未来への頁6 -魔法創世暦1717年-
「いやだあ……! エミリー! ママを置いていかないで!」
とある屋敷の一室で悲痛な声が響く。
エルミラは自分の娘……エミリーに縋るかのように抱き着いていた。
「ママ……私、試験受けに行くだけだから……」
「だからよ! きっと世界一可愛いから周りの女子から色々妬まれちゃうわ……! それで入学してからも家の事で色々言われるのよ! 没落が調子に乗るなとか分を弁えろとか喧嘩売られて!」
「それママの体験談……?」
「うん」
「もうママは没落してないしパパとか四大貴族じゃない……大丈夫だよ……」
エミリーは十五歳……来年ベラルタ魔法学院に入学するべくこれから試験に臨むのだが、まさか試験ではなくまず母親が障害になるとは思ってもいなかった。
エルミラはエミリーが寮暮らしになるのを想像した寂しさからか、ぐすぐすと子供のように泣きながらエミリーを離さない。親子仲が良好なのもあってエミリーが鬱陶しがることはないが、流石にこのままというわけにはいかない。
「だって、だってこんなに可愛い子を一人だなんて不安だわ……!」
成長したエミリーは顔立ちも目元も鼻筋も両親二人に似て整っており、それでいて可愛らしく成長した。幼い頃から髪をいじるのが好きだったのもあって母親似の髪もふわふわとしていて愛らしい。
エルミラの親バカな発言も頷けてしまう容姿だった。
「はいはい、ママとパパに言われ続けたおかげでこんなに可愛く健やかに育ちました。だから試験受けてきます」
「嫌!」
「駄目って言わないところがママらしくて好きだよ」
エミリーは抱き着いて離さないエルミラの頭を撫でる。
子供の頃から仲が良かったせいか親であり姉のような存在だ。準備の邪魔である事は確かだが少しの別れでも惜しんでくれるのがエミリーは照れくさくも嬉しかった。
自分が裏表のない愛情を注がれ続けて恵まれているのはわかる。これくらいは受け入れようとエミリーはずるずるとエルミラを引きずりながら準備を進める。
「あれ……? エミリー、まだ準備してなかったのかい?」
「パパー……何とかしてよこのひっつきママ……」
「エルミラ……何で君がエミリーの準備を邪魔してるんだ……」
エミリーの様子を見に来た父……ルクス・オルリックはぐすぐすと泣きながらエミリーにしがみついているエルミラを見て心底呆れたようにため息をつく。
これが自慢の妻であると同時にマナリルでも三本の指に入る火属性魔法使いの姿なのかと。
「ルクス! あんたも何か言ってやってよ!」
「え? えっと……エミリーなら大丈夫だから試験頑張って?」
「うん、ありがとパパ」
「違う! 私の味方して!」
「そんな事言われても……あー、クーリア、エミリーの荷物を頼めるかい?」
ルクスは後ろに立つ使用人に伝えるとクーリアと呼ばれた女性の使用人は一礼して部屋に入る。
クールな表情をした使用人だが、腰には剣を下げている所からただの使用人ではない。
部屋に入ってきたクーリアをエルミラはきっと睨む。
「クーリアまで私の事裏切る気!?」
「エルミラ様、気持ちはわかりますがエミリーお嬢様の門出の第一歩ですから」
「わかってるわよ! わかった上でエミリーと離れたくないの! 悪い!?」
「多分、悪いのでは……」
「うわあああん! クーリアが正論で私のこといじめるう!」
「エミリー様、着替えはこちらで運びますので馬車でお待ちしております」
「ありがとうクーリアさん、すぐに行くね」
エルミラが駄々をこねているのを無視してクーリアはエミリーの荷物を詰めて運び出す。後はエミリーの準備が終わればすぐにでも出発の準備が整うだろう。
「ママ」
「なに……? ごめんねうざいママで……」
「髪、梳いてもらっていい?」
「……うん」
エミリーはエルミラに櫛を手渡すと嬉しそうに鏡台の前に座る。
エルミラはぐすぐすとしながらも、エミリーの髪に櫛を通した。
ルクスはその様子は壁に背を預けて微笑ましそうに見つめていた。
「私ママに髪やってもらうの好きなんだ……ママにこんな事してもらってるって言ったら他の人驚いちゃうかな? あのエルミラ・ロードピスに!? って」
「……きっと、驚かれるわよ。これでもママは外だとかっこいいんだから」
「ママは家でもかっこいいよ。お仕事忙しいのに私の事ずっと構ってくれて、でも魔法の練習は真剣で……私ずっと見てきたんだから……ね? パパ?」
エミリーは二人を見守ってるルクスのほうに視線だけを投げる。
「エミリーがオルリックのほうを継がなかった時はそりゃもう残念だったよ。でもエミリーがママを大好きなのは知っていたからね。やっぱりそうか、とも思ったさ」
「へへ、ごめんねパパ。パパもかっこいいよ? でも……」
「わかっているよエミリー」
横に視線をやればルクスの全て理解しているような表情、そして前を見れば鏡に映る自分の髪を梳いてくれるエルミラ。エミリーは幸せそうに笑顔を見せた。
「私の憧れはママだから、ベラルタ魔法学院に行きたいの。ママが過ごした学院で頑張りたいんだ……応援してくれる? ママに応援して貰ったら百人力だよ」
「エミリー……」
エルミラは涙ぐみながら櫛を置いて、エミリーを後ろから抱きしめる。
先程までのような引き留めるようなものではなく、包み込むような。
「子供みたいな事言ってごめんねエミリー……いってらっしゃい」
「うん、いってきますママ……といっても、まだ試験なんだって。すぐに帰ってくるよ」
こうして準備を終えたエミリーはベラルタ魔法学院への試験を受けに屋敷を出た。
エミリーは馬車の窓からずっとルクスとエルミラに向けて手を振っていて、エルミラとルクスもまた乗った馬車が見えなくなるまで手を振って見送った。
「子供の成長って早いのね……」
「でもこれでアルカの時はもうちょっと落ち着けるんじゃないかい?」
「エミリーは世界一可愛いけどアルカも世界一かっこいいのよね……」
「はは、また同じことになったら流石に僕は笑っちゃうかもしれないな」
馬車が見えなくなり二人で屋敷に戻ろうとする中、ルクスはふと気づく。
「そういえば、学院にアルムがいるってエミリーに話した事あったかな?」
「した……っけ?」
「まぁ、いたからって変わるわけでもないか」
「あの子アルム好きだからいいとこ見せようと失敗しなきゃいいけど」
いつも読んでくださってありがとうございます。
自分が貰えなかった愛情をひたすら子供に注ぎまくった結果子離れ出来ないエルミラさん。
使用人のクーリアさんは八部で出てきたジュヌーンの元部下です。マリツィアの計らいでロードピス家の使用人になっています。覚えてる人いたら凄い。




