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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部アフター:未来への頁

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アルムvsエルミラ -魔法創世暦1719年-

「ああ……。勝てませんー……」


 魔法創世暦1719年。ベラルタ魔法学院で一人の少女が嘆く。

 今年二年生となり、ガザス留学から帰ってきたエミリー・ロードピスは実技棟の床に大の字になって寝転んだ。

 魔法の練習や魔法儀式(リチュア)が行われるこの場所は広い。大の字になって寝れば確かに開放感は溢れるだろうが……エミリーが着ている制服はスカート。貴族の淑女たる者そんな格好をしてはいけない。ましてや男性がいる場でなど論外だ。


「はしたない」

「いだあああああ! ママあああ!? 足閉じない! もうそれ以上閉じないぃい!!」


 その少女の母親エルミラ・ロードピスはそんな娘の姿を見て無理矢理手で足を閉じさせる。

 広がっていた両足が閉じ、ぴんと真っ直ぐになってもなお万力のように締め付け続ける母の怪力にエミリーはただ悲鳴を上げるしか出来ない。


「足とれるかと思ったよぉ……」

「アルムもパパもいるんだから気を付けなさい」

 

 エルミラは足をきっちり閉じて座るエミリーに念押す。

 今日はウェストコートにノースリーブのジャケットと動きやすい格好をしており、赤みがかった茶髪も後ろに結んでいる。

 今日はベラルタに帰ってきたエミリーの希望でアルムとの個人訓練をしており、ルクスとエルミラは王都に寄る用事のついでにこっそり見学に来ていた。


「別に下に何か履いてるだろうからいいだろ」


 模擬戦を終えて、エミリーにタオルを投げるアルムが言う。白シャツに黒いズボンとこちらもシンプルで動きやすそうな格好だ。

 当たり前といえば当たり前だが、エルミラの心配をよそに淡々としていた。

 そんなアルムをエルミラはきっと睨む。


「よくなーい! 私に似て美人のエミリーよ!? あんたが万が一手でも出したらどうすんのよ!?」

「いや、ないだろ……」

「それはそれでエミリーに失礼でしょうがあ!」

「エルミラ、落ち着こうか……」

「じゃあどう答えたらいいんだ……」


 エルミラの高ぶりように二階の観客席からルクスが下りてくる。

 二人と違って動きやすさよりも貴族らしい着飾った格好だ。元々王都に行く予定だったからであろう。

 アルムに噛みつこうとするエルミラをルクスが抑え込む光景を見ながら、エミリーは首を傾げた。


「でも……学生時代にアルムおじさんとママって結構一緒にいたのにそういう関係にならなかったんでしょ? じゃあ私がママ似ならアルムおじさんも興味無いんじゃ……?」


 正鵠を射るかのようなエミリーの声にエルミラはぴたりと止まる。

 そしてじっとアルムを見て、一人納得したように頷いた。


「確かに。三年も同じ寮にいたけど毛ほどもそんな感じにならなかったわ」

「僕としてはエルミラが一番だったからよかったけどね」

「ちょ、ルクス……照れる……。不意打ちは無し……」


 流石夫婦というべきか、長く連れ添っても愛は健在というべきか。息を吸うように仲の良さを見せつけるルクスとエルミラ。

 アルムはその様子を微笑ましく見ながらミスティの事を思い出す。

 ちなみにミスティはカエシウス領で領地視察、ベネッタはダブラマの追悼式典に出席するためにダブラマへ移動中なため全員で集まるというわけにはいかなかった。


「で、アルム? エミリーはどう?」

「あはぁ……何かママとパパに直接私の評価を聞かれるって緊張する……」

「パパもエルミラもエミリーが頑張ってるのはわかってるからね、悪い事が言われないってわかってるから聞けるのさ」


 アルムは一応確認とばかりにエミリーに視線を向ける。

 エミリーが頷くとアルムは模擬戦をやってのエミリーへの評価を口にし始めた。


「相変わらず二年の中では飛び抜けてるな。留学でベラルタにいるのとはまた違う使い手に触れてきたからか視野が広くなったと思う。後手に回った時の立ち回りに少し余裕を感じた。魔法の精度は元から高いからいい経験を向こうで積んだのがわかる」

