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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
98/1050

89.四日前

 動かぬ体でルクスは未だ残る自分の魔法を見つめる。

 視線の先には大百足を抑える雷光の巨人。

 頭に食らいつかれていてもなおその剛腕は大百足を離さない。


「よ……し……」


 安堵するルクスに足音が近づく。

 魔法の衝突により、道と言える場所はもう無い。

 土を踏む音だった。


「呆気なかったのう?」


 足音の持ち主はヤコウ。

 魔力切れで動けないルクスを見下ろしている。

 一歩引いた場所にヴァレノもいた。


「とはいえ、不完全な"鳴神"を獣化にアレンジして利用する魔法の造詣の深さは見事。

だが、覚えておくとよい。"鳴神"は獣の姿をしているだけで獣ではない(・・・・・)


 その言葉の意味も今のルクスには理解できなかった。

 幼い頃に母から伝え聞いた魔法。

 その真髄は別にあるのか。

 ヤコウの声にルクスは睨む事しかできない。


「どうされますか?」


 後ろのヴァレノがヤコウに尋ねると、ヤコウは首を傾げる。


「何がじゃ?」

「今から追えば逃げた馬に間に合いそうですが」

「それは無理じゃ、見よ」


 ヤコウは大百足のほうに目をやる。

 ヴァレノも言われてそちらに視線を向けた。

 ルクスの血統魔法【雷光の巨人(アルビオン)】は未だ大百足を抑え続けている。


「こやつは限界が早いことはわかっていた。だから自分が動けなくなる前にあの巨人で先に抑え込む事を選んだんじゃ。

あれはこやつの切り札じゃろう。普通の魔法ならともかく、あれはこいつの命が尽きても数分はあのままじゃろうて。少なくとも儂は動けん」


 そう、万一に備えてルクスはあの大百足だけは抑える算段で動いていた。

 ヤコウを殺す為、そしてそれは同時にエルミラを追わせない為に打った巨人への命令だった。

 ルクスは今ヤコウに生殺与奪を握られながらも一矢だけは報いている。


「人の足で先に逃げた馬に追いつくのは難しいじゃろ。あの女子(おなご)を追えば次のトラブルに対応できない可能性が高い。

儂の目的もそなたの目的もこやつらを殺すことではない。そうであろう?」

「申し訳ありません。仰る通りです、あと数日というところでリスクを冒す理由はありませんね」


 数日。

 数日のうちにこいつらは何かを起こそうというのか。

 動けない体で入ってくる情報が歯痒い。

 少しでも誰かに伝えなければいけないというのにここから逃げる手段が無い。

 魔力の枯渇と魔法の反動でルクスは今やそこらの子供にも劣る。

 魔法など使われなくても、その手で首を絞められるだけでも抵抗できずに絶命するだろう。


「まぁ、だからといって、こやつを殺さない理由はないがな」


 降ってくる声はさながら処刑人の宣告。

 リスクを冒してエルミラを追う理由は無いが、ここでルクスを見逃す理由もまた無い。

 動かない敵の魔法使いを放置するなどという奇跡が起こるはずも無い。


「魔法の解釈を現実にする魔法の技術、巨人を支える歴史への敬意、儂を前に揺れぬ精神力……数年もすれば間違いなくこの国の歴史に残ったであろう。

