817.夢の目前で
「アルムさんあなた……卒業したらどうする気ですの?」
年末を過ぎてベラルタの復興ももうじき終わるという頃。
アルムが学院から第二寮に帰ってくると、ロビーの真ん中で仁王立ちで立っていた。
きょろきょろと奥にある共有スペースを見ればげんなりした顔のフラフィネがソファに力無くもたれかかっている。フラフィネのトレードマークである頭の両脇に髪を纏めたお団子ヘアも何だかへたっているように見えた。恐らく無理に付き合わせられているのだろう。
「こんばんは。珍しいなサンベリーナ、フラフィネ」
「こんばんは。今日の夜に私という太陽を拝めて嬉しいでしょう?」
「いや、朝も顔を合わせたろ……」
「朝の私も昼の私も、そして夜の私は同じにあらず! サンベリーナ・ラヴァーフルは常に変化しているのですわ!」
「身長とかか?」
「え……? もしかして変わるんですの?」
「らしい」
「また一つ賢くなってしまいましたわ……ではなく」
サンベリーナはお気に入りの扇をばっ、と勢いよく開く。
「あなたは卒業したらどうするのか教えなさいな」
「……何でそんなこと知りたいんだ?」
「友人の進路が気になるのは普通ではなくて? ベラルタ魔法学院の卒業後など噂に尾ひれは当たり前、社交界では情報筒抜け興味津々あわよくば賄賂で引き抜き上等の争奪戦だというのにあなただけ何の噂も聞かないんですもの。流石に気になりますわ」
「だからってうちまで付き合う必要あったし……?」
「さあ! お教えくださいな!」
面倒臭いをこれでもかと前面に出したフラフィネの抗議をサンベリーナは無視。
アルムは黒いマフラーをとりながら困ったように頭をかく。
季節は冬。防寒具がかかせない時期だ。
「わざわざ来てもらった所悪いが……まだ決まってないんだ。悪いな」
「え? そうなん……ですの……? まさかどこからも指名がないなんて事は……あなたに限って有り得ませんわよね?」
ベラルタ魔法学院の卒業生ともなると人脈や家のコネなど必要ない。
毎年、優秀な魔法使いを必要とする部隊や家、領地が卒業生を直接指名してスカウトするのが恒例となっている。
ベラルタ魔法学院を卒業できるという事は腕が確かなのは間違いなく、卒業する人数も少ないので毎年争奪戦に近い。
今年は特に卒業生が豊作の年……貴族界隈では特に盛り上がりを見せている。
「ああ、ありがたい事に話はいくつか貰ってるんだがな」
「そ、そうでしたか……」
まさかの返答だったのかサンベリーナはしゅん、と少し静かになる。
好奇心を全く解消できない不完全燃焼さからかいつもの勢いは鎮火したかのように落ち着いた。
アルムはそんな様子を気にすることなく、逆に問う。
「サンベリーナとフラフィネは?」
「私は勿論ラヴァーフル家の当主になるので領地運営と……それとは別に魔石を使ったブランドを立ち上げる予定ですわ」
「うちは"自立した魔法"の調査部隊。大蛇討伐の時にいた小隊の人からスカウトされたし……ちょっと興味あったし、家継ぐのはそこで経験積んでからかな。サンベリっちと違って何でもこなせる器用な人間じゃないし」
「ベリナっちとお呼びなさいな」
「なるほど……」
二人は仲のいい友人だが、卒業後まで一緒の場所で働くわけではない。
サンベリーナとフラフィネの向いている事、そしてやりたい事は当然だが違う。
"魔法使い"と一口に言っても卒業後の進路は当然ばらばらだった。
◆
翌日、ベラルタ魔法学院第二実技棟。
「てめえ卒業したらどうすんだよ?」
「お前もか……」
授業も終わり恒例となった一年生達の指導中……面白そうだと見学していたヴァルフトが聞いてきた。
大蛇との戦いで片腕を失ったヴァルフトだが、そんな様子を感じさせないほどいつも通りだ。
二階の客席から一階で訓練する一年生達を見ながら、アルムは頭を掻く。
「まだ決まっていないんだ。昨日サンベリーナ達にも聞かれた」
「あ? なんで決まってねえんだ?」
「いや、なんでもなにもだな……」
アルムが困ったような表情を浮かべるとヴァルフトの表情が険しくなる。
「まさか……てめえが平民だからって誰かが妨害してんじゃねえだろうな……?」
「それはない。大丈夫だ。いくつかの部隊や人から指名は貰ってる。王都からも声がかかってるくらいだからな」
「ならいいけどよ……流石に今おめえの出生でどうこう言う奴いたらやべえやつだからな」
「ああ、ありがとう」
「俺様がそんなやつと関わりたくねえだけだ」
物言いは乱暴だが、自分を心配しているのがわかるヴァルフトの発言にアルムは小さく笑う。
少なくとも、不当な扱いを受ける事を怒るくらいにはヴァルフトと友情を築けていたようだ。
「そういうヴァルフトは?」
「俺様は西部の国境警備だ。パルセトマ家と関わりある部隊からスカウトかかってんだ。今はダブラマといい関係だが、魔法生命とのいざこざが無くなって休戦する理由も消えたからって事で警戒を強めたいんだと。そりゃ"飛行"の血統魔法使える俺は便利だわな」
