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三題噺④:空、黒、石鹸

作者: qwert1374

 昼下がりのファミレスは雑踏にも似た雰囲気がある。決して静かではなく、しかしながらうるさいというには過言である。他者の会話はノイズでしか聞こず、脳内で『気にならない』というフォルダに自動移行されている。

「もう来るから待ってな」

 友人の羽田は、そわそわとした心持ちで声をかけてきた。四人掛けテーブル席の、片側二席を俺と羽田が占領しており、周りから見ると、透明人間が座っているか、ジェンダーレスな関係に思われるかもしれない。

 昨日電話に話しているときに『会わせたい人がいる』と言われ、すぐにこの場がセッティングされた。正直外出は嫌いだったが、数少ない友人の頼みだったので、仕方なく来ることとなった。今日が雨だったら、それでも、断っていたかもしれない。窓に目を向ける。水滴は落ちていないが、分厚く暗い雲は青空を隠している。

 そこに男が一人、店内に入ってきた。外の雰囲気とは対極の、赤のアロハシャツに、明るい青の半分丈のジーパン、野球帽に丸レンズのサングラスを掛けた格好だ。なぜか小走りのような足踏みをしている。

「石鹸パイセン」

 羽田はその人に向かって立ち上がって手を振った。”石鹸”と呼ばれたその男は、声に気付き、こちらに歩いてきた。そして、滑り込むように向かいの席に座った。

「待ちましたよ。パイセン」

「マジで?」

 石鹸さんは、サングラスの縁に付いた銀色の部分を指でつまんでひねり、黒い部分を上にあげた。パーティーグッズのような構造だが、どこかデザイン性のあるオシャレグッズにようにも見えた。腕時計を見る石鹸さん。

「いや、約束の時間通りじゃねぇか」

 慌てさせんなよと石鹸さんは背もたれに体重を乗せた。そして、ちょうど通りかかった店員に声をかけて呼び止め、注文した。

「アイスコーヒを一杯。”いっぱい”って意味じゃないよ。”一杯”ね」

「…はい」と愛想笑いを浮かべて店員は注文を伝えに行った。俺はまだ様子をうかがっていた。この人はどういう人なんだと。”石鹸”というのはさすがに本名ではないだろう。何の説明もしてくれない羽田を見ながら、観察を続けた。

「で、今日は何して楽しむ?」空気を切り捨てて石鹸さんは切り出し、「というか、誰だ? 誰だ、誰だ、誰だー、羽田の隣に座る彼~」科学戦隊のOPのように俺の正体を訪ねた。

「友人の宮名です」と羽田は俺を紹介した。俺は、改めて自分の名前を言いながら、会釈した。

「暗ぇな、もっとはじけろ。クレイモア、どかーん」

 アイスコーヒが運ばれてきた。

「聞いてくださいよ、パイセン」羽田は話し始める「こいつ、最近楽しく生きてないみたいなんですよ。それで悩んでるみたいで。なんで、”楽しい”の達人の石鹸パイセンにアドバイスしてほしいんですよ」

「アドバイスねぇ~」”達人”という言葉で照れ臭そうに笑う石鹸さん。「休日とか何してんの?」

「何も」と俺は答えた。

「『何も』って。24時間あるんだぞ」

「仕事が気になって、気が気じゃなくて……」

「休日なんだから、無視しろよ。楽しめ楽しめ」石鹸さんは言い放つ。「いいか、楽しいは正義なんだ。かわいいと同じくらいにな。自分が面白いと思うことに従え。少なくとも俺は俺でいつも笑っている。だから、めちゃくちゃ楽しい」

 アイスコーヒを一気飲みした石鹸さんは、「こんな話いいからバッティングセンタいこうぜ」と、伝票を持って立ち上がり、行った。

 なるほど、石鹸さん。すべっているけど、すべてをきれいに洗い流いしてくれるような、清々しさがその人にはあった。

「どうだ、気分は?」

「……俺、明日も頑張るよ」

「うん」と羽田は頷く。「まあ、またなんかあったら言えよ。答えは出せないかもしれないけど、一緒に悩むことくらいはできるからさ」

レジの方で来い来いと手招きしている石鹸さん。羽田と一緒に向かった。

「パイセン、おごってくれました?」

「いや、これから。……お前、なめてないよね?」

「なめているわけないじゃないですか。もし今の発言がなめているように聞こえるなら、尊敬しすぎて、逆に、そう聞こえていえるんですよ」

「ああ、逆にな」財布を取り出す石鹸さん。長財布のチャックを開けながら、考えながら、そして振り向き「逆って、どういう意」

「780円ですって」羽田は支払いを促した。

「ああああ、了解」

 千円で支払いを済ませた石鹸さんに俺はお礼を言った。「いいってことよ。ことよー、ことよー、琴桜菊、どすこい」とエドモンド本田の勝利ポーズのような、歌舞伎の見得切った顔で言い放った。我々の次に待っていた客の精算会話が聞こえる。

 扉を開けて、退店。

 二人の後について、外へ出た。黒い靄が消えて、歩く先には青い空が見えていた。

感想戦を読みたい方は下からご覧願います。

https://qwert1374.com/novel/3theme-4/

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