カエシウス家の一騒動3
「ベネッタ先生……」
「カルミナちゃん? どうしたのー?」
翌日、アルム達が昨夜そんな事を相談していたとは知らずにカルミナはベネッタの所を訪れていた。その表情は曇っていて明るさは無い。
ベネッタはカルミナの表情こそ見えなかったが、カルミナの声色がいつもより落ち込んでいるのを察して手招きした。今いるのは専属治癒魔導士として用意された部屋だが、怪我人が寝ているわけでもないので今だけは相談室扱いでいいだろう。
「せっかくお父さんが帰ってきてるのにボクのとこなんて来ていいのー? アルムくん忙しいから今のうちに甘えておいたほうがいいよー?」
「……」
ベネッタから見るカルミナは歳の割に大人びている子という印象だ。
好奇心旺盛なティアと比べて貴族らしくを幼い頃から心がけている子で、子供らしい振る舞いは髪型を頻繁に変えたがる事くらい。
それもミスティという母親に特に憧れてから、母親譲りの髪をいつでも綺麗にしておきたいという可愛らしい動機だった。
ベネッタにとっても娘のような存在だが、こんなに暗いのは初めてかもしれない。
甘えたくても素直に甘えられない子だからこそアルムのほうに行くようにと言ったのだが、まるで逆効果であるような無言の時間にベネッタは違和感を感じていた。
「カルミナちゃん? 何かご相談? ボクでよければお話相手になるよー? ほら、あったかい紅茶もあるよー」
「……」
「お菓子もほら! クッキーあるんだー」
カルミナを座らせるとベネッタは急いで新しいカップを用意して注ぐ。
今日こっそり食べるつもりだった高級クッキーも出してカルミナの言葉を待った。
話せるタイミング、言葉に出来るタイミング。それは人それぞれだ。
ベネッタはカルミナを急かす事無く、向かいに座ってクッキーをつまむ。
「……ベネッタ先生は、お母様と同級生でいらっしゃいますわよね?」
「うん、そうだよー。大変だったけど楽しかったなー。ティアちゃんも来年だねー」
「はい……」
ベネッタの脳内にびびっと電流が走った。
姉であるティアが学院に行ってしまうのを想像して寂しくなったんだ、と自分の冴え具合に心の中で自画自賛する。
「なに? ティアちゃんが学院に行っちゃうから寂しくなっちゃった?」
「いえ、それは全く……。ティアお姉様は優秀でいらっしゃいますから、ベラルタ魔法学院に行くのは当然ですわ……」
「ま、全くなんだー……」
ベネッタは心の中でティアに謝る。
ティアとカルミナは仲のいい姉妹なのだが、やはりカルミナは貴族らしさ、特にカエシウス家としての価値観が育っているのでティアがベラルタ魔法学院に入学するのはむしろ当然だと思っているようだった。
さっきの自画自賛は一体何だったのだろうか。ベネッタはもうカルミナが暗い理由が想像つかなかった。
「あの、ベネッタ先生……これは、まだお母様にしかお話していない事なのですが……聞いてくださいますか?」
「うんうん、大丈夫。ちゃんと聞くよー、カルミナちゃんがそうしてほしいなら他の人にも内緒にしとく」
ベネッタは唇の前で人差し指を立てて内緒のジェスチャーをする。
その言葉でカルミナは意を決したように自らの悩みを吐露した。
「正直に言ってくださいませ……アルム、お父様は……私の本当のお父様ではないのですわよね……?」
「………………え?」
あまりの衝撃にベネッタは普段閉じている目を見開いた。
「カルミナを子供だからと誤魔化すのはどうかやめてください……どうか……。ベネッタ先生はお二人の友人で、子供の私に対して大人らしい対応をしなくてはいけないのわかっておりますわ……。けれど、私……!」
ベネッタが固まっているとポロポロと泣き出してしまうカルミナ。
予想外の事を言われて反応が遅れたが、ベネッタは懐にある魔石に魔力を送ると……立ち上がってカルミナの横まで歩いていった。
「カルミナちゃん……それはない……それないから大丈夫だよー」
「ベネッタ先生まで……やはり私が子供だから本当の事を……」
「違う違う違う違う! 本当に! 大丈夫ー! それだけは本当に無いから安心してー!」
ベネッタは早口で否定しながらハンカチを取り出し、カルミナの涙を拭う。
冗談のような話に動揺こそしたものの、すんすんと鼻を鳴らすくらい泣いているカルミナを見るのは初めてで、カルミナが本当に苦しんでいるのがベネッタには理解できた。
「ど、どこからそんな発想になったのかはわからないけどー……これだけは断言するよー。カルミナちゃんのお父さんは間違いなくアルムくん! 絶対!」
「で、ですが……」
「ルクスお兄さんとエルミラお姉さんに聞いても絶対そう言うから! 大丈夫だよ、カルミナちゃん。あなたが子供だから誤魔化しているとかじゃなくて絶対だから」
涙を拭うと、ベネッタはカルミナの頭を撫でる。
ベネッタの力強い言葉に少し落ち着いたのか、カルミナも耳を傾けるようにベネッタをじっと見ていた。
「あのね……こう、ミスティがいない時に思い出話をするのもなんだか悪いけどー……カルミナちゃんがよくない誤解をしてるから言うね?
ミスティはとある時期からほんっとにもうわかりやすいくらいアルムくん一筋だから他の人となんて有り得ないよー? 貴族がどうこう家柄がどうこうとか無視でアルムくんを婿入りさせたしー、カルミナちゃんが心配しているような事はないない」
「ですが、私達姉妹は全員髪も瞳もアルムお父様に似ていません……そのせいか噂も広まっていて……。私……否定したくても、できなくて……」
「あー……それはー……うーん、話してもいいのかなー……。噂のほうはよく知らないから何も言えないけどー……似てない理由は一応ちゃんとあって……。
いやカルミナちゃんにこんな悲しい誤解をさせるよりはましだから言っちゃおう……。えっとね、アルムくんの髪と瞳の色は遺伝しないんだよー」
噂を思い出した悲しさからかまた泣きだしそうになるカルミナの涙が止まる。
「遺伝しない……というのは?」
「アルムくんは黒い髪に瞳でしょ? カルミナちゃんやティアちゃん、それにヴィアラちゃんの誰にも遺伝しなかったから不安になっちゃったんだよね? 似てないってー?」
「は、はい……」
「思い出してみてカルミナちゃん? ここにいる使用人の人とかパーティに来てた人とか……アルムくんと同じ髪と瞳の色をした人に会った事あるー?」
言われてカルミナは顔を覚えている人達の事を思い出す。
確かに、いくら思い出しても自分の父親と同じ色をした人は見たことが無かった。
「ありま、せんわ……」
「うん、珍しいってだけじゃ説明できないくらい黒の人はいないでしょー? アルムくんのあれはね……あ、来た……。流石に早いなぁ……」
「来た……? どなたが――」
カルミナが不思議がっていると部屋の扉がノックも無しに勢いよく開く。
その勢いにカルミナが振り返ると、よほど急いで来たのか息を切らしているミスティがいた。
「はぁ……はぁ……! カルミナ……!」
「お、お母様……? お仕事は……」
「ごめんね、内緒って言ったけどボクと話すよりお母さんと話すほうがいいだろうからさっき呼んじゃったー……聞いてあげて、お母さんのお話をさ」
「……はい」
カルミナは立ち上がり、ベネッタに背中をぽんぽんと押されるとミスティのほうへとゆっくりと歩いて行った。
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短いですが次でラストになります。




