番外 -ノブレスランベリー4-
五年前の大蛇迎撃戦。当時のアルム先輩の状況はカルセシス様を通じてパルセトマ家にも伝わっていて、うちはようやくアルム先輩に石を投げた贖罪が出来ると思っていた。
四大貴族としてミスティ先輩やルクス先輩達と肩を並べてマナリルを守る戦いが出来るのだと一人で張り切って、気合いを入れて……マナリルのために戦えるのだと息巻いていた。
……なのに。
「は……?」
「パルセトマは静観する。大蛇迎撃戦には参加しない」
お父さんから伝えられたパルセトマ家の方針に絶望した。
大蛇迎撃戦にパルセトマ家は参加しなかった。
「大蛇という怪物が勝つか迎撃部隊が勝つかは誰にも読めん……であれば、我々は大蛇が勝った最悪の可能性を踏まえて立ち回る必要がある。
大蛇が支配した後の世界でマナリルの立ち位置を損なわぬためにもな」
「何……言ってんの……?」
「我々だけじゃない。ダブラマもマナリルへの戦力支援はせず、ガザスも騎乗型人造人形の提供だけにとどまっている。我々と同じく大蛇が勝利した際、自国にとってましな立ち位置につけるかどうかを考えての事だろう。
ここで人間側の勝利に賭けて全戦力を投入してしまっては大蛇が勝利した後の世界で起きるであろう国家間の争いで不利になる。それを避けるためにも我々は待機だ」
兄貴と執務室に呼ばれたと思ったらそんな後ろ向きなもしもの話をされて。
まるで自分達は聡い選択をしていると説得されているようで許せなくて。
うちは頭が沸騰するくらいに血が昇って、初めてお父様にブチ切れた。
「ふざけんなああああ!!」
「ロベリア!? やめなさいロベリア!」
「ロベリア! 落ち着いて!」
執務室の壁やカーペットを切り刻んで、机も窓もぶっ壊してお父さんと兄貴に取り押さえられるまで怒りをぶつけた。
結局うちは大蛇迎撃戦の間、家に監禁され続けていた。
大蛇に勝利した報告を聞いた時、初めて涙が零れた。
マナリルの危機、尊敬する人の危機。
そんな大事な時にただ家にいて待つ事しか出来なかった自分があまりに情けなかった。たとえうちの実力じゃ何も出来なかったとしても戦うべきだと思ったから。
何で自分はこんなに弱い。何で自分はこんな所に。何で自分はこんなに無■■なの。
何で、自分はミスティ先輩やルクス先輩達みたいにできないの。
追いかけると決めた背中がどんどん遠くに行ってしまったような気がしてうちはずっと泣いていた。
……泣きべそをかいていた顔を上げた時にはもう目指すべき背中は見えなくなっていた。
『ア? ア! ア! ア! よがった! てっきり溶けてなくなったものがと! 上等な女を食えなくなるところだった! 生きていてくれてありがとう! 感謝ずる!』
うちが森の中から出てくるとグレンデルという怪物は嬉しそうに笑った。
酸で焼けた周囲の匂いと笑っているその顔には悪辣さが浮き彫りになっていて反吐が出る。
なのに、さっきよりも不快感は無かった。
『あん? 男のほうは死んだが……? まぁいいが、男よりも女のほうがうまいからな』
「へぇ、化け物の食事情なんて興味無いけどさ」
『ア! ア! ア! 食われれば少しは興味も出るだろうざ!』
相変わらずグレンデルの動きは無音で起こる。
湖の中に浸かっているかと思えばうち目掛けて飛び出してくる。
腰まで漬かっていたから今まで全体が見えなかったが、陸にあがってきたグレンデルの全長は七メートル程だろうか。
振るわれる拳の破壊力は本物で、それどころか触れた場所はじゅうと燃えたように焦げている。
昔のうちだったら、さっきまでのうちだったらこれを恐がっていただろうか。
うちの実力はさっきと変わっていないはずなのに視界はクリアだった。
『この世界じゃ毎晩食えなくていらいらしでいた! だがお前のような美しいのを食えるなら我慢もわるぐない!!』
「ふふっ……」
『……!? 何笑っでる!?』
「いや……うちみたいにすらすら言い訳が出てくるもんだと思ってさ」
『アア!?』
うちを捕まえようとするグレンデルの腕のスピードが上がった。
相変わらず鬼胎属性の魔力を纏っていて、触れただけで焼ける酸の拳。足にでも触れれば機動力を削がれてアウトだろう。
けど、
「ああ、むかつく……兄貴の言う通りうちが恐がってたのは、そんな目先のものじゃなかったんだ」
自分には相応しくない?
