わらしべ強者 -魔法創世暦1720年-
船に揺られながら大陸に向かう一人の男は、今までの人生で絶対の自信を抱いていた。
空は快晴。潮風が頬を撫でていて、それでも体は熱いくらい。
きらきらと日差しを反射して輝くキャランドラ海はさながら輝かしい未来を暗示するかのようで、その青年は顔を綻ばせる。
船の行き先をじっと見つめる男セルジオ・ダムトタンはキャランドラ大陸の小国ルルカトンから魔法大国マナリルを目指していた。
セルジオはルルカトンでは神童と評されている魔法使いだ。
十一歳で血統魔法を会得し、十二歳には魔獣の討伐に参加して十四歳にはすでにルルカトンの魔法使いとして正式に登録されるほど。本来なら魔法学院に入学して卒業を待たねばならないのだが、完全な例外扱いだ。
しかしルルカトンにいる魔法使いの誰もがその件について反対する事は無かった。どの国にも頭の固い連中はいるが、それでも十二歳の頃から任務に参加してきたセルジオの功績は圧倒的だったのを物語る。
それから数年、二十歳となったセルジオは初めてマナリルを訪れる事となった。
音に聞こえし魔法大国……その実力を測るための重要な視察任務。何より個人的にも魔法大国マナリルの魔法使いの質は気になるのが本音だ。
「見えてきたな……マナリル」
魔法使いとしてより高みを垣間見れるのか、それとも生まれてから今日までの絶対の自信が間違いではなかったと証明するのか。
水平線の先に港が見え始めると期待が抑えきれず、セルジオは口角をつい上げる。自分が生まれた頃には多少の交易しかしていなかった魔法大国にすんなり訪れる事が出来る平和な時代に感謝しながら。
しばらくして港に船が到着すると、セルジオは町のほうへと歩いていった。
予定ではマナリルの四大貴族ダンロード家が滞在の面倒を、そしてマナリル王家からわざわざ迎えを寄越してくれるという好待遇だ。
マナリルからすればルルカトンなど小国も小国……神童と呼ばれているとはいえ一人の魔法使いに過ぎない自分にここまでしてくれるのは大国の圧倒的余裕からか。
綺麗に整備された町を見回って、待ち合わせ場所である広場へ行くと……他とは明らかに違う空気を醸し出す女性がそこには待っていた。
セルジオが女性に近付くと、その女性もセルジオに気付いたようで一礼する。
「セルジオ・ダムトタン様ですね。お初にお目にかかります。私……ダンロード家が長女シュニーカ・ダンロードと申します。当主の命によりお迎えにあがりました」
「これはこれは……! セルジオ・ダムトタンと申します。まさかダンロード家の方が直々にお迎えに来て頂けるとは……あまりに近代的な町だったので少し見て回っていたのですが、待たせてしまいましたね」
「とんでもありませんわ。南部の町並みは父の自慢でもあります。父が聞けば逆に喜ぶでしょう」
セルジオは何の変哲もない挨拶を交わしながらも、目の前の女性シュニーカへの視線は驚愕を隠せていなかった。その美貌を目の当たりにしたからではない。
セルジオは相手の力量が魔力を纏ったように見える特異な能力がある。若いながらも魔法使いとしての経験を日々積んで培われた眼力とでもいうべきだろうか。
そのセルジオから見て、目の前のシュニーカは自分とほぼ同格の実力を持っていたのだ。
(品のある佇まいからは想像も出来ないほど洗練された雰囲気……マナリルに入国してすぐにこんな魔法使いに出会えるとは流石は魔法大国……!)
