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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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813.白光のルトロヴァイユ

 どこかわからない道をずっと歩いている。


 道があるのかどうかも真っ暗でわからない。


 ここには何も無い。

 自分が誰かもわからない。

 何も見えないから。


 歩いていく先に、黒よりも暗い穴を見つけた。


 ああ、あそこに行けば楽になれる。

 少し怖いけどきっともう苦しまなくていい場所なんだろう。


 あそこにいけば、全部終わるんだ。



"それでよいのじゃな?"



 誰の声だろう?

 かちかちって何かを鳴らすような音がする。

 (くら)くて何も見えないよ。何故か胸が痛い。



"それでいいの?"



 違う女の人の声がした。

 何かが舞ってる。綺麗な葉っぱだ。

 (くら)くなければもっと綺麗だったのかな。

 胸の奥がずきってする。



"無様だなぁ?"



 恐い声だ。

 聞いていて嫌な気持ちになるけれど、聞かなきゃいけないような。

 (くら)い中に鉄のような音がした。

 胸の奥が締め付けられるみたい。



"こちらは本当にあなたの道ですか?"



 知的な声がする。

 本当に自分の道かって? 何でそんな問いかけをするの?

 そんな事言われても(くら)くて他の道なんか見えないよ。

 まただ。また胸が痛い。




 声が聞こえなくなった。




 もう苦しくなくなるんだ。


 もう痛くなくなるんだ。 


 なのに何でずっと胸が痛いんだろう。


 暗いよ。昏いよ。


 くらい。くらい。


 何でこんなにくらいんだろう。


 ああ、全部忘れたからだ。


 もうなにもないんだ。


 なにもないから、まっくらなんだ。


 まっくらなままならもう、あの黒い穴に行けばいいんだよね。

 もう、終わりにしていいんだよね。

 胸の奥だけがずっと……痛い。














 …………何だろう。

 後ろから光……?


 真っ暗なここを照らす白い光が。

 僕は、俺は……この光を知ってる――。










 




『おやおや、まさか……私まで忘れたわけじゃないだろうね?』












 耳元に届く優しい声に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 知ってる。俺は、誰よりもこの人を知って、知ってる――!






