばしてやれ! って思って元気な声出したの。
結局私が無理やり締めたことでお開きになった。
「あの、今日はありがとうございました⋯⋯!」
帰り際に見た朱音さんの顔は、少しだけ明るくなっていたように見えた。
水野さんも相談所に行くというので、また2人で歩いた。しばらく歩いていると、水野さんがこんなことを言った。
「なんで私は水野さんで、朱音は名前で呼ぶんですか?」
あれ、そうだったっけ。なんでだろう。今までの記憶を探ってみよう⋯⋯うん、そうだわ。そうだ、完全に思い出した。
「表札を見るまで下の名前しか知らなかったので、そのまま朱音さんって呼んでました」
「そうですか⋯⋯」
少し不満そうな顔をしている水野さん。年頃の女の子の気持ちはよく分からん。というか人の気持ちは全部分からん。
そんなので相談屋が務まるのかって?
うちに相談しに来る人はね、基本的に自分の話を聞いて欲しくて来るんだよ。だから相談屋ってのは相手の気持ちが分かる人よりも、聞き上手な人が向いてんのよ。まぁ私は余計なひとことを言ってしまうタイプだから聞き下手なんだけどね。
相談所に着くと、水野さんはメモとペンを取り出した。
「これからどうしましょう。明日までに私がやっておいたほうがいいことってありますか?」
そうだった。水野さんは私にプレッシャーを与えたり変な絡み方をしてくるだけの子ではなく、朱音さんを1番心配している親友だったんだ。途中から私の敵みたいになっていたからつい忘れていた。
「そうですね、他の子の証言を聞いてみて、それを照らし合わせてみましょう。なので、不登校になった子の名前と住所、いつから不登校なのかというのもまとめてもらえるとありがたいです」
「分かりました! 頑張ります!」
健気だ。友達のためにあんな巨悪に立ち向かおうとしている。私も3000円もらっただけなのに立ち向かおうとしている。なにやってんだ私は。よく考えたらハイリスク過ぎないか?
でもまぁ、正義の味方っぽいことやってみたかったし、いいか。1回やってみたかったんだよなぁ。正義の味方になれてるかな、私。え? まだだって? そうか。
その日私は浴びるように酒を飲んだ。巨悪が怖かったからだ。飲まないとやってられないよ。
「ガピー⋯⋯ガピー⋯⋯」
「先生! なんで床で寝てるんですか!」
水野さんの声だ。時計を見ると、すでに17時を回っていた。床に空の一升瓶が4本落ちている。どんだけ飲んだんだ、昨日の私。
「いやー、ごめんなさいね、ちょっと寝癖だけ直させてください。ちょっと待っててくださいね〜」
「髪型なんて誰も見てませんよ! 早く捜査の続きを!」
ひでぇ。おっさんが髪型なんか気にしてんじゃねぇ! ってとこか? 最近のJCは怖いなぁ。
「酒くっさ!」
なんか失礼じゃない? まだ会うの3回目なのに、やたら馴れ馴れしくされてる気がする。もしかして私に気があるのか⋯⋯!?
「お酒って美味しいんですか?」
そらもうべらぼうにうめぇよ。と言いたいところだけど、大人としてそれはよくない気がするので⋯⋯
「美味しくないです。飲まなくていいなら飲まないほうがいいので、興味を持たない方がいいですよ」
適度なアルコールは脳を活性化させるともいうが、それはおそらく一時的なものであり、肝臓が受けるダメージが変わるわけではないので、オススメしないに越したことはないはずだ。
「じゃあなんで飲んでるんですか!」
「不登校になった子のリストを見せてください!」
子どものなんでなんで攻撃はめんどくさいので、本題に入ることにした。
「なんで飲んでるのか教えてくれるまでリスト渡しません!」
こいつ立場分かってんのか? こっちは3000円しかもらってないから別にいつやめてもいいんだぞ? なんなら3000円返して追い返すことも出来るんだぞ?
と思ったが、私にも面子というものがあるし、昨日正義の味方になると誓ったばかりなので、なぜ酒を飲んだのかを言うことにした。
「正直、江来や江来の仲間が怖いんです。それでも朱音さん達のために彼らの闇を暴きたい。そう思ったから、恐怖を吹き飛ばすために飲んでいたんです」
「そんなに怖いのに、私達のために⋯⋯先生っ!」
水野さんが抱きついてきた。
「先生っ! ひっぐ、先生⋯⋯!」
泣いているようだ。やはり水野さんも怖かったのだろう。大人の私がこれだけ怖いんだ、中学生の彼女が怖くないわけがない。自分もターゲットにされる可能性もあるのだから。
「よしよし」
頭を撫でてやると水野さんはさらに私をギュッと抱きしめて、堰を切ったように私の胸の中で泣きだした。昨日は汗だくで帰ってきてそのまま飲んで寝たから服臭いだろうなぁ。
「つらかったね、よしよし」
「うわーんうわーん! せんせぇー!」
もっともっとギューってしてきた。もう限界だ。もう、もう我慢出来ない⋯⋯!