シュニーカから感じる圧にセルジオは息を呑む。
四大貴族という点から見ても恐らくはマナリルでもトップクラスの魔法使いだろうと予想した。
「シュニーカ殿は相当の手練れのようですが……いいのですか? あなたのような実力を持つ魔法使いがルルカトンのような小国の一魔法使いの出迎えなど……光栄ではありますが恐れ多い」
セルジオが言うと、シュニーカは目をぱちくりとさせた。
「確かに年齢の割には腕はいいと自負していますし、天才と呼ばれる事もありますが……」
「やはり……」
「ですが、このマナリルには私より上などごまんといらっしゃいますよ。私のような天才止まりでは敵わない方々が上の世代にいるものですから……本当に、驕る余裕もないんですのよ」
「ははは、流石は魔法大国ですね」
淑女らしい謙遜だろうとシュニーカをセルジオは話半分で受け止める。
しかしこの翌日、王都からの迎えである一人の魔法使いが到着した事で、シュニーカの言葉が嘘では無かったのだと思い知る事となった。
「セルジオ殿ですね。お待たせ、しました」
ダンロード家で歓迎された翌日、王都から訪れた迎えの女性を見てセルジオの背筋が凍る。
白い肌と髪、血のような眼、そんな目立つ特徴すらも霞んで目を惹くのは口の中に見える猛獣の牙のような歯だった。そしてその後ろには率いるように四匹の魔獣が座っている。ルルカトンにも生息している狼型の魔獣エリュテマだ。
しかし、セルジオは断じてその外見と率いている魔獣を恐れたわけではない。セルジオの背筋を凍らせた理由は別にある。
「王都より、お迎えに上がりましたネロエラ・タンズーク、と申します。こちらの四体の、エリュテマは私の友人なので、ご安心を……客人であるあなたを、安全に、王都へお届けいたします」
ネロエラと名乗る女性は少し口調がたどたどしく気弱な印象すら抱くかもしれない。
だがセルジオは全くそんな印象を抱けない。ネロエラはセルジオがマナリルに来てから見る人間の中で明らかに存在感が違う、普通なら一番に指摘するであろう後ろのエリュテマ達すら気にする余裕が無い。
儚げな所作に隠れた歴戦の魔法使いの佇まい、鍛錬だけではなく実戦を乗り越えて得た屈強な雰囲気。纏う空気は野に咲く花々のような逞しさを感じさせる。
なるほど、昨日シュニーカが言っていたのは謙遜では無かったようだとセルジオは納得してしまう。こんな魔法使いがいるのなら確かに自分をまだまだと形容したくなるのも理解できる。
「よ、よろしくお願いします……」
「魔獣が引く馬車は初めて、かもしれませんが……馬よりも速く、快適ですのでご安心ください。安全は、マナリル国王カルセシス様のお墨付きです……」
そんな説明をされずとも安全に決まっている。
この女性と四体のエリュテマを襲う愚者などいるはずがない。空腹の獣や盗賊の集団ですら伏せて道を開けるだろう。
セルジオはネロエラに気圧されている自分を奮い立たせて平静を装う。
「シュニーカ殿にお話は聞いていましたが……マナリルの歓迎は素晴らしいですね。あなたのような魔法使いを自分のような若造に送って下さるなんて……」
「あなたのような……とは」
「魔獣を完璧に従えているその力量……。何よりその隙の無い佇まいが"魔法使い"としての腕を感じさせます。マナリルではさぞ名のある御方なのかと推測したのですが……」
最初はきょとんとしていたネロエラはとりあえず褒められているのだろうと理解して愛想笑いを浮かべた。
「ありがとうございます……ルルカトンの魔法使い、は……魔法だけでなくお世辞も、お上手なんですね」
「いえ、お世辞などでは……! あなたほどの力量であればマナリルでもトップクラスの魔法使いでいらっしゃるのかと!」
「私なんかがトップだなんて……私は、同期の中でも、下から数えたほうが早い、くらいですよ……。本当に、大した事はありません。自慢できるのは、この四匹のエリュテマ達、くらいなものです」
その言葉が謙遜ではなく本気で言っているのが伝わり、セルジオは青褪める。
どんな同期だよ、とは恐ろしくて言えるはずもなく……セルジオは大人しくエリュテマが引く馬車の中へと腰を引けさせながら乗り込んでいった。
同期。
お読み頂きありがとうございます。
よその魔法使いがマナリルの魔法使い達と出会うだけの短編です。何話か続きます
『ちょっとした小ネタ』
ネロエラは28歳の時に起きた「九尾絢爛事件」で血統魔法を覚醒させているのではちゃめちゃに強いです。純粋な戦闘能力は同期の中でも真ん中辺りなのですがギリギリ下から数えたほうが早いので嘘は言ってないです。




