その後のノエルの村では大変なことが起こっていた。
マイラはパックたちが村を出て行ってから落ち込んでいた。
普通下級回復薬にしても、これだけの回復薬をタダでくれるなんてことはありえない。
買ったらいったい、いくらになるというのか。
想像もしたくない。
少なくとも今この村にはこれだけの回復薬を買えるだけのお金はない。
回復薬は村人にそのまま配ろうとかと思ったが、クリフさんが起きるまで待つことにした。
「はぁ本当に悪いことをしたわ。クリフさんの恩人なのに」
料理をしながらついつい彼らのことを考えてしまう。
あのあと、村の人たちにはマイラから説明をした。
小さな村なのでマイラが腰を痛めていたのをみんな知っていたが、パックがくれた回復薬で治ったというのを伝えるとみんな驚いていた。
それに、クリフの傷を回復させてくれたことも。
コテオもクリフを助けるためにやったこととはいえ、非常に後悔していた。
そして、マイラたちはパックたちを追い返したことを更に後悔することになる。
それはパックたちが村からでて数時間後のことだった。
村の門番が緊急事態を伝える笛を吹き大声で叫んだ!
「ドラゴンが攻めてきたぞ! 逃げろ! ドラゴンが捕まえた人間を村の前に転がしていった!」
門番のヤコブの言っていることは支離滅裂だった。
ドラゴンが攻めて来た?
人間を村の前に転がしていった?
「ヤコブ、落ち着いて」
「村の入口に黒いドラゴンが来たんだ! それで人間を転がしていったんだ」
「人間を転がしていった? それならその人たちを助けないと!」
マイラは男たち数人に声をかけ、門のところまでいく。
見える範囲でドラゴンはもういなかったが、グルグル巻きにされた男たちが数人転がされている。
「大丈夫か。今外してやるからな」
門番のヤコブが紐を外そうとするが紐は簡単には切れなかった。
それにしてもどこかで……。
「ヤコブ紐を切るのは待って! この人たち村を襲った盗賊よ!」
「えっ?」
男たちからは酒の臭いがしてくる。
かなりぐっすり眠っているようだ。
いったいどういうことなのだろう?
ドラゴンが盗賊を捕まえわざわざ村に連れてきた?
そんなことがあるのだろうか。
マイラが悩んでいると急に空が暗くなり、バサバサと大きな翼の音が聞こえる。
「マイラ、もう遅いかも知れないが逃げろ」
ヤコブが空を見つ震えながら槍を構える。
ドラゴンは私たちを気にもとめずに村の前にまた数人の男たちを転がしていく。
マイラの頭の中はハテナでいっぱいになった。
どういうことなの?
いったいなにが起こっているの?
誰かに説明をしてもらいたいと思ってしまうが、当たり前だが誰も説明してくれない。
そしてドラゴンは何回往復したかわからないが、50人以上の盗賊を連れて来た。
そして最後に意識のある男が運ばれてきた。
ドラゴンは男をにらみつけるとそのまま遠くへ飛び立っていった。
村のみんなはドラゴンに怯えていたがピトラだけは満面の笑みで手を振っている。
盗賊の股の部分にはシミができており、ずっと小刻みに震えていた。
地面に降りてからもずっと目をつぶっていたが、マイラが話しかけると急におかしなことを言い出した。
「あぁまともな人だ。ごめんなさい。俺たちは盗賊としてこの村を襲いました。本当に申し訳ないことをしました。お願いします。早く兵士を呼んで俺たちを捕まえるように伝えてください。もしくは今すぐ殺してください」
そう彼は言うと地面に頭をこすりつけたまま、ずっとマイラたちに懇願をしてきた。
本来なら、私刑を与えてもおかしくないはずだったが、彼の怯え方からよほど怖い目にあったのだろうと村で罰を与えるのを躊躇するほどだった。
でも、それからが大変だった。
村には馬車などがなかったので急いで盗賊たちを捕まえたと隣の町へ連絡をしにいった。
ただ、ドラゴンが50人以上の盗賊を捕まえノエル村まで連れてきたと言ったが他の街は誰一人信じてくれなかった。
盗賊たちもドラゴンに連れてこられたと言ったが、盗賊の話など信じる人はおらず、村が襲われないようにするための嘘だろうと言った感じで言われて終わってしまった。
盗賊を街に引き渡したお金はかなりの金額になった。
盗賊から襲われて被害を受けた村を復興するには十分な金額で、余ったお金はドラゴンを守り神として銅像を建てるということになった。
そして、さらにマイラたちには驚くことが続いた。
盗賊を数日に渡り街へ引き渡し、それが終わる頃やっとクリフが目を覚ました。
パックたちのことについてマイラとコテオが謝る。
「クリフさんごめんなさい。あなたの命の恩人なのに」
「本当に申し訳ない。話も聞かないで暴れてしまって」
「パックは昔から気を使いすぎる子でしたからね。きっと僕の立場を考えて去っていったんだと思います。なので2人とも気にしないでください。またそのうち彼とはどこかで会えるでしょうから」
クリフは本当に会えると言うのを信じているようだった。
