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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ
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アルムの旅2 -二年目-

 ジャルザン・ザルゴイートは天才だった。

 血統魔法は十三の頃に継承したし、本を読み一目見れば大抵の魔法は使える。

 魔法とは力の象徴だとジャルザンは思う。才能があるというのは彼にとって気持ちが良かった。

 財力とはまた違う才能という凡人と隔絶された力は彼に優越感を与えてくれる。

 ……反面、彼にとって貴族社会はわずらわしかった。

 礼儀だ作法だのうるさい社交界、机に向かって日々の研鑽、弱き民のために。


 "自分達の力は民の暮らしを守り、救っていくためにあるのだ。"


 彼の父親が掲げる信念と口癖にジャルザンは唾を吐いた。

 欲しいなら弱い奴から奪えばいい。

 足りないなら弱い奴から奪えばいい。

 力ってのはそういう事だろう。強いってのはそういう事だろう。

 貴族の圧政なんて昔は日常茶飯事だった。

 ここルルカトンは勿論、海の向こうにある魔法大国マナリルですら昔はそうだったのだから。


 一度やってしまえばなんてことなかった。

 ジャルザンは少し遠い村を襲って男を殺して女を犯した。

 死ぬほど気持ちがいいと口角は上がったまま。

 力無き老人達の命乞い、農具を向ける男達の無駄な抵抗、命だけはと震えてされるがままになる女。

 全てがジャルザンにとって最高の光景だった。

 ザルゴイート家の血統魔法は魔獣の使役。そこらの山で魔獣を操れる魔法。

 魔獣だけならばともかく、魔法使いの操る魔法と一緒に襲撃されては平民の村はどうしようもない。

 ジャルザンは狼型の魔獣を引き連れ、次々に村を襲い略奪した。

 気持ちがいい。気持ちがいい。

 才能を振るうのがたまらなく気持ちがいい。

 ジャルザンは村を襲う度に自分がまるで王になったかのような全能感に酔いしれることができた。




「はっ……! はっ……! も、もっと早く走れウスノロ共!!」


 昼は貴族らしく大人しく振舞って、夜はストレスを発散するように略奪する。

 そんな刺激的な毎日は偶然村に訪れていた一人の旅人によって終わりを告げた。

 走る。魔獣に跨って、火の手のあがっている村から逃げるように走る。

 今日は何も奪えていない。男を殺す事も女を犯す事も出来ていない。


「なんだ、あいつは――!?」


 ジャルザンにとっていつものように変わらない夜になるはずだったのがたった一人の旅人によって一変した。

 先程まで村で起きていた光景を思い出してフードの下でつい舌打ちをする。

 ジャルザンが操る魔獣を無属性魔法で昏倒させ、魔法はいとも簡単に防がれた。

 村人を狙って無差別に攻撃するも全てを防ぎ、村人が逃げるまでそれを続けられ……村に火を放って逃げるしかなかった。


「魔獣を支配しているようだったからどれほどの腕かと思えば……こんなものか」

「!!」


 駆ける狼型の魔獣の横に、当然のようにその旅人は追い付いた。

 強化を使ったにしても速過ぎる。魔獣は魔力を使って身体能力が上がっている生き物……さらに今はジャルザンの血統魔法によって強化もされているというのに。


「『魔弾(バレット)』」

「あがあ!?」


 旅人の無属性魔法でジャルザンの乗っていた魔獣が倒れる。

 『魔弾(バレット)』の五つの弾丸の内の三つがジャルザンに命中し、ジャルザンは勢いのまま放り出された。


「いでえ……! くそ……! 何でこの俺が……!」


 地面に放り出されたジャルザンが立ち上がろうとするとその旅人が傍らまで歩いてくる。

 旅人は夜闇に溶けるような黒髪と黒い瞳をした青年。もう二年目となる旅を続けているアルムだった。


「複雑な命令が出来るわけでもなければ信頼関係もない……ネロエラの足下にも及ばないな……」

「ぁ……ぐ……!」


 アルムはジャルザンを見下ろしながらため息をつく。

 アルム本人は客観的な評価を下しただけだったが、聞いていたジャルザンにはただ見下されたようにしか聞こえない。

 その才能で何でも叶えてきた天才の自尊心にざっくりと刃を入れられたようだった。


「冗談じゃ――」

「『魔剣(セイバー)』」


 振り上げようとしたジャルザンの拳に魔力の剣が突き刺さる。

 拳の勢いも相まって、ジャルザンの中指に半分ほど刃が食い込んだ。


「あ、ぎゃあああああ!!」

「……魔法使いの戦いだぞ。殴りかかる前に強化をかけるんだな素人」


 アルムの唱えた『魔剣(セイバー)』で切断寸前となった中指を押さえながらジャルザンは転がり悶える。

 呆れるような声がジャルザンの自尊心を再び切り裂いていく。

 ――天才の自分が素人だと!?