「おぇおろろろろろ⋯⋯ ぬぉるゔぇええろぁあ!」
盛大にゲロってしまった。
「えぇえ最悪やぁぁあああああ!」
ゲロまみれの水野さんが泣き叫んでいる。
いや、こっちは日本酒7リットル飲んでるんだぞ。こんなされたらそりゃ吐くよ。中学生でも分かるだろ。あー臭い。くっさ、この臭いでもう1回吐ける自信あるわ。なんだよ吐ける自信って。そんなのあったところで意味なおろろろろろろろろぇぇええええええええええええええええええええええええ
それから10分ほど2人で泣き叫んだ。
7リットルのゲロの上でツルツル滑りながら立ち上がった水野さんが言った。
「今からシャワー浴びてきますけど、絶対に覗かないでくださいね。そういう展開は望んでいないので。シャワーどこですか」
「シャワーなんてありませんよ。ここはただのオフィスですから。生活するところではないので」
「マジかよ」
水野さんは絶望したような顔をしている。
「じゃあ私の家まで車で送ってください。こんなんじゃ外歩けないですよ」
「いや、私免許持ってないんで」
「マジか⋯⋯」
「それより、例のリストを」
「いや、そんな場合じゃないでしょ。先生はどうするんですか。服すごいことになってますけど。まぁ頭からぶっかけられた私よりはマシでしょうけど」
確かにどうしようか。着替えもないし、乾くまで待って、乾いたら歩いて帰るのが1番無難なのかな。
「乾くまで待ちましょう」
「最ッ悪!」
そうは言ったが、水野さんは少し笑っているようだった。怒りを通り越して笑っている可能性もある。
「これがリストです」
朱音さんを含めた19人の名前、住所、不登校になった日付が記された手書きのリストだ。1年生から3年生まで無差別に手を出しているようだ。ただ、思っていたよりは少なかった。毎年常に36人になるようにやっているのかと思っていたが、そうでもないみたいだ。
とはいえ19人が不登校とは問題になってもおかしくないほどの人数だ。1クラスの半分がいないのと同じだからだ。
ていうか、こんなに被害者がいるのになんであいつらはのうのうと生きていられるんだよ。おかしいだろ。神様なんていないんだろ。
しかし、毎月1人ずつ不登校にしていっているにしてはやはり少ない。夏休みや冬休みを差し引いても少ない気がする。
そういえばこれ、なに順なんだ? 見にくいったらありゃしない。とはいえ中学生に大人レベルの仕事をしろと言う気はないので、頑張って舐めるようにじっくり見た。
改めて見てみると、朱音さん以降被害者が出ていないことに気がついた。朱音さんが江来に暴行を受けてから1年ほど経っているが、彼女よりあとの日付の被害者がいないのだ。
「水野さん、江来は朱音さんを不登校にさせてからは1度も学校に来ていないんですか?」
「え? 毎月来てますけど⋯⋯」
ここ1年はおとなしく我慢しているということか? それまで毎月少女を犯していたクズ人間に、そんなことが出来るものなのか?
「朱音さん以降に被害者は出ていないのですか? もしかして、このリストが間違っているとか?」
「いえ、ちゃんと調べたので1年分も抜けているということは有り得ません。自分でリストを作っておいてアレですけど、全然気が付きませんでした。他のクラスのことはそこまで把握していなかったので⋯⋯」
「けっこうアホだな」
「えっ」
しまった、声に出てたか。たまに思ったことが勝手に出てくる時があるんだ。
「いや、すみません。間違えました」
「確かにアホかもしれませんけど、これに気が付かなかったのは、今までそんなに見ている時間がなかったからというのもあるんです。作り終わってすぐにここに来ましたから」
そうか、私もじっくり見てようやく気付いたくらいだし、あまり見ていないのなら気付かなくても仕方がないかもしれない。
「ごめんなさい」
「いいですよ」
ちゃんと謝った。最近は謝れない大人が本っ当に多いが、私は馬鹿だと思われたくないのでちゃんと非を認めて謝るのだ。
「んで、これってどういうことなんですか?」
かれこれ1年間もおとなしくしているという江来の行動の意味が分からないという水野さん。私もどういうことなのかは分からないが、分かることも少しだけある。
「おそらく江来が朱音さんに暴行をした日から1ヶ月の間に、何かがあったのでしょう。江来が毎月の恒例行事を行えなくなる『何か』が」
「あの、行事とか言わないでください。彼女達は本気で悩んでいるので」
「すみません、言葉を間違えました」
「やっぱり先生って良い人ですね」
今の流れのどこで良い人だと思ったのだろうか。
「私の周りの大人はみんな偉そうで、中学生になんて謝らなくていいと思ってるんですよ」
嬉しいけど、そのくだりはさっきやったんだよな。私の心の中で。
そういえば、この子はなんで私のところに相談しに来てくれたんだろうか。
「水野さん、こんな重大な話をなぜ私にしようと思ったんです? バラされたら終わりって言ってたのに」
「先生のことは友達から聞いていたんです。私の周りには先生に救われたっていう子がたくさんいるんですよ」
マジ?
マジ?
めっちゃ嬉しいんだけど。
「早希ちゃんもこの前来た時優しくしてくれたって言ってたし」
早希ちゃん⋯⋯
あの眉毛にガムがくっついて取れなくなった子か。結局取れなくて眉毛全部剃ったんだよなぁ。
「愛里ちゃんは先生のことすごく褒めてた。臭い以外は最強だって」
愛里ちゃん⋯⋯
小麦粉の袋を開けたらその弾みで全部舞っちゃって、やけくそになっていろんなものを部屋中に散らかしまくった子だな。「引っ越せ」ってアドバイスしたんだよなぁ。
確かその時はちゃんと風呂入ってたし服も洗濯してあったと思うんだけどな。それでも臭かったのか。
「彼氏の満男くんも話を聞いてもらってスッキリしたって言ってたし」
満男くん、めっちゃ覚えてるわ。お母さんが中々変わった人で、食べ残した唐揚げを封筒に入れて持ち帰る人なんだよね。それがめちゃくちゃ恥ずかしかったらしくて、誰か知らない人に聞いてほしかったんだって。
ていうか満男くん、この子の彼氏なの!?
「水野さん彼氏持ちなのかよ!」
「え〜〜〜もしかして私の事狙ってました〜?」
は?
「誰がゲロまみれのガキなんか狙うもんか!」
「お前のせいだろうが! 話に夢中になっててゲロまみれなの忘れてたわ!」
なんで中3の小娘が私にタメ口なんだ。
「乾いたから帰る! あばよ!」
「えっ、ちょっと!」
呼び止めたが、聞こえていないようでそのまま走り去っていった。女子中学生って「あばよ」って言うんだな⋯⋯
さて、江来がおとなしくなった理由を考えるか。今から約1年前から1ヶ月。その間に『何か』があったということはほぼ確定していると考えていいだろう。そうでもなければ悪行をやめるとは思えない。
今でも毎月学校には顔を出しているようなので、逮捕された訳ではない。病気で入院しているという訳でもない。ということは⋯⋯
ちんちんが元気にならなくなったとか?