英傑の器といっていい、まさか()以外に傷つけられるとは思っていなかったが……その器もこうなってはな」


 褒めながらもその声は見下すように冷たい。

 生きられなければ無価値だと突き付けているような鋭さが声にはあった。

 ヤコウは懐から短刀を取り出す。

 それはダブラマの刺客が持っていた黒塗りの短刀。

 それで止めを刺されれば、エルミラの証言があってもダブラマの刺客に殺されたと情報が錯綜する可能性が高い。

 最後の最後でルクスの顔が歪む。


「こういうのは持っておくものじゃな」

「く……!」


 その時、一陣の風が吹く。


「む」

「ぶへ……!」


 ヤコウはその風に反応し、ヴァレノを蹴る。

 ヴァレノがいた地面、そしてヤコウに突風が襲った。

 ごうっ、と勢いよく音を立て、意思を持つかのように吹き荒れる。


「誰じゃ?」


 ヴァレノがいた場所の地面は風によってえぐれるが、ヤコウは小さな傷が出来るくらいびくともしない。

 やがてその突風が過ぎ去ると、


「ほう」


 ヤコウの足下からルクスの姿が消えていた。

 感心するように笑うと、ヤコウは先程のルクスとの戦いの衝撃で横転し、転がっている馬車のほうに視線を向けた。


「これはこれは……とんだ大物と出くわしたものだ」

「……うちの生徒に何をしてる?」


 ヤコウの視線にいたのは、ルクスを抱え、馬車の上に立つヴァンだった。

 ヴァンはベラルタ魔法学院に緊急の伝令が届いた後、学院を他の教師に引継いでアルム達を追う為にベラルタを飛び出した。

 自身の魔法で移動していたところ、山で輝く雷の巨人と大百足の戦いを発見したのだった。


「ヤコウ様、あれがヴァン・アルベールです!」

「わかっておる。……なるほど、有象無象とは違うの」


 蹴とばされたヴァレノは起き上がるとヤコウの近くに駆け寄る。

 だが、ヴァンの視線は動きを見せるヴァレノではなく、ヤコウに釘付けだった。


「ヴァン先生……馬車に敵の魔法使いが……」

「何だと?」

「やつらは……その二人を狙ってます……」


 ヴァンはその短い説明で大方の事情を把握する。

 普段気怠そうな表情も今は無い。

 射貫くような視線でヤコウに集中しているが、そのヤコウはヴァンの視線に怯むことなく、むしろ面白がっている様子に見えた。


「今度は貴様が相手するのか? その"風の鎧"ならば楽しめそうじゃな」

「――っ!」


 言われて、内臓がくすぐられたように鼓動が跳ねる。

 ばれている。

 ヴァンの魔法である不可視の鎧。

 人間の飛行すらも可能とする風属性魔法にしてヴァン・アルベールの血統魔法。

 先程の突風による攻撃もこの鎧によるものだ。

 たった一度の攻撃で看破したヤコウの目にヴァンの額に冷や汗が流れた。

 

「いや、悪いが、あんたみたいな気味の悪い魔法使いを相手する気は無い」

「そちらにその気は無くても儂は違う。若い男児(だんじ)の奮闘を前に疼いておるでな」


 その言葉にルクスは少し引っ掛かる。

 だが、今重要なのはヤコウはこちらを見逃す気がないという事だった。

 そんなヤコウに対し、


「そうか、ならこの中にいる二人を俺は殺そう」

「む」


 淡々とヴァンは言い放つ。

 聞いたヤコウは表情を変えた。

 ヴァンの声は脅しなどではない。


「まさか、この状況で正々堂々一騎打ちをさせてもらえるとでも思ったのか?

