815.俺達はここにいる
「い、一か月……? そ、そんなに寝てたのか……?」
「ああ、ログラとベネッタが交代で治癒魔法かけ続けて何とか生命維持して……治癒を続けながら今日まで寝たきりって感じだったな。もう目が覚めないって話もちょくちょく出てた。ハエルシスも年末も何とか起きて迎えられそうだな」
「心配かけました……」
「いいんだよ別に。マナリルを救ったんだ……どんだけ寝たって許される」
ヴァンは脇に抱えたバッグから書類を取り出す。
大蛇迎撃戦から今日に至るまでの動きが記されている報告書のようなものだろうか。
「ベラルタは大蛇とお前の魔法で半壊したが幸いなことに学院は門の周りがぶっ壊れただけだしこの通り病院は何とか残ってた。それに迎撃戦に直接関わらなかった負い目からかガザスとダブラマの支援が手厚くてな……この一月で半分以上は修復できてる。なんなら住人も半数近く戻ってきてるくらいだ」
「霊脈は……?」
「ああ、安心しろ。カヤ殿に調べさせた結果ベラルタの霊脈は正常だそうだ。大蛇の魔力残滓? だったか? も残ってないらしい。念のためガザスのラーニャ様にも調査をお願いしたが同じくだ」
「よかった……」
魔法生命はその"存在証明"の高さから生命として消滅しても魔力残滓として残ることがある。アルムは大蛇を魔力残滓すら残さない覚悟で戦いに臨んだが、実際にどうなるかはわからない。
ヴァンの話を聞く限りダブラマのアポピスのように復活を画策してまた事件が起こる……などという事態はどうやら起きないようだ。
「今は学院長代理の俺主導で随時修復中……この一か月の間、生徒は王都の教育機関のデュカスで見てもらってる。俺とログラ以外の教師陣も戻ってくるだろう」
「ヴァン先生が代理……? 学院長は……?」
アルムの言葉に部屋の空気が少し落ち込む。
しかしアルムが知らないのも当然だ。ヴァンは表情を変えずに続ける。
「……迎撃戦の戦死者は四十三名、重傷者がお前含めて二十三名、逃亡者が十二名。戦死者の中にはオウグス学院長と今回の討伐部隊の指揮官だったクオルカ・オルリック殿も含まれる」
「え……」
アルムはルクスのほうに視線を向ける。
よほど心配そうな顔をしていたのか、逆にそんなアルムを気遣ってルクスが無理に微笑んだ。
「……立派だった。流石は僕の父上だよ」
「…………そうか。そうだろうな」
ルクスのその一言でアルムはそれ以上何か言うのをやめた。
もうルクスの中で整理はついているのだろう。それに、隣のエルミラが寄り添っているのならそれ以上何か言うのは野暮というものだ。
「学院長は元々自分の血統魔法を"自立した魔法"にするために最初から死ぬ気だった。おかげで大蛇はほぼ遠距離攻撃ができない状態になっていたからな。そのおかげでむしろ死者は少ないくらいだ」
「どうりで自分に攻撃が飛んでこなかったわけだ……他のみんなは……?」
ヴァンは手元の書類をめくる。
「サンベリーナとフラフィネは魔力枯渇でダウンした後復帰してベラルタ復興に協力してくれてる。ネロエラもあちこちを行ったり来たりしてるな。今は……丁度ガザスのほうに行ってるか。
ヴァルフトは片腕が食われて重傷だが命に別状はない。フロリアは大蛇の攻撃で片目の視力が無くなったから王都の病院に行ってる。んでグレースはお前の脱獄を手引きした罰で軟禁中だな。本来ならネロエラもなんだが、あいつは足として優秀過ぎるからこき使われるのが罰の代わりってとこだ」
「そういえば……何でネロエラ達はアルムを牢から出したの……?」
エルミラは首を傾げる。
大蛇との戦闘中は気にする余裕など無かったが、考えてみればおかしな話だった。
アルムについては三年生全員で霊脈接続のリスクを共有して戦闘に参加させないという事で話が決まっていたはずだというのに、ネロエラとフロリアはアルムを連れてきた。
「俺が頼んだんだ……。フロリアを通じてな。直接的な脱出はクエンティに協力してもらった」
「フロリア……? あ! あの面会その話するためにフロリア呼んだわけ!?」
エルミラは王都にいた時にも不思議に思ったおかしな面会要請を思い出す。
誰もがミスティとの面会を希望すると思っていたのが、アルムは何故かフロリアを選んでいた。確かにミスティや自分達に牢から出してと言ったところで聞き入れることはなかっただろう。
そこでエルミラにさらなる疑問が浮かぶ。何故フロリア?