いや、それでも普段から写真を撮ったりいろいろ触ったりしていたのだから、ちんちんが元気だろうが元気でなかろうが関係なく犯行には及ぶだろう。
もしかしたら、揉み消すことが出来なくなったのではないだろうか。過去に起こした事件が多すぎて、これ以上は隠蔽出来ない、というところまで来ていたのではないか。
それか、隠蔽工作をしてくれる人物との繋がりが切れたか。もしそうなら、何か情報が転がっていないだろうか。
とはいえ、今分かっている情報が少なすぎるので、それに関する情報も探しようがない状況だ。とりあえずGoogle先生に頼ってみるか。
『江来恭史 悪いやつ』
検索してみるとページが山のように出てきた。ほとんどのページが匿名掲示板サイトであったが、書き込まれている内容は朱音さんの話と一致していた。匿名って確か警察が頑張ったら個人特定出来るんじゃなかったっけ? みんなよく書くなぁ。
しばらく見ていると、こんなページを見つけた。
『【朗報】江来恭史、終了のお知らせwww』
釣りの可能性もあるが、一応見てみる。日付は約1年前。これはもしかしたら、大きな手がかりになるのでは?
『大野警視総監が首吊り自殺をしたことにより、約30校の小中学校で少女を犯しまくって隠蔽してもらっていた江来の犯行が止む』
ツッコミどころ多すぎないか?
全然隠蔽出来てないじゃん。捕まってないだけで、全然隠蔽出来てないじゃん。
でもあれか、捕まらずに好き勝手やれるなら、こういった世間の声なんてどうでもいいということなのだろうか。
んで30校って、おい。月イチかと思ったら毎日やってたのかよ。江来って今年で65歳だろ。元気すぎるぞ。
江来のツッコミに夢中になっていたせいでスルーしていたが、そういえば去年警視総監が亡くなったんだった。彼も黒い噂があったにはあったが、そこまで騒がれていなかったはずだ。
息子が全裸で社内で暴れたあと商店街で大暴れして、パトカーを奪って超暴れしたのを警視総監の権力で揉み消したという話が有名だったが、内容がぶっ飛びすぎていたため、信じる者は少なかった。
しかし警視総監が1枚噛んでいたというのは本当だったんだな。彼が亡くなった途端に犯行が止まったのがなによりの証拠だろう。
それにしても、警視総監はなぜ自殺をしたのだろうか。権力もあって無敵なはずの人間が、なぜ自殺を⋯⋯
時計を見ると夜9時を回っていた。熱中しすぎていたようだ。
私はとりあえず今調べたことをメモにまとめ、帰路についた。
帰り道にクリーニング屋に寄ったら「ゲロはダメです」と言われて追い返された。なんなんだよもう。
翌日水野さんにあのことを話すと、彼女はとても驚いた様子を見せた。
「盲点でした! まさかネットでこんなに言われていたとは! あれだけバラしたら殺すと脅していたので、ネットに書いたらすぐに殺し屋みたいなのが来るのかと思っていましたが、これだけ数が多いと対処しきれないんでしょうね」
これでも捕まらないんだもんな。権力ってすごい。
「そういえば、明日学校に江来が来ます」
「なんだって!?」
「いや、そんなに驚かなくても。未だに毎月来てるって前に言ったじゃないですか」
そっか。でも、ネットで噂になっている極悪有名人がこんな近くの学校に来ると思うと、すごいことに感じてしまう。
「明日私も学校に行って、江来をひと目見てみたいな」
「無理です。来たら不審者扱いされますよ」
「先生達にお願いしてみるのは? 一応捜査のためなんだし」
「先生達も江来に逆らえないんですってば」
「つるんでた前の警視総監が死んだのに?」
「はい、それでも教育委員会の重鎮ではあるので」
なにか方法はないものか⋯⋯
ちょっと待てよ? 江来の犯行が止まったのならもう我々は何もしなくてもいいのでは?
これ以上何をすればいいというのだろうか。
「水野さん、江来の犯行が止まったことが分かった今、我々は何をすべきなのでしょうか」
「そりゃ江来を酷い目に遭わせるんですよ。あいつが学校に来てる間は朱音に平穏は訪れないんですから」
酷い目ってなんだろう。逮捕か? そういえば何で江来は逮捕されていないんだ? 警視総監が亡くなってから1年が経つのに、誰も声を上げていないのか? それとも、捕まらないように最低限の隠蔽をしてくれるような仲間がまだいるのか?
もしかして、新しい警視総監も仲間なのか? いや、もしそうなら今も犯行が続いているはずだ。
そもそも江来も偉いんだったな。コネだけでなく、本人の権力もなかなかに強いはずだ。だがやはりそれだけでは犯罪を揉み消すことは出来ないはずだ。
よく考えたら江来の噂はネットの噂でしかないから、それを証拠にするのは不可能なのではないか。ほぼ全員が匿名で書き込んでいるし、証拠写真もない。
「先生、用務員のフリをして潜入するっていうのはどうですか?」
水野さんはずっと考えてくれていたようだ。
「グダイディーア」
「えっ?」
「ネイティブの発音よ」
さて、用務員っぽい服を買いに行くか。相談料の3000円が消えてなくなってしまうが、私は正義の味方だから気にしない。日本酒も全部で1万円分くらい飲んだけど気にしない。全部ゲロで出したのは気にする。
「今から朱音の家に行こうと思うんですけど、先生も行きませんか?」
「分かりました、行きましょう」
朱音さんに江来が犯行をやめたと伝えたら何か変わるだろうか。それとも、江来が元気に生きているうちはまだ心の傷が癒えないのだろうか。
1度通った道だからか、今回は早く着いたように感じた。この前と同じようにインターホンを鳴らし、水野さんが話しかける。
「こんにちは、朱音さん」
「先生、絵水、こんにちは。なんか2人とも距離感近くなってません?」
やはりだいぶ明るくなっているな。
「ゲロかけあった仲だからね」
「いや、一方的にかけられたんですけど?」
「ふふ」
35歳と女子中学生がしてはいけないような話を聞いて微笑む朱音さん。
「というわけで、江来の犯行は止まったみたいなんだけど、朱音はそんなんじゃ気が済まないよね」
誘導尋問のようにも感じるが、朱音さんは本音を話しにくいタイプなのだろう。だから水野さんがアシストしている。
「酷い子だと思われるかもしれませんが、あいつが酷い目に遭わないと気が済みません。多分他の被害者も同じことを思ってると思います。あんなことされたんですから⋯⋯」
あんなこと。そうだよな、あんなジジイに無理やりされたんだもんな。
「復讐したいです! 先生、協力してください!」
復讐は何も生まない、生むとしたら新たな憎しみだけだ。という考え方を押し付ける大人がいるが、私はそうは思わない。
やられたことに対してやり返すのは当然のことだからだ。ターン制のゲームで例えると分かりやすい。江来のターンで奴が攻撃してきた。だから次はこちらのターンでやり返す。復讐を止めるとしたらその後で、江来のターンで終わらなければならない。そうでなければ不公平なのだ。
「復讐しましょう。復讐には少し自信があるんです」
サルカニ合戦という有名な復讐劇があるが、実はあの復讐劇はカニに相談された私の先祖が考えたものなのだ。その血を引いている私にかかれば、すぐに江来をギャフンと言わせる復讐劇のシナリオを作れるはずだ。
「明日学校に江来が来るそうなので、とりあえず偵察に行ってきますね」
「ありがとうございます。お願いします」
朱音さんは初めて会った時より積極的に話してくれるようになった。もしかして私に気があるのか?