過去の罪を贖罪していないから資格がない?
言い訳してんなド三流。
当主の件を断ったのもこの怪物相手に迷って動けていなかったのも全部全部くだらない。
うちはあの人達と並べないのが恐かっただけ。当主になったら肩書きだけ追い付いてしまうから、相応しくないと言い訳して遠ざけていた。
この怪物の相手もそうだ。先輩達が戦っていた魔法生命相手にうちが通用するはずがないという無意識が迷いを生んで消極的になっていた。
「通用しないはずない」
うちがアルム先輩に石を投げた罪は消えない。それは変わらない。
けど……それを今勝てない言い訳にするな!
鉛のような自責を抱きながらも毅然と。
泥まみれでも美しく。
過去の自分は愚かで何も見えていない子供だったけれど、そこには確かに誇りだけはあって……今のうちにはない自信があった!
「うちはパルセトマ。咲き誇る王の……マナリルの剣」
『何を言っでる!? 女ァ!?』
「そういえば、あなただけに名乗らせてしまったなってね」
自慢の髪を花弁のように揺らして、目指す在り方を思い浮かべて凛と。
貴族の威光を振りまいて。
貴族たれ。魔法使いたれ。
石を投げていた手で……今度はしっかり誇りを掴め!
「うちはロベリア・パルセトマ――パルセトマ家次期当主になる女よ」
後に戻れぬ重いはずの宣言は何故かとても清々しくて。
怪物を前にした命懸けの時間だというのに、走った時に感じる風のように心地よかった。
「――【軍神鳥の剣翼】」
いつもとは違う感覚が体中に走る。
歴史の海に沸き上がる喝采。
頭の中に浮かぶうちらしさを顕現する。
道を開けろ古めかしい伝統共。今日からは、うちこそがパルセトマだ。
『あ……?』
自分の姿を見て、やっぱりうちの憧れはあの人なんだと知る。
風属性の緑色の魔力光を纏っても隠せない背中の白い翼と足からつま先の延長のように伸びる白い剣は白いドレスと共にすらりと鋭く。
これが血統魔法の変革――自身で血統魔法の"変換"を書き換える覚醒。
才能だけでは辿り着けないと言われる"魔法使い"にとっての壁を一つ、うちは間違いなく超えた感覚があった。
『なんだぁ? 食事前の正装でもしたのがい?』
「……うちらに足りなかったのはあんたの外皮と肉体を貫ける攻撃力だけ」
『ア! ア! ア! 人間はそういうのが好ぎだよなあ!』
「うちがあんたを恐くなかったのは……あんたが大した事ないってわかっていたからなのかもね。あんたが魔法生命として本当に強かったら、こんな所で隠れているわけないもの」
『女……! 言いた いことはぁ!!』
蹴り上げるように足を振り上げ、そしてまた振り下ろす。
うちがやったのはただそれだけ。
『あ…… れ……』
グレンデルの背後の水面のほうが先に割れるように切り裂かれて、グレンデルは自分の体の左右がずれた事にはまだ気付いていないようだった。
『お……? れ……?』
「見えなかった? 悪いけどアンコールは受け付けないわ。奥の手を同じ相手に何度も晒すほど……安い女じゃないつもりよ」
つまりは相性さえ悪くなければこの程度うちにとっては苦でもなく。
グレンデルの体が左右に別れてその場に倒れて、巨大な体は魔力となって霧散していく。
うちの放った斬撃で自分が死んだ事を知ることもなく魔法生命――グレンデルは両断された。
いつも読んでくださってありがとうございます。
次の更新でこの番外は終わりとなります。