 ただ油断していただけだ、と痛みの中で自分を雑に正当化する。


「あんた本当に貴族か? 盗賊に身を落としたどこかの庶子とかではないよな?」

「っ――!!」


 この男はどこまで自分を侮辱する気だとジャルザンを顔を上げる。

 口元を隠しながらも隠し切れていない怒りの形相でアルムを睨みつけるとその黒い瞳と目があった。

 自分を見下ろす冷酷な眼差し。その瞳の色と同じように感情の見えない無表情。

 その奥底に殺意があるのだけはジャルザンにもわかった。

 いや、わかったのではない……この男は何も隠す気が無いだけだった。


「ぁ……! うっぁ……」

「そういう話は師匠から聞いた事があるんだ。隠さなくてもいいぞ」


 まるで侮辱するような言葉もジャルザンを煽る気は微塵もなく、本当にジャルザンがあまりに弱くて疑問に思っているだけだった。

 自分は天才。凡人の上に立つ者。いずれ父を超えるなど当然。

 そう信じてやまなかったジャルザンの自尊心は粉々に砕け散った。

 そう……彼こそは魔法大国マナリルが誇るイレギュラー。

 才能だけでは上り詰めることの出来ないベラルタ魔法学院を才能無しで卒業した"魔力の怪物"。

 自分の領地という小さい玉座でふんぞりかえっていただけのジャルザンが今日まで出会わなかった……幾度の死地を乗り越えた"本物"である。


「俺、が……俺は……天才だって……。そうだ、天才……なんだ……! こんなの、ま、ま、まち、まちがて……まちがって……!」

「そうだな。魔法が使えるという事は天才だろう」

「何で……奪っちゃ、ならねえ……! よええやつは、強い奴に食われる……それが、それが……それが当たり前だろうが!!」


 砕け散った自尊心、折れた心。

 自分の中でそれを取り戻すためにジャルザンはやけくそで吠える。

 吠えながら、率いていた狼型の魔獣達でアルムの周囲を取り囲んだ。この男が自分を狙った瞬間、魔獣達に一斉に飛び掛からせれば――!


「そうだな」

「ぇ……」


 アルムはジャルザンの身勝手に聞こえる発言を否定する事は無かった。

 否定の怒号か無言の殺意が飛んでくると思っていたジャルザンは虚を突かれたように呆然する。

 そして――その肯定が自分という生き物の最期そのものである事を知る事になる。


「だからあんたはここで死ぬんだ――【異界伝承】」


 瞬間、アルムの瞳が輝く。

 夜闇よりも、暗く。



「【幻愛異聞(げんそういぶん)聖天喰百足凶(ひじりあまじきむかでまがつ)】」



 かちかちと耳障りな音が鳴る。まるで警告のように。

 風が止む。まるで風すらも怯えたかのように。

 今日の月が雲で隠れてるのは、これ(・・)を照らさないためではないか。

 そう思わせるような存在が、ジャルザンの目の前に現れた。


「あん、だ……これ……!」


 アルムを守るようにとぐろを巻く巨大な百足。

 ぞろぞろぞろぞろ。何節もある足が不気味に蠢き、鞭のような触覚は命を捉える。

 アルムを取り囲んでいた魔獣はその"現実への影響力"余波でジャルザンの支配から解放され、その場で命乞いをするかのように伏した。


「命は平等で生き残る命もあれば死んでいく命もある。あんたの言う通り、強い奴に弱い奴が食われるのも当然だ。平等だからこそ強いものの命が必然生き残る。

だが……人間はそんな残酷な平等を優しい不平等にできる力がある。力がある者が弱い誰かを助け、その人がまた自分より弱い誰かを助けるきっかけになってまた誰かを……こうして繋がる不平等が降りかかる不幸や理不尽の災厄を跳ねのけられるかもしれない世界を作り上げていく」


