リリの悪い癖
一瞬リリが何を言っているのかまったく理解できなかった。
仕事を辞めてきた?
だって、リリは誰もが認める凄腕の剣士だ。
救護院の1000人長なんて普通の人が簡単になれるわけがない。
「リリ、どうして仕事を? だって、リリは強くてカッコ良くて、それでみんなからも尊敬されていたのに。仕事を辞めるなんてもったいないよ」
「ん? それは私は救護院の剣ではないからだよ。私はパックの剣であり続けることが、私の存在意義だからな。パックのいない救護院でこれ以上剣を振るう理由はない。パックが救護院にいたから、たまたま就職しただけで、それ以上は望んでないよ」
そんな理由で……リリは本当にバカだ。
こんな僕のために将来を台無しにするなんて、本当に大馬鹿だ。
「ダメだよ。リリには素晴らしい未来が待っているんだから。僕のためなんかに仕事を辞めてしまうなんて」
「何を言ってる? パックのために仕事を辞めたのではなく、自分のために仕事を辞めたんだよ。それに私は負ける勝負はしないたちなんだ。パックと行った方が、面白い未来になるとわかっているから、ついて行くだけなんだよ。だから、私が仕事を辞めたことを気にする必要はない」
「でも……そう言えば、なんで僕が仕事をクビになったのを知っているの?」
「噂なんてすぐに広がるよ。あの新しく来たジョンって奴が言いふらしていたからね。雑用係がヘマしてクビになったって。あの聖女はパックの力を軽んじていたけど。みんなパックを心配していたし、寂しがっていたから、一瞬で私のところまで情報が回ってきたんだよ。パックがどれだけ、まわりの人に優しくしてきたのかが、改めてわかった。だから私も自信をもって辞めてこられたんだ。少し引きとめられたけどまったく後悔はない。それより、早く荷物まとめてきて。今後のことを相談するのに宿へ行くわよ」
リリは仕事を辞めたのがまるで、何でもないことのように笑顔で嬉しそうにしている。
本当に彼女の強さには頭が下がる。
「わかったよ。でもリリ、苦労をかけるかも知れないけどいいのかい?」
「何を言ってるの? パックと一緒にいられるなら苦労なんて感じるわけないじゃない。パックといればこの世界には楽しいことしか起きないんだよ。どんなに大変な時だって、私たちの物語はハッピーエンドって決まっているんだから」
リリにはどう頑張ってもかなわない。
彼女にハッピーエンドだと言われてしまうと本当にそうなってしまいそうな気になるから不思議だ。
僕は救護院へ戻り部屋の荷物を片づける。
元々、それほど荷物は多くないのでまとめるのはすぐに終わった。
このまま黙って去るわけにはいかないので、色々なところへあいさつだけはしてこないと。
寮長のおばちゃんに、救護院でお世話になった先輩に後輩たち、なかでも一番僕を可愛がってくれていたのは、警備主任のボールデンだった。
「本当にパックがクビなのかよ。他にもっと使えない奴いるのにな。寂しくなるよ。しかも、リリの奴まで一緒に辞めちゃうなんて。上はいったい何を考えているのか。パック、大変だろうけど元気でやれよ。俺はいつでもお前の味方だからな」
「ありがとうございます。ボールデンさんも元気で」
「あぁ、明日、聖女様に付き添ってドラゴンを捕まえに行くのに同行しなきゃいけないから今から気が重いぜ。俺も辞めてパックについて行きたい気分だよ」
「またまた。ボールデンさんが辞めたら、ここを守れる人誰もいなくなってしまうじゃないですか。あと最後にこれどうぞ。僕が作った回復薬です。僕のポーションなんて量産品と同じですが、お守りがわりに使ってください」
ボールデンさんはドワーフ族で盾の扱いに精通している。
戦闘ではみんなを守るタンクという守りの要だ。
「ありがとな。そうやって言ってくれるのはパックだけだよ。ポーションはここ一番って時に使わせてもらうよ」
「いえいえ、軽い肉体疲労の時とかでお願いします」
「パックがみんなのためにやってくれていた雑用は本当に役に立っていたから、これから大変になるぞ。聖女様に特別呼ばれるからって妬んでいた奴もいたけど、パックは本当にすごい奴だからな。本当にさびじく……なるよ。それだあ……ぎゃんばれよ」
ボールデンさんは最後の方は涙声になっていて、よく聞きとれなかった。
泣いているのが恥ずかしいのか、思いっきり抱きしめられ背中をバンバン叩かれた。
「ありがとうございます」
今までお世話になった救護院をでるのはすごく寂しくて悲しかった。
だけど、前を向かなければいけない。
救護院をでるとリリが待っていてくれた。
「お待たせ」
「待ってなんかないよ。パック知ってる? 私はパックが来るのを待っている間、パックのことを考えている時間も楽しめるんだよ。って何を言ってるんだろうな。この先にいい宿屋があるんだ。そこに部屋をとってあるから行こう」
僕はリリが一緒にいてくれて本当に嬉しいし、リリがいなかったらどうなっていたかわからない。
「リリありがとう。君がいるおかげで僕はいつも助かっているよ」
リリはお酒も飲んでいないのに顔を真っ赤にしながら照れている。
本当にこういうところが可愛いと思う。
本人には照れくさくて言えないけど。
宿屋はいたって普通のランクの宿だった。
あまり手持ちが多くないので非常に助かる。
「それで明日からのことなんだけど、私と冒険者になるってことでいいよね?」
「あぁもちろん。リリこそ僕とでいいの?」
「違うよ。パックとだからいいのよ」
僕たちは同じ部屋で一緒に泊まることになっていた。
もう小さい時とは違うんだから、別の部屋の方がいいとリリに伝えたが、リリが余計な出費は稼いでからにしようと言われ、返す言葉もなかった。
確かに今2人とも無職だった。
しっかり働いて別の部屋に泊まれるくらい頑張らないと。
その日は2人で夜遅くまで話をした。
いつも会っていたはずなのに、僕たちの話は尽きることがなかった。
翌日、僕はいつもと同じ時間に起きる。
少し眠いが、習慣というのは、そう簡単に抜けそうにない。
リリはまだ隣のベッドで寝ていたので、起こさないようにそっと部屋からでる。
僕はいつもの日課のトレーニングを始める。
夜通し回復薬を作った時以外は、朝必ず魔力の動きと、基礎的な体術、剣術をしっかりと確認しておく。
身体も魔力も使わないとすぐにダメになってしまうからだ。
まずは大きく背伸びをして呼吸を確認する。
普段意識をしていない呼吸を意識することで、身体の微妙な変化に気が付きやすくなる。
まずは大きくお腹の方まで膨らむように大きな呼吸をする。
少し冷たい朝の空気が気持ちいい。
軽い運動をしていると、そこへ剣を持ったリリがやってきた。
「パック、訓練なら私も一緒にやらせてよー」
「ごめん。気持ちよさそうに眠ってたからさ」
「じゃあ久しぶりに剣で打ち合いでもしようか?」
リリが普段は絶対見せない悪い笑顔をしている。
普通の時はすごく優しいし、可愛いのに剣を持った時だけ性格が変わってしまう。
リリの悪い癖がでてきたようだ。
パック「今日から2人とも無職だね」
リリ(違う! そこは僕のところに永久就職しないかでしょ!)
言葉にできない思い。
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