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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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エピローグ -星を掴むような日々-

 まだ町民が騒ぐ夜の時間。ダブラマとの貿易が始まった影響かミレルにも照明用魔石による街灯が建っている。

 屋敷で行われたパーティの後、アルムは一人街へと繰り出した。

 景気のいい町らしく人々の笑い声や騒ぎ声は聞こえてくるが、うるさいわけではない。

 互いの今日を労い、必ず来る明日に繋がる人々の営みだ。

 アルムは一人そんな営みの間を抜けてとある場所へと歩を進める。

 改めてここ(・・)にいたいと自覚したみんなの輪から抜け出して、自分の中にある最後の疑問と向き合っていた。


「……」


 魔石がもたらす光は夜空の光をほんの少し霞ませる。

 最初にミレルに来た時に照明用魔石は無く、なにより半壊した町はそれどころではなかった。

 だが今歩いている町はそんな被害があったとは感じさせない活気ある町で、それどころか数年前よりも栄えているようにすら思える。

 この町は復興という道を諦めずに歩み、数年前よりも前に進んだのだろう。

 だからこそ人々の表情は明るく、誇らしさで輝いている。

 綺麗な町だな、とアルムは心底から思いながら小さく笑った。


 ――なら自分は?


 浮かび上がる自分への疑問が心に問いかけてくる。

 自分が恵まれた人間なのは間違いない。

 大切な人に行きたい道を示されて、大切な人に囲まれる場所にいれる。

 四年の旅を経て出会った人々の中にも別れがたい人はいたが、それでも自分が帰ってくる場所はここなのだという思いを強くしただけだった。

 アルムは思う。カレッラから飛び出し、大切な人達と出会った事で自分にとっての故郷はカレッラからマナリルへと大きく変わったのだろう。

 これ以上を望むなんてどれだけ贅沢だろうか。

 愛おしい恋人、気兼ねなく話せる親達に自分の事を心配してくれる友人達。みんなの存在が自分はここにいていいと、ここにいたいと思わせてくれる。今日のパーティで再会し、アルムは改めてそう思ったのだ。

 ……けれど、やはり欲しかったものは自分の欲望(エゴ)

