830.ここにいる彼を繋げて
友人だけという気兼ねの無い場、そして再会した喜びと怒りにテンションも普段とは違う。
屋敷の主であるラーディスも巻き込みながら、アルム達は料理に舌鼓を打ちながら雑談に花を咲かせたり、音楽に合わせて踊って見たりと楽しんでいった。
「ちょっと! ヴァルフト、リード下手過ぎだし!」
「ああ!? てめえがミスってんじゃねえのか!?」
「フラフィネが合ってるー」
「フラフィネさんはこういうの上手いですわよ、あんたが下手なんですのよ」
「もういい! うちがリードするし!」
音楽団の前のスペースではフラフィネとヴァルフトという普段なら有り得ない組み合わせで踊っているのをベネッタとサンベリーナが笑いながら眺めている。
音楽は一流だがダンスのほうは何とか見れるレベルだったが、フラフィネがリードに回った瞬間、流麗なものへと変わった。
「誰がミスってるって? ほら、ごめんなさいしてもいいし?」
「うぐぐ……!」
「私達も踊りますわよベネッタさん!」
「えー! サンベリーナさんがリードしてよー?」
「造作も無いですわ! ヴァルフトさんじゃありませんし!」
「一々俺様の名前出すんじゃねえ!」
二人が踊っている所に飛び込むベネッタとサンベリーナ。
近くのテーブルでワインを飲んでいたエルミラがそれを見てミスティの手を引っ張る。
「面白いじゃない、ミスティ私達も行くわよ!」
「エルミラ!? 私達お互いに異性のパートナーがいるんですけど!?」
「あはは! このほうがおもろいでしょ!」
二組が踊ってる所にミスティとエルミラも参戦する。ミスティの腕前もあってその姿は違和感が全くない。リードもフォローもお手の物だ。
それを見てルクスがむむ、と誰と踊るのが一番面白いかを見極める。
「さあラーディス、行こう」
「なんでだよ!?」
「任せてくれ。僕は女性側も完璧だ。リードさせてやるさ」
「だから何で俺なんだ! 参加者ですら無い!」
「こっちのほうが面白いからだ!」
「巻き込むなああああ!」
屋敷の主として会場を回っていたラーディスが巻き込まれてダンスに参戦。
形式的なものではなく、音楽に合わせてただ自由に楽しく踊っているミスティ達に音楽を奏でる音楽団の面々も楽しそうに笑っていた。
テーブルにはアルムとシラツユが取り残され、アルムはグラスを置いてシラツユへと手を伸ばした。
「俺達も踊るか?」
「はい、喜んで」
アルムとシラツユもその中へと混ざっていく。
性別もパートナーもぐちゃぐちゃだが、ほとんどが貴族だけあってダンスには全く淀みがない。
フラフィネとヴァルフトがお遊びで踊っていたスペースにはいつの間にか人が増えて、まるでこの一画だけダンスホールのようだった。
「あ、アルムさん……意外にこういうの出来るんですね……?」
「一年生の頃スノラのホテルでエルミラとかに仕込まれた事があってな……結局その時は踊る機会が無くなったから悲しかったな……」
「何が悲しくて男をリードしなきゃいけないんだ!」
「ははは、うまいうまい」
「ミスティと踊るの楽ー……」
「エルミラ! 私任せにしないでくださいな!」
「あはは! ね、踊りながらパートナー変えてみるー?」
音楽が変わっても踊り、たまにすれ違いざまにパートナーを変えたり、疲れたら離れてワインを飲み、料理を食べて……また音楽が変わったら踊りに行って、そのままテーブルで雑談をしたりと自由に楽しむ。
時間も立場も背負っている責務も今は忘れて、アルム達はただただ笑いながら友人との時間を過ごしていた。
「……楽しいな」
「はい」
パートナーを何度か変えて、アルムとミスティの二人が踊る。
変わり種の組み合わせを終えて面子はテーブルで休んでいて、今踊っているのは二人だけ。
ミスティがフォローしていてもアルムのダンスの腕前は拙い。
それでも、周囲で見ているルクス達には指輪が指に嵌められたようなしっくりと来る感覚があった。
「やっぱり、ここにいたいと思った。みんなと……ミスティといるこの場所に」
「当たり前です。最後にはそう言ってくださると思って……旅に出るあなたを見送ったのですから」
「待たせて悪かった……けど」
「けど……?」
