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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ
958/1050

アルムの旅1 -一年目-

 魔法大国マナリル。

 砂塵防国ダブラマ。

 無尽騎隊ガザス。

 傭兵国家カンパトーレ。

 大陸内に存在する四ヶ国の他にも国は存在する。マナリルの東に位置する島国、常世ノ国(とこよ)などもその一つだろう。


 マナリルの南部にはキャランドラ海と呼ばれる海が広がっている。

 南部の貴族はダンロード家主導の下、キャランドラ海から来る他国の商船と独自に貿易を行っており、南部がマナリルの他地方との交流を制限しているにもかかわらず発展しているのはその影響が大きい。

 当然、文化だけではなく魔法の発展の仕方もマナリルとは違っており……外国というだけでも好奇心をくすぐられるものだが、魔法が好きなものにとっては特に目新しく映るであろう。


「おお……! おお……。 おお……?」


 ベラルタ魔法学院の卒業後、ダンロード家当主であるディーマの支援によって商船に乗せてもらったアルムが辿り着いたのはキャランドラ大陸の小国ルルカトン。

 ルルカトンはマナリルよりも気温が高く、住民のほとんどが薄着だ。アルムも貰ったマントを脱いでおり、見た目はただの一般人にしか見えない。実際平民ではあるので間違いはないのだが。

 アルムは一月ほどルルカトンを回っており、大きな町で迷子になっていた時の事だった。


『旅の人かな。大丈夫かい?』

「でっかい……ふくろう……?」


 突如、目の前にアルムの二倍くらいの大きさのふくろうが現れる。

 羽毛がもふもふ。目はくりくり。可愛らしい見た目だがサイズのせいで猛禽類らしい威圧感がある。

 大きなふくろうが目の前に現れて喋っているのだからアルムは少し自分を疑った。疲れてるのだろうか。


『そうじゃよ。でっかいふくろうじゃ』

「本当にでっかいふくろうだった……」

『わしを知らないという事は外国の方じゃろう。困った事があれば相談に乗るぞ』


 周りを見れば住民達は町中にふくろうが現れても特に驚いた様子もない。

 ルルカトンでは常識なのか、それともこの町特有の光景なのか。

 こちらの顔を覗き込むふくろうの威圧感が凄まじい。


「えと……町を出たいのですが迷ってしまって……」

『ほう? 行き先は?』

「特には……色々見て回りたいので、どこでもですね」

『それなら……ここから先を真っ直ぐ……いや、丁度いい。わしが案内しましょう。おいでなさい』

「え……」


 大きなふくろうはそう言ってのしのしと歩き始める。

 結局このふくろうは何なのかわからぬまま、アルムはふくろうについていった。


『外国の人という事はディーマ殿の紹介で来たのですかな?』

「え? ディーマさんを知っているんですか?」

『勿論。ルルカトンにとってはマナリルの窓口に当たる取引相手でわしの友人……っと、自己紹介が遅れましたな。わしはヨールカー・アグラグマ。ここの領主をしておるものです』


 ヨールカーと名乗った大きなふくろうにアルムは目をぱちぱちとさせる。

 だが同時に疑問もしっかりと解けたからか、冷静に隣を歩く大きなふくろうを見れるようになった。


「領主様……という事はこれは魔法なんですね」

『うははは! そうじゃよ、ルルカトンの守護獣であるふくろうを模した魔法じゃ。こうして町を見て回っているんじゃよ。この翼では握手ができないのが難点ですがなぁ』


 ヨールカーは歩きながら翼をばたばたとさせる。

 羽ばたいた勢いで翼から抜けた羽根が霧散していくのを見るに本当に魔法らしい。

 身体変化か? それとも幻影で本体が中にいるのか?

 アルムの目が奇怪なものを見る目から好奇心に満ちた目へと変わる。


「領主様自ら町の見回りを?」

『ここはルルカトンでも二番目に大きい町イーピリャ。治安維持のためにもこうして毎日パトロールするのが日課なのじゃよ。おかげで民の様子も見れるでな』

「領主様ー!」


 声がするほうを振り向くとそちらは小さな公園だった。

 アルムの見たことの無い遊具で遊びながらこちらに向かって手を振っている子供達がいる。

 ヨールカーはその声に応えるように翼をばたばたと振り返した。


『御覧の通り、子供達にも人気でしてな。趣味のようなものじゃ』

「実益を兼ねた素敵な趣味だと思います」

『それに、旅の人の驚いた顔も見れます』

「はい、びっくりしました……でも道に迷って困っていたので助かりましたよ」


 大きなふくろうと隣り合って歩く光景はアルムにとっては異様だが、この町にとっては当たり前の光景のようだった。大きなふくろうが領主のヨールカーだというのは共通認識らしく、歩いている途中で住民に何度か声を掛けられる。


『旅の人はどういった目的でこちらに?』

「最近学院を卒業したのですが……自分の目指していたものに自分はなれているのか……考えてみたくて、色々な場所を回ろうかと。ここを目的地にしていたわけではないんです」