 アルムの周りでとぐろを巻いていた百足が動く。

 夜闇すら照らす黒い光沢に輝きながら、ジャルザンに飛び掛かった。


「ぎゃぁああああああああああああ!!? ひっ――ゃああああじゃあああ!?」


 言葉にならない悲鳴が夜に響く。

 かちかちかちと警告音を鳴らしていた百足の顎はギロチンのようにジャルザンの足をいとも簡単に食い千切った。

 脳天まで貫くような痛み。よだれに涙、血に尿と上から下から体液を撒き散らしながらジャルザンはその場から逃れようと体を這わせる。


「ひっ――!」


 逃げようとしたジャルザンの顔の前に巨大な百足の顔がぬっと現れる。

 虫の表情などわかるわけがない。それでも、かちかちと鳴るその顎はまるで自分を笑っているようだった。

 事実、百足はジャルザンの頭をそのまま食らおうとはせず……今度はジャルザンの左腕に食らいつく。


「だあああああああ!? ぇあああ!? うぎ……おええええええ!!」


 顎によってねじ切られた足、潰れた左腕。残った右腕を必死に動かすが一メートルも進まない。

 麻痺してくれない痛覚と何故か気絶できない地獄。まるで魔法が意思を持って壊しているかのような。

 恐怖のまま、ジャルザンは叫ぶ。自尊心なんてものはもうとっくに投げ捨てていた。


「だずげ!! だずげでええ!! は、はんぜじまじだ! 二度どしまぜん!! だがらだすけでください!!」

「助ける……? 何故……?」


 見下ろすアルムに向かってジャルザンは叫ぶ。

 アルムは本当にわからないかのように首を傾げた。


「お慈悲をおおおお! お慈悲を! おじひをください!! こごろをいれがえます!! いれがえます!!」

「慈悲……何故あんたに……?」


 アルムは難しい表情で少し考えるが、それだけだった。

 百足は次はどこを壊そうかとジャルザンの体の上を這う。

 ぞろぞろ。ぞろぞろぞろ。無数の足が這う感触がジャルザンの恐怖を加速させる。


「あん、た……まほうつかい、だろ……弱いやつを助けるのが……魔法使いだろ……! へ……へへ……」


 恐怖を押し殺して浮かべる精一杯の媚びた笑み。

 アルムは無表情のままだった。


「そうだな。俺は"魔法使い"を目指してる。さっき言ったような優しい不平等が当たり前の世界が理想だ」

「だ、だったら……」


 ジャルザンが一縷の希望に目を輝かせるが、次の瞬間――ジャルザンの体の上を這っていた百足が残っていた右腕を食い千切った。


「!? !??? ぁ……ん、で……!?」


 百足の頭はジャルザンの足のほうへと移動し、今度はゆっくりと足からジャルザンを食らっていく。

 痛みに耐える悲鳴が上がり、壊れたおもちゃのようにジャルザンの体は跳ねた。


「簡単な話だ。俺は弱い誰かを虐げる者に助けるという不平等を与える気は無い。

あんたは弱者から奪う在り方を選んだんだろう? ならあんたが弱者になる番が来ただけだ。俺に狩られて平等(・・)に死んでいけ」

「ぁ……が、ぼ……。っぶぶ……!」


 一瞬期待した希望は潰えて……・ジャルザンは口から赤黒い血泡を吹いて、目と口から血を流す。

 かちかち。ぐじゅぐじゅ。ぶちぶぢ。

 自分の体が脳髄まで食われる音を聞きながらジャルザンは絶命する。

 人だった肉塊となったジャルザンをゆっくりと百足が食らい、赤い跡だけを残してジャルザン・ザルゴイートという人間は跡形もなく消えていった。


「元いた場所に帰れ。二度と人里に下りてくるなよ」


 ジャルザンを食らった百足が消えて、ジャルザンが操っていた狼型の魔獣達にアルムは告げる。

 アルムを取り囲んでいたものの、襲う気など起きるはずもない。

 魔獣達は百足を前にした恐怖で動けなかった体でゆっくりと立ち上がり、ぞろぞろと山のほうへと歩いていく。

 途中、本当に去ってもいいのかと問うようにアルムのほうに振り返った。


「あんな奴に操られて大変だったろう。じゃあな」


 ……アルムは善人であっても聖人ではない。

 シスターから山で命の平等さを。師匠から花畑で魔法使いの不平等を。

 そのどちらもがアルムの根幹であり、彼を支える価値観。

 自分の意思で襲ったジャルザンは許さなくても、操られた魔獣達はむしろ被害者で殺す理由はアルムになかった。

 山のように去っていく魔獣達を見送り、アルムはその場で手を合わせる。命に対しての祈りを終えるとアルムは滞在していた村へと帰っていく。

 ジャルザンが襲った村は貧しいながらも旅人のアルムを快く迎え、食事や泊める家まで用意してくれた……アルムが不平等にあげたいと思える優しい人達が住む村である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大百足が楽しそうで何より [気になる点] さすがに喋ったりはしないのかな? [一言] こういう敵だったものを使うのはいいですよねぇ はたして名前は伝えられたのか?
[一言] 大量の魔力を注ぎ込んで強化しての力押し。 炎や雷のような特殊な能力は使わず、極太レーザーをぶっ放す。 アルム? いいえ、百足です。 この二人、何気に相性最高じゃね? 大丈夫? ミスティさ…
[良い点] 紅葉が「恋」で大百足が「愛」なのとてもすきです。 そしてアルムの死生観はもっとすきです。
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