番外 -ノブレスランベリー5-
「ただの調査だったのに……勲章貰うなんて大事になるとは思わなかったわ」
「これで今まで以上に当主としての箔が付くというものです」
「宮廷魔法使いってだけでいいと思うけどねぇ」
アルキュロス領から帰ってきたうちは治療を終えた後、今回の魔法生命討伐の功績で勲章を叙勲した。
貰ったのは勲章としては第二位にあたる龍魔章……最高位ではないけど魔法使いでこれを持っていれば兄貴の言う通り確かに箔は付く。
「これは兄貴に対する嫌味じゃなくてさ……あの魔法生命は正直不完全だったはずよ」
叙勲式が終わって人気もなくなった廊下を歩きながらぽつりと本音が零れた。
正直、この勲章を貰うほどの仕事では無かったとは思う。
マナリルは数年前の経験から魔法生命への警戒度が特に高いからこの評価になったのだろう。
確かに一般人からすれば脅威ではあった。確かに怪物ではあった。
けれど……数年前に魔法生命達が起こしてきた事件の被害とかと比較するとは明らかに規模が小さい。
数年前に現れていた魔法生命達とは"現実への影響力"が違ったのだろう。あのグレンデルという魔法生命も自分の力がまだ強くないのはわかっていて、だからこそ人里から離れた場所を拠点にしていたに違いない。
「それでも、放っておけばマナリルの不利益になるのは明白……数年後に災害のようになるかもしれない怪物を未然に倒したという点を考慮すれば、勲章の一つや二つは妥当でしょう」
「そんなものかしら」
「そんなものですよ。それに……勲章を貰った人間がそんな事を言ってはそれこそ嫌味でしょう」
確かに高位の勲章を貰った当事者がこんな事を言っては兄貴相手じゃなくても他に対する嫌味になるかもしれない。
とりあえず、宮廷魔法使いの制服に着けてみる。
この勲章を重く思うのか、それとも気にならないくらい当たり前になるのか。それはこれからのうち次第だろう。
「当主継承式は盛大にやりましょう。それこそカエシウスに負けないくらい……はちょっと無理ですが」
「別にいいのに」
「でも招待したい方がいるでしょう? 立派になった君を見てもらわなければ」
兄貴に言われてすぐに招待したい人が思い浮かぶ。
なんだかんだ兄貴にはお見通しだ。
「ま、まぁ、兄貴がやりたいっていうなら? 別にいいけどね?」
「四大貴族が当主継承式をしないのもおかしな話ですしね。きっとフレンさんも楽しみにしてくれることでしょう」
「そうなったら兄貴が直接エスコートしてもう婚約者として周知させれば?」
「ほう……いいアイデアですね」
「これを口実にドレスでも贈れば? あの子喜――」
ここぞとばかりに兄貴をからかおうとすると、前から歩いていくる人の姿を見て一瞬固まる。
珍しい黒い髪に黒い瞳、うちがずっと尊敬している人が歩いてくる。
まさかこんなタイミングで会うなんて思ってなくて、うちは緊張でガチガチになってしまった。
「ロベリア、ライラック、久しぶりだな」
「お久しぶりですアルムさん」
「お、お、お久しぶりですアルム先輩!」
「はは、先輩って呼ばれると昔と変わらない感じがしていいな」
久しぶりに会ったアルム先輩は背も伸びて体格もがっちりしていて学生の時よりも逞しい。
でもクールな無表情さとふと見せる笑顔のギャップは変わらない。
その笑顔は何年経ってもうちにも気を許してくれているようで嬉しかった。
「今日はどのような用件で王城に?」
「少しこっちに気になる報告が来ててな。昨日まで講師の仕事でベラルタにいて来れなかったから今日ようやく確認に来れたんだ」
「なるほど、そういえばベラルタ魔法学院の特別講師でしたね。学生の頃に魔法儀式でお世話になっていたのを思い出します……いやはやアルムさんの指導を受けられるとは今の学生は恵まれている」
「持ち上げ過ぎだぞ」
平気な顔して会話できる兄貴が羨ましい。
何か話したいはずなのに何を話したらいいか全然わからない。一応去年アルム先輩が帰ってきた時に一度会っていてたったの一年ぶりなはずなのに。
「そういえば聞いたぞロベリア」
「ひゃい!?」
と思ったらアルム先輩から話を振ってきてくれた。
けど緊張のせいかうまく言えずに噛んでしまう。
何て失礼な! 何て恥ずかしい!