「わ! わ! 高評価!」

「ただエミリーの持ち味を活かすならその広くなった視野で後手に回らない事を考えたほうがいいかもしれない。俺相手にエミリーが後手に回っても意味ないだろ?」

「う……確かにです……」


 アルムは誰かを過剰に持ち上げたりすることが無い。

 その信頼があるからこそアルムが口にする評価はエミリーを一喜一憂させた。


「そうだな、実力的には一年の時のエルミラくらいてところか」

「お、アルムにそこまで言わせるなんて流石エミリーだね」

「やるじゃないエミリー!」

「それでもママの一年生の時くらいなの!?」


 手放しに賞賛するルクスとエルミラとは裏腹に嘆くエミリー。

 エミリーは今二年生……確かに母親の一年の頃くらいと言われれば喜びより釈然としない気持ちが勝つのかもしれない。

 あまりに遠い背中に肩を落としていると、ふとエミリーの頭に疑問が浮かぶ。


「今の私が一年生の時のママくらいの強さで、それでも全然敵わないって事は……やっぱりアルムおじさんは学生の時より今のほうが強いって事ですよね?」

「ああ、そりゃそうだ」

「じゃあ……今のママとアルムおじさんだとどっちが強いんですか?」

「「……どっちが?」」


 ただ母親との差を確認する為に投げかけたエミリーの純粋な質問。

 それが幸か不幸か……学生時代から残り続ける二人の闘志に火を点けた。









「じゃあ魔法儀式(リチュア)ルールね」

「ああ」


 一定の距離まで離れて準備運動をするアルムとエルミラ。

 観客席に避難……もとい移動したエミリーはやる気満々の二人を見てあわあわと後悔している。


「そ、そんなつもりじゃなかったのに……」

「いや、まぁ、エミリーのせいじゃ……うーん……」

「せいじゃないって言ってよパパ!?」


 止められる雰囲気ではない二人を見てルクスは苦笑いを浮かべる。


「……大丈夫かな」

「そうだよね……ママが心配――」

「この実技棟」

「ママの心配は!?」


 普段エルミラを一番に考えていると言っても過言ではない父ルクス。

 そのルクスが真っ先に心配するのがエルミラでもアルムでもなく、この実技棟そのものである事がこれから起こるであろう模擬戦の壮絶さを予感させる。

 娘であるエミリーはエルミラの本気を見た事がない。

 けれど、アルムと対峙するエルミラが手加減する気がないというのは空気で伝わってきた。


「言っておくけど手加減しないわよ」

「当たり前だ。お互いに……手加減できる相手じゃない事くらいわかってるだろ」

 

 言いながらアルムは耳に着けている魔石に魔力を通す。


「魔力解放申請。アルム」

『こちら王都観測室。申請受理しました』


 王城にある観測室に繋がり、アルムは蓋していた魔力を解放する。

 二人の用意が整って、観客席のルクスが立ち上がった。


「あまり大きな怪我はしない事を祈るよ――始め!」


 ルクスの声掛けと共に二人の魔力が加速する。

 互いの手の内はわかっている。ゆえに、二人は魔法使いの戦闘における基礎をかかさない。


「『強化(ブースト)』『抵抗(レジスト)』」

「『炎奏華(カロリア)』!」


 アルムの体に白い魔力光、エルミラの体には赤い魔力光が灯る。

 互いに補助魔法を唱えた瞬間、いや唱え切る前から駆け出す。

 馬車の衝突がごとき勢いで二人が互いに殴りかかる。


「はあああああああ!!」

「ああああああああ!!」

 

