803.ベラルタの反撃
『オウグス殿の戦死を確認した』
「え……」
「嘘……」
『全小隊の配置完了も確認。予定通り、我々は市街戦に移行する』
オウグスの戦死にミスティ達がショックを受ける間もなく続ける指揮官としてのクオルカの声を聞き、ルクスの頭に血が昇る。
「父上……どういう意味ですか」
『そのままの意味だルクス。予定通りだ』
尊敬する父に向けて初めて発するような声でルクスは問う。通信用魔石越しでよかったとすら思った。目の前にいたら発言の理由を問う前に胸倉を掴んでいたかもしれない。
魔石の先でミスティやエルミラは勿論、サンベリーナやフラフィネも驚いていた。
『生徒には黙っててくれと言われていたが我々は前もってこの可能性を伝えられていた。オウグス殿が先陣を切ると通達したのはそのためだ。市街戦になる場合、オウグス殿が戦死する事は予定に組み込まれていた……この状況を作り出すためにオウグス殿本人が提案していた』
「この状況……?」
『そう、オウグス殿の仮説通りだ。悲しみに暮れるよりもオウグス殿の決死を見ろ。大蛇の攻撃が止んでいるのは誰のお陰だ』
「!!」
……きっかけは二年前のベラルタで起こったとある事件の話になる。
ベラルタの地下に広がっていた『シャーフの怪奇通路』と呼ばれる"自立した魔法"が魔法生命ミノタウロスに乗っ取られた事件だった。
乗っ取られた影響によって"自立した魔法"の核であるシャーフ・ハイテレッタというかつての使い手がまるで蘇ったかのように活動しているのが記録されており、オウグスにとって魔法生命に初めて干渉する事件でもあった。
シャーフという"自立した魔法"の核に過ぎないはずの存在が明確な意思をもって活動している姿、そして血統魔法に時折意思のような呼応が見られるケースを踏まえてオウグスはとある仮説を立てた。
――"自立した魔法"の発生は使い手の意思が影響する。
創始者達の血統魔法が揃って"自立した魔法"となって残り続けていたのは"現実への影響力"が高かったからではなく、使い手である創始者達にそれだけ強い意思があったからなのだと。
……肉体があっては魔法生命の呪詛に耐えられない。
頭に浮かぶベラルタを守る最良の選択肢。
自分の望むものはもうベラルタに、そして生徒達にちゃんと宿っている。
ベラルタを守れれば、自分の意思は必ず次代の人間に引き継がれていくのだと。
【何だこれは……! 我等の力が……いや、消えたわけではない。一体――!?】
「第五! 放てぇ!!」
【!!】
【ちい!!】
自身に起こる変化に戸惑いを見せる大蛇に向けて討伐部隊の血統魔法が七つ放たれる。
狙いは眼球を負傷し、魔力によって再生途中の伍の首。
反撃しようにも今までのように能力が使えない。正確には、使えているが"現実への影響力"を発揮できていない。
伍の首は膨大な魔力を外皮に注いで防御せざるを得ず、七つの血統魔法は大蛇の鱗を傷付ける。
"んふふふふ!! 無駄だよ無駄無駄!! ベラルタは私の世界! 私の夢!! 君が死ぬまで足を引っ張ってやるとも! おっと、足は無かったか! んふふふふふ!"