それから談笑しながら少しレーズンと甘納豆をつまんで、お暇することになった。
帰りも前と同じように水野さんと相談所へ向かう。
「明日緊張しますね」
水野さんが不安そうな顔をして言った。
「そうだね」
私も不安だった。
「先生、最近タメ口混ぜてきますけど、何でですか?」
え、ダメなの? 私35歳なんだけど。
「君よりだいぶ歳上なんだし、よくない?」
「私は客ですけど」
私は客を上だと思ったことは1度もない。対等であるべきだと思っている。対等で私の方が歳上なのだから私の方が敬われるべきだろう。
でもうるさいので落とし所を決めねば。
「じゃあお互いタメ口でいいんじゃない?」
「分かった!」
水野さんが久しぶりに明るい笑顔を見せてくれた。久しぶりというか初めてかも。
そんな話をしているうちに相談所に着いた。
「んじゃまた明日」
「はい、また明日ー」
結局用務員っぽい服を買わずに次の日を迎えてしまった。でもいいのだ。普段から用務員っぽい服着てるから。
モップやほうきを持って学校に入る。時間が遅かったからか、門には誰もいなかった。しめしめ。って泥棒みたいじゃないか私。
水野さんの教室の廊下まで来てみたが、江来の姿はまだ見当たらない。何時頃来るのだろうか。それともすでに来ていて、職員室にでもいるのだろうか。
「お疲れ様です〜」
後ろから声が聞こえた。振り向くと、江来がいた。
「お疲れ様です」
私も挨拶を返して、モップをかけるふりをした。こうしてみると普通に良い人そうだが。裏のある人間は怖いなぁ。
江来は水野さんの教室に入っていった。窓から少し覗いてみる。どうやら今は国語の授業中らしい。江来は教室の隅に立っている。まさに見回りに来たお偉いさんといった感じだ。
江来は大人しく立っているだけで、特に何をする様子もない。当然といえば当然か。犯行はすでに止まっているし、やっていた時もこんな昼間から生徒を連れ去ったりしないだろう。やるとしたら放課後だろうが、今日もやらないだろう。
私は暇になったので、しばらく廊下の壁を爪でへこませて遊んだ。30分ほど経った頃だろうか。
「ひぃっ!」
水野さんの教室から男の声とガシャンという音が聞こえた。すぐに駆けつけて見てみると、教室の真ん中あたりで江来が尻もちをついていた。
「あっ⋯⋯あっ⋯⋯!」
教室の後ろの方を指さしながら尻もちをついたまま後ずさりしている。腰が抜けてしまっているのだろうか。
「あっ⋯⋯あっ⋯⋯!」
カオナシよろしくあっあっと呟く江来の目は、明らかに異常な瞳孔の開き方をしていた。ガキンチョが描くような、まさに白と黒だけのツートン目ん玉だった。
「あれが見えないのか! すぐそばにいるのに! あの赤ん坊が!」
周りの生徒に大声で言っている江来。X JAPANの紅かよと思いながら江来の指さす方を見てみる。
何もない。
「赤ん坊が吊るされてるだろ! 見えないのか!」
江来はそう言うと失禁して口から泡を吹き、意識を失った。やがて集まってきた教師たちが彼をどこかへ運んでいった。保健室か病院か、江来の家か。
「なんだったの今の」
「すごい怯えようだったね」
「いつも『俺は最強!』みたいな態度なのにね」
「ビビりすぎワロタ」
「何も見えないのに」
「僕たちの下手くそな習字が貼ってあるだけなのにね」
「下手なのはお前だけだよ」
クラスの中は騒然としていた。水野さんが私の方を見た。
「あっ」
そう言って水野さんは私の方へ歩いてきた。
「先生がやったの? すごすぎるんだけど、何あれ」
えっ。
「いや、あんなこと出来ないよ。悪いことばかりしてきたから、その罪悪感で幻覚でも見たんじゃない?」
「え、そうなの? ⋯⋯また後で相談所行くから、待っててね」
水野さんはそう言うと自分の席に戻っていった。
果たして江来に罪悪感などあるのだろうか。もしあったとして、なぜ赤ん坊の幻覚を見たのだろう。赤ん坊も守備範囲だったってことか? そんなやついるか? 歳の差65歳だろ。やばいぞ。
「ギャーーーーーーー!」
どこかから叫び声が聞こえる。とても私では出せないような、子ども特有のキンキンする声だ。授業中のはずなのに、騒ぐ子がいるんだな。
「オギャーーーーーーーーー!!!」
先程より大きな声で叫んでいる。どのクラスの子も皆窓から顔を出して声のするほうを見ている。こんなにうるさいと授業にならないだろうな。先生も大変だな。
「アアアアアアアアーーーーーー!!」
あまりにもうるさかったので、どんなクソガキが叫んでいるのかと気になった私は声のする方へ歩を進めた。
階段のところまで行くと、下の方から聞こえていることが分かった。1階降りてもまだ下から聞こえる。もう1階降りてみる。この階だ。ここは1階、1年生の教室がある階だ。何となく男っぽい声なんだよな。1年生だとまだ声変わりしていない子がいるのだろうか。
「オギャーーーーーーーーー!!!」
うるせぇ。
声のする方に行ってみると、保健室に着いた。この中から聞こえる。もしかしたら大怪我をして、その応急処置を受けているのではないか。もしそうだとしたら悪いことしたな。いや、本人には何もしてないけども。
少しだけ戸を開けて覗くと、そこには床に背中をつけて泣き喚いている江来の姿があった。おいおい、大人があんな声出せるのかよ。
「あああああああああうわああああああ!!」
教師数人が宥めているが、江来が暴れすぎていて手に負えないようだ。大人のこんな姿を見られるのは貴重なので、じっくり見ることにした。
それからものの数分で救急車が到着し、江来を連れていった。連れていかれる時もずっと江来は泣き喚いていた。