勘違いするな、俺はあんた以外の魔法使いを見逃してやってもいいって言ってやってるんだ」


 ヴァンに視線が後ろのヴァレノに向けられる。

 これは明確な予告。

 戦いを始める気なら、ヴァンはヤコウ以外の三人をまず殺すと宣言している。


「お前が見逃すのは俺とルクスの二人。俺が見逃すのはお前以外の三人。数が合わないってのに譲歩してやってるんだ、何ならこっちは感謝してほしいくらいだ」


 やけくそ気味にヴァンはにやりと笑う。

 ヤコウはきょとんとした顔でそんなヴァンの顔を見ていると、


「ふふ……くくく……」

「あ?」

「あはははははははははは!!」


 大声を上げて笑いだした。

 声が夜の闇にこだまする。

 心底楽しそうで、それでいて聞いた者の恐怖を煽るような。妙に明るい声質が不気味さを加速させる。

 生きた心地を感じさせない砂のようなざらつきがヤコウが笑っている間心を撫でた。


「はー……なるほどなるほど。儂以外の命が勘定に入っておるわけか、これは失礼した。

そう言われては儂は引くしかあるまいな」

「だろ?」


 こっちの話に乗ってくれた事にヴァンは一先ず内心で安堵する。

 経験からか、ヴァンにはヤコウが仲間を大事に、というタイプには見えない。

 それでも言葉通り捕虜の命の為に引くのなら利用価値があるという事だろう。

 敵国の魔法使いの有能さにヴァンは初めて感謝した。

 このまま戦っても、自分だけなら逃げ切れるかもしれない。

 だが、抱えているルクスは殺される。

 自分の魔法を信頼してなおヴァンにはそんな不本意な確信があった。


「気に入った。そなたも見逃すのは二人にするがよい」

「……どういう意味だ?」

「馬車をあそこまで飛ばせ」


 ヤコウは当然のようにヴァンに命令する。

 そうすることが当たり前であり、自然の摂理であるかのように。

 ヤコウが飛ばせと命令した際の視線の先は、未だ組み付き合う雷の巨人と大百足の方向だった。


「……」

「安心せい、罠ではない」


 ヴァンは言葉通り、自分の体に纏う風で馬車を吹き飛ばす。

 突如起きた突風は馬車を蹴られた小石のようにいとも簡単に吹き飛ばし、削れた山肌を滑って二種の怪物の下まで転がっていった。


「むしろそなたの希望を叶えようというだけじゃ」


 そう言って雷の巨人の頭を喰べていた大百足が動く。

 ヴァンは身構えるが、命を探す触角はヴァンのほうを向いていない。

 その触角が向かう先は近くまで転がっていった馬車だった。

 百足の頭部が馬車に向くと、器用に倒れた馬車の上部だけをばきばきと剥ぎ取る。

 中には簀巻きにされたまま馬車内でシェイクされた二人の魔法使いがいた。


「こちらも一人減らせば公平じゃろう?」


 そのまま百足の頭部は馬車内の一人に噛り付いた。

 潰れたような音と共に大百足の頭部がゆっくりと持ち上がる。馬車から出てきたその頭部には下半身だけがぶら下がっていた。

 ダブラマの魔法使いであるナナだった。

 上半身は言うまでもなく百足の口の中。

 見える下半身はしばらく暴れていたが、折れるような音が大百足のほうから聞こえたかと思うとその動きは止まり、下半身は大百足の頭部を離れて地に落ちた。


「……!」


 その光景を見てヴァンはベラルタ魔法学院に来た緊急の伝令の内容を思い出す。

 "三体の遺体のどれもが半身を欠損していた状況から――"


「国境近くでガザスの魔法使いをやったのはお前か……!」

「む? どれじゃ……?」


 思い出そうと天を仰ぐヤコウに後ろに立つヴァレノが補足する。


「マナリルに入る前に食された三人です」

「ああ、あの時のか……あのくらいで怒るな怒るな、食べ残しがはしたなかったか? まぁ、か弱い少女の食事だと思って見逃すがよい」


 ヴァレノに言われてようやく思い出したのかヤコウはわざとらしく手をぽんと叩く。

 思い出しはしたが、思い出してもなお興味は無さそうで、さらに言えばその視点は加害者のものではない事にヴァンは少し寒気がする。

 冗談のようなその言葉は殺されたガザスの魔法使いを弱いと侮辱するように言った様子でも無い。

 まるで本気で食べ残した事に対してを弁解しているかのような。


「待ってください……じゃあ……」


 ガザスの研究員が殺されたのならシラツユは?

