827.金の便箋
「アウム」
「アルム」
「ア……ルム」
「そうだ。すぐに言えて賢いな」
儀式の翌日。念のため医師の診察を終えたアルムは昨日は時間が合わずに顔合わせできなかったルクスとエルミラの娘であるエミリーを膝の上に乗せていた。
「エミリーはもうすぐ三さいです」
「自分の歳も言えるのか。偉いな」
「ママとパパが好きです」
「ははは、俺も好きだ」
無表情のアルムを子供は恐がるかとルクスはハラハラしていたが、そこはルクスとエルミラの娘だからというのもあるのか……予想に反してエミリーはアルムを全く恐がることなく、むしろすぐ懐いているようにすら見える。
アルムの顔を興味津々と言った表情で見上げ、そんなエミリーの様子に気付いたアルムは同じ視線になるように抱き上げた。
「エルミラみたいな赤みがかった茶髪に金の瞳……二人の面影がありすぎて子供っていうのは凄いな」
「エミリーのね、かみのけママとおなじなのー」
エミリーはエルミラ譲りの赤みがかった茶髪とルクスと同じ金の瞳をしている。
一目で二人の子供とわかるような見た目であり、成長後を約束されているような愛らしさだった。
「ああ、綺麗だな」
「へへへ……」
アルムとエミリーがいる場所はミスティの部屋で決して二人きりなわけではない。
アルムに褒められてるエミリーを羨むミスティとエミリーに笑顔を向けられたアルムに嫉妬する親馬鹿のエルミラが視線を送ってきている。大人げなさ過ぎて仕方ない。
「アウムのかみのけはなんでくろいのー?」
「……さあ、なんでだろうね」
「アウ……ア、ルムのママのかみのけもくろだった?」
「そうかもしれないな」
ルクスとベネッタはそんな二人の会話を微笑ましく見ていた。
アルムの様子の確認も兼ねたお茶会に参入したエミリーによって場は少し静かになりながらも複雑な感情が渦巻いている。誰かが傍から見れば子供相手にそんなもの渦巻かせるなと言いたいだろう。
「私の娘超かわいいでしょ」
「ああ」
「あげないわよ」
「いや……誰も盗るなんて言ってないから……」
真顔のエルミラに若干戸惑うアルム。
友人に向けているとは思えない容赦の無い母の圧だ。
「アルムのかみのけもきれいだねー」
「ありがとうエミリー、でも髪は引っ張るのはどうかな? エミリーは髪引っ張られて痛くならないか?」
「……ごめんなさい……。なでなではいい?」
「ああ、エミリーも撫で撫では好きか?」
「うん、ママがしてくれるの」
抱き上げられてアルムの顔と近くなったのもありエミリーはアルムの髪の毛を少し引っ張るような形になるが、優しく諭すとエミリーはすぐに髪から手を離した。
「アルム……案外子供慣れしてるのかな……?」
「ほら、一年生の指導したりとか面倒見はよかったでしょー?」
「ああ、確かに……言われてみれば元からだね」
実際父親であるルクスも冷や冷やする事も無くアルムに娘を任せる事が出来ている。
抱き方とかも教えるまでもなく、すぐにどう抱くのがエミリーが落ち着きそうかをわかって抱いたかのようだった。
アルムは自分の一番の親友ではあるが、娘にとってはそうではない。最初は理解するのが難しい無表情を恐がるのかと思ったがそんな事も全くなくアルムの腕の中に収まっている。
子供や動物は本能で接して大丈夫な相手を理解すると言うが、そういう事なのだろうか? とアルムとエミリーの様子を眺めながら思った。
「アルム……私も撫でられるのが好きですよ……?」
「うんミスティ……落ち着こうか……」
エミリーはアルムの髪を興味深そうに見たりいじったりしてリラックスしているが、肝心のアルムは両脇に座るミスティとエルミラのせいで絶妙に落ち着かない。
一応、昨日のように倒れないようにという名目で椅子の距離も近いせいか妙な圧を感じる。