ここから1番近い病院といえばすぐそこにある西病院だろう。行ってみよう。
私は歩いて病院に向かった。学生時代にでも免許取っておけばよかったなぁ。
10分ほど歩いて病院に着いたものの、江来がどこにいるのか分からない。そうだよな。こんなに広いんだもん。誰がどこにいるかなんて分かるはずないのに、なんで来ちゃったんだろ。
そう思ったその時だった。
「おぎゃああああたすけいえええええ殺されるうううううううああああああ!!」
あのキンキンした声が聞こえた。
私は声のする方へ走った。
「人殺しーーーーー! 人殺しーー!」
人殺しはお前だろ。
小児科の診察室の扉を少し開けて中を見てみると、子どもの肩を押さえる女性と、注射器を持った男性と、泣き喚く子どもがいた。
「ぎゃああああ殺されるーーー!!」
はいはい勝手に殺されてろ。私は忙しいんだ。
さてどうしたものか、江来はここへは来ていないのだろうか。でも見たところ空いているようだし、運ばれたとしたらここだと思うんだけどなぁ。
「ぎぃやあああああああああああ!!」
江来の声だ! 多分。
私は声のする方へ走った。かなり走った。その甲斐あって江来を見つけることが出来た。
江来は緊急外来のところで跳ね回っていた。
「おんぎゃああああああ!!!」
相変わらずうるさい。いったい何があったんだよお前。何が見えたんだよ。
「とりあえず入院させとくか」
「そうですね」
江来は入院するそうだ。こんなうるさいやつ入院させて大丈夫なのか?
私はこれ以上は埒が明かないと思い、帰ることにした。時計を見ると18時。そういえば水野さん、相談所に来るって言ってたな。いつも17時くらいに来るから、だいぶ待たせてしまっているな。いや、さすがにもう帰ったか?
30分かけて相談所に戻ると、水野さんがいた。鬼のような顔をしていた。
「行く言うたやん」
「すみません」
関西人のように怒っていた。私は今日見たことを全て話した。
「そうだったのね! 怒ってごめんなさい!」
さっきまで般若のような顔をしていた水野さんは、いつもの埴輪みたいな顔に戻った。
「でも、入院してるんじゃ復讐出来ないわよね⋯⋯」
「とりあえず退院してくるのを待とう。それまで作戦を練ることにしよう」
「うん⋯⋯間に合うかな、卒業式」
江来のあれがなんだったのかが分からないことには、間に合うかどうかも分からないだろう。退院したとしても、奴を酷い目に遭わせなければ朱音さんは学校に来ない。なかなかハードなミッションだな。
その日はそれだけ話して別れた。
翌朝鼻をほじりながらテレビを見ていると、目を疑うニュースが入ってきた。
江来が夜中に病院を抜け出し、近所の林で首吊り自殺をしたのだ。
早朝に虎の散歩をしていた老人が発見したそうだ。老人の飼い虎により、江来の体の一部が欠損させられていたという。まずこいつを逮捕しろよ。
水野さんはまだ学校だから知らないだろうな。ただ、これで朱音さんの気も晴れただろう。江来が最上級の酷い目に遭ったんだから。
ただ、なぜあいつは自殺を選んだのかが気になる。あれだけ権力を振りかざして悪いことをしていた人間が、自責の念で自殺を図るとは考えられないし、やはり昨日のあれが関係しているのだろうか。
そういえば江来は教室で赤ん坊が『吊るされている』と言っていたな。江来の自殺方法も首吊りだが、何か関係があるのだろうか⋯⋯
それにしても、何かが引っかかる。同じようなことが前にもあった気がするのだ。自殺する理由のなさそうな人間が、権力のある人間がなぜか自殺をするという事件が。
そうだ、前警視総監の事件だ。あの事件も似たような死に方だったはずだ。強い権力を持つ立場の人間が、遺書も残さず首を吊る。
『緊急速報です! 江来氏の遺書が見つかりました!』
遺書あんのかよ!
遺書には大きく歪んだ字で『くびをつる』と書いてあったそうだ。遺書じゃないだろこんなの。どこの世界に5文字の遺書があるんだよ。
とにかく江来と警視総監の事件をもう少し調べてみよう。もっと共通点が見つかるかもしれない。
またGoogle先生に頼ってみると、彼らについての記事がわんさか出てきた。今の時代調べれば何でも出てくるんだな。
江来の記事はさっきテレビで見た内容より深いものはなさそうだった。そうだよな、見つかったばかりだもんな。
警視総監のほうは面白そうな情報が書いてあった。彼も首を吊る前日に発狂していたそうなのだ。彼の周りにいた警察官によると、発狂しながら『赤ん坊が』なんとかと言っていたそうだ。
完全一致ではないか。江来が発狂したことも世間には広まるのだろうか。リアルタイムでのことを知るにはTwitterが1番だと思った私は、Twitterのアカウントを作り、江来と警視総監のことを調べた。
思っていた以上に出てきた。このハートはなんだ? いいねというやつか?
このリサイクルのようなアイコンはなんだ? リツイート? なんだそれ。あ、なんか投稿されちゃった! なにこれ! あれ、今勝手に投稿されたやつってどうやって見ればいいの? もう、Twitter難しすぎるよ!
と苦戦しながらも捜査を進めていく。機械に弱くたって別に死にはしないんだから、ゆっくりやればいいのよ。キーボードも人差し指で1個ずつ押してるけど、不便に感じたことないよ。
江来と警視総監の繋がりについてのツイートは多少出てくるが、死に方が同じという話はあまり出てこなかった。いっちょ私がツイートしてみるか!
この+ボタンを押して⋯⋯次は⋯⋯これか? あっダメだ間違えた! このままだとナミのエロ画像がツイートされてしまう! 削除してっと⋯⋯よし、できた!
