ベネッタと緩む頬
「お会いできて光栄です聖女様。噂に違わぬ御美しさですね」
「……ありがとうございます」
聖女と呼ばれるようになってからこんな風に言われる事が増えた。
一体どんな噂が流れているんだろう。
ただ一つ間違いないのは、聖女と呼ばれる前はこんな風に言われる事は一度も無かった。
「どうですかうちの息子を紹介したいのですが?」
「是非ご一緒に食事など……」
聖女様。聖女様。聖女様。
ボクがダブラマでそう呼ばれているのはすごく照れくさいけど嫌いじゃない。
けど、この人達に聖女様と呼ばれるのはなんというか好きじゃなかった。
評判の悪い家として今までニードロス家だからと敬遠されている事もあったのにこれだ。
家の評判が落ちたのはお父様の自業自得だから仕方ないとしてー……敬遠していたボクに利用価値が出てきた瞬間、擦り寄ってくるのが何だか好きになれなかった。
家同士で利益をもたらし合うのが貴族としての当たり前だけど、今までが今までだけに上っ面にしか聞こえない。
「うーん、杖にダブラマの国章ついているから余計目立っちゃうのかなー……でもラティファ様からのプレゼントだからちゃんと使いたいしなー……」
連日のパーティでそんな権力欲にあてられていたボクはトランス城の自室で悩んでいた。
ミスティの専属で何よりニードロス家という北部の貴族の一員でもあるため、招待状はボクにも来るのでミスティが出席するならパーティを欠席するわけにもいかない。そもそも招待状が来なくてもエスコート役のアルムくんがいない今、同伴するのは当然だと思う。
ミスティと一緒にいるのは居心地いいし、ミスティと踊ったりするのも楽しいけどー……すでに当主としてバリバリ働いているミスティは一人で行かなきゃいけない時もあるのでボクとずっと一緒というわけにもいかない。
ミスティはこの手のことに慣れているらしいけど、学生時代まで治癒魔導士の勉強しかしていなかったボクにはパーティは少し疲れる場所だった。
「せめて笑顔だけはって無理矢理笑ってるとほっぺが引きつっちゃうよー……」
そんな風にため息をつく日々が続くと、ミスティからアルムくんの旅に同行してほしいという提案をされた。
アルムくんはミスティに定期連絡をしているのだけど、その隙を狙われて執拗にアルムくんを狙っている刺客に襲われたらしい。並の使い手相手なら心配ないとわかっていても魔石越しにアルムくんの無事を祈るしかできない状態がミスティにとっては辛かったのだろう。ただでさえアルムくんの話をする時は寂しそうだから。
「アルムが怪我しても治癒魔法が使えますし、刺客の存在を事前にキャッチできる感知も一流……ベネッタ以外にいないかと」
「で、でもいいのー? ボク、ミスティの専属なのにー……?」
「こちらでの役割は何とか代役を選ぶ事もできなくないですが……アルムの護衛という大役を任せられる方はベネッタ以外にいません。ベネッタ以上に信頼出来て実力のある方なんて探しても見つかりませんから。どうでしょう?」
アルムくんが心配というのも本音だっただろうけど、もしかしたらミスティはボクがパーティで疲れている事も見抜いていたのかもしれない。
久々にアルムくんに会えるかもという楽しみもあって、ボクはミスティの提案に乗っかった。
「勿論! ボクに任せてよー!」
そんなこんなでボクはアルムくんを追いかけるために休暇を貰ったのだ。
「お、お、お久しぶりですベネッタさん!」
「お久しぶりですセーバさんー、急に来てしまってごめんなさいー」
「いえいえ! お手紙にこちらに来るかもという話は受け取っていましたし……ラーニャ様も快く休暇の許可をくださいましたから!」
セーバさんからまたガザスに来て欲しいという手紙を貰っていたのもあって、ボクは南部に行く途中東部とガザスに寄ることにした。