「いや……なんでもないよ」
騒がしさも落ち着き、静かな音楽に合わせて二人は踊る。
愛おしそうに見つめあう二人はまるで未来を誓い合っているかのようだった。
「アルムと話さなくていいのグレース? 本書いてるんでしょう?」
遠くのテーブルでワインを優雅に飲むグレースにネロエラを連れているフロリアが絡む。
フロリアが見ている限り、グレースはアルムと会話していなかった。せっかく自分が書く本のモデルとの再会だというのに。
「別に。もう色々取材ならさせてもらったし……残ってるミスティ様とベネッタとも予定を取り付けたから問題ないわ。中身も八割方書き終わっているし……色々な所から情報は集めたからわざわざアルムと話す必要はないわ」
「そんな事言って、恥ずかしいんじゃないのか?」
「……あなた言うようになったわねネロエラ」
グレースの図星を突いたネロエラが小さく笑う。
学生の頃はグレースにも歯を見せるのを極力していなかったのに今では自然と軽口まで叩けるようになった。
「卒業前に本を書く許可は貰ったし、一々話す必要を感じないわ」
「旅の話は聞かなくていいのか?」
「それこそアルムにとっては寄り道でしょう。私が書きたいのはそこじゃないもの」
そう言ってグレースはグラスを口に付ける。
それこそ色々と言いたい言葉を飲み込むように。
「ふーん……じゃあ気になる事聞いてもいい?」
「何?」
「グレース、あなた何でアルムの話を書こうと思ったの?」
「……」
グレースはアルムのほうをちらっと見る。
黙りながらもワインを飲む手は止まらない。やがてぽつりと話し始めた。
「……魔法生命」
「え?」
「魔法生命ってのは他の世界の伝承……お話を力にしていたのでしょう? 伝承なんて不確かなものが力となって私達の世界にカタチとなって届くのなら、私達の世界で紡いだ彼の物語を残せばきっと遠い未来まで残せると思ったのよ。
この国に本当にいた"魔法使い"を……ずっとずっと繋いで行けるかもしれないって。そうするためには誰かが書かないといけなかったから。そんな風にずっと伝わっていったら、もしかしたら他の世界にも、ね」
グレースは酔っぱらっているのか普段よりも饒舌だった。
フロリアとネロエラはその話を聞いて小さく笑う。
「グレースって案外ロマンチストよね」
「そう?」
「学生時代にアルムに演劇で色々伝えようとする人だ……今更じゃないか?」
「あはは、確かにそれもそうね」
「……う、うるさいわね」
グレースは顔を赤らめながらグラスに次の一杯を注いで一気に飲む。
顔が赤いのか恥ずかしいからなのか、それとも酔っぱらっているからなのか……今だけはわかる気がした。
「そういえばタイトルはどうするつもりなの?」
フロリアはグレースの肩を抱き寄せ、小声で聞く。
「……出版前に教えろって事?」
「いいじゃない……これだけ気になるんだもの」
「私も知りたいな」
「ネロエラまで……」
ネロエラまで耳を寄せてきたのにグレースは呆れるようにため息をついて、
「――"白の平民魔法使い"」
予定しているタイトルを二人だけに聞こえるように口にした。
フロリアとネロエラは目をぱちぱちとさせて、顔を見合わせた。
「……学生時代の演劇の時も思ったけど、グレースって名前の付け方が結構単純よね。色々捻りそうな性格しているのに」
「意外にそういうところがある、な」
二人の会話に今日初めて動揺したのかグレースの手が止まる。
「え? な、内容を完璧に言い表した名前だと思わない……?」
「まぁ、私はストレートでいいと思うわよ」
「そうだな……うん、らしいと言えばらしい」
二人の言葉がまるで慰めのように聞こえてくる。
実際二人の言葉は慰めではなく率直な感想なのだが……疑い出したグレースはそんな風に受け取れない。
「もしかして私のネーミングセンスって……いえ、そんなまさか……!」
グレースはフロリアとネロエラの何とも言えない様子に今まで生きてきた中で一番の衝撃にわなわなと震え……今やトレードマークとなっている大きな眼鏡はかちゃっと音を立ててずり落ちる。
誤魔化すようにワインを飲む量は増えて、グレースはパーティが終わる頃にはぐでんぐでんになっていた。




