アルムvsエルミラ4 -魔法創世暦1719年-
「ちっ……厄介な魔法ねこの!!」
「お互い……様だろう!!」
正面からぶつかり合う二つの魔法。
エルミラが操る炎と灰の爆発をアルムは鏡の剣で切り裂いていく。
炎も灰の爆発もまともに受ければ拮抗が崩れる。アルムといえど、エルミラの覚醒した血統魔法を前に挽回するのは難しい。エルミラもまたその斬撃を本体へ直撃させないように立ち回る。
アルムは必死になって鏡の剣を振るい、エルミラは一定の距離を保ちながら猛攻を叩きこむ。
先程ひび割れた実技棟の床はとうに砕けて、崩れた足場を跳躍しながらアルムとエルミラは互いを追い詰める攻撃を繰り返す。
(ほんの少し押されてる! アルムの漏れ出た魔力は灰にできても世界改変は灰にできない……! 魔力切れまでに押し切れるか怪しい――!)
自身の猛攻を切り裂きながら向かってくるアルムにエルミラは舌打ちする。
エルミラの覚醒した血統魔法は魔法生命の体を焦がし、呪詛すら燃やす力。
だが、世界そのものは燃やせない。
炎と爆発による圧倒的な手数と威力を重ねるが、その全てを受け切っているアルムの姿にエルミラはつい口角を上げた。
(僅かに押されてる……! 【一振りの鏡】は灰にされないが、漏れだした俺の魔力を灰にしているから手数が落ちない……! 魔力切れまで俺の体が持ちこたえられるか!?)
一方、アルムもまた同じような思考に思い至る。
互いに認識が同じなのはどちらかが間違っているわけではない。
エルミラは魔力切れが近く、アルムは肉体の限界が近いからだ。互いの手を抜けない一手一手がお互いを違う形で追い詰めている。
……二人は共に相手の実力を最もよくわかっている。
それは学生時代、二人共が魔法生命を最も倒した味方同士だったから。
どれほどの辛苦なのか、どれほどの苦難だったかを誰よりも知っている。
実力という点において二人は婚姻を結んだ相手よりも理解しあった者だからこそ――
(魔力の温存なんて知った事か! 攻撃は緩めない!!)
(このままだと一気に傾く! その前に一撃のチャンスを作る!!)
――模擬戦だろうと何だろうと本気で倒しにかかるしか選択肢は無い!
「"炸裂"!」
「!!」
エルミラの一声。アルムの足下が爆発する。
床が砕け、不安定となった瓦礫を崩してアルムの体勢が崩れた瞬間を狙って炎を操るが、
「!?」
その攻撃を予期していたのかアルムはその場にはいない。
ほんの少し態勢を崩したアルムがいるはずだったつもりのエルミラは、アルムがそこにいない事に気付き、一瞬動きが固まる。
そこに、爆炎を裂きながら鏡の剣が飛来する――!
「ぐっ……!」
飛んできた鏡の剣を体を横に逸らしてかわし、後ろの壁に突き刺さった鏡の剣を肩越しに見ると、鏡の剣は役目を終えたように消えていた。
「【一振りの鏡】を解除した!?」
ついに体の限界が来たのかと前を見ると、エルミラの視界は突っ込んでくる二枚の魔鏡に塞がれる。
それはスピンクスモチーフの魔法を出した際に消滅せずに残していた『永久魔鏡』の魔鏡――!
「残してた二枚……! ちっ!」
ここで使うのか、とエルミラは舌打ちしながら突っ込んでくる二枚の魔鏡を焼き尽くす。
砕け散った鏡の破片と爆風の狭間に見える視界……その中にアルムはいた。
「『準備』!」
背後に跳んだ勢いのまま壁を背にしてアルムは唱える。
次唱える魔法を強化する補助魔法、そして――!
「"変換式固定"!!」
「!!」
アルムの右腕から魔法式が展開され、床にまで伸びていく。
血塗れの腕にはなおも渦巻く魔力。構築された魔法式は砲台となってアルムの体を固定した。
鏡の剣と二枚の魔鏡を使って作った時間はこのために。
何を使うのかは明白。その気になれば一階全てを呑み込むであろう規模の魔法。
二人の視線が交差して、エルミラはにやりと笑った。
「上等ぉおおおおおお!!」
嵐のように燃え上がる炎が実技棟の床を、天井を灰に変える。
アルムの瞳の中に見た本気に応えるべくエルミラは迎撃を選択した。
熱風渦巻く灰の嵐。白く輝く魔力の波濤。
向かい合う災害の予兆は共に最大火力の布石に過ぎない。
うるさい理性! 顔出せ欲望! 魔力がどうだの知った事か!
「"魔力堆積"! 『光芒魔砲』!!」
「灰に変えろ! 【暴走舞踏灰姫】!!」
アルムの右腕から放たれるは一階全てを薙ぎ払う巨大な魔力の砲撃。
対してエルミラは全ての灰と炎を注ぎ込んだ最大火力。
エルミラはアルムの魔法全てを灰にせんと燃え上がり、アルムはその炎を打ち破らんと荒れ狂う!
