未来への頁5 -魔法創世暦1716年-
「久しぶりマリツィア」
「お久しぶりですエルミラ様。御世話になります」
赤みがかった茶髪を揺らして、エルミラは王城の応接室の扉を開いた。
応接室のソファに座る桃色の髪に褐色の肌をしたダブラマの魔法使いマリツィア・リオネッタともう一人が立ち上がって頭を下げる。
エルミラは紅石のような瞳でマリツィアをじっと見つめた。
「あんた……全然変わんないわね……」
エルミラがマリツィアと直接会うのは三年ぶりだが、マリツィアの姿は全く変わっていない。羨ましいやら妬ましいやらの気持ちがエルミラに複雑な表情をさせる。
「エルミラ様はますますお綺麗になられましたね?」
「嫌味?」
「本心ですよ?」
「そ、ありがと」
対面するのは久しぶりだが互いの近況は通信用魔石や手紙で伝えあっていたし、知らない仲でもないので挨拶もそこそこにしてエルミラはマリツィアの隣にいる女性のほうに目を向ける。
「そちらは?」
「自己紹介を」
マリツィアに促されてその女性は前に出る。
灰色の長い髪で片目を隠している女性で背丈はエルミラよりも大きそうだが、背中を丸めているからかこじんまりとして見える。
「ダブラマ王家直属の第四位"理性者"の名を頂いております……ミリュネル・ファービニンです……。どうぞ、よろしくお願い致します……」
「よろ……あれ? 四位ってマリツィアじゃなかった?」
「私は今第二位ですので」
「ああ、そりゃ出世するか」
「彼女は二十歳で王家直属に入った有望株なんです。是非後学のためにも視察に同行させたいと思いまして」
「あんたもっと早くなかった?」
「私達は天才ですから」
「うわ、出た出た……」
さらっと言ってのけるマリツィアに嫌な顔をしながらエルミラは自己紹介したミリュネルのほうに手を伸ばす。
ミリュネルと名乗った女性は少し震えながらも力強くエルミラの手を両手で握った。
「挨拶が遅れました。今回あなた達のベラルタ魔法学院の視察に同行する事になったエルミラ・ロードピスよ。よろしくミリュネルさん」
「は、はい……あ、あの……」
「ん? 何かしら?」
「ふぁ……ふぁ、ふぁ……」
「ふぁ……?」
ミリュネルは俯いていたかと思えば勢いよく顔を上げる。
「ふぁ、ファンでひゅ……!」
「はい?」
顔を上げたミリュネルはきらきらと目を輝かせてエルミラを見つめている。
エルミラの手を握った両手も歓喜に震えていて掴んだまま離さない。
そんなミリュネルの様子を見てマリツィアは呆れたように微笑む。
「申し訳ありませんエルミラ様……十六年前の砂塵解放戦線の戦いはアブデラが各地で記録用魔石を使っていた事からいくつか記録されたままダブラマに資料として保管されていまして……この子はあなたとジュヌーンの戦いを見てからあなたに憧れているのです」
「初耳なんだけど……私の血統魔法とかダブラマにばればれじゃん……」
かつて行われたアポピスの魔力残滓と契約したダブラマ国王アブデラを打倒する合同作戦である砂塵解放戦線……エルミラ自身、その作戦に協力した以上は血統魔法を隠せるとは思っていなかったが、想像以上に広まっている事実に苦笑いを浮かべる。まさか資料として映像まで残されてるとは思うまい。
「若干十七歳であの怪人ジュヌーンと互角に戦う勇ましさと互いに容赦の無い急所狙いの攻防にフェイントの応酬……! はぁ……! はぁ……! 何度ライブラリの閲覧権限を使って見返した事か……! えへへぇ……本物だぁ……。肌綺麗……声かっこいい……! 本物の"灰姫"だぁ……! サインください! 後あの目潰し自分にもやってくださいぃ!」
「息荒い! きもい!」
「ありがとうございますう!!」
ミリュネルのあまりの勢いと圧にエルミラは手を振り払う。
そうされる事すらミリュネルは嬉しそうで口元がどろどろに緩んでいる。
「申し訳ありませんエルミラ様、彼女はマゾなもので……」
「いや初対面の子の性的嗜好を言われても、じゃあ仕方ないか、とかならないわよ?」
しかしミリュネルがエルミラに憧れているのは本当なようで見る目が違う。
「申し訳ありません灰姫様ぁ……! 自分、あなたに会えるかもと頑張って王家直属になったので興奮してしまって……失礼しました……。でもサインは欲しいですぅ……!」
「マリツィア、あんな俗っぽい王家直属いていいの?」
「うーん……まぁ、モチベーションは人それぞれですから……」
「申し訳ありません! きもくて申し訳ありません!」
エルミラは何度も頭を下げてくるミリュネルを見てため息をつく。
初対面で味わうインパクトではなかったが、悪気はないのが十分に伝わってきた。
「もういいわよ……でも学院の視察中にそのテンションやめてよね? ファンって言ってもらえるのは悪い気しないし、嬉しいわ。ありがとうね」
「はわわわぁ……! は、はい! お世話になります! お仕事はちゃんとやってきますのでぇ!」
なんだかんだと初対面で暴走気味なミリュネルを許してしまうエルミラを見てマリツィアはくすくすと笑った。
「エルミラ様は面倒見がいいですから受け入れてくれると思っておりました」
「うっさいマリツィア仕事だからよ。ほら、もう下に用意してあるから行くわよ」
今日マリツィアとミリュネルが訪れたのはベラルタ魔法学院の視察のため。
移動のための馬車ももうすでに待機済みだ。
少々騒がしい自己紹介を終えるとエルミラは応接室の扉を開けて二人を案内しようとする。
マリツィアが先に出てミリュネルが後に続くと思えば、もじもじとエルミラの前で立ち止まる。
「あの……それで、サインのほうは……だ、だめですか……?」
「……」
期待に満ちた潤んだ瞳でエルミラを見るミリュネル。
その場では答えなかったが……結局、翌日には折れてサインを書いてあげるエルミラなのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ミリュネルは毒属性で血統魔法の設定もありますが恐らく披露される事はないでしょう。
ちなみに出てきすらいない今の王家直属の五位は"実験台"です。ちゃんと補充されてます。