『忘れるわけないって、言ってくれただろう……アルム?』

「し……ししょ……っ。師匠……っ……!」





 真っ黒に塗り潰された死の(ふち)の間際、振り返ればそこには白光に輝く懐かしい師の姿。

 光り輝く白光の中で二人は再会する。

 瞬きよりも長い時、永劫にも感じる刹那。

 塗り潰されたはずの記憶が照らされて、アルムは消えかけた自己を取り戻す。

 胸の奥……心に刻まれた(きず)の記憶が今確かにここにある。

 白く長い髪に真っ白な肌、そして自分を見つめる優しい微笑み。

 振り返った先にいる師の姿があまりに記憶の中と同じで、アルムの瞳からはボロボロと涙が溢れて……何も感じなくなっていた体に(ねつ)を取り戻させる。


『君の夢の終着はこんな場所じゃないはずだ』

「うん……! うんっ……!」

『私は知っているよ。君の夢を……ずっと、君を見てきたから』

「ぅん……! う、ん……!!」


 師匠の手をアルムが握り、迷子の子供の手を引くようにアルムを死の淵から引き離す。

 アルムが目指すべき道を誰よりも知っている師だからこそ。

 真っ暗な空間の中で、二人だけが白く輝いていた。


『だからわかる……いけるだろう? アルム?』

「っ……!」


 晒されていた恐怖と共に涙を拭う。

 逃れられなかった死の結末を、師の言葉が塗り潰す。

 あまりにも一方的で大きな信頼がその言葉の中にはあって――



「……ああ!」



 ――その信頼に応えない選択など弟子である彼にあるはずもなかった。















【貴様は――!】


 瞬きするとそこは元のベラルタ。

 幻想と現実の狭間で見た真っ暗な空間などどこにもなく、あるのはアルムの魔法と大蛇(おろち)が拮抗している現実の光景。

 ただ一つ違うのは、アルムの傍らに白光に輝く師匠――魔法生命サルガタナスの魔力残滓が寄り添っている事だった。


「『師匠さん……!』」

「師匠さん……が何で……!」

「アルムの、そばに……!」

「うん……! うん!!」


 ミスティ達にもその姿が見える。

 今にも光の中に溶けてしまいそうな透けた姿。それでも確かにアルムに寄り添う魂が。


【貴様のようなか弱き幻想が何をしに来た!?】

『無論、弟子を助けにだ。私は師匠……弟子の危機に駆け付けるのは当然のこと』

【が……ががががが! ががががががが!!】


 重く響き渡る大蛇(おろち)哄笑(こうしょう)

 師匠が寄り添っている死にかけのアルムの姿に大蛇(おろち)は勝利を確信する。


「ぁ――! がっ……!」

【無駄だ無駄だ! 今更貴様ごとき脆弱な魔法生命が現れて何ができる!? 今にも消え入りそうな魔力残滓しか残っていない貴様のような幻想に!】

『そう、私は確かに幻想だ。お前のような本物とは比べるべくもない』


 アルムに寄り添う師匠はあくまでこの世界で一度命を終えた魔力残滓。

 神のごとき大蛇(おろち)の力を何一つ防ぐこともできなければ破壊などもってのほか。

 大蛇(おろち)の言う通り……そこらにいる人間一人よりも弱い存在としてそこにいる。それこそ吹いては消える幻想のように。


『だが知っているか? "幻想"とはたとえ実在などしなくとも"現実"を生きる人々の心に寄り添い、その歩みを支える事ができるのだと!』

「し、しょう……!」


 子供の手の中にある本。幻想を描いた物語が一人の人間の行く先を決めるように――幻想には現実を支える力があるのだと。


『アルムの自我が星の記憶に塗り潰されそうになっている? ならば私にとってはこれ以上簡単な話はあるまい?』


 大蛇(おろち)に向けているアルムの手に、師匠はその手を重ねる。

 師匠はもう触れることすらできない魔力残滓。それでも二人の間には確かに温もりがあった。


『私の残った全ての力と魂を使って……アルムに流れ込む星の記憶を(・・・・・)忘却する(・・・・)!!』

【な――に――!?】

『私にお前を倒す力は無いとも……だがアルムを救う力はある!!』


 司るは"忘却"の力。

 かつてその命を使い自身の記憶をこの星から消し去ろうとした力を今ここに。

 アルムにとっての魔法使いとして、師匠はその役目を果たす。


「師匠……! みんな……!」


 塗り潰されたはずのアルムの記憶が星のように明滅する。

 黒く染められて思い出せなくなった大切な人達の顔と名前が白い光を浴びて蘇っていく。

 全部、全部思い出せる。カレッラでの日々、花畑での日々、そしてみんなと過ごした日々……自分を取り戻すように浮かび上がる記憶の欠片がアルムの中に。

 恐怖はもう無い。魔力に焼かれる体の痛みさえも生の証。

 みんなが自分の中にいる。みんなとの記憶がここにある。


「――俺は、アルム」


 背に生えた翼が広がる。羽根のように魔力が舞って。

 虚無への道を歩む少年ではなく――この場所に立つ"魔法使い"の名をアルムは確かに紡ぐ。


【き、さま……! 貴様貴様貴様貴様ぁああ!!】

『これでアルムのハンデは無くなった。さあ呪いの王……私の自慢の弟子に勝てるかな?』

【――っつ!!】


 大蛇(おろち)の喉が干上がり言葉が消える。

 自分が負けるはずのない拮抗。星によって自滅するはずの自分の敵。

 敵の自滅の未来が消えた今この拮抗の結末は――!