「ああ、牢の中で色々考えて……フロリアには交渉できると思ってたからな」
フロリアに面会要請を出したアルムは何故呼ばれたのか不思議そうなフロリアに脱出の協力をしてくれるよう話を持ちかけた。
変身して自分を見守ってくれているクエンティの手を借りて牢から脱出する事……そしてフロリアにやってほしい事は王都からベラルタへの移動方法の用意とベラルタ到着後の危険な役目だった。
ただ一つの交渉の勝算……フロリアがフロリアである事を信じてアルムは全てを話していた。
「私の血統魔法を使って大蛇の攻撃を誘導して隙を作るってわけね……大蛇が敵視しているのはあなただけだから、必然私の姿はアルムに見える」
「ああ、大蛇の能力の詳細はわからないが……今までの言動から俺を警戒しているのは間違いない。俺に使う能力を一つは絶対に用意しているはずだ」
「それを私に使わせて……待って? 私はどうなるのよ?」
「……が、頑張って避けてくれ。俺の魔法は時間がかかるし、防御に魔力を割く余裕があると思えない。魔法生命に幻覚を見せられるような使い手はお前しかいない」
「頼られるのは満更でもないけれど、私の負担大きくないかしら……?」
「う……すまん……」
テーブルを挟んで向かい合っている二人。
肩にかかる髪を払いながらフロリアが言うと、アルムはばつが悪そうに俯く。
話しているアルム自身、フロリアの負担が大きい自覚はあるらしい。
「……というか、何で私なの?」
「ん?」
「何で私にこんな話をするの? 私がみんなに話したらって思わなかったの?」
「いや? むしろこの話を持ち掛けるならフロリアしかいないと思ってたぞ」
「なんで?」
向けられた奇妙な信頼にフロリアは訝しむ。
確かに友人と思ってはいるものの、ミスティ達のように深い仲とまでは言えない。
そんな風に思っているとアルムは当然のように答えた。
「お前はミスティを助ける為なら誰でも敵に回せる人間だって知ってるからだ。大蛇との戦いでミスティが無事な可能性が上がると考えたら……俺の話に乗ってくれるだろ?」
「ああ、なるほどね……確かに、それ聞かされたら私の負けよね」
フロリアは参ったと言わんばかりにアルムの話に乗ることを決めた。
尊敬するミスティに無事であってほしいという願いもそうだが、自分のことをよくわかってくれる人の頼みと考えたら断れるわけもなかったのである。
「こんな感じで交渉した」
「確かに的確な交渉材料だこと……」
「フロリアならミスティの無事を優先してくれるって確信があったからな。学院生活のおかげで流石に三年生の全員がどんな人間かはわかっているつもりだ」
エルミラはアルムの様子に呆れて肩をすくめる。
最初から頼もしい友人ではあったが、いつの間にか魔法だけでなくこのような強かな立ち回りが出来るようになってさらに頼もしさが増したようだ。
最初は不器用というか愚直というか。出会ったばかりの頃、コミュニケーションの不和で泣いてしまった事をエルミラは思い出して懐かしくなった。
「まぁ、結果オーライではあるが……やってる事は脱獄だからな」
「それはすいません……」
「そもそもの発端がアルムを閉じ込めるためにルクスがやった言いがかりだから大きな問題にはならんとは思うがな」
ヴァンはちらっとルクスを見る。
視線からはあの時のことを謝罪したのか? というお節介が含まれていた。
「そうだった……悪かったアルム。あの時のことをまだ謝ってなかった」
「いいさ。もう終わったことだ。ルクスなりに俺を思っての事だって理解してる」
ルクスが深々と頭を下げて謝罪すると、ノックの音の後に静かに扉が開く音がした。
部屋の中の視線が自然と扉のほうに集まると……そこにいたのはやはりミスティだった。
どれほど急いで来たのか落ち着きながらもきっちりとした佇まいはどこにもない。病院まで走って来たのか肩で息をしており、普段は魔法でも使っているのかと思うほど纏まっている髪も少し乱れていた。
「はぁ……。はぁ……」
「ミスティ……」
ミスティは目を覚ましたアルムを見ると目を見開く。
息を整えながら部屋に入ってきたかと思うとアルムのベッドまで一直線で歩いていき、アルムと視線を合わせた。
濡れた宝石のような青い瞳がアルムを見つめ、ミスティの細く白い指がアルムの頬に触れたと思うと、
「ん……」
「うひゃ!?」
「おおー……」
「あはは……」
「おいおい……若いなあ……」
ミスティはアルム以外が見えていないのかと思うほど人目を気にすることなく、自然にアルムの唇に自分の唇を重ねた。
目を閉じて、唇を通して互いの生を伝え合うように。
口づけを終えてミスティが唇を離すと、ミスティは温かい涙を流しながらアルムの額に自分の額をこつんと合わせて……限界まで距離を近づけるようにしながら口を開く。
「おかえりなさい……アルム」
「……ただいま、ミスティ」
今日まであった不安も心配も全てかき消して二人はその一言で通じ合う。
同じタイミングで微笑んで、それがまたおかしかった。
そんな様子の二人を周りで見て、ルクス達の中にも全部終わったのだという充足感が改めて訪れる。
「あの、アルム……? 何でこんなに髪が湿っているのですか……?」
「あー……うーん……話すと長い……わけでもないか」
「あははは! ひっどい理由よ?」
「ベネッタ、ミスティ殿にもう一度謝ろうか……?」
「ご、ごめんてー!」
いつも読んでくださってありがとうございます。
この後一人は滅茶苦茶謝って、一人は滅茶苦茶赤面した。




