824.君との再会
「カルセシス様ってアルムくんの事気に入ってるよねー、娘さんがいたらタイミングによっては降嫁させそう」
「俺が数少ない平民の魔法使いだから気に掛けてくださっているだけだ。悪人以外には寛大で心優しい御方だからな。それに俺への支援を記録に残しておけばはいざという時に表に出してカエシウス家との関係が良好である事をアピールするにも利用できる……情報工作への対策も兼ねてるはずだ」
マナリル北部カエシウス領。
アルムとベネッタを乗せた馬車は首都スノラへと車輪を走らせていた。
ミスティとは魔石越しで話してはいたが直接会うのは四年ぶり……ベネッタでさえ二年ぶりである。
「すっかり貴族っぽい事言えるようになっちゃってー……じゃあボクが何でこんな話したかわかる?」
「ただの雑談?」
「ラモーナ王妃、妊娠されたって新聞とかにでかでか書いてあったよー。お祝いの言葉贈ったー?」
「……知らなかった」
「あはは、やっぱりこうやってちょっと抜けてるほうがアルムくんらしいよねー」
この四年の旅で様々な国を回って頼もしくなったが振る舞いはまだまだ甘い。
そういった所をサポートするのもここ二年でのベネッタの役目でもあった。
「ミスティに会うの楽しみだねー」
「ああ」
「めっちゃ綺麗になってるよー、きっと」
「会った時から綺麗だった」
「お、さりげない惚気ー」
「惚気じゃない。事実だ」
「やっぱ惚気だー」
ご馳走様、とベネッタがにやにやしているとアルムも口元で小さく微笑んだ。
馬車の窓から見える城壁……北部の首都スノラが見えてきた。
相変わらずの賑わいを見せるスノラを眺めながら馬車はトランス城へと向かう。
季節は春だが空は残念な事に曇天。北部はまだ肌寒く、少し着込んでいる人もいた。
トランス城が建つ山を登って門の前に到着すると、門の前にはラナが迎えとして立っていた。
馬車を止めてアルムとベネッタが降りると、ラナは深々と頭を下げる。
「お帰りなさいませベネッタ様、そしてようこそおいでくださいましたアルム様」
「ラナさんお久しぶりですー!」
ベネッタが抱き着く勢いでラナに突っ込んでいく。
アルムは御者にチップを渡しながら門の前にある馬車の待機所をふと見るとカエシウス家のものではない馬車が一つ置かれている事に気付いた。
誰か客が来ているのだろうか。派手ではないが細かな意匠から商人の使う物ではないように感じる。
アルム達が乗ってきた馬車が下山するのを見送ると、アルムは門のほうへと歩いていった。
「お久しぶりですラナさん」
「お久しぶりです。糞……ではありませんでした。長旅お疲れ様です」
「お変わりないようでなによりです」
「このような失礼な態度を笑い話にできるのも今日までですから。初めて会った時を思い出しますでしょう?」
初対面の時のラナからアルムへの印象は勿論最悪。
ミスティの友人とはいえ、という印象で言葉の節々に棘があったのをアルムは思い出す。
にこっと笑うラナにはあの時のような感情は無い。ラナはミスティのためならば平気で自分を捨てられる使用人……アルムを認めていないのならとっくの昔に殺そうとしているだろう。
「ミスティは?」
「今他の者に呼びに行かせていますので、まずは中へどうぞ」
トランス城の厳かな門がゆっくりと開き、アルム達は中へと。
アルムはトランス城の扉のほうへと歩きながらトランス城を見上げた。
何度も来た場所ではあるが、四年以上離れていたのは間違いないのでここに来るのも懐かしい。
ラナが二人を案内し、扉の横に待機していた使用人が扉を開けた。
扉の先にあるエントランスホールは相変わらず古くも美しい。過度に飾らず、かといってあるべき装飾は外さず。
かつての王の居城らしい厳かな雰囲気と美術館のような華やかさがあった。
「二年ぶりだー、ボクの部屋そのままですかー?」
「はい、そのままですよ」
「よかったー、これで荷物片づけちゃいましたとかだったら泣いちゃってたー」
「そんな事をする使用人はおりません……」
エントランスホールには使用人が数人出迎えで並んでおり、アルムとベネッタに頭を下げている。
アルムが使用人に会釈をしながらエントランスホールを進んでいくと、
「アルム」
空気を鳴らすような透き通った一声が響く。
自然とアルムとベネッタの案内人として歩いていたラナも立ち止まって頭を下げた。他の使用人達もアルム達に下げていた頭を階段のほうへと向ける。