「マナリルに残ってた魔法生命を討伐したんだってな」
「え!? あ、い、一応そうです……」
「まだ残ってる魔法生命についてはモルドレッドから話は聞いてたんだが、派手な動きが無かったから今までどこにいるのか特定ができなかったんだ。二人が――」
「ぜ、全然! 全然っす!!」
しまった、緊張のせいか勢いあまってついアルム先輩の言葉を遮ってしまった。それにここまで強く謙遜してしまっては嫌味に聞こえてしまうかもしれない。
せっかく会えたアルム先輩が褒めてくれていたかもしれないのに――!
「全然か……そうか」
ああああ、ああああああ! うちの馬鹿……!
せっかく褒められるチャンスだったのに……!
うちの全身をガチガチにしていた緊張は全て自分への後悔へと変わっていく。
もう少し素直に、もう少し落ち着いて受け止めていれば最高の一日になったかもしれないのに!
「まぁ、確かに……ロベリアならそれくらい出来てもおかしくないもんな。ロベリアにとっては全然か」
けどアルム先輩のその言葉を聞いた瞬間、そんな後悔とかどうでもよくなった。
じんわりと温かい涙が滲んでくるのがわかる。
そう、思ってくれるの?
そんな風に……思ってくれてたの?
うちの事なんて全然眼中にないと思ってたのに――。
「……ところでアルムさん近くパルセトマ家の当主継承式があると思うのですが、出席して頂けますか?」
「そうなのか? カエシウスでそんな話聞かなかったが……」
うちの様子を察したからから兄貴が率先してアルム先輩に話しかけてくれている。
照れくさいけどありがたい。まだちょっと、声は出せないから。
「招待してくれるなら当然行くよ。祝わせてくれ」
「それはよかった……それで改めて招待状を送らせて頂きます」
「ああ、わかった。必ず行くよ」
「ええ、それでは僕達はこれで」
「それじゃあな。久しぶりに会えてよかった」
そう言ってアルム先輩はうちらに手を小さく振って謁見の間のほうへと歩いて行った。
うちは溜まった涙が零れないように少し顔を上にして、震えてしまうだろう声を聞かれないように無言でアルム先輩に手を振り返した。
「……大丈夫ですか?」
アルム先輩が見えなくなるまで手を振って、うちはようやく涙を拭う。
「はー……かなわないなあ、もう」
欲しかった褒め言葉なんかよりももっと嬉しい言葉をいとも簡単に言ってのける先輩への尊敬を再認識して、うちは清々しい気持ちで胸を張る。
まだ全然肩を並べる事なんて出来ないけれど、それでも追いかけようと思えるようになった自分が誇らしい。
きっとここがスタートライン。うちはきっとまた走り出す。
すんすんと鼻を鳴らしていると兄貴がうちにハンカチを差し出してきて……何かそのスマートさにいらっとして思い切り鼻をかんでやった。
その後、謁見の間では――。
「カルセシス様が自分の愚痴を言っていたとクエンティから報告を受けたので馳せ参じました……カエシウスは関係ありますでしょうか? それとも自分個人に対してでしょうか?」
「クエンティ貴様あっ!! 悪口ではないと言っただろうがああ!!」
クエンティからの報告を真に受けたアルムによって、国王カルセシスが全く冷やす必要のない肝を冷やしていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ロベリアのその後を描いた番外でした。
次の更新からはさらに未来のお話を少し続け、番外含め本格的に完結となります。もう少しこの世界にお付き合い頂けると幸いです。