『昨日学校と病院に潜入したんだが、江来が「赤ん坊が吊るされてる」とか言って発狂しまくっててワロタwwwwwwwww』
Twitterってこんな感じだろ。紙飛行機のアイコンを押して投稿⋯⋯っと。
ピロリン
すぐに通知が来た。コメントがついたようだ、見てみよう。
『これ、何かの呪いじゃね? 赤ん坊の絡んだ呪いじゃね? 確か一昨年にも首吊り自殺したやついたよな、政治家のあいつ⋯⋯誰だっけか』
なんだこいつ、初対面でタメ口って。育ち悪いんだな。親の顔が見てみたいわ。その前にまずお前の顔を見てみたいわ。
それにしても、呪いという見方があったか。確かに、言われてみればここまで似たことが起きるのは呪いによるものだと考えた方が良さそうだ。政治家の話もそうだ。もし政治家も赤ん坊を見ていたのだとしたら、彼らは同じ人物に呪い殺されたのだと考えていいだろう。
なんてね。呪いなんてあるわけないよな。そんなのあったら私だってやりたいよ。嫌いなあいつが私に1億円渡したあと全裸で交番の前を歩き回る呪いとかかけてやりたい。
「先生、ニュース見た? 江来が死んだって!」
そう叫びながら水野さんが駆け込んできた。
「知ってるし、色々調べたよ。呪いだって言ってる奴もいるみたいだよ」
「呪いかぁ。いろんな人から恨みを買ってるだろうしねぇ。そりゃ呪いの1つや2つかけられても仕方がないよね」
「水野さんは呪い信じてるの?」
「信じてるよ、実際に江来が死んだじゃん」
信じてるのか。たまたまだとは思わないのか。確かに、たまたまというには無理があるか。やっぱり呪いなのか⋯⋯?
「そういえば、江来の机にこんな物が入ってたんだけど」
「江来の机って?」
江来の机があるの?
「江来の机は江来の机だよ、職員室にあるあいつ用の机」
月イチでしか来ないのに机あんのかよ。
「見て、これ」
そう言って水野さんは1枚の紙切れを差し出した。なにやらメモのようなものが書いてある。書かれてから何年も経っているようで、だいぶ汚れていた。
そのメモにはこう書いてあった。
『大野 大五郎
田中 田吾作
小岩 小太郎
佐野 左之助
手塚 手際丸』
警視総監に政治家、有名大学の教授など、どこかで見た事のある名前ばかりだった。
「先生、これなんだと思う?」
大野警視総監に、政治家の佐野⋯⋯
いずれも首を吊って亡くなった人達だ。
「ちょっと調べてみる」
「私も」
調べてみると、全員が亡くなっていることが分かった。しかも全員首を吊って死んでいる。死亡日時が1番古い小岩から順番に毎年同じくらいの時期に死んでいるようだ。
江来の1ヶ月とかこいつらの1年とか、ちゃんと周期があるのがキモイな⋯⋯
「先生Twitterやってたんだ! めっちゃバズってるじゃん!」
バズるってなんだ? Twitterはさっき調べるためにアカウント作ったけど。見てみるか⋯⋯
「ファッ!?」
いいねが6.8万、リツイートとかいうのが2万、リプライが596個もついている。リプライも分からん。コメントみたいなものか。こんなに注目されたのか、あのツイート。
「先生、メッセージ届いてるじゃん」
水野さんが私のスマホを覗いて言った。いきなり覗いてくるの怖すぎる。エロ画像見てたら終わってたな。
「もしかしたらニュース番組が欲しがってるのかもよ」
ニュース番組が欲しがるってなに?
メッセージを見てみると、とんでもない長文が目に入った。
『はじめまして。神木可那美と申します。
いきなりすみません。真っ先に目についたのでメッセージを送らせていただきました。どうかお目通しくださいますようよろしくお願いいたします』
お堅い文章だな。苦手なタイプだ。
『実は、江来が首を吊ったのは私の呪いによるものなのです。私は江来を含め6人の男を呪い殺しました』
いいねがたくさん付くとこういう輩も寄ってくるのか。こわいこわい⋯⋯ん? 6人だと? 6人といえば、あのメモに書いてあった大物達と江来を合わせた数とピッタリじゃないか。もしや本物⋯⋯?
『復讐は果たしたので私はもう死にます。あなたがこのメッセージが読んでいる頃にはもう私はこの世にいないでしょう。そこでお願いなのですが、あなたに私の遺体を発見していただきたいのです』
「⋯⋯なんで?」
反射的に「なんで?」という言葉が出た。文章に対して口を開くことが滅多にない私だが、今回ばかりは頭の中に「?」が浮かびまくっている。
『あなたに真実を知ってもらい、公表してもらって、もう1度バズらせてほしいのです』
バズるって標準語なの? 私が言葉知らないだけ? でもニュアンスは分かるよ、流行るっていうか、ヒットするっていうか、そういうことでしょ?
