好敵手
「今日も私の勝ちですねアルカ」
「ぐっ……ぬぬぬぬ……!」
青みがかった銀色の髪を揺らす可憐な少女と悔しそうに歯ぎしりする金髪の少年。
少女ティア・トランス・カエシウスは突き付けた氷の剣をアルカの首からどける。
たとえその氷の剣が下位の魔法であったとしても、首に突きつけられる状況は反論の余地もない敗北だ。少年アルカ・オルリックも悔しがってはいるが敗北を受け入れる。
ここはベラルタ魔法学院の数ある実技棟の一つ……ここで魔法儀式を繰り返す二人の生徒はもはやこの学院の新たな日常となりつつある。
「く、くそ……! 『魔弾』なんかに……『魔弾』なんかに惑わされなければ……!」
「ふふ、どんな魔法も使い方……負けたあなたが『魔弾』なんか、と言える立場ではないでしょう? 先人が作った基礎には敬意を払わなければ」
「う、ぐ……! た、確かに……!」
悔しくはあるがティアの言い分が正しいと受け入れる素直さは持ち合わせているようで、アルカはティアの言葉を受け入れる。
今でも基礎を軽んじる魔法使いは多数いるが、今有名な魔法使いで基礎たる無属性魔法を軽んじる者はまずいない。
「お疲れ様……ティア」
「ベルフィーナ、ありがとう」
「ハハハ! アルカは本当に懲りないなあ!」
「うるさいぞカワヒト……!」
ティアとアルカの魔法儀式が終わると観客席から二人の生徒が下りてくる。
一人は少しおどおどとしている茶髪の女子生徒ベルフィーナ、もう一人はアルカをからかうように絡む青髪の男子生徒カワヒト……二人ともティアとアルカの友人のようで二人の魔法儀式が終わるのを見守っていたようだった。
「これでティア嬢の四十二勝八敗……差は開くばかりだね……」
「お前は毎度毎度煽ってるのか……?」
「とんでもない。現実を突きつけてやっているのさ」
「たちが悪いんだよ!」
「おっと!」
立ち上がるなり殴りかかってきたアルカの拳をカワヒトはかわす。
そんな風にされてもカワヒトは笑顔でアルカの反応を楽しんでいるようだった。
二人を見たベルフィーナはティアの横でぼそっと呟く。
「アルカは間違ってる。カワヒトはたちが悪いんじゃなくて性格が悪い」
「補足をありがとうベルフィーナ嬢! そう! 吾輩は君のような四大貴族が膝をついている姿が眼福なのさ! 上の者が見せる惨めな姿ほど面白いものはないだろう!? ハーハッハ!」
「ふふ、二人は本当に仲良しだわ」
「ティア、お前の目は一旦丸洗いしたほうがいい。物事をプラスに見過ぎだ」
アルカが魔法儀式を吹っ掛けてティアが応える。
入学以来、幾度となく繰り返されたこの恒例行事にベルフィーナとカワヒトの二人が付き合っている内に四人は友人となり学院での行動を共にしている。
「アルカは何でそんなにティア嬢に突っかかるのかな?」
「ん?」
学院から寄り道に寄り道をして、最終的にレストランで食事する事にしたアルカとカワヒト。そんな中カワヒトから問いを投げかけられる。
「力量に差があるのはわかっているのにどうして毎日挑むのかなって。同じ四大貴族だから? それとも彼女がアルカの尊敬するアルム先生の娘だから?」
「何でって……」
「対抗心? 嫉妬? 原動力は何かな?」
先程のようにからかっているわけではない。敗北直後の傷に塩を塗るターンはもう終わっている。
常世ノ国から留学してきたカワヒトはアルカが毎日毎日ティアに魔法儀式を挑む理由が理解できなかった。
自分と友人関係を続ける点から変わっているとは思っていたもの、入学してから今日までの二月の間、ティアとの魔法儀式を見続けたからかさらに不可解に映っている。
――負けるのがわかっていて何故?