「昨日はどうなるかと思ったけど、全然大丈夫そうだねアルム」
「ああ、別におかしなところも違和感とかもないから安心してくれ」
家名継承の儀式はアルムが倒れた所ですぐにお開きとなった。
すぐに目が覚めたとはいえ、ミスティにとっては母セルレアが眠り続けていたという過去もある。アルムが倒れた時はさぞ肝が冷えたことだろう。
しかし当のアルムは今はけろっとした様子だ。抱きかかえているエミリーをふらつかせる様子もない。
「……子供ってのは可愛いもんだな」
「エミリーのこと?」
「ああ、そうだよ」
「パパとママもね……エミリーのことかわいいっていつもいってくれるの」
「そりゃそうだ。子供ってのは愛される為に生まれるもんだからな」
アルムは言いながらエミリーの頭を撫でる。
エミリーもアルムの手にぐりぐりと頭を押し付けるようにしているようだった。
一方、隣ではアルムの子供は可愛いんだ、という発言に顔を真っ赤にさせているミスティが悶えている。
「い、今のは遠回しなアピール、でしょうか……? あ、アルムが望むなら何人でもとの覚悟はありますが……! は、はしたないでしょうか……! ですが愛する人の子が欲しいというのは純粋な欲求のはずで……うふふ、きっと可愛いですね……!」
「ミスティってアルムくん絡むと残念に見えてくるよねー……」
「惚れた側ってのは惚れた相手に対して最弱だからね。僕もエルミラに対してはこんなもんさ」
「ルクスくんも残念になるんだー」
「残念言うな」
自分の世界に入ってしまったミスティは帰ってこない。
普段の貴族らしいしっかりとした表情は何処へやらだ。
「アルムって帰ってきたって事はこれからトランス城に住むの?」
「しばらくはお世話になる予定だが……一回東部に帰ってシスターに報告をしたりもするからずっといるって感じではないな」
「しばらくはいるのよね?」
「ああ、そのつもりだが……?」
エルミラは念押すように確認してからミスティのほうを向く。
「ミスティ、あんたのとこにも来てるでしょあれ?」
「やはり男の子と女の子一人ずつ……いえ、勿論性別問わず……!」
「帰ってこいゆでだこ姫」
「せめてりんごとか……ああ、あれですね」
妄想の世界から帰還した顔真っ赤のゆでだこ姫ことミスティは立ち上がり、私用のテーブルの引き出しから一通の便箋を取り出す。
金の刺繍のようなものがあしらわれたアルムは見たこともないような便箋だったが……誰が送ってきたかはすぐにわかった。
「……サンベリーナか……?」
「あらよくわかりましたねアルム?」
「そりゃあ……派手だし……」
「うふふ、本当はアルムやベネッタにも届くはずでしたんですよ?」
「俺の所にも?」
「ボクにもー?」
アルムは自分を指差し、ベネッタは首を傾げる。
抱きかかえられていたエミリーもそれを見て真似したのか同じように首を傾げた。
「サンベリーナさん企画、ミレルで同窓パーティを開きましょう、のお誘いの手紙です」
「あんたも来なさい。私達以外にも挨拶しとかなきゃいけないでしょ」
「ラーディスが屋敷を貸してくれるらしいからね」
「おー、太っ腹だー!」
「パーティに参加するのはいいが……どうそうってなんだ?」
アルムの疑問をよそに四年ぶりに同級生で集まるパーティへの参加が決定する。
当時卒業した十一人が今の地位や権力に関係なく、学院で学んだ時の同級生として全員で再会する事となった。
「あ、ちなみにラーティスさんとシラツユさん結婚しましたよ。アルムからも結婚祝いをお持ちになっては?」
「え」
いつも読んでくださってありがとうございます。
世話焼きアルムくん。
『ちょっとした小ネタ』
アルムとか"分岐点に立つ者"の髪と目が黒いのはみなさん薄々察していると思いますが、運命に呪われているからです。




