未来への頁7 -魔法創世暦1717年-
「どう? デラミュア?」
「デラミュア的には不合格……。得意魔法と苦手魔法の"変換"に……差無い……。全体的にイメージが不足してる……」
「私もデラミュアと同感です」
試験会場として用意されたとある屋敷の一室にて、長机に並んで座る三人が意見を出し合っていた。
今日はベラルタ魔法学院の入学希望者の実技試験。筆記と突破した生徒の才能を見定める試験だ。
魔法系統別の構築技術、速度、"現実への影響力"や魔力量、そして得意な魔法と苦手な魔法の自己認識なども含めて合否を決める。
「どうですか? アルムさん?」
「保留かな」
試験官はベラルタ魔法学院の教師三人……真ん中に座る黒髪の壮年アルムは短く答えた。
右隣に座る金髪をサイドテールで纏めている女性はむっと眉に皺を寄せる。
女性の名前はセムーラ。アルムの学生時代の後輩で、アルムに魔法を教わった事をきっかけに教師となった魔法使いだ。
「アルムさんそればかりです。今の子は明らかに能力が不足しています。ローチェントのほうでゆっくり能力を伸ばすべきかと」
「セムーラの言う通り。アルム先輩は甘い……。甘々。お人好し」
左隣に座るのは教師兼司書を務めるデラミュア。ウェーブのかかった紫の髪をした小柄な女性でセムーラと同じくアルムの学生時代の後輩だ。
「いや待て待て、別に落とすのが可哀想で保留にしてるわけじゃない。飛び抜けている子以外は差がわかりにくいから慎重になっているだけだ」
「優柔不断の言い訳にしか聞こえない。去年もそうだった」
「う……」
「そうですよ。お優しいのは指導中だけにしてください」
「わかった……もう少しちゃんと決めるから……」
両隣から優柔不断を責められアルムはばつが悪そうな表情をする。
アルムには魔法の才能が無い。ゆえに才能のある子達がみんなある程度よく見えてしまうのだ。
これだけなら試験官に向いていないようにも見えるのだが……アルムが即合格を言い渡した人物はほとんどが三年生まで生き残っており、見極める目は確かなので試験官から外すわけにもいかないという状態である。
「ではそろそろ次の方……エミリー・ロードピス……ロードピス?」
セムーラが次の受験生の名前を見てはっとする。
聞き覚えのある名前にアルムもセムーラのほうを覗き込む。
「そうか、もう入学できる歳になるのか」
アルムが微笑むとデラミュアが通信用魔石に手を当てながらどうぞ、と短く音声を送る。
少しして扉がノックされ、アルム達は部屋に入るよう促した。
「失礼致します……エミリー・ロードピスです」
赤みががった茶髪を揺らし、淑女らしい優雅な所作で入ってきたエミリー。
どこからどう見ても落ち着いた令嬢にしか見えなかったが、そんなよそ向きの態度は座っているアルムを見てすぐに崩れた。
「うあ!? アルムおじさん!? 何でここにいらっしゃるんです!?」
「試験官だからだよ」
「ええ……! パパとママ何も言ってくれませんでした……」
アルムがいる事に目を丸くして驚くエミリー。
ルクスとエルミラに連れられて度々会う事はあるものの、それでも二年ぶりだろうか。
「……?」
「落ち着いてエミリーさん、部屋に入ったらもう実技試験よ」
「すいません! わかっているつもりだったのですがつい……」
「いいえ、お名前からしてアルムさんと知り合いでしょうから仕方ありませんよ」
「ありがとうございます」
セムーラがエミリーを落ち着かせてるが、一方でデラミュアは怪訝そうな視線をエミリーに送りながら首を傾げる。アルムは久しぶりの再会であるというのに極めて冷静にエミリーを見つめていた。
「それでは属性の自己申告は可能ですか?」
「火属性です。ママと同じ属性がよかったので」
「ええ、偉大な魔法使いですからお気持ちはわかります。隣にいるアルムさんと同様に私達の先輩だったんですよ。私も御世話になりました」
「そうだったんですか!? うわぁ……さっすがママ……。ベラルタ魔法学院に入ろうと思ったのもママがいた学院だからなんです」
「素敵な理由ですね。それでは……得意魔法と苦手魔法を聞かせてもらってもいいですか? これから披露して頂きます」
「得意と言えるのは悩みますが苦手なのは防御魔法です。苦手な魔法を見せて拙かった場合、不合格になりますでしょうか?」
「エミリーさんは……筆記の成績もよかったのでよほど問題無ければ大丈夫だと思いますよ。リラックスして頑張って下さいね。それでは実技試験の内容ですが――」
セムーラがエミリーの書類を見ながら説明していると、
「もういい」
アルムが一言そう呟いた。
冷たさすら感じるその一言にセムーラとデラミュアがアルムのほうを向く。
