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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ
950/1050

825.当たり前のバイオレンス

「ルクス、エルミラ、久し――」

「うぉらあああああああ!!!」


 浴場で身を清めて案内された部屋の扉を開けた瞬間、エルミラの腕が凄まじい勢いで振るわれる。

 のんきに再会を喜ぼうとしていたアルムの首にエルミラのラリアットが直撃し、エルミラの腕は勢いのままアルムの首を絡めとって首を絞め始める。


「~~~~~~!!」

「あんた四年も音信不通で覚悟はできてんでしょうね!? 私はね……あんたと再会したらあんたをぶっ〇すって心に決めてたのよ!!」


 アルムは自分の首を締め上げるエルミラの腕を参ったとぱんぱん叩く。

 部屋に案内した使用人ジュリアは扉の外であわあわと慌て、ベネッタは特に気にすることもなく部屋へと入っていった。


「ルクスくん久しぶりー」

「やあベネッタ、しばらく見ないうちにまた綺麗になったね」

「えー? ルクスくんってばまたまたー。でもありがとー!」

「今日はベネッタの好きな銘柄を用意しましたからね」

「わーい! ありがとうミスティー!」


 扉のすぐ前でエルミラに締め上げられているアルム。

 一方、テーブルのほうではティータイムを始めようとしているミスティ達。

 同じ部屋の中で起きている出来事とは思えないあまりにかけ離れた事態に案内人のジュリアはそっと扉を閉めた。閉める際、失礼致します、の声が異様に小さかったのは言うまでもない。


「エルミラ……っ! 悪かった……! 悪かったからっ……!」

「悪かったって思ってるやつはね! 四年も連絡寄越さないなんてことしないわよ!! ミスティに感謝するのね! 温情で殺すのだけは勘弁してやるわ!!」

「エルミラ、ほどほどにお願い致しますね。儀式(・・)も控えておりますので」


 ミスティの声は忠告かそれともほどほどならやってもいいという許容か。

 エルミラはアルムの首だけではなく腕も足も満遍なく関節を極めまくり、最後に鳩尾(みぞおち)に拳を叩きこんで一先ずは満足したように席に戻っていく。

 アルムは体の節々を痛めつけられて、最後にいいところにパンチを貰ってしばらく膝を折ってうずくまっていた。




 

 


「魔石に魔力登録してないのは仕方ないとして……手紙なりなんなり連絡とる方法はあったでしょ? え? なかったわけ?」

「すいません……」

「ミスティとは連絡とってたって聞いたけど?」

「その、ミスティには全部事情を話してたので気兼ねなく……」

「へぇ、事情があったんだ……私達に四年間一度も連絡とれないような事情が? 手紙も出せないような事情が?」

「すいません……」


 鳩尾に叩きこまれた拳の痛みに悶え終わり、席に着いた後もエルミラの怒りは完全には収まりはしなかった。何せ四年分の鬱憤だ、原因であるアルムはただ謝り倒すしかない。


「旅に出るのはいいとして私達には伝えなさいよ。無言で出ていくもんだからミスティに教えて貰って私達がどれだけ驚いたと思ってるのよ……!」

「エルミラそのへんで……と言いたい所だけど、僕も少し怒ってるよ。一言くらい言ってくれるか出た後でもいいから手紙の一つでも欲しかった」

「すまん。手紙なんて書いた事無いからそんな発想がなくてな……」

「まったく……そういうところは常識無いまんまねあんたは……」


 呆れた様子でミスティの紅茶を一口飲むエルミラ。

 ほう、っと一息ついたその様子を見るとやっと収まってくれたようだった。


「なんというか……二人共変わらないな」


 若干激しい怒りに襲われたものの、ルクスもエルミラも四年前と変わらぬ雰囲気で接してくれている事にアルムは感謝する。

 ルクスもエルミラも四年間で背丈が伸びたり顔付きが大人びたりと変化はあるものの自分との関係は変わらない。四年ぶりだというのにまるで学院で過ごした日々の続きのようにこうしてまたテーブルを囲めている事が嬉しかった。


「そりゃ変わる事もあるけど基本的に私は私のままでしょ」

「それはそうか」

「あ、私が子供産んだの知ってる?」

「ああ、ベネッタから聞いた。二人共おめでとう」

「ありがとうアルム」


 マナリルに帰ってきてからルクスとエルミラについてはベネッタから少し聞かされていた。

 子供が出来たという事には流石にアルムも驚いたが、四年もあれば当たり前かと納得してしまう自分もいたのを覚えている。


「名前は? 今日は来てないのか?」

「名前はエミリーよ。来てるけど別の部屋でお昼寝中。北部初めてだし疲れちゃったみたい」

「そうか……あ、出産祝いとかは贈ったほうがいいのか?」

「もう二年以上前にミスティから色々貰ったわよこの薄情男……! 生まれた時はミスティもベネッタもうちに来てくれたしね……!」

「すいません」

「うふふ、可愛い女の子でしたよ」


 再熱しかけたエルミラの怒りにアルムはすぐさま頭を下げる。

 四年の音信不通はやはりというか当然というか罪深い。


「エルミラはずっとアルムにも抱っこしてほしかったって落ち込んでたからね。これくらいの怒りは許してやってくれ」

「俺が悪いのはわかってるから大丈夫だ……悪かったな、エルミラ」

「もういいわよ別に……あ」


 エルミラは何かを思い出したかのように身を乗り出す。


「じゃあ悪いと思うなら……頼みの一つでも聞いて貰おうかしら」

「何だ? 出来ることなら何でもしよう」

「次の子の名前……あ、あんたの名前貰っていい?」

「え?」


 エルミラは口をもにょもにょと言いにくそうに目を伏せる。

 予想外の申し出にアルムも目をぱちぱちとさせていた。

 そんな若干もどかしい様子を見て、ルクスが手助けに入る。


「去年くらいかな。次の子の名前はアルムと父上の名前を合わせて……"アルカ"って名前にしようってエルミラと話してたんだ。今日はその許可も貰おうと思ってただんだけど、怒りのあまり今の今まで頭から抜けてたみたいだね」

