わらしべ強者3 -魔法創世暦1720年-
セルジオの力量を見抜く眼力というのは何も人にだけ適用されるわけではない。
物体や生命の持つ存在感や内包する力そのものが可視化される。
魔力を持っていない平民でも鍛えていればそれなりのオーラは見えるし、貴族であってもさぼっていれば見えるオーラはたかが知れている。
そして見えるものは自然を見た時も同じ。
海は命を包み込むように輝き、森や山は泰然と力強く、草原は春風のように穏やかな淡い光を放っている。
……セルジオからすれば信じられない光景だった。
視線の先にいるたった一人の人間であるはずの男が、まるで自然そのもののようなオーラを放っていたのだから。
「初めまして、アルム・カエシウスと申します。わざわざルルカトンからとは長旅だったでしょう」
生徒達の指導を一旦切り上げてセルジオに挨拶するアルム。
シュニーカのような同年代への対抗意識、ネロエラとサンベリーナに感じた格上相手への恐怖混じりのプレッシャーとはまた違う。
……たとえば、海や空の大きさに対抗意識や嫉妬を抱く人間がいるだろうか?
目の前にいるのは自分と同じ人間であるはずなのに、セルジオには人間には見えない。
その事実を認識し始めてしまったからか、本能が拒絶をし始める。
穏やかに話しかけてくれる青年にしか見えないアルムがどこか得体のしれない怪物にしか見えなかった。
「は、じめまして……セルジオ・ダムトタン……と申します……」
「ルルカトンは十年以上前に自分も旅をしに行った事があるので懐かしいです。ヨールカー殿にはお世話になりましたが、お元気ですか?」
「え?は、はい……最近九十歳になられましたが、魔法の質はむしろ、上がっていて……今もふくろうの姿で、町を……巡回なされて……」
「……? どうしました? 顔が真っ青ですが?」
今は自分が故郷の代表という誇りが何とかセルジオを踏みとどませる。
見ず知らずの自分の様子を見て心配そうな表情をしている。恐らくはこのアルムという人物は悪い人間では無いのだろう。なにせマナリルの英雄と呼ばれるくらいだ。
そんな事はセルジオもわかっている。わかっているのだが。
生き物としての本能が目の前の怪物を受け入れられない。
どれだけ観察しても底の見えない力。魔力を閉じてなお感じる圧。
雰囲気は落ち着いているが油断は無いし、隙など見当たらない。
その佇まいは自分の力量からか余裕と一緒にこちらへの慈愛すら見て取れる。
そして――
(な、んだ……?)
気配が一つじゃない。
心配そうにしているアルムをセルジオは観察し続ける。
表面に見える力の塊ではなく、もっともっと奥の奥。底の見えない気配の中にもう一つ、黒い、何かが。
アルムという自然の中に棲む何かが、赤い、赤黒い眼がこちらを見て――!
「お、おい!?」
「うぶ……ぶ……」
気付けばセルジオは泡を吹いて膝から崩れ落ちていた。
アルムは咄嗟にセルジオの体を支え、生徒達から悲鳴と声が上がる。
「アルム先生が他国の魔法使いを触れずに昏倒させたぞ!」
「ひゅー! 流石アルム先生容赦ねえ! 国際問題なんて何のそのだ!」
「全く今度は何をされたんですか? その人に何か言われたのか言ってください、大人しく白状すればヴァン学院長には黙っててあげますから」
「いや違うって!? これ俺のせいなのか!?」
泡を吹きながら脱力しているセルジオの体を支えながら、生徒達からのある意味信頼の声に動揺するアルム。本人が常識から外れた魔法使いだからか、何をしてもおかしくないと思われているようだ。
「おいどうした!? 持病か!? 薬か何か持ってるのか?」
「う……ぁ……」
「おいしっかりしろ!」
声を掛け続けるアルムだが、セルジオはさらに視界まで濁っていく。
それもそのはず……原因アルムなのでアルムが近付けば必然悪化する。
(原因はあんただよ! 頼むから離れてくれ!!)