 自分がずっと歩いてきた理由は"魔法使いになりたい"という夢なのだ。


「自分は、本当になれたのか」


 職業としての魔法使い。それは国に認められた。

 ベラルタ魔法学院を卒業し、王都に赴きそう名乗る資格を得た。

 だがそれはアルムが憧れた夢のカタチとは少し違う。

 四年の旅はアルムが本当に"魔法使い"になれたかを自問する旅だったが、どれだけ旅の間で出会った人を救っても答えにはなり得なかった。


 ――アルムにとってその夢は憧れだ。

 きっかけをくれた存在しない本の中の魔法使い、そして花畑で泣いていた自分を救ってくれた師匠という魔法使い。

 どちらも、この世界には存在しない。

 アルムにとっての"魔法使い"はアルムの中で膨れ上がった理想として在り続けている。

 ……憧れとは決して届かぬ幻想になり得る。

 自分の中で決して超えられぬものとしてどんどんと膨れ上がっていく。

 魔法使いになったはずの旅は終ぞアルムに夢を叶えた実感を与えなかった。

 まるで、歩いてきた道の先で見つけた扉の前で立ち続けているような。

 扉を開ける鍵だけがアルムには見つけられない。


「……」


 風が吹く。雲が泳ぐ。

 行く当てもなく歩いて辿り着いたのはミレル湖だった。

 夜だというのに輝いていて、湖面は白い光を浴びて青く輝いている。

 町とは違って湖畔は静かだった。観光地といえど夜まで商売というわけではないらしい。町とは違って街灯も無いせいもあるだろうか。


「……?」

「っ……。すん……!」


 そんな静かな湖畔でアルムは一人の子供を見つけた。

 膝を抱えてミレル湖をじっと見ている。

 鼻をすすって、目尻には涙をためていた。

 地元の子供とはいえ時間が時間……アルムはゆっくりと歩み寄る。


「どうした」

「……なんでもない」


 目元をごしごしと拭いて、子供は答えた。

 年齢は五歳から六歳くらいで、明らかにこんな時間に外出をしていい歳ではない。

 家出をして町にいると見つかってしまうから、夜でも明るくて人のいないミレル湖に来たのだろうか。


「何か嫌な事でもあったのか」

「……関係無い」

「ああ、関係無い相手だからこそ話せる事もあるだろう?」

「……」


 アルムは子供の隣に立ってミレル湖を見る。

 数年前に来た時のことを懐かしみながら子供の事を待っていると子供が口を開く。


「俺……魔法使いになりたいんだ」

「……いい夢だな」

「でも、母さんは……」

「なれないと言われたか」

「……うん、俺は平民だからなれないって」

「……」

「笑ってさ……まるで俺が本気で言ってないって決めつけるような言い方してさ……。どうせ大人になったら忘れてるって……でも、でもわかんねえじゃん……!」


 子供はぐすぐすと言葉と涙を一緒に零し始める。

 悔しかったのか。それとも否定された事を悲しんでいるのか。はたまたどちらもか。

 子供の話がアルムの中で自分と重なる。

 言われた事こそ違えど、子供にとってどれだけショックであるかは痛い程よくわかった。

 だからこそ――


「今のままでは、なれないね」


 自分の夢に真剣に向き合ってくれた人の言葉を使った。

 子供は泣きながら、初めてアルムのほうを見る。


「座り込んでいるだけの君は憧れを語るだけの子供だから。今のままいても、君は何にもなれはしない」


 子供の瞳は驚いたように見開いていた。

 馬鹿にするようでもなく、ただ現実を突きつける辛辣な言葉。

 ……アルムは知っている。夢を軽んじられた事の辛さが。

 だからこそ慰めの言葉ではなく、自分を救ってくれた現実的な言葉を選んだ。


「魔法使いになりたいんだろ」

「うん……」

「なら、なろうとしないとな」

「なれる……の……?」

「さあ? なれるもなれないもそんな無責任な言葉を言う気は無い。ただ、そうやっているだけじゃなれないって事は知っている。俺は師匠にそう教えて貰って立ち上がった」


 目の前で輝いている湖よりも煌めく決して忘れることのない記憶。

 "魔法使い"になりたいと憧れた子供は今もこうして立っている。


「全ては君がどうしたいかなんだ」

「俺……?」

「そうだ。周りの声が示した先が、君にとっての憧れなのか?」

「……」


 アルムに言われて子供は立ち上がる。

 頬を濡らしている涙を拭って、鼻水をすすってアルムを見上げた。


「俺は、魔法使いになりたいよ」

「そうか」

「お兄さんは、魔法使いなの?」

「さあ? 自分でもわからないんだ」


 誤魔化したわけではなかった。

 本当に今の自分にはわからなかっただけの事。

 本音を言えば、自分にこの子供に言葉をかける権利があるのかすらも曖昧だった。

 それでも、昔の自分を見ているようで何かしてあげたくなったのだろう。

