アルムの旅3 -三年目その1-
俺達の住むザンドラーマは割といい国だと思う。
そこそこ栄えてるルルカトンの隣にあるし、他の国で聞くような圧政もない。
圧政しなきゃいけないほどの価値もなければ人もいないとなればそれまでだが、それでも恨みや悪意が育つような環境よりはいいと俺は思う。
領主様はたまに傭兵や護衛としての仕事を俺らにくれる。
他の国みたいに町がしっかり整備されてるわけじゃないから町の外を出れば魔獣は身近だし、町の中でも野犬なんかがたまに暴れたりもする。
俺達にとっては当たり前だが、栄えてる他の国からすれば危険な環境らしく……そんな環境に慣れてない客人を俺達で護衛するって事だ。
今日の護衛対象は二人……マナリルから来た男女のコンビらしい。
「……というわけだ。君の事は信頼しているがいつものように失礼のないように頼むぞ」
相変わらず切れ長の目がたまらない美人な領主様に見惚れていたが、とりあえず最後の所は聞こえていた。
何度もやってる護衛の仕事だ。目的地は常世ノ国でこの国の港町まで行きたいらしいが問題ない。
元々山賊だった頃に比べれば俺と部下も丸くなった。そもそも荒んでたのも山賊やってたのも金が無かったからだ。あの領主様になってからは盗みなんてする必要も無い。それにあの美人の領主様とも顔を合わせられる。
ようやく手に入れた真っ当な人生だが……ちょい退屈に感じる時もたまにある。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますー」
俺達の前に現れたのは聞かされた通りの風貌の二人だった。
この国じゃ珍しい黒い髪の坊主と杖を突いた可愛らしいお嬢ちゃん。盲目なのか目をずっと閉じていた。
俺は咳払いをすると護衛団の長として握手をした。
「俺はシャルドー。こっから数日案内兼護衛を務めさせてもらうぜ」
「自分はアルム。こちらはベネッタです」
「シャルドーさん、それに他の皆さんも道中よろしくお願いしますー」
愛嬌のある喋り方に見た目も結構可愛いからか俺の部下はベネッタと名乗った嬢ちゃんに鼻の下を伸ばしていた。
俺はどちらかというとこのアルムと名乗った坊主のほうが気になった。いかにも成人したての若造って感じだが佇まいに余裕を感じる。
だが何というか……危機感のないように見える二人だった。貴族カップルの道楽旅行って感じだろうか?
「では一週間よろしくお願いします」
他国の貴族は平民相手にふんぞり返ってるイメージだが、この二人はそんな事はなかった。
耳にタコができるほど聞かされるような財力自慢も権力自慢も全くしない。
ベネッタって女のほうは俺達がする馬の世話なんかも手伝ってくれたり、アルムって男のほうは食える山菜を摘んできてくれたり、なんなら逆に俺達の話まで聞いてくれる始末だ。
「俺達は昔、山賊なんてやってたけど今じゃ領主様のおかげで真っ当な人間になれててよ……町だってそりゃこれからだが徐々に便利になってるし……」
「エメスレルダ様の話は少しだけ聞いています。町を見ましたが賑わいだけならマナリルと遜色ないかと」
「うんうん、外から来たボク達にもとても親切にしてくれましたしー……いい町でした」
「だろう!? マナリルの人から見てもいい町ならそりゃ自信もつくってもんだ……偉そうな事言って別に何もやってないんですけどね! あははは!」
二日目の夜にはもう焚火の周りで囲んで俺や部下達と談笑するのが当たり前になっちまった。
