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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ
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805.初雪のフォークロア9

「『エルミラ!!』」


 動けぬエルミラに迫る大蛇(おろち)の首向けてミスティは手を(くう)に振る。

 瞬間、大蛇とエルミラを阻むように巨大な氷壁が現れた。

 大蛇(おろち)の牙は現れた氷壁に阻まれるが衝撃で氷壁がひび割れる。

 いくら巨大な氷壁であっても巨大なのは大蛇(おろち)も同じ。長くもつものではない。


「ヴァルフト!」

「わあってらあ!!」


 上空を飛んでいたヴァルフトは白い鳥を駆り、エルミラが倒れる屋根に向かう。

 ぴしぴし、とミスティの作った氷壁が割れ始めた。


【魔法生命でなければ為す術無い鉄壁だろうが……我等の質量ではな】

「っ――!!」


 ミスティが顔を歪ませると同時に氷壁が砕け散る。

 目の前の障害物を破壊するためならば特別な能力など必要なく、ただ進めばいいだけ。

 三百メートルを超す大蛇(おろち)の巨体は氷壁をものともせず霊脈へと近付いた。

 動けなくなったエルミラはついでに轢き潰せばいいと言わんばかりに。


「ぜってえ拾え!!」

「『雷鞭(ライトニングウィップ)』!」


 迫る大蛇(おろち)よりも早く、ルクスは雷属性の鞭でエルミラを拾い上げる。

 "現実への影響力"は極限まで下げたが元は攻撃魔法……エルミラの体に雷属性の魔力が走り、掴んでる部分が少し痺れる。


「恋人相手にずいぶんな仕打ちだこと……」

「雷は攻撃的過ぎてこれくらいしか拾える魔法がないんだ!」

「よし早く乗せ――」


 砕け散る氷壁の間から赤黒い大蛇(おろち)の口がエルミラ目掛けて迫りくる。

 エルミラはまだルクスが操る魔法の先。自由に動くなど以ての外。

 自らの血統魔法を操作し、速度を理解しているヴァルフトには凄惨な未来が頭をよぎる。

 大蛇(おろち)の狙いは明らかにエルミラ。見捨てれば自分とルクスだけは助かるかもしれない。

 もう動けないエルミラと自分を天秤にかけられたような状況にヴァルフトは即座に決断した。


「うおらああああああ!!」

「っ……!? うおぁ!?」

「着地くらいは何とかしろ!!」


 その場で自らの駆る白い鳥を思い切り(ひるが)らせ、羽ばたきによる風と遠心力を利用して背中に乗っていたルクスを後方へと吹き飛ばす。

 エルミラを拾い上げた魔法を使い、片手だけで体を支えていたルクスは突如振り落すような白い鳥の動きに対応できるわけもなくヴァルフトの思い通り飛んで行った。

 ルクスとエルミラを後方に逃がす事に成功はするが、代わりにその場でとどまらざるを得なくなったヴァルフトに標的が変わる。


【なるほど、だが貴様はどうする?】

「気合いでかわあああす!!」


 迫りくる大蛇(おろち)の口が閉じる。

 並んだ牙はさながら空間ごと閉じ込める檻。入れば終わりの牢獄だが……白い鳥は大蛇(おろち)の上空へと逃げ切る。

 ……その片翼を失いながら。


「が……ぐゃああああああああああ!」

「ヴァルフト!!」

【腕だけか、羽虫にしてはそれなりにやるようだ】


 白い鳥の左半身が大蛇(おろち)に食い千切られ、腕を巻き込まれたヴァルフトが悲鳴を上げる。

 気合いと言うだけあって気絶することなくバランスが崩れた血統魔法で飛行できているのが幸いか。

 だが誰の目から見てもスピードが落ちている。次狙われれば今度は全身が呑み込まれるのは間違いない。


「『"凍れ"!!』」


 声がが響き渡り、三度訪れる大蛇(おろち)の凍結。

 大蛇(おろち)の時間だけが止まったような静寂が訪れるが、氷の中では大蛇(おろち)の瞳が忙しなく動き、口はにやけている。

 どれだけ凍らされようともそれ自体は大蛇(おろち)に対して決定打になり得ない。

 大蛇(おろち)を倒すためではなく、他者を助けるためだけに魔力を消費している事実を氷の中で嘲笑っていた。


『被害報告! 各自状況を伝えよ!』


 エルミラの奮闘とミスティの足止めを機に討伐部隊の報告が飛び交う。


『第一は二人が先程の血のような(もや)に飲まれ意識不明……!』

『第二、第三はかろうじて被害ありません!』

『こちら第四は士気も高いままですが第五の消耗が……半数以上が意識不明及び重体です』

『こちら第六小隊長代理。小隊長が我々を庇って……戦死されました』

『こちら第七被害甚大、しかし第八の救援によって何とか死者は出ておりません』


 指揮官であるクオルカの下に届く小隊からの報告はどれも厳しいものばかり。

 エルミラが対処してなおこの被害状況……一体あの炎が無かったらどれだけの被害が出ていたのか。大蛇(おろち)の近くにいた小隊はほとんど全滅していた可能性が高い。

 クオルカ率いる本隊は被害こそないがそれでも伝播した恐怖が心にべったりと張り付いている。


(これが鬼胎属性の真価か。誰かにもたらした恐怖がさらに伝染していく……まるで病のように)