【そんな、はずがない――! そんなはずが……我等がこんな、こんな人間に……こんな脆弱な存在に負けるなどおおおおおおおお!!】


 アルムの魔法を押し返そうと大蛇(おろち)が魔力を込める。

 だが出力が足りていない。アルムが到着する前……核をいくつも破壊され、絶望を与えるために再生を繰り返して魔力を消費した今の大蛇(おろち)に出来るのは拮抗が限界。

 アルムが来なかったら。他の人間が予想以上の抵抗をみせなければ。

 どちらかだけなら大蛇(おろち)は勝利していた。

 人間は大蛇(おろち)が思う通り脆弱だったが、大蛇(おろち)が思うよりも愚かな生命だった。

 その間違いを繰り返す愚かさが人間の強さそのものだという事も知らずに大蛇(おろち)は叫ぶ。


【何が、"分岐点に立つ者"! 何が九人目!! 魔法の才すら持たぬ人間が我等に……我等を――!!】


 アルムと大蛇(おろち)の視線が再び交差する。

 片や弱みであった恐怖すら消えた揺るがぬ瞳。片や初めて味わう恐怖に怯え揺れる瞳。

 互いの力は拮抗している。そう、今はまだ。

 千五百年前に自分を眠りに追い詰めた創始者という人間達。

 アルムの瞳の中に八人の幻影を見て、大蛇(おろち)は自分の未来を予感して絶叫する。


【あ……が……! あああああああああああ!!】

「はああああああああああああああああああ!!」


 加速する魔力の激流。

 命を賭して作られた花の砲身は摩天楼。

 大気を震わす魔力の砲撃は自らで切り開く未来の輝き。

 砕く。砕く。砕く。

 積み上げられる"現実への影響力"は拮抗していた天秤を崩す――!



『いっけえええええええええええええ!!』

「いっけえええええええええええええ!!」



 重なる声が一人の人間の歴史を映す。

 現実(アルム)幻想(ししょう)の重なる声。

 二人を繋げた曖昧な魔法に全てを乗せて――!


【馬鹿な……! 我等が、滅びる……!? 我等が……我等がああああああああああ!! じゃあああああああああああああああああああああ!!!】


 花の砲撃はその巨体ごと八つの首を呑み込んで、呪詛の王を打ち砕く。

 破滅に抗う神獣の悲鳴。

 黄金の瞳は届かぬ夢を見て。

 味わうはずの無かった二度目の死。神ではなく人間によってもたらされた最後。

 千五百年の時を超えて現れた災厄――【八岐大蛇(やまたのおろち)】は神の座にその身を置く事無く消えていった。


「っ……た……! ししょ――」


 ベラルタに降り注ぐ白い魔力は舞い散る花弁。

 雲を裂く魔法は天を貫く光の塔。

 現実に築かれた幻想はここに。

 アルムが振り返ると、そこにはもう誰もいない。

 手に残る温もりと瞳に焼き付いた微笑みを残して、師匠の気配はもうどこにもなかった。

 言葉を交わす間も無く、名残惜しむ時間も無い。ふわりと吹く風がアルムの髪を撫でるだけ。

 それでもアルムは満足そうに笑って自分を支えていた魔法を解く。別れの言葉はもうあの花畑ですませている。

 だからこそ言うべきは別れの言葉ではなく。


「ありがとう師匠……俺の、"魔法使い"……」


 感謝の言葉を口にしてアルムはその場で力尽きた。

 次の瞬間、ベラルタの空を覆っていた雲が晴れる。

 ――魔法使い。

 それは魔法を駆使して戦い、守り、救う超越者。

 未曾有の脅威を前にその在り方を確かに見せて――魔法使い達は勝利の雄叫びを上げた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

これにて大蛇迎撃戦闘決着となります。

次回の更新から後日談、そしてエピローグに向けての更新となります。

最後まで感想、いいね、評価、レビューなどの応援もよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
他者を救い続けた魔法使いが「助けて」と言えるのも、また彼にとっての魔法使い そうやって巡っていくんやね よかった、泣いた
ありがとうございます
[一言] 涙で、画面が見えません、、、
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