セーバさんとはずっと文通を続けていたけれど、アルムくんの旅に同行するとなるとこれまでのように続ける事ができなくなってしまう。今回ガザスに立ち寄ったのはその事を伝えるためでもあった。
ガザスの王都シャファク……ここに訪れるのも久しぶり。
目を閉じたままではぼんやりとしか見えないけれど活気があるのはわかるし、町中に張り巡らされた水路の音が心地いい。
「あ……流石にガザスでダブラマの国章がついている杖はいけませんよね……」
もう体の一部のようになってしまったので馬車を降りるまで気付かなかった。
目を閉じていても周りの事はぼんやりとわかるが、流石に杖無しとなると不安が残る。
代わりの杖がないか聞こうとすると、セーバさんはボクの手を優しく握った。
「よ、よろしければ今日はこのセーバにベネッタさんの杖となる栄誉をくださいませんでしょうか」
「……い、いいんですか?」
「は、はい! 喜んで!」
導かれるままセーバさんの腕に手を回す。
ボクの杖はセーバさんの部下が責任をもって保管してくれるそうだ。
セーバさんはこっちの学院を卒業後、ラーニャ女王の近衛魔法使いの部隊に就任したと手紙に書いてあった。
そんな人にボクの杖代わりなんかさせていいんだろうか?
「ベネッタさんのペースに合わせますので、速かったりしたら言ってください」
「はい、ありがとうございます……」
「さ、最近新しく出来たお店が可愛らしい佇まいでして……まずはそこに向かおうと思うんです。距離もないので安心してください! え、えっと確か……!」
ふと、ガザスに留学していた時の事を思い出した。
留学中に何故かセーバさんに誘われて、エルミラと一緒に案内して貰ったっけ。
当時は茶色の髪がちょっと寝癖のように跳ねていて、体格もボクとそこまで変わらないような感じだったけど……腕を回している感じからすると、ボクよりも全然身長も伸びてがっちりとしているのがわかる。
届いていた手紙にはそんな事書いていなかったけど、きっとこの人も今日まで頑張ってきたのだろう。
「大丈夫ですかー?」
「だ、大丈夫です! お任せ下さい!」
セーバさんの案内でシャファクの道を歩き始める。ボクの歩幅に合わせているのもあってとてもゆっくり。
前回は男の人に誘われるのなんて初めてで、恥ずかしく、てエルミラと一緒だったけど今日は二人きり。
……思えば、聖女って呼ばれる前からこんな風にボクを誘ってくれたのはセーバさんだけだったなぁ。
「……セーバさん」
「はい?」
「ボク、ちょっと用事があってしばらくマナリルを離れるんですー……だから、今までみたいに文通ができなくなってしまうんですよー」
「え゛」
回している腕を通じてセーバさんの体が強張ったのがわかった。
「今回はそのお話を伝えるために寄ったのもあってー……ごめんなさい」
「いえそんな……わざわざありがとうございます……。そうですか……それは……それは残念です……。本当に、残念です……どこに行かれるかはわかりませんが、どうか道中お気をつけて……」
さっきまでの弾んだような声色が見る影も無い。
聖女との繋がりが切れるのを懸念しているのではなく、ベネッタ・ニードロスとの関わりが無くなってしまうのを本気で残念がっているのがストレートに伝わってきた。
そんな目に浮かぶような落胆が可愛らしくて、
「だから帰ってきたら……また、こうしてエスコートしてくれますかー?」
「っ!? え!? えあ!?」
「……待っててくれますか?」
「は、はい! 勿論! 勿論です! 勿論待ってますよ!」
ほんのちょっとだけ愛おしい、なんて想っているのかもしれない。
気付けばボクの頬は緩んでいて、自然とセーバさんに微笑んでいた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
聖女と呼ばれるのが嫌じゃないけどその名前目当てに擦り寄られるのは苦手。




