番外 -ノブレスランベリー-
うちは石を投げていた。
四大の誇りを勘違いした行き過ぎた家名主義。
下級貴族を見下すのは当たり前。むしろ義務。パルセトマの名を冠する者としての振る舞いを。
愚かにもただ繋がりだけを求めてくる馬鹿を近寄らせないための処世術を、うちは勘違いしたまま成長して馬鹿な頭で考える事もしないまま。
道の真ん中にふんぞり返ったまま後ろだけ見て、足元に頬擦りしてくる寄生虫のような連中だけが後ろから来るのだと勘違いして……自分もまだ歩かなきゃいけないのにそれを忘れてただ立っていた。
だから、間違えた。罪を犯した。
突然現れたその人は光のようにうちの横を過ぎ去っていた。
自分を削って削って、ボロボロになりながらも前に進み続けていたのに。
うちはあろう事かその光に石を投げた。
傲慢に見下して、生まれだけを理由に謗った。
この光もまたこの名を前に屈するのだろうと、自分の常識だけを信じて感情のまま叩きつけた。
必死に道を駆けていただけなのに、謝っても許されないはずの事なのに。
……でもうちを許してくれた。
たった一つの謝罪でうちの言葉も行いもまるで包み込むように。
うちの横を通り過ぎた光。
うちらの目指す道を駆ける光。
うちらの先を生まれも才能も持たずに進んでいた光。
その光は眩しくて。
その光は温かくて。
その光は、流星のように駆けていった。
後ろだけを見ていたうちはその光に釣られて振り返って、ようやく前を向いてその道をもう一度歩き始める事ができたのだ。
石を投げた罪は消えないけれど、それでもその光を目指そうと思えるようになったのだ。
「お断りします」
「ろ、ロベリア……カルセシス様の前で……」
マナリル王城アンブロシア
押しも押されぬ魔法大国マナリルの中心たる王城……その謁見の間でロベリア・パルセトマは国王であるカルセシスの提案を堂々と断った。横ではその両親が王の前でも意見を変えないロベリアの頑なさに困惑している。
「何故だロベリア・パルセトマ? 四大貴族パルセトマ家の次期当主の推薦……そんなにも不服な提案とは思えないのだが……」
「自分は当主に相応しくありませんので」
大蛇迎撃線戦から五年……当時ベラルタ魔法学院の二年生だったロベリアは今宮廷魔法使いとして活躍していた。
ベラルタ魔法学院を首席卒業後に国境警備の部隊に一年、その後王都の魔法部隊に一年の期間を経て、その家名に相応しい力をもってファニアと並ぶ最年少の宮廷魔法使いの記録を作り……周囲に贔屓と言わせる余地すらなく、今はマナリル屈指の魔法使いの一人として名を連ねている。
自慢の紫の髪と鋭さが垣間見える瞳、学院を卒業してからさらに磨きがかかった容姿、王を前にしても自分の意見を曲げない様子はまさに高嶺の花そのものだ。
「当主なら兄貴……ライラックのほうが向いているでしょう。恋人もいるので跡継ぎにも困りません」
「ええ!? ライラックたらいつの間に!? ロベリア詳しく!」
「これクレドア……! 申し訳ありません!」
「よい。パルセトマ家の交友関係とあればこの話題と無関係でもなかろう」
ロベリアからの情報に目を輝かせるパルセトマ夫人クレドア。四大貴族パルセトマを支える現当主の妻であり、同時に化粧品事業においてマナリルのトップに君臨する商才も持つ女性であるが……四大貴族の妻としての威厳や溢れる才気も息子の恋愛事情への興味に上書きされてしまっているようだ。
王の御前ではあるが、元々この場は四大貴族パルセトマ家の次期当主についての場……王家とパルセトマ家の関係もあってこの程度は咎める理由にはならない。
「うちの友達と付き合ってる。いい子だよ。こっちの名前目的じゃないのは保証できる」
「まぁまぁまぁ! 人一倍そういうのが嫌いなあなたが言うなら安心ね……ああ、願わくばフロリアちゃんに嫁に来てほしかったけど、ロベリアが認めるようないい子なら全然歓迎!」
