未来への頁3 -魔法創世暦1713年-
「ぶえっ……くしょい!」
秋になるとすでに冷え込む北部……ベネッタ・ニードロスは淑女らしからぬ大きなくしゃみをしていた。
くしゃみしながらも手元は銀色に光っており、目の前にいる治癒魔法を受けに来た子供はくしゃみに驚いたのか固まっている。
まさか聖女と呼ばれる人がこんなくしゃみをするとは思っていなかったのだろう。
「うー……ごめんね……。もう……これは誰かボクの事噂してるなー……?」
「う、ううん……」
「はい終わり、よく我慢したねー」
ベネッタがそう言うと子供は自分の腕を見て表情を明るくした。
ずっと痛かった右腕をぐるぐると回して、完全に痛みが消えている事を不思議がる様子もなくはしゃいでる。
「うわあ……! ありがとうベネッタ様ー!」
「はーい、お大事にねー。次の人どぞー」
ここはカエシウス領のとある村。
先日、狂暴化した魔獣の被害にあって怪我人が大勢出た村であり、治癒魔導士として要請を受けたベネッタが訪れて怪我人の治療にあたっている。
ベネッタは到着してからというものの休む間もなく怪我の大きな村人から治療し始め、ようやく比較的軽いけがをした人の番になってきた所だったが……治癒の場として借りている村長の家にはまだ怪我人が並んでいる。
「聖女様はおめめが見えないのー?」
「こ、こら! すいませんベネッタ様……」
「全然ですよー」
次に入ってきたのは背中を怪我した母親とその子供の少年だった。
子供はベネッタが一度も目を開けないのを不思議がってか指を差す。
「だって聖女様っておめめ一回も開けないんだもん」
「これでも聖女様は強いからねー、昔悪い人と戦った時に見えなくなっちゃったんだよー」
「えー、嘘だー」
「う、嘘じゃないよー!」
「嘘だ嘘だ嘘つきだー!」
「こらベネッタ様に謝りなさい! こら! も、申し訳ありません! 後で叱っておきますので……」
「あはは、元気なお子さんですねー」
治癒中に子供を走って追いかけるわけにもいかず、ベネッタも母親もそのまま子供が走り去っていくのを見守るしかない。
母親が申し訳なさそうにしている内に治癒は終わった。背中の傷は跡形もなく消えている。
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、お大事にー」
次に力仕事が得意そうな青年が右足を引きずりながら入ってきた。
自慢の筋肉はあれど魔獣の噛み跡が痛む事に変わりはない。
「ベネッタ様、本当にお綺麗だ……! ど、どうですか自分とデートなんかは……村を案内しますよ?」
「あはは、ありがとうございます。でもボクもう三十歳ですよー」
「え……? ええ!?」
「ついでに人妻なのでデートはお断りしますー」
「ええ!? 聖女様なのに!?」
「それ関係あるんですー?」
それなりに深い傷だったのもあって少し時間はかかるものの傷痕一つ無くベネッタは治癒しきった。
青年は嘘みたいに動くようになった右足をまじまじと見ながら嬉しそうに笑う。
「いやーこれが魔法ですか! なんてすごい! ありがとうございました!」
「お大事にー。デートしてくれる相手が出来るといいですね?」
「か、勘弁してください聖女様!」
次に入ってきたのは腰を痛めた老人だった。
家を破壊された時に降ってきた木材で痛めた打撲痕があった。
「いやぁ……この程度、聖女様に治癒してもらうほどでもねえんですが……」
「いえいえ、せっかくなんで治しちゃいましょうよー」
「ありがたやありがたや……老い先短い身なので治癒してもらっても変わらないとは思うのですが、それでもありがたいものですなあ」
「短かろうと長かろうと体は最後まで使うんですから治す機会があるなら飛びついちゃえばいいんですよー」
「最後まで……ははは、確かにそうですな。聖女様がいらしたという事はまだまだ生きろという事なのかもしれません」
治癒が終わると老人は杖を使わずに歩けるようになっていた。
腰を回しながら自分の腰が痛まない事を不思議そうにしている。
「な、なんといいますか……怪我する前より元気になったような気がするような……?」
「そのくらいの気持ちでいきましょ! お大事にー!」
そうやって休憩を挟みながら村の怪我人を次々に治癒していき……夕暮れ前には怪我をした村人はいなくなっていた。
「ふー……任務完了ー」
「お疲れ様でした。まさかこんな村に聖女様がいらっしゃるとは思わず……大したもてなしも出来ずに申し訳ありません」
「魔獣に襲われた人達にもてなされたなんてそちらのほうが申し訳ないですから」
治癒を終わらせると怪我人の列を整理していた村長が入ってくる。
村長がお茶を淹れに行こうとすると、ベネッタはさてと立ち上がる。
「べ、ベネッタ様……? どこへ?」
「え? 終わったので帰ろうかと……あ、壊れた家屋の再建用の木材なんかは明日来ますから安心してください」
「で、ですがもう日も暮れますし……それにお礼もまだ……!」
「お礼ならもういっぱい頂きましたから」
「え?」
「それではお疲れ様でした」
「べ、ベネッタ様! 待――」
ベネッタはぺこりと頭を下げると村長の家を後にする。
魔獣に襲われて壊れた家屋がそこらに見られる村……だが怪我で苦しんでいる村人はもういない。
村人達は魔獣に襲われた事を忘れたかのように治った体を喜んでいる。
再興はこれからだというのにすでに村には活気が戻りつつあった。
「ふふ、ボクってばいい仕事したなー!」
ベネッタはずっと閉ざしていた目をちらっと開けてその様子を瞳に焼き付けると、それこそが今日の報酬と言わんばかりに微笑んでそのまま静かに村を去った。
その夜、村人達の手によって聖女様を歓迎する宴会が開かれたが……主役の姿はもうどこにもなかった。
幼い頃、傷付いた村人を見て目指した治癒魔導士の夢。
ベネッタは今日もまた自分の夢が治癒魔導士でよかったと胸を張ってスノラへの帰路に着く。
どうやら、宮廷魔法使いに迎え入れるという国王からの要請は今年もまた……断りの返事を送る事になるだろう。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ベネッタはあんまり見た目変わってなかったりする。