僅かに残った意識の中でセルジオは懇願するが、声にはならない。
アルムがどうすればいいのか悩む中、同僚のデラミュアが小ぶりのツインテールを揺らしながら駆け寄ってきた。
「アルムさん、下がる……デラミュアに任せて……」
「あ、ああ……」
アルムの代わりにデラミュアがセルジオの体を支え、セルジオを落ち着かせるように背中を撫で始める。
その甲斐あってかセルジオの呼吸が落ち着き始め、しばらくすると意識もはっきりと戻った。
意識が戻ったセルジオは自分の目についての事情を話し、ようやくアルムがセルジオに何かしたという誤解も解けたのだった。
「後天的な特異体質か……便利そうだが今回は難儀だったな」
「介抱までしていただいてありがとうございました……ここまでの人はルルカトンにはいらっしゃらなかったので……」
「アルムさんは……魔力の怪物だから……。たまに似た特異体質の生徒が……吐いちゃう……」
「ああ、あれ地味に傷つくんだよな……」
実技棟の二階に座り、セルジオの話を聞くアルムとデラミュア。
セルジオは用意された水を一気に飲み干す。喉が干上がるようにからからだ。
アルムにも多少慣れたセルジオはとりあえずもう一度気絶する事は無さそうである。
……もっとも、アルムが魔力を閉じた状態でこれなのだから解放した時の事は想像しないものとする。
「それに何か妙というか、気配が二つあって余計に混乱してしまって……」
「……ああ、百足がわかるのか」
「百足?」
「いや、気にしないでくれ」
セルジオにはアルムの人生はわからない。
どんな苦難の末にここに立っているのかは想像もつかない。
それでもセルジオの目はアルムの一端には触れていて、自分と同じ人間の体の中に途方もない力を内包しながら制御し、普通に生活している事実はセルジオの持っていたちっぽけな自信をいい形で折っていた。
流石は魔法大国マナリル……自分なんてまだまだだとセルジオは自嘲する。
「自分はルルカトンでは神童などと呼ばれていましたが……はは、過分な評価というのがよくわかりました。本当に神様なんて呼ばれる人がいるとすれば、あなたのような人のほうが相応しい」
セルジオがそう言うと、アルムは何かを思い出したかのように笑う。
「いいや、俺は神には堕ちないよ」
「え?」
「俺に何を見たのかはわからないが……俺は人間だ。最期まで」
……セルジオにはアルムの人生はわからない。
けれど、その悲し気でありながらどこか満足したような表情とあまりに実感のこもった声色から英雄と呼ばれるまでの道をどんな思いで歩んでいたのかを少しだけ知れたような気がした。
自然に等しい力を持ちながら、その姿はアルムの言う通り……他と変わらない人間なのだ。
「体調も良くなったのなら改めて歓迎しようセルジオ殿。視察にいらしたのだろう? ヴァン学院長も紹介しよう」
「はい、よろしくいお願いします」
セルジオはアルムに差し出された手を握り、握手する。
来る前にあった自信は粉々に、魔法使いとしての芯はより強固に。魔法大国マナリルの魔法使い達を見てきたセルジオはさらに研鑽を続けるだろう。
今の自分の弱さを認められるのもまた強さ。数年後には彼等に迫る魔法使いなる未来があってもおかしくない。
この邂逅で彼が魔法使いとして得たものは大きく、彼の視察によって得た情報はルルカトンをさらに発展させるだろう。
しかし……セルジオには一つだけどうしても気になる事が残っていた。
「あの……失礼な事を聞くようですが……まさか、実は女性で妊娠していらっしゃるとかないですか……?」
「……見たまんま男でおじさんだよ」
「ぶふっ!」
アルムに気配が二つあったのがよほど気になったのかセルジオがそんな突拍子もない質問をすると、アルムは呆れたようにそう答えて……傍らにいたデラミュアは真面目な顔でそんな質問をしたセルジオがよほどツボったのか、吹き出した勢いのまま笑っていた。
お読み頂きありがとうございます。
これにて今回の短編は終わりとなります。来月には新作を上げますのでお時間あればどうぞよろしくお願いします。