俺達を下賤な連中とか言って馬車の中に籠る貴族だっていた中……この二人は俺達が元山賊って事も気にしていないようだった。
領主様を信頼しきっているお人好しなのかそれともこの二人が大物なのか。
ミスったのは出発から五日目の夜だった。
後二日で目的地まで到着、俺達の仕事も完了。
今日までに俺達はすっかり打ち解けていて、こんな楽で気持ちがいい仕事は久しぶりだ。
俺達みたいな奴等にもフレンドリーに接してくれる二人と仲が良くなったと油断してしまったんだと思う。
「ええ……!? お二人共狙われるみたいな経験があるんです!?」
「マナリルは貴族が多いので派閥も多くなって、そういったいざこざも増えるんですよね。そういう刺客もたまにいるというか……」
「ほんとめんどくさいよねー……ボクもアルムくんもそういうのあんまりしたくないし、迷って変な人に絡まれるくらいならってシャルドーさん達みたいな護衛を雇って移動してるんですよー」
あまりに余裕過ぎる仕事への退屈と少しの酒。俺は部下達と顔を見合わせた。
少しからかってやれ。全員が乗り気だった。
「いやー、それは大変だ。貴族様の世界も華やかなだけじゃないんですね」
「そんな殺伐とした事ばかりじゃないですけどね」
「不謹慎かもしれませんが、そのおかげで自分達もこんな仕事貰えたんですから助かるってもんですよ。ただ……」
俺は樽ジョッキの酒を一気に飲み干して、少し雰囲気を出しながら言った。
「護衛として用意された我々がその雇われた刺客だとは思わなかったんですかい?」
山賊時代のどすの利いた声色と悪人顔。
合図したかのように部下の四人が立ち上がってアルムの坊ちゃんとベネッタの嬢ちゃんを囲むように動く。
勿論ただの冗談だ。他国の旅ってのは華やかな事ばかりじゃあない。こういう恐い目に合う事だってあるのだからしっかり警戒心をもつことが大切だってのを教えてやるだけのつもりだった。
そう、そのはず……だったんだ。
「……」
「……」
急に、その場の空気が変わったのを肌で感じた。
穏やかだった空気は一気に重苦しく、夜風に針が混ぜられたかのように肌を刺す。
目の前の二人から、この五日間全く感じなかったプレッシャーが突然噴き出した。
「なるほど、そういう事か。一度も刺客が襲ってこない道中、毎回の食事に酒盛りで距離を詰めて……か。演技には見えなかったんだが……これは俺のミスだな」
ゆらりとアルムの坊ちゃんが立ち上がる。先程までの好青年の姿はどこにも無かった。
その眼光に含まれているものを俺達は知っていた。山賊時代に味わったような獣の殺気。いやそれ以上の圧。
見た目は一切変わっていない。ただその視線と表情が冷酷なものに変わっていた。
「料理と酒に毒でも混ぜてたか? 残念だが俺とベネッタにそこらの毒は通じない」
「ボクの右と左後ろの二人は少しだけど魔力があるからボクが受け持つよアルムくん……どうするー? やっちゃう? 拘束?」
杖をついてベネッタの嬢ちゃんも立ち上がる。こっちからも同じような圧を感じた。
ああ、ようやくわかった。この二人はただ者じゃない。
さっきまで見せていたのが素なのは間違いない。フレンドリーでお人好しな青年と盲目である事を感じさせない明るい美女。
だが今見せているこっちの側面もまた二人の素……恐らくは何度も修羅場を潜った猛者の表情が俺のおふざけがきっかけで露わとなった。
「生かすのは一人でいいだろう。どの家と繋がってるかだけ聞き出したい」
「そうだねー……残念だなー、せっかく仲良くなれたと思ったのに」
――やばい!