 アルム達が今も護衛しているあれは一体誰なのか。

 抱えられながらルクスは戸惑う。


「ベラルタに来たあの女もお前らの仲間だな」


 ガザス研究者だと偽ってベラルタ魔法学院に来た謎の少女シラツユ。

 これは王都とベラルタにだけ来た緊急の伝令でもたらされた情報だ。

 ヴァンは緊急の伝令が来た後、ガザスからの資料全て確認した。

 緊急の伝令に書かれていた研究員の名前はアーレント・パクロカ。

 だがどういうわけか、資料全てにははっきりとシラツユの名前が記されていたのだ。

 ガザスの資料を改竄できる人間がいるとすれば可能性が高いのはその資料を持っている研究員を殺害した者。たった今殺したと明言しているヤコウに違いない。

 つまり、あのシラツユという少女はほぼ間違いなくこのヤコウという男の仲間であり、マナリルに対してよからぬ事を企んでいる。

 ヴァンの中では今起きてる事態の点と点が不明瞭ながらも繋がった、はずだった。


「女……? ヴァレノ、儂に隠れて何かしておるのか?」

「いえ、恐らくダブラマの魔法使いでしょう。ナナは自身の祖国と常に連絡を取っておりました。マナリル側の情報を本国に流しているのかと」

「だそうじゃ。儂は最近までダブラマと共同歩調をとっておったが……今となってはあんな有象無象の国は興味ない。ああ……二番目と三番目は中々見所があったがの」


 しかし、ヤコウとヴァレノの反応は思ったものではない。

 隠している様子もなく、本当に予測だけを喋っている様子だった。

 ガザスの研究員を殺害した事ははっきり認めるにも関わらず、シラツユの話題ではヤコウもヴァレノも何故かピンと来ていない。

 はぐらかしているのだとしたら、はぐらかすべきところがおかしい。

 シラツユとの繋がりを隠すならガザスの研究員を殺したという事実こそ隠すべきだ。


 "ガザスの研究員は殺したが、その研究員が持ってた資料なんて知らない。

 あ、そうだ。つい最近まで組んでた国が何か勝手にやっているのかもしれません"


 こんな不自然な言い訳をされて信じるものなどいないだろう。

 だが、目の前の二人は本気でそう言っている。嘘を吐いている様子は無い。

 むしろ隠そうとすらしていない。


「どうなってる……?」


 何故か線で繋がるべき事態が繋がらない。

 ヴァンは内心困惑する。

 同じタイミングでマナリルに来た魔法使い達が仲間でないなら一体何なのか。

 一体何を企んでいるのか。


「ほれ、もうよいじゃろう? 見逃すのじゃから早く逃げるとよい。いつまでもここにいるとあの巨人が消えれば襲い掛かるぞ?」


 ヤコウはちらりと大百足のほうに視線を向けた。

 こうして何もしないでいるのは面白がっているのもあるだろうが、【雷光の巨人(アルビオン)】が大百足を抑えている間だけの暇潰しという意味でもあるのだろう。


「最後にお前ら……何をしようとしている?」


 単刀直入に最後の質問をヴァンは突きつける。


「数日経てばわかること……精々逃げておれ餌共」


 ヤコウは邪悪な笑みを最後に浮かべる。

 餌共と、そこで初めてヤコウは自分に立ち塞がった敵に対する本音を吐露した。

 答えを聞いてヴァンはすぐさま離脱する。

 これ以上は何も絞り出せない。

 身に纏う魔法で空へと上がる。

 倒された木々と削れて土色となった山肌が下に見える。

 山を後にし、見上げるヤコウの纏わりつくような視線が無くなった頃、ヴァンは口を開く。


「エルミラと合流するぞ」

「あいつら……何をしようと……研究員が殺され、てたって……?」


 空を飛ぶなど滅多に出来ない経験だが、今はそれどころではない。

 動かぬ体で下に広がる暗い世界を見つめながらルクスは尋ねた。


「ああ、そうだ。緊急の伝令が来た……あのシラツユってやつはガザスの研究員なんかじゃない!」

「そんな……じゃあ、あの人は一体……?」

「わからん、だがルート通りならミレルに行くはずだな?」

「は、はい……」

「なら俺達でミレルへ向かう。今何が起きてるのかはわからん……だが、あのシラツユって女が何か知ってるのは間違いない」


 戦いが起きていたのは四日前。

 ルクスとエルミラがアルム達と別れた日の夜の出来事だった。

メリークリスマスです。

私に今日予定はありません。

だからこうして普通に更新できてしまうのです……楽しいなあ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとう! 謎が謎を呼びますね。 ヤコウも何を考えているか、わからないし、 シラツユも謎です。 続き楽しみです。
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