「ロベリアとライラックの家……四大貴族関係か……すごいな」
「カエシウスに婿入りするてめえが言うかそれ?」
◆
「私? そりゃ勿論ネロエラと一緒の魔獣部隊よ。今までは仮設部隊だったけれど私達の卒業で正式に設立することになったから」
「う、うん……フロリアと一緒だ。私が、隊長をやる……」
「そうか、前々から忙しそうにしてたもんな」
指導が終わり、ヴァルフトとも別れた学院からの帰り道。
第二寮に帰るネロエラと今日はネロエラの部屋に泊まるらしいフロリアに今度はアルムから質問してみた。
二人の卒業後は当然、前々から計画されていた新設の魔獣部隊。
卒業前から忙しなくしていた成果もあって、従来の馬車よりも速度の出る輸送部隊として次の春から正式に認められる事となる。
「フロリアは大丈夫なのか? 魔獣の速度でその目は……」
「全然大丈夫よ。ネロエラのところのエリュテマは賢いし……私はモデルの仕事も来てるからむしろビジュアルに特徴出てさらに話題性獲得って感じかしら」
「たくましいな……」
フロリアは大蛇の能力の一つをかすった影響で片目が黒く染まってしまい、視力も失っている。
大蛇の呪詛の影響で治す手段は今の所ないが、フロリアとしてはあまり気にしていないようだった。むしろその黒くなった片目を誇らしそうにしている。
アルムをベラルタに連れてきた結果こうなってしまったのでアルムは謝罪したのだが……その時も、お揃いね、などと言う始末だった。
「それで? あなたは?」
「わ、わたしも……気になる……」
フェイスベールをしているとはいえ不慣れな会話をしながらネロエラがぐいっとアルムのほうに身を乗り出す。
よほどアルムが卒業後どうするのかが気になるらしい。
「うーん……」
アルムは少し考え込んで……そのまま第二寮に着いても何も答えることができなかった。
◆
「家継いで両親と一緒に領地運営と劇団への出資を続けながら……そうね、何か脚本とかは書きたいかもしれないわね」
「グレースらしいな」
第二寮に着き、ネロエラとフロリアと別れた後……アルムが共有スペースで考え事をしていると買い物帰りのグレースと鉢合わせた。
げっ、という表情を隠そうともしないグレースにアルムもまた変わらぬ無表情で質問を投げかけると帰ってきた答えは何ともグレースらしい。
家業と趣味を両立させており卒業後も充実していそうな進路と言えよう。
「うーん……」
「待って? 悩んでるって事は……あなたまだ卒業後の進路決めていないの?」
「ああ、実はそうなんだ」
「指名は来てるんでしょう? あなたなら王家直属にだって……いやカエシウスに婿入りするあなたにそれは流石に無いか。ダンロードが怒りそうだものね」
マナリルの四大貴族はカエシウス家とオルリック家の中立二つ、貴族派のダンロード家、王族派のパルセトマ家でバランスが保たれている。これからカエシウスの一員になるアルムを王家が誘おうものならそこらから反感を買いかねない。
魔法生命との戦いが終わったとはいえ、魔法使いの戦死や逃亡で若干不安定となった今のマナリルでわざわざ波風を立てるような事は王族はしない。カルセシスであればなおさらだ。
「ディーマさんが? そうなのか?」
「あなたね……」
「すまん……貴族についてはまだ勉強中で……」
とはいえ、そんな事をアルムが把握しているわけもない。
呆れながらずれた大きな眼鏡を直すグレースを見て、アルムは面目なさそうに小さくなった。
「まぁ、でも……そこそこ喋れるようになったとはいえあなたみたいに正直な人は貴族同士の腹芸に向いていないだろうし……。あなたの思う"魔法使い"らしい道を歩みなさいな。
貴族が開いたパーティ会場にあなたの理想は持ち込めないでしょう? あなたは自分がやるべきだと思った事をやるのが向いているわ」
「意外だな……アドバイスしてくれるんだな」
「あなた私をなんだと思ってるの?」
「友達だと思ってるが」
「あー、もう……はいはい、あなたはそういうやつよ」
アルムの真っ直ぐな言葉にげんなりした様子でグレースは買い物袋を抱えて女子寮への階段へと向かう。
その階段の前でグレースの足がぴたりと止まった。
「……ねぇ、気が向いたらあなたの事書いていいかしら?」
「書く……? よくわからんが別にいいぞ。グレースなら悪いことにはならないだろ」
「そ。言質はとったわよ。……ありがと」
グレースは短く感謝を伝えると手をひらひらとさせながら階段を上がっていった。
アルムは一人残された共有スペースで虚空を見つめる。
「俺がやるべきだと思う事……」
学院を卒業した後、自分は何をすべきか。
大蛇との戦いの最中に見た刹那ではなく、全てに認められる"魔法使い"の夢を目前にして……アルムはもう一度"答え"を探していた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
本編では全く活かすタイミングのないマナリルにおける四大貴族の役割。