『○○○○○○○○○。この住所に来てください。あなたを正義の味方と見込んでのお願いです。どうかよろしくお願いいたします』
「⋯⋯行くの?」
不安そうな顔をした水野さんが私に訊ねた。
この神木可那美という女性もおそらく被害者の1人なのだろう。その事実を公表しバズらせることで皆の無念を晴らすことが出来るのなら、私は協力したいと思っている。それに、正義の味方って言われちゃったしね。
「行ってくる」
「待って! 私も行く!」
私は驚いた。しかし、女性の死体のある所へ連れていくわけにはいかない。
「ダメだ。どんな死に方をしているのかも分からないし、危険もある。一生のトラウマになるかもしれないんだぞ」
「それでも先生1人に行かせる訳にはいかないわ! 元はといえば私が先生を巻き込んだんだから!」
水野さんは私の服を掴んで離そうとしない。相当な決意の現れだ。だが、水野さんがなんと言おうと彼女はまだ中学生だ。人の死体を見せる訳にはいかない。
と思ったが掴まれているところの布がブチブチ言い始めたので、私は根負けして彼女の同行を許可した。
地図アプリで調べてみると、そこまで遠くなかったが山奥だったので、タクシーを呼ぶことにした。最近免許を取っておけばよかったって思う場面多いな。
「お客さん、こんな山奥に何しに行くの? そんな小さな子連れてさ」
タクシーの運転手にめっさ疑われてる。そうだよな、JC連れて山奥に行くやつなんていたら疑いたくなるよな。私も目撃したら疑うと思う。通報もすると思う。
「キノコ狩りですよ」
「あっそ」
無愛想な運転手だ。自分で聞いたくせにこっちが答えるとこの反応。興味無いなら聞くなよな。
住所の近くまで来たので降ろしてもらった。
代金を払った時も、タクシーから降りた時も、運転手は私のことを疑いの目で見ていた。クソがよ。
「あそこね」
水野さんが少し先にある一軒家を指さして言った。
「ああ、ここで間違いないはずだ。鍵も開いているそうだからすぐに入れるだろう」
緊張する。警察に行った方がよかったのかもしれないけど、下手に揉み消されても困るからなぁ。最近警察が信用出来ないんだよな。うちの近くのパチンコ屋の景品交換所に「現金は保管していません ○○市警」って張り紙もあったし。どういうことなんだよ。現金ないわけないだろ。
「先生、行かないの?」
しまった、考え事に夢中になりすぎた。警察め。
「行こうか」
家の前まで来てみると、この家がかなり傷んでいることが分かった。家の周りには草が生い茂っており、手入れもあまりされていないように見える。
「今から開けるけど、水野さんはちょっと下がってて。何があるか分からないから」
「⋯⋯うん、気をつけてね」
ドアノブを捻ると、聞いていた通りすんなり開いた。
「お邪魔します」
家の中に入ると、嫌な臭いが鼻を刺激した。何だこの臭いは⋯⋯肉が腐ったような臭いだぞ。
家の中をゆっくり進んでいくと、若い女性が首を吊っているのを見つけた。
「⋯⋯⋯⋯っ!」
人生で初めての経験だった。人は驚きすぎると声が出なくなり、腰が抜けるのだ。死んでいるのは分かっていたが、いざ見てみると思っていたより何十倍もキツい。足もガクガクしてしまい、立ち上がることが出来ない。
「先生ー! 大丈夫ー?」
水野さんの声が聞こえる。来てはダメだ! でも、声が出ない⋯⋯!
「先生ー! 入るよー!」
ダメって言っとるやん! 言えてないけど!
「きゃあーっ!」
彼女は遺体を見た途端気を失って倒れてしまった。驚きすぎても人によっては声出るんだな。私が特殊なんだろうか。
だが、このほうが都合がいい。彼女に騒がれては調べるものも調べられないからだ。
とはいえ、私も足が震えて立てないので、しばらくはこうしているほかないのだが。
人間は「慣れ」る生き物だそうで、私も彼女の遺体に慣れてきた。怖いな、人間って。
よく見てみると、まだ未成年のように思える。口から色んなものが出ているので顔はあまり見れないが、肌の感じからいってもだいぶ若そうだぞ。
ふと首を吊っている彼女の下の方を見てみると、1冊のノートが置いてあるのが目に入った。暗いので電気をつけて見てみることにした。周りを見てみると、椅子も机も本棚も、洋風のもので揃えてあることに気がついた。
腰が治ってきたので、ノートを手に取り、本棚の前にあった椅子に腰掛けた。この部屋には本棚が4つもあるのだが、どれも難しそうな本ばかりだった。ドラえもんとかないのかな。あったとしても読んでる場合じゃないけどな。
このノート、なんか濡れてる。おしっこっぽい何かで濡れている。ノートを開いてみると、あの6人に何をされたのかが事細かに書いてあった。読んでいるだけで吐き気がしてくるような内容だった。こんなことを何十人、何百人に繰り返していたというのか。
6年前、この家に6人の男が訪れたそうだ。彼らはこの近くのキャンプ場でバーベキューをしていたらしいのだが、突然の豪雨のため中止して、屋根のあるところを探していたのだという。
雨宿りさせてくださいと言われた彼女の母親は、快く6人を家に招き入れたそうだ。だが、その判断が間違いだった。全てはそこから始まったのだ。
6人は濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びるとそのまま裸で家の中を歩き回り、彼女の母親を犯し始めたのだ。その時彼女は隠し部屋に隠れていたのだという。母親がもしものことがあったらと思って彼女を隠したのだろう。
自分の母親が6人の男に汚されていく中、彼女は隠し部屋で小さくなって震えることしか出来なかった。
「オラもっと大きな声で喘げよおばさん!」
「やめてぇ、もう許してぇ!」
泣きながら何度も懇願する母親の声もだんだんと小さくなっていき、やがて男の声だけが聞こえるようになった。
「こりゃもう使い物になんねーな」
「ガキはいねぇのか? こいつに子がいれば、中学生くらいのはずだが」
「そんな運良くいる訳ねーべよ」
「ちょっと静かにしろ! ⋯⋯なにか聞こえねぇか?」
隠し部屋ですすり泣く彼女の声が、かすかに漏れていたのだ。
「ここかーっ!」
彼女はすぐに見つかってしまい、一晩中6人の相手をさせられたそうだ。
翌朝帰宅した父親が2人を発見したのだが、母親はすでに息を引き取っていたという。可那美さんはなんとか無事だったが精神に異常をきたしていたそうだ。
激怒した父親が娘から聞いた情報を頼りに報復へ向かったが、数日後に無惨な姿で帰ってきたという。家に届いた5箱の宅配便の中に、父親のものと思しき人体のパーツがみっちりと詰められていたそうだ。