当然、エントランスの先にいる階段の上に立つのは彼等の主人だった。
「おかえりなさい。心配しましたよ」
日差しのように煌めく銀髪を揺らして階段を降りてくるのは北部を統べる白銀の王。
肌は変わらず雪のように白く、高級であろうドレスが霞むほど。すらりとしたスタイルは階段を降りる姿ひとつひとつすら目を奪わせる。
声は朝露よりも澄み切っていて、宝石よりも輝く青い瞳は潤んでいて海を映しているかのよう。
誰もが目を奪われるであろう存在感を放ちながらも触れたら溶けてしまいそうな儚さも同居している。
完成された彫像のような美とアルムを愛おしそうに見つめる少女らしい視線はそのまま。それでいて成長した女性の魅力も兼ね備えた女性――ミスティ・トランス・カエシウス。
「ベネッタ、お疲れ様でした」
「ただいまー、ミスティ」
「うふふ、元気そうで安心しました」
ベネッタに労いの言葉をかけるとミスティは自然とアルムの前に。
アルムは目を丸くしたままで、ミスティはそんなアルムの様子を見て首を傾げる。
「アルム……? どうされました……?」
「……」
四年ぶりの再会にアルムは声が出なくなっていた。
魔石越しに声は聞いているはずなのにその声すらも心地よく耳を揺さぶる。
アルムは無意識に両手を伸ばして、目の前で首を傾げるミスティを抱きしめていた。
「ひゃあ!? あ、アルム……!?」
「ただいま、ミスティ」
「……はい、アルム」
耳元で囁かれたアルムの声に頬を染めながらミスティも抱き締め返す。
使用人は頭を下げたまま見て見ぬ振り。ラナは額に青筋を立てていて、ベネッタはにやにやとするばかり。
少しして二人は離れ、ミスティは照れながらもわざとらしい咳払いをする。
「ラナ、アルムを部屋に案内してあげて」
「かしこまりました。案内後は希望通りジュリアに引き継がせます」
「ええ、ラナはもう少し忙しくなっちゃうものね。じゃあポピーとラーティアはベネッタをお願いしていいかしら?」
「はいミスティ様!」
「お任せ下さい!」
ミスティはラナを含めた使用人に指示を飛ばすと、頭を下げていた使用人の中から呼ばれた二人が動き出す。
「二人共長旅でお疲れでしょう? 浴場でゆっくりしたら改めてお話を聞かせてくださいな」
「ああ、ありがとう……そうだ、これをやらないといけないって言ってたな」
「やらないといけないこと? ですか?」
アルムはミスティが疑問を持つ前に片膝で跪いて、ミスティの手を取る。
そして自然にミスティの手の甲へとキスをした。
瞬間、ミスティの真っ白な肌は一気に紅潮し……耳まで真っ赤になった。
「あ、アルム……なにを……!」
「え? マナー、なんじゃないのか? 好きな女性への挨拶はこうするって……」
アルムはベネッタのほうをちらっと見る。ベネッタは顔をふいと逸らす。
誰に吹き込まれたのかは明白だった。
ミスティは耳まで真っ赤にしてカエシウス家の主人の威厳は無くなっているが、鼻血を出さなくなっただけ成長しているといえよう。自分を落ち着かせるためか深呼吸でなんとか抑えている。
「ふー……はー……。あ、アルム……そ、その……それは女性に手を差し出された時にやるものなんですよ」
「え? ベネッタ、そうらしいぞ?」
「そ、そうなんだー……ボクの住んでた地域だとー……」
「あなたも北部出身でしょうベネッタ……」
「はっ! し、しまった!」
苦しい言い訳は言い訳にすらならず。
久しぶりに会う二人のためにわざとアルムに違うマナーを吹き込んだのは一瞬でばれてしまった。
ミスティは呆れ気味にため息をつく。
「まったくもう……マナーを教えるなら正しいマナーを教えてあげてください……でもありがとうございます」
「あ、よかったー、喜んでくれてー」
「ほら、お二人共どうぞお部屋のほうへ。お父様とお母様はまだ帰っていらっしゃっていないので挨拶は後で大丈夫ですから。ベネッタのお風呂が終わったら先に到着したお二人も呼んで久しぶりにお茶会をしましょう」
「久しぶり……ってことはあの馬車は……」
アルムとベネッタは顔を見合わせる。
「うふふ、誰かなんて言うまでもありませんでしょう?」
アルムが馬車の待機所で見かけた馬車の持ち主はあの二人。
ミスティの言う通り、誰かなど言うまでもない。久しぶりに集まるのを楽しみにしているミスティの笑顔がすでに物語っていた。




