ティアの甘え方
※使用人相手の場合
「ラナさん、お仕事中ごめんなさい。お時間空いたら新しい髪の結い方を教えてほしいのですけど……」
「今空きましたティアお嬢様。さあどんな髪型に致しましょうか?」
廊下でティアに呼び止められ、ラナは今後の予定を脳内で一瞬で変更する。
なにせ敬愛する主人の愛娘ティアのお願いだ。これに応えずして何が使用人か。
決して上目遣いのティアに骨抜きにされたからではない。そう決してだ。
「その、私が自分でも結えるような髪型はあるでしょうか? その……一人でやって……お、お母様に……褒めて頂きたいのです」
「ええ、ええ! 練習しましょうティアお嬢様。ささ、急いでお部屋に……ばれてしまっては驚かせる事ができませんからね」
ラナが唇の前に人差し指を立てて秘密を強調する。
ティアはそれを見て嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとうございますラナさん!」
「このラナにお任せ下さい。ティアお嬢様が一人で髪を結えるように何時間でもお付き合い致しますとも」
※母親相手の場合
「どうですかお母様! ティアのこの髪……私が一人で結んだんですよ!」
執務室の真ん中でティアは得意気にくるんと回って後ろに結んだ髪を見せる。自分で選んだリボンがひらりと舞っていて、ティアの表情は得意気だ。
そんなティアの姿が可愛らしく、ミスティは自然と笑みが零れる。
「本当? 凄いわティアとても素敵ね。今度私の髪もやってほしいくらい」
そんなミスティの言葉にティアはぎょっと驚く。
いつも完璧な母親の髪を自分が結ぶ……重圧と同時に嬉しさがこみ上げる。
「え? え!? わ、私がお母様の髪を……? い、いいのですか!?」
「今のティアがとても素敵なんだもの。ティアがやってくれたらとっても嬉しいわ」
「やります! お、お揃いにしても……いいですか?」
「ええ勿論。早速明日にでもやってもらおうかしら? ティアにやってもらうなんてきっといい日になるに違いないわ。お仕事だけだと勿体ないから一緒にお買い物でも行きましょうか?」
「は、はい! 楽しみにしていますお母様! 約束ですよ!」
ティアはミスティと指切りして執務室を出ると、途端にティアを不安が襲う。
「ら、ラナさん……! ラナさ~ん!!」
思い切って約束をしたものの母親の髪を結う大役……もっと練習しなければと急いでラナを探し始めた。
※父親相手の場合
「お父様、髪を結んでくださいませんか? 遊んでいたらリボンもほどけてしまいました」
トランス城の図書室で本を読んでいたアルムの下にティアがとてとてと駆け寄る。
アルムは読んでいた本から視線を外し、ティアのほうに向き直る。
「ん? 俺でいいのか? ラナさんを呼んだほうがいいんじゃ?」
使用人でティアの身だしなみを一番世話しているのはラナだ。
アルムもそれをよく知っているからこその提案だったが、ティアは慌てた様子で首をぶんぶんと振る。
「ら、ラナさんはお仕事でお忙しいでしょうから駄目です……! そ、それに他の使用人の人達も今は大事なお仕事中ですから駄目なんです! もう誰も空いていません!」
「え、そうなのか? 急な来客でもあったのかな……?」
アルムは今日のトランス城の予定を思い出すが、今日の来客は一件だけ。
トランス城で働く精鋭ともいえる使用人が全員手が空かないような予定はなかったはずだが……ティアがこう言うという事は何か急な予定が入ったのかもしれない。
それならティアが自分の所に来るのも頷ける、とアルムは自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「わかった、おいでティア」
「はい!」
アルムが手招きするとティアは満面の笑みでアルムの膝の上に飛び乗る。
膝の上に座ったかと思うとティアは体を預けるように寄り掛かった。
「ふふ、久しぶりにお父様のお膝の上に座れました……」
「そうだったか? 別に座りたいなら言ってくれていいんだぞ? ティアももう八歳だからもう少し大きくなったら難しくなるだろうが……」
「何を言っているんですかお父様。ティアがいくつになってもお膝に乗せてくださらないと駄目ですわ」
「はは、そうなのか?」
「はい、そうです!」
「わかった、ティアのお願いなら仕方ない」
アルムがティアの頭を撫でると、ティアはもっとと言うかのように背筋を伸ばす。
自分の我が儘を受け入れてくれるのが嬉しいのか、足はぶらぶらと揺れていた。
「ああ、髪のほうはあまり期待はしないでくれよ。こういうのはお父様の苦手分野だからな」
「髪……? あ、ああ! そうでした! だ、大丈夫です!」
「ティアが自分でやるほうが上手に結べるんじゃないか?」
「てぃ、ティアはまだ自分で髪を結べませんもの! お父様にやっていただかなくては!」
思い切り嘘をつきながらアルムに頭を押し付けるティア。
誤魔化したり嘘をつくのが下手糞なのはアルムに似たのか。一方、鈍すぎるアルムもアルムでそんなばればれのティアの嘘に気付く様子も無かった。
「そうか。じゃあ俺が頑張らなきゃな。えっと……?」
「うふふ、頑張って下さいお父様!」
「ああ、簡単なものならなんとか……うーんと……」
「ふんふんふーん」
女の子の髪を結うという決して器用ではないアルムにはハードルが高いミッション。
後ろで苦心しているアルムを他所に……膝に乗って髪を触ってもらっているのがよほど嬉しいのか、ティアはご機嫌に鼻歌を歌い始めていた。
まるでこの時間がいつまでも続くようにと願っているかのように。
いつも読んでくださってありがとうございます。
お久しぶりに短いお話をお届けします。