「クリフさん、ずっと寝ていたので包帯とか交換していないんですが交換してもいいでしょうか?」
「あっそうですね。目の方の傷もふさがったでしょうから。そちらも外してもらってもいいでしょうか?」
「もちろんいいですよ」
「マイラさんの素敵な笑顔が見えなくなってしまったのが残念ですね」
クリフは本当に残念な感じでつぶやくように言う。
「じゃあずっと若いままの私を覚えていてください。それでは包帯を外しますね。あれ……包帯が新品になっていますが、パックさんが替えてくれたんですかね?」
「いや、それはパックのクリーンの魔法だと思うよ。パックは雑用系でなんでもできるからね」
マイラが腹部の包帯を外し、次に目の包帯を外していく。
一瞬、目を潰されヒドイ傷がついていたのを思い出し包帯を外す手が止まる。
でも、一番辛いのはクリフだ。
これから大変になるが支えなくてはいけない。
傷痕くらいでビックリしてはいられないのだ。
包帯が外れ少しずつまぶたが見えてくる。
思った以上に皮膚がきれいになっている。
最後まで包帯をとると、前にマイラが見た傷が嘘のようになくなっていた。
マイラは自分だけ悪い夢を見たのではないかと錯覚に陥る。
「クリフさん、パックさんは凄腕の治癒師なんですか?」
「いや、彼が僕といた時には雑用は上手かったけどね。それほど治癒が上手いとは聞いたことがないな」
「目は完全に見えないんですよね?」
「そうだよ。いくら凄腕の治癒師でも完全になくなっていまったものを回復させるのは、世界でもトップクラスの治癒師じゃないと無理だからね。そんな人と知り合いになることも難しいし。生きていただけで儲けものだよ」
「あの……一度だけ目をあけてもらえますか?」
クリフは少し悲しそうな顔をしている。
「目は……マイラも覚えているだろ? くりぬかれ火で焼かれたからまぶただって……あれ?」
クリフがゆっくりと目をあける。
外の明るさにまぶしくて一度目をつぶってしまうが、何度かゆっくりと目をあけることで目が慣れていく。
「目っ……目が見える。嘘だ。だって……あの時確かに……僕を治したのはパックなんだよね?」
「はい。腹部の傷も目もパックさんが治しました」
「そうだ! 腹部の傷を見れば傷の痕でわかるはずだ」
クリフが腹部の傷を確認すると腹部には傷痕すら残っていない。
「あっ……パック……本当にありがとう。こんなに成長していたんだね。ありがとう僕に2度目の人生を与えてくれて」
それからクリフはしばらくの間泣き続けた。
そして、最後にもう一つマイラたちを驚かせることが起こった。
「クリフ、回復薬の方はどうしましょうか?」
「パックがくれたなら間違いはないと思うけど、一応1本僕が飲んでみて大丈夫なら村の人へ配ってあげよう。怪我している人も沢山いるだろうからね」
クリフが最初の1本を飲み干す。
「すごいよ。この回復薬を飲んだらすごい力が溢れてくるようだ。なんだか若返った気分になるよ」
そこへピトラが回復薬を持ってきて口をパクパクしながら回復薬をマイラに突きだしてくる。
「ピトラも回復薬飲みたいの?」
ピトラはコクリと頷く。
ピトラは生まれた時から話すことができなかった。
色々な人に見せたが原因はわからず、先天的なものだろうと言われた。
でも、その分まわりへの感情や気配に敏感でマイラが無事だったのもピトラのおかげだった。
その危機がなんなのか、村の人に説明ができなかったせいで避難が遅れたというのもあるが。
ピトラはゴクゴクと回復薬を飲む。
「ママ―このジュースとっても美味しいよー」
「えっ? ピッピトラ声がでるようになったの!?」
「あっ……ほんとだー! 回復薬ってすごいんだね。私大きくなったらかいふくじゅちゅしになるー」
マイラは周りの目もはばからず大きな声で泣きながらピトラを優しく抱きしめる。
「ママーどこか痛いの? パックの回復薬飲めば痛いの治るよー」
「あっうん。そうだね。ピトラもっと声を聞かせて」
「いいよーピトラもママといっぱいお話したかったんだ」
でも一番驚いているのはクリフだった。
「そんな…ありえない。回復薬は怪我をした部位を元に戻すのが普通だ。最初から話せないピトラが話せるようになるなんて! それを回復させられるのは、伝説になっているドラゴンの血ぐらいしか。いやでも、まさか。ドラゴンの血なんて……いやでも……わからない……」
部屋の中にはマイラの泣き声とクリフの悩む声が響き続けた。
「パックお兄ちゃん、ドラちゃんありがとう」
ピトラの声は部屋の中を暖かい空気に変え、そして静かに空へと消えていった。
ピトラがそれから回復術師を目指し成長していくのはまた別のお話。
ピトラ「ママ―回復薬もらってもいい」
マイラ「いいわよ。でもどうするの?」
ピトラ「★を入れてくれた人にも回復薬あげるの」
マイラ「偉いわね」
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