「うるさい」

「あて」


 照れ隠しにエルミラはテーブルの下でルクスの足を蹴る。

 そんな様子を傍から眺めるミスティやベネッタもつい笑いが零れる。特にエルミラが恥ずかしそうに視線が右往左往しているので何も誤魔化し切れていないのがまた微笑ましかった。


「それは……責任重大だな……。その子が自分の名前を誇れるような人間で居続けないとな……」

「君だろ? 決意するまでもなく君はそういう人間でいるさ」

「そんな光栄なことでいいなら喜んで……是非使ってくれ。シスターから貰った名前だしな」

「そ……ありがと」


 アルムから許可を貰うとエルミラはなんでもないように顎に手をついてそっぽを向く。

 これもまたエルミラの照れ隠し。口元はによによとしていて感情を隠しきれていない。

 一先ず四年の音信不通によるエルミラの鬱憤はこれで解消されたと言っていいだろう。どれだけアルムに怒っていてもその怒りはかけがえのない友人への心配からくるものなのだ。


「二人はマナリルに帰ってくる前はどこにいたんだい?」

常世ノ国(とこよ)だよー」

「ちょっと思う所もあってな。帰る前に常世ノ国(とこよ)に寄るがてら体に異常があるか調べてもらおうって」

「……まさか、霊脈接続の影響が何か?」


 エルミラとルクスの表情が険しく変わる。

 四年前の大蛇迎撃戦……その時に行った霊脈接続の影響が今頃になって何か問題が起きたのか。


「霊脈接続の影響のおかげで新しい魔法がいくつか作れてな……念のためにって寄ったんだがカヤさんの話によれば今すぐどうにかなる問題は無いらしい。体は少し変異しているらしいがな」

「変異って……!」

「霊脈接続の影響だな。霊脈と一体化した俺は人間であり小さな星でもある存在になったらしい。

とはいっても体に何か問題があるわけでもない。魔力に対して敏感になったり、魔力と記憶との結びつきが強くなってさっき言った新しい魔法が生まれたりっていういい事もある。今の所体に異常が起きたことも無いよ。カヤさんのお墨付きも貰ったしな」


 アルムは心配しなくていいという意図で説明したつもりだったがルクスとエルミラの表情から心配は抜けない。

 エルミラはちらっとミスティのほうを見るが、ミスティはすでに知っているらしく落ち着いていた。


「心配しなくても一応、定期的に調べてもらうから安心してくれ。カヤさんにも問題無いって言われているし、四年も普通に旅できていた。体の調子だって問題無いんだから出来過ぎなくらいだ」

「そうね……確かに、消えるかもって話からこうして普通に話せるんだもんね」

「でも何かあったら頼ってくれよ?」

「ああ、ありがとう。何かあったら今度はちゃんと連絡するよ」

「いや連絡するのは当たり前だから」

「すいません……そうだ、ルクス達はどうしてたんだ?」

「僕達は――」

 

 四年ぶりに五人でテーブルを囲んで紅茶を飲み、茶菓子を食べる。

 会えなかった時間を埋めるように四年の間に起きた出来事を聞いて、話して、笑って、少しふざけて。

 学院にいた頃と同じようになんでもない普通の時間を五人は過ごした。

 立場は変わって、見た目も少し変わって、それでもこの時間だけは変わらなかった。

 二時間ほど経って、窓の外が橙色に染まり始めたのを見たエルミラが今日集まった目的を思い出す。


「ミスティ、儀式っていつ頃からなの?」

「え? ああ、大丈夫ですよ。夕食後になるでしょうから」

「そう? ならいいんだけど」

「そうだ。俺当事者なのに詳細を聞いてないんだよな……」

「うふふ、結婚式のように盛大にやるものではないので心配しなくても大丈夫ですよ」

「でもようやくだねー、ミスティ?」

「……はい」


 ミスティは頬が少し染まる。差し込む夕暮れに照らされたからではない。

 これから行われる儀式への期待からだ。


「そういえば、どこでやるとかはあるのか?」

「謁見の間です。私が、アルムに救われた場所ですよ」


 今日行われるのは結婚式とはまた別のカエシウス家に認められるかを見定めるラフマーヌ時代から伝わる伝統。

 アルムは今日この日新しく……カエシウスの名を宿す。

いつも読んでくださってありがとうございます。

そりゃ殴られるよ君。

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― 新着の感想 ―
[一言] エルミラの親愛表現は相変わらずですね 普通の音信不通ではなくいくことすら言わずというのが罪深いw
[良い点] やっぱりこの5人は最高ですね! こんな素敵な日常をいつまでも見ていたいです。
[良い点] エルミラの「ぶっ○す」は、ホントただ「その位の親愛」を示してるだけ過ぎて、ニヤニヤしてしまうんよなぁ……w
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