 互いの顎を狙った拳を互いに止め、頭突き。

 組み合った二人の体は肉体というよりも鉄の塊。


「『炎竜の息(ドラコブレス)』!」

「!!」


 エルミラが唱えたその瞬間、アルムは掴んでいた拳から咄嗟に手を離して蹴り上げる。

 エルミラが得意とする中位の攻撃魔法。蹴り上げて上を向いた拳から火柱が上がり、実技棟の天井を少し破壊する。

 魔法を一つかわされたからといってエルミラに大きな隙があるわけではない。


「『魔弾(バレット)』」

「っ!!」


 お返しとばかりに捕まれていた拳の周囲に五つの魔力の弾が浮かぶ。 

 エルミラも同じようにアルムの拳から手を離し、顔面目掛けて放たれた五発の弾は体を大きく逸らしてかわす。

 無論、その体勢すら隙ではない。


「『蛇火鞭(フレイムスネイク)』」


 一見、距離をとるのかと思うような体勢のままエルミラは火の鞭をアルムの腕に巻きつけて自分のほうに引き寄せる。

 アルム相手に使うにはあまりに非力な下位の攻撃魔法。"現実への影響力"を底上げする強化も使っていないのでアルムの強化を考えると熱い縄程度でしかない。

 だが、縄でいい。

 アルム相手に遠距離から魔法戦なんてまっぴらごめんだとエルミラは笑みを浮かべる。


 アルム相手に最も警戒すべきは"星の魔力運用"――魔法の三工程を魔力の限り繰り返す事で本領を発揮するオリジナルの無属性魔法。すなわち魔力量による圧殺。

 時間を与える距離を作ってはならない。後手に回らず、後手に回させる。

 アルム相手に様子見ほど愚かな行為は無い。無理な体勢だろうがなんだろうがダウンするまで攻め手は切らさないとエルミラは心に決めた。


「『幻獣刻印(エピゾクティノス)』!」


 自分を引き寄せる鞭を切り裂くべく、アルムは切り札の一つでもあるオリジナルの獣化魔法の一種を唱える。

 体の中心から全身に伸びる魔法式。両手両足に三本の爪が伸び、腕に巻き付いていた鞭も切り裂いた。

 エルミラの目的は間違いなく接近戦。ならその意図にあえて乗れる魔法をとアルムは選択する。

 アルムは接近戦に長けた『幻獣刻印(エピゾクティノス)』を先手で唱えられているが、エルミラはまだ強化一つ。時間をかければそれだけ魔力を積み重ねて『幻獣刻印(エピゾクティノス)』の先に唱えたアルムが有利になる。

 引き寄せられた勢いのままエルミラに爪で斬りかかろうとするが――


「――舐めてんの?」


 相対するエルミラの顔は肉食獣のような苛烈な笑み。

 エルミラは勢いのまま突っ込んできたアルムの懐にすかさず潜り込み、内側から危険な爪を遠ざけるように両手を開かせる。

 まるでガードを外されたかのようの状態――その隙をエルミラは見逃さない。


「【暴走舞踏灰姫イグナイテッドシンデレラ】」

「しまっ――」


 歴史の声が魔法の名前に重なる。奏でるはロードピス家の血統魔法。

 灰のドレスがエルミラを包み、あまりに早い血統魔法のタイミングがアルムの意表を突いた。

 ドレスから伸びる足を上げ、エルミラは灰のヒールを容赦なくアルムの胸にある魔法式へと突き刺す。

 瞬間――耳をつんざくような爆発音。

 爆風がアルムの体を襲い、魔法式が砕ける音と共にアルムは後方へと吹き飛んだ。

お読み頂きありがとうございます。らむなべです。

お久しぶりに短編として数話投稿します。三話か四話の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます これは後から全員ミスティベネッタに説教喰らうコース間違いなし
[一言] ちょっと待て!リチュアルールで血統魔法はありなんか!!!!?w
[良い点] 久しぶりの更新ありがとうございます! 時々読み返してるからめちゃくちゃ嬉しいです!
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