1-9
「危なかったー…………お兄ちゃん大丈夫?」
突如降り注いだ何かによって再び砂煙が立ち込めていた。その影響で周囲の様子が一切確認できないほどに真っ暗になっているが、どうやら俺は死んではいないらしい。
少なくとも大丈夫ではないけど。
音と衝撃に腰を抜かして尻餅をついてしまった。迫りくる巨大な黒い影に死を覚悟したが、視界が暗転する直前、俺に降り注ぐ瓦礫や小石が真上で何かにぶつかった様に左右に避けていくのが見えた。
そして不思議なことに、何も見えなくなるほど砂煙が立ち込めているのに息がしづらくなったりはしていない。
「一応生きてはいる…………」
七菜香からの生存確認に、俺はかすれた声で答えた。
おそらく、どうにか無事でいるのも七菜香が何か魔法的なものを使ったのだろう。いつもならそんなおかしな理屈立てはしないが、今この状況ならあの頭脳は大人の名探偵さんだってこう考えるはずだ。
「ごめんねお兄ちゃん、あとでちゃんと説明するから。とりあえず今は………………」
どこからか風が吹いているのか、砂煙が一気に晴れていく。風は感じないが、明らかに砂が流れていくのが見える。
そしてさらに大きくなった天井の穴から光が入り、うっすらと七菜香の背中が目の前に現れ始めた。
「あいつを倒すから待っててね」
あいつ。ああ、多分あいつのことだろう。
七菜香の正面に巨大な黒い影があった。そしてどんどん視界が回復していくにつれ、それの全貌がついに露になった。
「でっけー………………」
第一印象はそれだった。おそらく身長は4mくらいはあるんじゃないか?
高い身長の割には体はガリガリで、軽く蹴っただけで簡単に俺そうな手足をしている。
人間のように二足で立ち、両手がある。そして、右手にはそいつの身長と変わらないくらい長い杖のようなものを握っている。
顔は不気味な面で覆われていて、頭にはトナカイのようなうねった角が生えている。
一言で言って怪物。
今は驚きのほうが勝っているからだが、こんなのと遭遇した日にはおそらく恐怖で体が動かなくなるだろう。
「とりあえず、今張ってるシールドは解除しないといけないからお兄ちゃんは私が合図を出したら全力で後ろに走って逃げて」
恐怖することすら忘れて驚愕している俺に、七菜香は冷静に指示をだす。
シールド…………そういうことか。
周りを見ると、なにやら薄い膜のようなものが円状になって俺と七菜香を覆っていた。おそらく、これのおかげで無傷ですんだのだろう。
「……………………」
「……………………」
七菜香とか異物はお互いを正面にして無言で睨みあっている。怪物のほうはそもそも言葉を話せるか微妙だが。
しばらくして砂ぼこりが完全になくなり、足元までしっかり見得るようになった。
「走って」