『なるほどなるほど……ほうほう』


 見定めるかのようにヨールカーの視線がアルムへと。

 アルムは見られている事に気付きながらも気にせず歩く。

 ヨールカーは町を見回っていたと言っていた。要するに、声を掛けたのも旅行者を助ける半分不審者の可能性半分といったところだろう。

 領主としてこの町に不利益をもたらさないかを会話で見定めていたというわけだ。


『あなたは大切な人達がいたのに、離れる事が必要だと思ったのですな……自分のために』

「必要かどうかはまだわかりませんが……離れて大切な人達のありがたみはわかりましたね。少し寂しさがあります」

『それでも、自分の目指すもののために一度離れる事を選んだ。素晴らしい事じゃ』

「素晴らしい……のでしょうか?」


 アルムは首を傾げる。

 離れ難いとは思ったが、それでも意を決したつもりはなかったからだった。この旅は素晴らしいと評されるような事ではないと自分でも思っている。


『そうですとも。わしはもう、この町から離れる自分を想像できませんよ』


 ヨールカーはふくろうの頭でぐるぐると周りを見回す。

 そういう事もできるのか、とアルムは感心しつつも耳を傾けていた。


『わしはもう歳でね……動けないのじゃよ』

「……歩いてますが」

『うははは! これは失礼、このふくろうは本体ではない……わしの本体は屋敷のベッドの上なんですよ旅の人』

「え……凄い……」


 アルムはつい声が出た。

 屋敷とはどこだろうか。少なくともこの町のパトロールしているという事はかなりの距離を操作できるのは間違いない。

 魔獣や動物といった他の生命の視覚を利用してるわけではなく、魔法で創り上げたこの大きなふくろうに完全に意識を投影させている……並の"現実への影響力"ではない。間違いなく血統魔法だろう。


『ですが、寝たきりでなくてもわしはこの町を離れる事はしないでしょう』

「何でですか……?」

『わしはこの町という大切なものから離れられるほど強くない。帰る場所として旅立つなど恐ろしくて出来ぬ。パトロールなどとあたかも領主らしい行動に見えますが……わしは安心したいのだと思うのですよ。ああ、今日も自分の大切な場所は大丈夫なのだと』


 それの何が悪いのだろうとアルムは一瞬思ったが、すぐに思い直す。

 ヨールカーが言いたいのは良い悪いの話ではなかった。


『わしは自分のために大切な場所から離れない。あなたは自分のために大切な場所から離れてここに来た……恐らくは互いに同じような思いでしょうに、こうも違いがでるのですなぁ』


 ヨールカーが語るのは自分の"魔法使い"としての在り方。

 そして互いにどちらが間違っているというわけでもない。

 アルムがマナリルから離れてする旅もヨールカーが町に留まってパトロールし続ける事も……どちらも"魔法使い"として選んだ道。

 これは先達からの激励だとアルムは気付く。

 恐らくは学院を卒業したと話した時点でベラルタの卒業生だとわかったのだろう。


『さあ到着ですよ旅の人……この時間は空いているのですぐに馬車に乗れるでしょう』

「……ありがとうございます」


 馬車の待合所に到着するとヨールカーと一緒に来たからか受付はスムーズに終わり、空いている時間帯なのもあってすぐに馬車に乗れるようだった。

 馬車が来るまでの間、待合所の前で二人は最後の会話を交わす。

 

『何年生きてもこの道は大変ですが、お互い頑張りましょう』

「わざわざありがとうございました」

『うははは。国は違えどわしらは同じ道を行く同胞でしょう。気にしないでよろしいとも。寝たきりまで生きた年老いたじじいとしてはお節介の一つもしたくなるというもの』

「はい、またいつか寄ります」

『……いいえ。いいえ旅の人』


 アルムがまたいつか、と言うとヨールカーは首を横に振って道の先のほうへと視線を向けた。


『あなたは目的地はここではないと言った。ならばこの町を過去の記憶にしなさい』


 ヨールカーは右の翼を使って道の先を示し、左の翼で自分を示す。


『あなたはここ(・・)を通り過ぎる。わしはここ(・・)を守る。そうでしょう?』

「……はい」


 ヨールカーが何を言いたいのかアルムは何となく理解して頷く。

 アルムが頷くとヨールカーはにっこりとふくろうの顔でもわかる笑顔を浮かべた。


『最後に名前だけ教えて頂いても? 最後まで旅の人では寂しいでしょうから』

「アルム。アルムです」

『さようならアルム殿。わしはこの道を何年も生きてきて後悔だけはありませんでしたよ。

ああ、でも一つだけ……やはりこの翼は握手できるようにしておくべきでしたなぁ』

「さようならヨールカーさん」


 ヨールカーは残念そうに翼を広げて、アルムはその翼を握りにいく。

 握手というよりも翼を撫でるようだったがそれで十分だった。

 用意された馬車が二人の前に停まると、アルムは馬車に乗り込みながらヨールカーに手を振ってこの町を後にする。自分の道を行くために。


『アルム……はて? 確かディーマ殿から聞いた英雄の名前も……うははは、死ぬ前に自慢できる話が増えたのう』


 ヨールカーはアルムの乗った馬車を見送ると、再び町のパトロールに戻っていく。

 町の名はイーピリャ。そこは大きなふくろうが闊歩する町。旅行の際は是非お立ち寄りを。

 国の守護獣であるふくろうの姿を借りて、この町を守り続けると誓った偉大な"魔法使い"によって数十年守り続けられている……ルルカトンで一番安全な町である。

いつも読んでくださってありがとうございます。

完結の余韻にも浸ったので番外の更新となります。

エピローグに伴い頂いた皆様からの感想にも順次返信して頂きますのでお待ちください!


完結記念としてエルゥさんからレビューを頂きました!エルゥさんありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も良い話でした。 いつか、ルルカトン…じゃなくて、イーピリャに行ってみたい。 [気になる点] いつでもいいので、クエンティはどうなったかも知りたいですね。
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