俺だけでなく部下も感じ取っておろおろしていた。いつまで続けるんだこれと心の声が聞こえてくる。
「『幻獣――」
「【魔眼の――」
「すいませんでしたああああああああああ!!」
俺は常世ノ国からの客に教えて貰った土下座を繰り出す。
俺達にとってはおふざけだったが、二人にとってはおふざけですませられる話ではなかったらしい。
確実に迫っていた命の窮地をこの土下座に託す。少なくとも、何かを唱えかけていた二人の声は止まった。
「脅かして申し訳ない! ただのジョーク! ジョークのつもりで! この五日で打ち解けたと思って調子に乗ってしまいまして! 全然刺客でもなんでもないのでどうか許してくだせえ!!」
「……」
「……」
必死の懇願だったが二人はまだ疑ってるのか無言だった。
今考えれば当然かもしれない。つい身内のおふざけのノリをぶつけてしまったが……本当に刺客を向けられている二人からすればジョークですませていいのか疑問が残るだろう。
少なくとも、自分を見ているその視線には確実な疑念があった。
「おいお前らも頭下げろ! 身内の悪ノリ駄目絶対!」
俺がもう一度土下座をすると部下の四人も同じように土下座を繰り出す。完璧な姿勢だ。
「俺達は乗り気じゃなかったのにボスのアホが!」
「昨日なんか脅かしてやろうみたいな話してたんすよ! あいつですあのカスが悪いです!」
「うちのボスまじで馬鹿なんすよ! ほんとすいません!」
「あのゴミボスはどうでもいいんで俺達だけは許してください! 後出来れば領主様に報告は勘弁してください!」
「お前達ちょっと言い過ぎじゃない!? そんな思い切り俺の事売らなくても!」
アルムの坊ちゃんとベネッタの嬢ちゃんはぽかんとした顔をしたかと思うと、アルムの坊ちゃんは何かに気付いたように手を叩いた。
「あー、観光客向けのどっきりだったんですか。そういえばルルカトンでもやられた事があるな……申し訳ない、わかりませんでした」
「なんだー、領主のエメスレルダさんもぐるなのかと疑っちゃいましたよー! あー、よかった……心臓に悪いなーもう」
心臓に悪いはこちらの台詞だったが、そんな事言えるわけがない。
完全に自業自得だ。退屈を埋めるための悪ノリがまさか命の危機に発展するかなんて想像もつかなかったが……どうやら納得して貰えたらしい。セーフだセーフ。俺達生きてる素晴らしい。
「あまりに警戒心が無さそうだったんで、ちょっと脅かすだけのつもりが……いや申し訳ない……。こんな事しなくても大丈夫でしたね……」
「いえ、少し気が緩んでいたのは事実です。よかった……この五日で結構仲良くなったと思った人を殺すのは流石に心が痛みますから……」
「ねー? もうすぐで本気でやっちゃうところでしたよー」
二人からは刺すような圧は消えているが、自分達の命などどうにでも出来たらしい発言に心臓が跳ねる。
二人の空気はまるでスイッチで切り替えているかのように談笑していた時の和やかなものに変わっており……その場に座って何事も無かったかのように食事の続きをし始めた。
(これが魔法使いってやつか……こええ……)
領主様の話はこれから真面目に聞こうと思いつつこの二日後に俺達は二人と別れた。
あんな事があっても護衛を外すような事もせず、しっかり最後まで仕事をさせてくれた。領主様に悪ふざけについての報告もやめておいてくれたらしく、領主様からもお褒めのお言葉を頂いた。
改めてあの二人について聞くと二人はマナリルの英雄にダブラマの聖女と呼ばれる有名な魔法使いらしく……海の向こうの大陸では有名人らしい。
今回の仕事で得たのは一つの教訓。土下座は出来るようにしておけ。
ひょんな事から"魔法使い"の怒りを買いそうになった俺らはこれをきっかけに真面目に仕事に取り組むようになり……領主様からの評価も上がった。
何があったのだ? とたまに領主様から訝し気な表情で聞かれるが、
「それだけは答えられねえよな!」
「ちげえねえ!」
と、この出来事を酒の肴にするのが定番となった。
俺達にとって一番印象的な二人組なのは間違いないが、さらにその二年後……俺達は大陸の向こうの新聞で知ってる名前がカエシウス家に婿入りした事を知り、目玉が飛び出るほど驚く事になるのである。
……もう一度土下座しに行ったほうがいいすかね?
部下の一人がそう言っても誰も笑う事は出来なかった。
改めて……やっぱ笑えないジョークは言うもんじゃねえな。