アルムの右腕からは魔力の混じった血が噴き出て、エルミラは全てを絞り切ろうと鼻血を垂らしながら魔力を込める。
「はあああああああああ!!」
「があああああああああ!!」
二人の魔法が衝突するその瞬間――!
「【雷光の巨人】!!」
その二つの魔法の間に三つ目の魔法が介入する。
空気を裂く雷の光。咆哮と雷鳴の入り混じる轟音。
突如現れた十メートルを超える雷の巨人は、アルムとエルミラの魔法どちらも受けて数秒拮抗し……そのまま爆発するように砕け散っていった。
「あ……」
「っと……あー……」
そこでようやく、二人の頭に上った血が冷えていく。
無事だった場所のほうが少ない実技棟の床、風穴の空いた天井、後もう一押しで外と繋がりそうな無惨な壁……そして何より模擬戦だというのに本気で相手を倒そうとしていた自分達。
親友であり、最も力を認めている相手だからこそ二人して止まろうとするどころか徐々に本気になってしまった結果がこれ。
一部が崩れかけている観客席から、ルクスは一階に下りてくる。
観客席のほうを見ると、防御魔法を使って避難しているエミリーがいた。
「……やりすぎだよ」
「「ごめんなさい」」
ルクスの一言に何の反論などできるわけもなく。
アルムとエルミラはそれはそれは綺麗に頭を下げた。
「じゃあ修理費用はロードピス家とカエシウス家で半々という事で」
「「異論ないです」」
「よろしい。後でヴァン学院長に事情を説明しに行こうか」
「「はい」」
ルクスの提案に直立姿勢を保ったまま頷くアルムとエルミラ。
どうやら二人なりの反省の証らしい。
ここだけ巨大な怪物にでも襲われたのかという惨状……授業があったら大騒ぎになっていただろう。
「ママかっこよかったよ!」
「そうでしょ!?」
「でもやりすぎなのは本当にパパの言う通りだから……」
「そ、そうよね……」
エミリーに褒められて嬉しいやら反省するべきやら。
自分でもやり過ぎたという自覚があるからかエルミラは苦笑いを浮かべるしか出来ない。
「アルム、君ももう少し……あるだろう?」
「エルミラ相手に手加減は無理だからああなるのは目に見えてたな……それはそれとしてやり過ぎたなぁ、とは思ってる」
「何で開き直ってるかな……いや、止めるのが遅かった僕も同罪か。エミリーの勉強になると思ってみてたらまさか本当に実技棟を吹き飛ばそうとするとは思わなかったよ……」
あのまま二人の魔法の衝突が続いていたら間違いなく実技棟が一つ消えていただろう。
ルクスは割って入らなかった時の未来を想像してぞっとする。
実技棟は魔法儀式をやる前提の強度で作られており、そこらの建物よりずっと頑強なのだが……二人の前ではその頑強さも役に立たないようだった。
「それにしても、鈍ってないないみたいで安心したわアルム」
「エルミラもな。むしろ精度だけなら上がったか、今でも鍛錬を続けてるみたいだな」
「当たり前でしょ。あ、そうだ。何で百足使わなかったの? 拘束されるならあれか紅葉のやつかなって警戒してたんだけど」
「百足は俺が敵に殺意無いと出てこないから。本気は出したけど親友に殺意はもたないだろ。紅葉はエルミラとの相性が悪いから無理だな」
「あぁ、なるほどね」
「自然に感想戦をするんじゃない!」
アルムとエルミラが反省もそこそこに今の模擬戦についてを振り返っていると、すかさずルクスが割って入る。
「まぁ、でもルクスも最後まで止めなかったから」
「そうそう、同罪同罪」
「嘘だろう!? 同罪!? 同じ罪なのか!?」
二人から数に任せた反論をされてルクスもたじたじ。
模擬戦をしたのが二人なので自然とルクスを巻き込んでやろうという連携力を発揮する。
二人の暴走を止めた功労者のはずが、いつの間にか連帯責任でお仲間扱い。
そんな理不尽な巻き込まれ方をされながらもルクスは、しょうがないな、なんて笑って……何故か受け入れてしまうルクスにアルムとエルミラも釣られて笑っていた。
「ふふ、ママもパパもアルムおじさんも……何だかずっと楽しそう」
そんな三人がああでもないこうでもない笑い合っている光景を外から眺めて、エミリーはこんな大人同士になれたらいいな、と微笑むのだった。
――後日、ヴァンから事情を聞いたミスティとベネッタにアルムとエルミラが改めて怒られたのは言うまでもない。
お読み頂きありがとうございます。今回の短編はここまでとなります。
実技棟さんは犠牲になったのだ……。
時折こんな感じで投稿しますので、また覗きに来てやってください!