「フロリア先輩って……お母さんがモデルの仕事として契約してるだけでしょ? いきなり嫁に、なんて言われたら困るでしょ……。それにカエシウス家の元補佐貴族にそういう話持ち掛けるのまずいって。いくら元とはいえカエシウスの派閥なんだからさ」
「だっていい子なんだもの……美人だし……ああ、でもネロエラちゃんも捨て難いわ……あの子可愛い上に色白で肌も綺麗だからファンデとリップのモデルやってもらうとばんばん売れるのよ……!」
「ネロエラ先輩も同じでしょ。当主が代わるのを機にカエシウスに喧嘩売ってるみたいな構図になるからやめて。あの世代の先輩達にはうちも兄貴も人一倍お世話になってるんだから……お願いだからお仕事だけの関係にして」
ロベリアの一つ上の世代はベラルタ魔法学院の卒業生の中でも特別。五年経ってもなお色褪せないマナリルの英雄の世代だ。
ロベリアにとっても特別慕っている先輩がいる世代であり、迷惑をかけるのは特に避けたい。なによりカエシウスはその特別慕っている先輩が婿入りした家……学生時代にお世話になった身として当主になるならない以前の礼儀でもある。
「とにかく……ありがたいお話ではありますが当主の件は兄のライラックにお話しください」
「そうか、では今日はこのくらいにして改めて話し合う事にしよう。当主の話とは別に事前に話していた任務に関してはよろしく頼むぞ」
「はいすぐに。西部の問題でもありますから調査は私と兄……それかファニア殿が適任でしょう」
「すまないな、ファニアは常世ノ国に行っていてすぐには戻ってこれない……君達が頼りだ」
今回、謁見の間で行われた話は二つ。
ロベリアが断ったパルセトマ家次期当主の件ともう一つ……西部で起きている失踪事件。
謁見の間からパルセトマ家の面々が退出すると、カルセシスは大きなため息をつく。
「どうしたものか、と言いたげですね」
「ああ……」
ずっと傍らに控えていた王妃のラモーナが悩めるカルセシスの手を握った。
宮廷魔法使いこそ引退したものの、側近時代のように政務の手伝いを続けており……今回の件はラモーナから見ても珍しい。
「どうしますか? ライラック様からの回答はすでに頂いておりますが?」
「ああ、妹のほうが相応しい……と暗に断ってきたからな」
パルセトマ家は四大貴族の中で唯一王家と密接な関係を持つ家……その次期当主の問題は当然王家としても無関係ではない。
パルセトマ家は王家に仕える王の剣。そして未来の身内を輩出する可能性の高い名家なのだから。
「どちらも当主になりたくないで始まる当主争いなぞ聞いた事が無いぞ……何だその後ろ向きな後継者争いは……。普通、当主になりたがるだろうに……」
「パルセトマ家のような事業も成功している家なら尚更ね」
「ずいぶんあの子も変わったものだ……」
昔なら命令だろうと今の当主の件だろうと二つ返事で答えてくれた事だろう。
見違えるくらい真面目に成長したロベリアにカルセシスは喜ぶべきなのかどうか……複雑な気持ちになる。
「ふふ、誰の影響でしょうか?」
「そんなもの決まってるだろう」
「ええ、そうですね」
「真面目になりすぎだ全く……」
相応しくない。
そう言ったロベリアに、そんな事はないと誰かが言っても無駄な事はわかっている。
「まったく……上の世代が眩しすぎるというのも考え物だな。アルム達がもう少し自重してくれればロベリアももう少し余裕をだな……」
「クエンティに聞かれますよ王様?」
「今のは悪口じゃないからなクエンティー!!」
カルセシスの声にどこからかこくこくと頷く音が聞こえた気がした。
いつも読んでくださってありがとうございます。
番外です。四話か五話くらいで終わります。