 魔法にとって使い手の精神力は重要な意味を持つ。魔法を作り上げる"変換"のイメージは折れた精神力ではまともな形になりはしない。

 大蛇(おろち)に近かった第五小隊がどうなったかを見てしまい、一手で討伐部隊が半壊しかけた事実が大蛇(おろち)への恐怖を再燃させた。

 エルミラの手で最低限の被害ですみはしたが……戦闘開始直後あれだけ勇猛だった討伐部隊の影はもう無い。

 加えて主力であるエルミラはほぼ魔力切れ、飛行ができるヴァルフトの腕が食い千切られた所を見てさらに士気は落ちていく。


【無駄だ】


 割れるような音と共に大蛇(おろち)を閉じ込めていた氷は砕け散る。

 主力として動いている三年生の中で万全に戦えるのはミスティとルクス、そしてヴァンくらいなもの。

 最善の状態でようやく五分五分、それもベネッタとオウグスの犠牲ありきで作られた拮抗だった。

 その拮抗すら鬼胎属性の本領その一手で崩された。撤退できない状況でなければもうクオルカは撤退の命令を出しているだろう。

 魔法大国マナリルの中でも勇猛な魔法使いですら……数を揃えても圧倒される。ただその存在に。その恐怖に。


【我等を見上げる恐怖の表情、それでこそ人間の在るべき姿だ。ついでに教えてやろう……貴様らの奮闘に意味などなかったという事を】


 大蛇(おろち)から魔力が噴き上がる。

 その様子はまるで霊脈のように。魔力は形を作る。

 この場にいる者にとって人間にとって絶望的な形に。


「そんな……」

「無駄、だったのか……?」


 誰かが膝を折った。

 疲労からではなくその光景の絶望から。


「う……そ……」

「っそ……! くそ……! くそ……!」


 上空に浮かぶミスティとエルミラを抱えるルクスの表情にすら絶望が薄っすらと浮かぶ。

 ぼごぼごと泡立つような音を立てて破壊したはずの大蛇(おろち)の首が……再生していく。

 大蛇(おろち)から噴き出した魔力が必死の思いで破壊した(よん)の首と()の首の形を作って、生え変わったかのように現れた。


【我等は神獣。火属性創始者(リアメリー)の"自立した魔法"によって不死にこそなれぬが再生くらいはできる】


 (はち)の首以外がげらげらと笑う。

 討伐部隊の魔法使い達から完全に生気が失われた。

 絶望が精神を汚染する。鬼胎属性である(はち)の首はそれを明確に感じ取ることが出来る。心が折れていないのはもう十人ほどしかいない。


【こうして貴様らは最後の希望としてアルムを待っているのかもしれないが……奴は来れぬよ。人間が他者のために動ける理由は我等にも漠然とわかっている。理解はできぬがな】


 さらに希望を折るためか大蛇(おろち)は続けた。

 まだ心の折れていないミスティ達を狙った言葉かアルムの名を口にする。


【自分が死に行くとしても自分というものを他者に遺せると信じているからだ。死の上に生きる他者の幸福、歴史に刻まれる偉業、誰かに受け継がれる意思……"託す"とでも言うべきか。

知性を持ちながら矮小で短命に生まれたばかりに生み出された歪な自己保存の解釈……それが貴様らという生命の欠陥を作り出している。ある種の信仰と言ってもいい。貴様らの言う"魔法使い"とはその信仰が根強く残っている】


 耳を塞いでも大蛇(おろち)の声は聞こえてしまう。

 鬼胎属性の魔力が精神に影響する属性だからかやけに耳に残った。


【だからこそ、アルムはこの場に来ることはない。代償が死だけならばここに来ただろう。だが貴様らの在り方は"忘却"に耐えられない。霊脈の接続は貴様ら魔法使いの歪な自己保存すら許さぬ。

誰かの命を救うでもなく、意志が受け継がれるでもなく、誰かの記憶に残るでもない……どれだけ強い意思があったとしても関係ないのだ。自分が完全な()になる恐怖に生命は決して耐えられない】

「……は?」


 声を発したのはルクスだった。

 上空で聞いていたミスティも言葉を失っている。

 予想していた反応とかけ離れていたからか、大蛇(おろち)の言葉が一瞬止まる。


【……? まさか、知らなかったのか? 人間が霊脈に接続すれば魔力と共に流れ込む星の記憶で人間一人の人格など数分で塗り潰される。星と一体化して人格が消えれば地上でその人間がいた事は無となり……当然、貴様らの記憶からも消える事となる】