 もしかすればただの自己満足だったのかもしれない。


「決めた……! 俺なるよお兄さん……! 母さんが何言ったって俺がなるって決めたんだもん……!」

「そうか」

「俺はミレルの英雄と同じ名前なんだ……。だったら俺だって!」

「ミレルの英雄……?」


 ぐっと握りこぶしを作る子供の隣でアルムが呟くと子供は信じられないというような表情でアルムを見上げた。


「嘘……ミレルの英雄知らないの……?」

「俺はミレルの人間じゃなくてな、すまん」

「聞いた事ない? アルムって魔法使い」

「――」


 子供が不意に出した名前にアルムは言葉を失う。


「俺の名前もその魔法使いと同じでアルムって名前なんだ。領主様が付けてくれたんだぜ」

「……ぁ……」


 アルムの脳裏に蘇るのは自分の名前を呼ぶミスティ達。

 そして今まで出会った人達が自分の名前を呼ぶ声だった。

 ……何故今まで気付かなかったのだろう。

 自分に向けられる信頼。視線に込められた羨望。

 きっと、気付ける瞬間はあったのに。


「俺が生まれる前にミレルを悪い奴が襲ったんだけど……その悪い奴をアルムって人が退治してくれたんだって」

「あ……ぁ……!」


 アルムを語る子供の瞳が星を映すように輝く。

 それは遥か先にいる夢に憧れを抱く瞳――かつて自分が浮かべていたものと同じもの。


 "魔法使いになりたい"


 その夢を胸に進んできた星を掴むような日々の記憶。

 立ち止まり振り返って初めて、アルムは見つける。

 自分のために、自分の夢のために、自分の欲望のために。

 自分だけを見てひたすらに突き進んだ道の中で見落としてきた……自分の背中を見つめてくれている人達の事を。


「町を半分以上壊した化け物を退治したんだって! すごいだろ?」

「ぁ……っ……!」


 ああ、最初から自分だけで"答え"を見つけられるはずなんて無かった。

 自分が探していたものは自分の中じゃなくて、自分じゃない誰かの中にあった。

 自分がずっと探していた"答え"がこんな……こんな場所に――



「俺が憧れてる"魔法使い"の名前なんだ!」

「あ……ああ……!」



 ――俺はとっくに"魔法使い"になれていたんだ。なれてたよ、師匠。



「お、お兄さん……何だよ急に……どっか痛いのか……?」


 震えて零れそうな声を押し殺す。

 心配そうに見上げる子供に応えるために平静を装った。

 それでも流す涙は止まらない。澄んだ夜に溶けていくようにずっと、ずっと。

 自分の在り方はきっと間違っていなかったのだと、出会ったばかりの子供を通じて知った。

 自分が歩んだ道で生まれた命。その先に繋がる夢。

 どれだけやっても開けられなかった扉が、独りでに開いたかのようにアルムの視界が晴れていく。



「ああ、大丈夫――俺は子供の頃からずっと、泣き虫なんだ」



 子供の瞳の中に、平民だった少年は自分の夢の終着を見る。

 その終着は果てしなく続く歴史の旅路。後に続く者へと繋ぐ一ページ。

 どれだけ歩み続けても人はまた夢を見る。

 それが(そら)に輝く白光を掴むような夢であっても。

 幻想(ゆめ)現実(げんじつ)にするためにまた――自分の道を進んでいく。

 泣き虫だった少年が、"魔法使い"になったように。

 いつも読んでくださってありがとうございます。

 第十部後編『白光のルトロヴァイユ』及び「白の平民魔法使い」本編完結となります。

 沢山の読者の方に支えられて完結まで辿り着くことができました。改めて読者の皆様に感謝を。本当にありがとうございました。

 本編完結という事でよろしければこれを機に感想、評価、レビューなど是非お願い致します。見返りは何もありませんが自分のやる気が出ます。

 詳しいあとがきは後日活動報告に載せますので興味のある方は読んでやってください。


 本編は完結となりましたが更新自体はもう少し続きます。

 予定している番外としてアルムの旅の出来事1~4。アルムが旅をしている間のミスティ、ルクス、エルミラ、ベネッタの話を一つずつ。もっと未来の話短編を数話。連載中に感想欄やDMで貰った質問をピックアップしたQ&Aのまとめなどを更新予定です。

 どうぞ本編完結後ももう少しだけこの世界にいてやってください。

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― 新着の感想 ―
本当に素晴らしいの物語でした いつかアニメ化してほしい
[良い点] アルムがどうやって思えるのか?という答えが素晴らしかったです [一言] その後がまた気になるいい世界だった
[良い点] 一気に読ませて頂きました。何回も泣いてしまいました。素晴らしい作品をありがとうございました!
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