未来への頁2 -魔法創世暦1713年-
「ヴァルフト様、宮廷魔法使いになれるのではないですか?」
「あん?」
マナリル・ダブラマ国境。
国境警備として配属されている魔法使い部隊ワグテイルの隊長ヴァルフト・ランドレイトは部下からの声に怪訝そうな顔を浮かべた。
物見塔の上での時間はトラブルがなければ暇なもの……素直な賞賛のつもりで口にした雑談の話題がまさかの不評で部下は焦る。
ヴァルフトはお世辞にも人相が柔らかいとは言えない上に上司でもあるので尚更だ。顔面蒼白になってしどろもどろにならないだけこの部下は度胸があるというものだろう。
「え、っと、あの、、当たり前ですけど自分の感知魔法なんかより全然広いので……! 精度も凄いですし……王城全体に展開するくらい余裕ですよね!?」
「まぁそりゃな」
「ほら宮廷魔法使いって丁度一席空いてるじゃないですか!? なのでヴァルフト様なら……狙えるんじゃないかと思いまして……」
ヴァルフトに呆れ顔で見られているせいか部下の男はどんどんと声が小さくなっていく。
とはいえ、ヴァルフトは呆れているだけで怒っているわけではない。
「なれねえよ」
その証拠にヴァルフトの口調は淡々としていた。
若干ぶっきらぼうではあるものの振られた話題に乗っかる意思も見せている。部下の男性は答えてくれた事に安堵しつつも、ヴァルフトがなれないと断言している事に疑問を抱く。
「ど、どうしてですか?」
「そもそもその宮廷魔法使いの空いてる席……いつから空いてると思う?」
言われてみれば、と部下の男は目線を上にして思い出そうとする。
そういえば去年も空いていたような。選定方法はわからないが、基準を満たしている魔法使いがいないからだろうか。
いや、少なくともここにはいると部下の男はヴァルフトのほうに視線をやった。
その視線が説明を求めているように見えたのかヴァルフトは続ける。
「俺様達が魔法学院を卒業した時から空きっぱなしなんだ。どういう意味かわかるか?」
「いいえ……?」
「お前が言う宮廷魔法使いの空席ってのは俺様の同期の一人のためだけに空きっぱなしになってんだよ」
「ええ!?」
「声がでかいんだよ」
「す、すいません」
そんな馬鹿な話があるかと言いたげな声量の部下の肩を叩く。
しかし部下の気持ちもわからなくもない。ヴァルフトの話が本当であれば宮廷魔法使いの空席は十二年その人物のためだけに空けられているという事だ。
「俺様の世代には……怪物達がいた」
「いや自分達からするとヴァルフト様も怪物なんですけど……」
「お前と比べりゃそりゃ俺様は天才で怪物でイケメンだろうが……同期と比べたら凡人も凡人だった」
「あ、あのイケメンとは言ってな――」
「そんな怪物達が同期で情けない思いもしたが、それでも得るものはでかかった。あいつらがいなきゃ俺様は才能ある魔法使いって程度だったろうな」
「聞いてない……」
部下の男は無視されながらもヴァルフトの表情を見る。
まるで自分を貶めているような話だというのに、何故かヴァルフトの表情は穏やかだった。昔を懐かしんでいるのだろうか。
「俺の同期のこと聞いた事ねえか?」
「いやそりゃあ自分も魔法使いの端くれなので知ってはいますよ……」
――あの世代は怪物しかいなかった。
その十一人を語る際、魔法使い達はこう切り出す。
別格とされるベラルタ魔法学院の卒業生の中でもさらに際立っている存在であり……マナリルの英雄アルムを始め、血統魔法を完成させた魔法使いミスティ、灰姫エルミラ、他にも幻覚系魔法の地位を押し上げたフロリアや獣化のエキスパートであるネロエラとその活躍を聞かない年はまずない。
天才という言葉が使われないのは勿論……才能が無い最も異端な存在がその世代の中心にいたからである。
「中でも別格の五人がいてな。本物の怪物と渡り合うためにその才能を振り切った奴等で……っと、一人は才能無かったわ」
懐かしみながらヴァルフトはけらけらと笑う。
楽しそうなヴァルフトを見て少しあった部下の緊張も無くなっていた。
「んで、その五人の中の一人のために宮廷魔法使いの席が空いてんだよ。いつでも王城に迎えられるようにな。特別待遇ってやつだな」
「そ、そんな馬鹿みたいな話あります……?」
「あるんだよ。それに……実際それだけの価値があるんだよあの女は」
「えっと、やっぱりミスティ様でしょうか?」
「くははは! あれも特別待遇間違いなしの化け物だがちげえ」
ヴァルフトはそう言って遠くに広がる砂漠を指差す。
国境を越えた向こう……ヴァルフトが指差したのはマナリルの隣国ダブラマだ。
「この国境の向こうじゃ知らない人間はいないってくらいの有名人でな。マナリルに所属してるのにダブラマの国章が刻まれた杖を持つのが許されてるやばい女だ」
「そ、それって……」
「お前も聞いた事くらいあるだろ? ダブラマの聖女ベネッタ・ニードロス……宮廷魔法使いになってくれって国王直々のお願いを十二年蹴り続けてんだよあの女。な? やばい女だろ?」
ヴァルフトはまるで自分の事を自慢するよりも嬉しそうに笑っていた。
卒業してから何年経っても彼にとって同期の友人達はあまりに特別な戦友なのだ。
「最初はただの甘っちょろい嬢ちゃんだったってのに……変わるもんだよなあ……。俺様のことなんか高速で抜き去りやがったよ。ま、そんなわけであの嬢ちゃんより上の魔法使いが現れなきゃその空席は埋まらないってことだ」
「それ……埋まるん、ですかね?」
「埋まる時はベネッタの嬢ちゃんを諦めた時だろうな! くははは!」
トラブルもない物見塔で国境を見張るだけの時間。
だがそんな時間すらもいつもより上機嫌に終えて……気付けば仕事終わりに、ヴァルフトは部下達に酒を奢っていた。