 大蛇(おろち)の語る真実にミスティ達は絶句した。

 大蛇(おろち)に与えられた絶望の次は考える限り最悪の結末。

 何も知らずにアルムを連れてきたら。

 アルムが消えた世界で喜ぶ自分達を想像して、ルクスはあまりの吐き気に口を押さえた。


【霊脈は神の器たる我等だからこそ接続が可能な場所。人間に星は担えない。

モルドレットやジャンヌがあれだけ動き回って霊脈に接続せずにいるのを不思議に思わなかったのか? 創始者も一人名前が消えたはずだが……考えてみれば忘却してしまえばこの事実が伝わる事もないというわけか。知っているのは常世ノ国(とこよ)の巫女だけというわけだ。がががが! なんにせよ貴様らに希望は――】


 瞬間、絶句する人間を愉快そうに見る大蛇(おろち)に巨大な氷槍が絶望を切り裂くように十数本降り注ぐ。

 (あられ)(ひょう)などが生易しく見える巨大な氷塊であり、一発一発が並の血統魔法クラスの"現実への影響力"。氷柱の尖端が大蛇(おろち)の鱗を砕きながら撃ち込まれ、魔力と一緒に黒い血が噴き出す。


【アルムが来ないという事実を突きつけれてなお……まだやる気か? かえしうす(・・・・・)?】

「『ええ、むしろ安心しました。何故アルムがあれだけ苦しんでいたのか……ようやく彼の心に寄り添えた気がします。ルクスさんの判断は、間違っていなかった』」

「ミスティ殿……」


 ベラルタ全体に届く清廉な声が恐怖を溶かす。

 少女の頭上に輝く王冠が白く輝き、その意味をベラルタにいる全ての人に知らしめる。

 ミスティの声を聞いて、ルクスの顔に生気が戻る。

 そう、最悪の結末を想像して吐き気に耐えている場合ではない。


「『私達がアルムを待っている? 勘違いもここまでくるとおかしいですわね。私達はもとより……アルムが不在なままあなたを倒すためにここにいる』」

【がががが! 不可能だとわかって向かってくるのか?】

「『不可能を理由に諦めさせようだなんて……本当に人間の事をわかっていない』」


 白い王冠が輝く。民を鼓舞する光のように。

 白いマントがたなびく。旗手が掲げる旗のように。


「『あなたが欠陥と呼ぶ人間の在り方は弱点になることはあれど欠陥などではありません。私達には誰かの為に正しいことを行える美しさがある。自分よりも大切な誰かを思える尊さがある。私はそんな風に回る優しい世界を望んでいる……彼がそんな世界を守りたいと言ったように。不可能などではありません。私達はその優しい世界の象徴たる者……"魔法使い"なのだから』」


 恐怖を煽ろうとした大蛇(おろち)の言葉が逆にミスティの心を奮い立たせる。

 ミスティの意思は言葉に乗って広がって、大蛇(おろち)の恐怖に支配されていた魔法使い達の心が徐々に誇りを取り戻す。

 そうだ。誰かが住むこの国を守りたくて、自分達はここに来たのではなかったのか?


【……もどきがよく吠えたものだ】

「『私はアルムのいる世界を守る。彼がそうしてくれたように』」


 崩壊しかけた士気がミスティの言葉によって戻っていく。

 生気を取り戻した小隊たちが動き始め、指揮官であるクオルカに届く報告の声も戻っていったかのように明るく変わっていた。

 分の悪い状況は何一つ変わっていない。それでも再び、戦意が息を吹き返す。


「よ……しゃああ……! まだ、まだいけるぜ……!」

「ヴァルフト! 無茶するな!」


 腕の止血を終えたヴァルフトが青い顔でルクスの下に戻ってくる。

 同時に、空中からヴァンも飛んできた。


「ルクス! 俺がエルミラを預かる!! ヴァルフトはログラに多少治癒させた! 足にしろ! 火力はお前とミスティ頼りになる可能性が高い!」

「ヴァン先生お願いします!!」


 その後ろで扇を思い切り開く音が聞こえた。

 ルクスが振り向けばサンベリーナとフラフィネが合流する。


「私達はサポートしますわ! 勘違いするんじゃありませんことよ! あんたのサポートなど本来はしたくありませんが……これも勝利のため!」

「サンベリっちそういう台詞似合うし……ま、でも実際サポートしかできないし……。最後までやりますか……」

「サンベリーナ殿……フラフィネくん……よし、まだだ……まだ終わってない……!」


 エルミラをヴァンに預け、ルクスは大蛇(おろち)を睨む。

 状況は悪いままであっても、絶望するにはまだ早い。

 先程までと同じようにヴァルフトの血統魔法に飛び乗って、ルクスは再び大蛇(おろち)に向かっていく。

 そんなルクス達の光景を、後方からクオルカは見つめていた。


「生徒達のなんと頼もしい背中か。この国は安泰だな。オウグス殿が命をかけるだけはある」


 クオルカは呟いて人造人形(ゴーレム)の手綱を引く。

 小隊全体に被害が出た事によって魔法の数が足りない。

 討伐部隊の本隊がクオルカに続いて前へと出た。

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― 新着の感想 ―
ネレイアはもしアルム消えた後のミスティか……
[一言] なるほど...、雷属性の創始者バルツ・ネコが偽名とあるのは、霊脈に接続したからなんですね ではなぜ偽名を残せたんでしょうか?存在すら忘れてるんですよね?
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