そう捉えられておかしくない質問なのは承知の上で、カワヒトは問う。
「いや、普通に勝ちたいから……だけど」
困ったように言うアルカにカワヒトは少し呆れる。
何か納得がいくような答えが返ってくるかもしれないと期待したのだが、あまりにも純粋な答えに苦笑いを浮かべた。
「そりゃ同期で四大貴族っていうのもあってライバル視してるのは認めるけど、それ抜きに自分より強い相手なんだぞ? 勝ちたいって思うから挑むだろ?」
「いや、それなら勝てると自信がつくくらい鍛錬を積んでからでもいいんじゃないか?」
「なんで? お前は勝てる自信がある相手としか戦わないのか?」
「――」
「カワヒトは"魔法使い"志望じゃないんだっけか?」
あまりにも当たり前のように言われて、カワヒトは何も言い返す事ができなかった。
その紅い眼には一切の曇りもなく、アルカの奥にある自分とは段違いの覚悟に息を呑む。
マナリルの英雄アルムを超える……そんな無謀な夢を語る少年アルカ。
カワヒトはアルカの夢を笑った事は無い。だが、わかってはいなかったのだと痛感する。
"魔法使い"とは、時にそんな非合理な選択をしなければいけない存在なのだと。
「は……ハハ……ハハハ!」
「何笑ってるんだよ……? そりゃカワヒトはまだ俺に勝てないだろうけど、魔法儀式したいならいつでもやってやってもいいぞ?」
「そうだねぇ……。僕も少し、やってみたいな……」
アルカにあてられてカワヒトはほんの少しだけ本音を零す。
この学院に来るまで隠していた憧れを。
「どうする? 今から学院に戻ってやるか?」
「ハハハ! 馬鹿か君は? あ……そうだ、馬鹿だったね……」
「何勝手に失礼なため息ついてるんだお前は……?」
自分より強い相手に何度も立ち向かって負かされる……それがどれだけ苦しいか。
自分はアルカが負けるのを喜んでいるのではなく、アルカが負けても諦めない姿を気に入っているのだとカワヒトは生涯言う事はしなかった。
「ティアはどうしてアルカの挑戦を毎日受けるの?」
「どうして、ですか?」
湯浴みを終えてティアの髪を梳いているベルフィーナが唐突に問う。
ティアは鏡に映るベルフィーナの表情を見ると、本当に不可解に思っているようだった。
「なんというか、結果はわかりきっているというか……最初こそ手の内がばれていないアルカが奇襲で勝つ事もあったけれど、最近はもうずっとティアが勝っているから。毎日毎日疲れないのかなって」
ベルフィーナの知る限り、ティアはアルカの挑戦を断った事は無い。
本当に最初のほうは均衡は取れていたものの、今ではずっとティアが突き放すように勝利し続けている。
四大貴族二人の魔法儀式に今やギャラリーがいないのも完全に優劣がついたと判断されたからだろう。
挑み続けるアルカもアルカだが、受け続けるティアもティアだ。
今のアルカでは、ティアには勝てない。少なくとも血統魔法無しでは。
「……ベルフィーナには話したかしら? アルカったら初対面でアルムお父様を超える男だって自己紹介をしてきたのよ?」
「それは、一度聞いたけど」
「なら、それだけで理由は十分だと思わない?」
「え?」
鏡の中のティアと目が合う。
澄み切った海のような青い瞳は真っ直ぐに前を見ていた。
「他でもない私だけは受けて立たないわけにはいかないでしょう? アルムお父様の娘として、彼の夢に真正面から応えられるのは私だけなのですから」
それは友人としてアルカの夢を応援しながら、娘として立ちはだかる二つの声。
この学院で研鑽する好敵手として本気で応える覚悟がティアにはあった。
今のアルカが父アルムとどれだけの距離があろうとも、ティアは彼の夢を笑わない。
自分もまたずっと先にいる両親を目指す一人だから。
「……ティアは、大人ね」
「いいえ、まだまだ未熟者で困ってしまうわ」
「それに、男らしい」
「あ、あれ? 一応ミスティお母様のような淑女を目指しているつもりなのに……?」
鏡でベルフィーナの様子を見ればきらきらと向けられる尊敬の眼差し。
ティアはそんな友人の視線に少しくすぐったくなりながら苦笑いを浮かべていた。
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一番最新の時系列で子供世代の彼女達のお話でした。
明日は子供世代のキャラ紹介を更新します。