1人になった彼女は途方に暮れていた。両親を殺され、精神を病み、生きる希望を失っていた。奴らが捕まる様子もない。なぜ私がこんな目に、なぜあんな外道がのうのうと生きているんだ。彼らへの恨みと怒りが書き記されていた。
しばらく経ったある日、強い吐き気が彼女を襲った。
残酷なことに、彼女は妊娠していた。
しかし、彼女はそれを悲観しなかった。彼女にはもう身寄りがない。天涯孤独の身だったのだ。だから、自分と血の繋がっている命が芽生えたことが嬉しかったのだ。
それから数ヶ月経ったある日、いつものように母親が生前大切にしていた本を読んでいた彼女は、ある記述を目にする。
『人は皆、百の力を持って生まれる
歳を重ねる毎にその力は弱まり、
寿命を迎える頃に限りなく零に近づく
力はやがて業となり、怨むべき者を穢す
意思なき業は、儀式を以て業となる 』
それは、呪いのかけ方が記された本の冒頭の一文だった。
人はある力を持っており、その力は歳を取る毎に弱まっていくのだが、もし若くして死んでしまった場合、残っていた力が怨念となり、生前恨んでいた人間を呪うというものだった。
中でも彼女は『意思なき業』に興味を持った。『意思なき業』とは、生まれてすぐに死亡してしまった赤ん坊の怨念とされ、それらは目的を持たず永遠にこの世を彷徨い続けるのだという。
ただ、それに目的を持たせる術がひとつだけあった。
生まれたての我が子を、生みの親自らが殺すというものだ。
そうすることで、親の怨みを子が晴らしてくれるそうなのだ。親のためにというわけではなく、目的のない怨念に意味を見出したというだけのことだった。親の心を最も敏感に感じ取るのはその子どもなのだから⋯⋯
その本を読み終えた可那美さんは、奴らに復讐することを決意した。自分の初めての子を隠し部屋で生み、最大限苦しめて殺した。これは呪いの力を増幅させるための行為なのだという。
呪いを実行した次の日に自分が恨んでいた相手が死んだことを知った可那美さんは、この呪いが本物であるということを実感した。
それから可那美さんは複数の男性と関係を持ち、毎年子どもを生んでは殺していった。
そして今年、最後のターゲットである江来を殺したことで彼女は復讐を終え、地獄に落ちる覚悟で死ぬことを決意したのだった。
私はしばらく絶句した。こんな人生を歩んだ人がいただなんて。彼女が苦しんでいた時、私は相談所で鼻くそを食べながらしょうもない相談を受けていた。
あの6人がしたことも、彼女がしたことも、すべて公表しよう。そして少しでも安らかに眠ってもらおう。そう思った。6人は可那美さんより何十倍もつらい地獄に落ちて欲しいと思った。
そういえば、家に入った時からしていたこの肉の腐ったような臭いはどこから漂ってきているのだろうか。彼女の遺体はまだ新しく、異臭を放ってはいないので、別の何かということになる。
本棚に古い肉でもしまってあるのではないか。買いすぎたけど捨てると旦那さんが怒るから、一旦本棚の奥の方に隠しておいてそのまま忘れてた⋯⋯なんて。もしそうだったとしたら何年前の肉なんだよ。
私は本棚を探ってみることにした。肉を探しているわけではなく、もしかしたら他に発見があるかもしれないからだ。
本棚の本をすべて出してみたが、本の後ろには何もなかった。戻すのめんどくさいな。
そういえば、この正面の本棚の本だけやけにきれいだな。他の3つの本棚はホコリだらけだったのに。特に大事にしてたのかな。
そんなことを思いながら、私は本を戻そうとした。
その瞬間、私は宙を舞っていた。
なんだ? なんだ?
床に叩きつけられた私は何が起きたのか理解した。床に何かがこぼれていて、滑って転んでしまったのだ。
靴下に黒っぽい液体がついている。嗅いでみる。
「くっさ!」
これだ! 入ってきた時からあった肉の腐ったような臭い! それの最強バージョンみたいな臭いがする! なんでこんなテンション上がってんだ私は! 臭いもの臭うとテンション上がるタイプだったのかよ!
その液体は、正面の本棚の下から出てきていた。この本棚をどければ正体が分かるだろうか。
私は本棚を掴み、全力で動かした。
するん
想像していた13倍すんなりと動いた。本を全部出したから軽かったんだな。
本棚の裏には扉があった。扉から液体が漏れてきているようだ。開けていいのだろうか。
ちょっと待てよ? これって隠し部屋だよな。隠し部屋といえば、可那美さんが赤ん坊を生んで殺した場所のはずだが、そんなものを見て私は耐えられるのか⋯⋯?
取っ手に手をかけたまましばらく考えたが、恐怖より好奇心が勝ったため、開けることにした。
扉を開けるとそこには、これまでに見たことのない光景があった。
いくつかの赤ん坊の遺体が吊るされており、下にも同じような遺体が転がっていた。その中に、ひとつだけ新しいものがあった。江来を呪うために殺した子だろう。
なぜ私はこんなものを見て平気でいられるのだろうか。あの手記のお陰だろうか。私の感覚が狂ってしまったのだろうか。
首を吊っているのかと思って見てみると、ロープは服に取りつけられていた。私はこの赤ん坊達は首を吊って死んだのではないということを理解した。
この子達は餓死したのだ。生まれてすぐに吊るされ、自由に動けぬまま、ミルクも飲ませてもらえないまま死んでいったのだ。
臭いに耐えきれなくなった私が隠し部屋を出ると、可那美さんの遺体の周りに警官が数人立っていた。
「あなたを乗せたというタクシーの運転手さんから通報を受けました。中学生を誘拐していると聞いていましたが、自殺に見せかけた殺害まで行っていたとは⋯⋯大人しくしろ!」
えぇぇぇえええええええ!?!?
あのクソ運転手! キノコ狩りって言っただろうが! なに通報してんだよ! クソが!
私は捕まってしまった。
が、しばらくして目を覚ました水野さんのお陰で釈放されることとなった。私は警官にすべてを話し、彼女の手記も見せた。
おそらく呪いによる殺人など信じてもらえないだろうから、彼らの悪行は公表されないだろう。しかし大丈夫、そのために私がいるのだ。私がツイートしてバズらせれば世論は変わるはずだ。期待してくれ、可那美さん!
後日私は例のツイートで大バズりした。しかし、それから私はTwitterで『嘘松』というあだ名で呼ばれるようになった。嘘を実話のように話す人につけるあだ名だそうだ。嘘じゃないのに。
結局誰も信じてくれなくて、可那美さんの無念を晴らすことは出来なかった。水野さんはショックで寝込んでしまったため受験も卒業式も出られなかったそうだ。朱音さんは復帰して新しい親友を作り、受験も卒業式も笑顔で終われたと聞いた。
私はというと、近所で「最近よく女子中学生と歩いているおじさん」「誘拐して山奥に連れていったらしい」などと噂され居場所がなくなってしまい、別の街に引っ越すことにした。