アルムは部屋の真ん中で立っているエミリーをじっと見つめていた。
「アルムさん?」
「得意魔法はもうわかったから入ってこい」
「ああ、なるほど……」
セムーラはわかっていないがデラミュアはわかったようで小さく笑いながら頷く。
エミリーはどきっと図星を突かれたように目を逸らした。
「な、何の事ですか……?」
「別に見破られても不合格じゃないから安心しろ」
「はい……」
エミリーが指を鳴らすと、エミリーが燃える。
まるで燃え尽きたかのように一瞬でエミリーの姿が灰に変わると、部屋の扉がもう一度開いた。
「悔しい……。これアルムおじさんに見せた事無いのに……気付くの早過ぎますよぉ……」
魔法を見破られたのを悔しがりながら本物のエミリーがとぼとぼと部屋に入ってくる。
先程まで部屋にいたエミリーは魔法によって作り出された幻影だった。
「な、何でわかったのアルムおじさん……?」
「意思があって炎の温度も調整してはいたが、生き物特有の生気が無かった。それと俺に気付いた時に一瞬髪が揺らいでたぞ。デラミュアもちょっと違和感を持ってたな」
だろ? とアルムがデラミュアのほうに視線をやるとデラウェアは頷いた。
「うう……! 試験官の人を驚かせてスマートに合格作戦が……!」
「俺に気付いた時からスマートではなかったな」
「ですが、見破られてしまったからにはちゃんと試験をこなして合格します!」
「いや、だからさっきも言ったがもういい」
「え?」
アルムは手元の書類に短く何かを書きながらそう言った。
エミリーが呆然としていると、
「ん? もういいって言っただろ? 退出していいぞ」
「え? う、嘘ですよね……?」
「嘘じゃない。お疲れ様エミリー」
アルムの短い一言にエミリーの顔から一気に血の気が引く。
先程の幻影のように今にも灰になりそうなくらいよろよろとよろけながら、エミリーは部屋を後にした。
「失礼しました……」
入ってきた時とは同一人物とは思えないか細い声だけが残る。
エミリーが出ていって足音が聞こえなくなるとアルムが口を開いた。
「……合格」
アルムの一言にセムーラとデラミュアは頷く。
「異存ありません。流石に頭一つ飛び抜けていますね……私は全く気付けませんでした。デラミュア、よく気付いたわね?」
「デラミュアも違和感があっただけで確信無かった……。"変換"の精度は今年の受験生で断トツ……。それも最近ようやく発展してきた幻覚系の魔法であれなら他の魔法も高水準のはず。合格させない理由、無い」
エミリーの合否は満場一致。
あそこまでわかりやすく突出した才能と魔法の訓練を繰り返しているとわかる魔法の精度……間違いなく今年の受験生の中でもトップだろう。魔力量も少ないという事はまずない。
「あれ以上見ても結果は変わらないと思ったから退出させた。駄目だったか?」
「合格は変わらなかったかもしれませんが、防御魔法が苦手と仰ってたので防御魔法は見たかったかもしれないです」
「ああ、教えてるのがエルミラだろうからその影響だろう。エルミラは防御魔法が苦手って言ってるが……他に比べてって程度のはずだ」
「なるほど、エルミラ先輩は万能の使い手ですもんね……納得です」
「デラミュアも問題無い……」
「なら決まりだな」
二人から反対もなくアルムはエミリーの書類に合格のサインを書いた。
アルムはエミリーのこれから訪れるであろう学生生活を祝福しながら自分の思い出を懐かしみ、つい柔らかく微笑んでいた。
その頃、試験会場から帰っていく馬車の中では。
「ううう! ふごうがくだあ……! ひくっ! ふごうかくなんだぁ……!ごべ、ごめんねぇ……グーリアざん……! せっかくついてきてもらったのに……! うええええん!!」
「え、エミリーお嬢様落ち着いて……。お嬢様が受かってないはずありませんから……」
「わだし……つ、ついはりぎっちゃっで、余計なごと……うう……! ごべんママぁ……! ひくっ……ごべ、んねパパぁ……! 二人が褒めで、くれだ魔法……自慢しだぐでぇ……! アルムおじさんにもぎらわれだぁぁぁ!」
「エミリーお嬢様……よしよし、クーリアの胸で申し訳ありません……どうぞ存分に泣いてくださいませ……」
「うええええええええん!!」
不合格になったと思い込んだエミリーは泣き疲れて眠るまで使用人のクーリアに抱き着きながら泣いていた。
後日、アルムがエルミラに蹴りを入れられたのは言うまでもない。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラに会った時にエミリーの合格をお祝いしたら何故か蹴られて困惑するアルム。ルクスは話聞いてくれた。