大蛇に届くオウグスの声。
死んだはずだ。殺したはずだ。壱の首の下にはまだこの人間をトマトのように破裂させた微かな感触が残っている。
大蛇の異常を心底から喜ぶ不快な声と耳障りなステップを踏む音が呪いのように鳴り響く。
【『火裁・灼炉』】
唐突に、火属性を司る壱の首が裂かれたような口を大きく開いて唱える。
狙いはベラルタの外。何もない草原向けて火炎が放たれた。
【やはりか……!】
あれだけ使おうとしても形にならなかった自分の能力がベラルタの外に向けて使えた事で大蛇は確信する。
そう……いくらオウグスが優秀な魔法使いといえど、大蛇の能力のほとんどを封じるなどという都合のいい"自立した魔法"など残せるわけがない。出来るのなら創始者の誰かが直接封じたほうが楽だろう。
つまりこれは――
【この街……ベラルタに向ける能力の"現実への影響力"だけが封じられている――!!】
人間があっさりと市街戦に切り替える作戦をとった理由を大蛇は悟る。
いくら隠れる場所が多いからと、建物を壊した瓦礫一つであっさり死ぬような人間がわざわざこの巨体を前に市街戦を仕掛けようとする理由。
この"自立した魔法"前提の作戦であれば納得がいく。
感情によって天候に影響を与える規模、そして使う力は災害そのもの。人間だけをピンポイントで狙える力は数える程しかない。
街に踏み入った今、大規模な能力の行使はベラルタへの攻撃と同義……強過ぎる力がオウグスの残した"自立した魔法"によって足枷になる。
"んふふふ! 言っただろう? ベラルタは私の世界だとね!"
【だが"自立した魔法"には核がある。我等が知らぬと思ったか? 貴様が死んだ場所を考えても遠くにあるはずがない。それさえ破壊すればいいだけの事!!】
【おい我等……これは……】
【あの人間……!】
他の首からの情報が伝わり、捌の首がオウグスの残した"自立した魔法"の核の場所に気付く。
そう、見つけた。見つけたのであれば後は破壊すればいい。
必ずしも"自立した魔法"の力が完全に消えるわけではないが少なくとも耳障りな声は聞こえなくなるし、魔力の供給源が無くなるでの弱まるのは間違いない。
……あくまで、破壊できる場所にあればの話だが。
大蛇が観測した核の場所は最悪の場所にある。
"私も学院長と呼ばれる身だ。君にも教授してあげよう。闇属性の主な特性は"浸食"……相手の魔法に干渉し、蝕む属性だ。そして私の血統魔法はその最たるもの。相手の魔法に干渉しまくるし、覚醒もしている極上の闇属性魔法さ。だから……思い切りやってあげたよ"
【き、貴様……! 貴様ぁ!! 人間ごときが、我等の……我等の――!!】
"言ったはずだ。死ぬまで足を引っ張ってやるってねぇ?"
大蛇はすぐさま見つけた。オウグスの"自立した魔法"の核。耳障りにもずっと聞こえてくる声の発生源。
声が近くて当然。大蛇の漆の首……闇属性を司る首の核と一体化しているかのように、オウグスの"自立した魔法"の核は食い込んでいた。
【こんな……我等の首を……! 人間など我等の玩弄物に過ぎない存在が……!】
【なんという屈辱……! 汚泥よりも汚らわしい!! なんだこいつらは!!】
ベネッタによる肆の首の破壊から続く人間の抵抗に捌の首以外の首が狼狽する。
ここに集まっているのは自分の敵になり得ない存在ばかり。アルムが来ない以上警戒すべきはカエシウスのみ。
だというのに、だというのに……矮小なはずの人間に立て続けによって不快な出来事が起きている。
「【天鳴の雷女神】!」
「【生き食みの妖槍】!」
「【暴走舞踏灰姫】!」
【ぬ――!?】
狼狽を見せたその刹那、討伐部隊に紛れていたサンベリーナとフラフィネ、そしてエルミラが飛び出す。
狙いは当然――!
【我等よ! 下だ!! 核を狙われているぞ!!】
【なに!?】
「眼だけじゃ寂しいでしょ!?」
討伐部隊の攻撃によって鱗を破壊さればかりに加えて、エルミラの攻撃によって片目を焼かれた伍の首。
片目が無い分反応が遅く、首を守る鱗は先程の攻撃で砕かれている。再生もまだしていない。
他の首が反応するがどうしてもベラルタを狙う形になってしまう。
【まずい! 能力が使えない分反応が遅れて――!】
「いけサンベリーナ! フラフィネ!」
「言われずともですわ!」
「こんなチャンス逃すほど馬鹿じゃないし!」
四本の腕を持つ女性型の巨人が首の肉を切り刻み、フラフィネはその傷を広げるように巨大な槍を突き立てる。
二人の血統魔法によって裂かれたその傷から、エルミラはありったけの灰を注ぎ込んだ。
「――"炸裂"」
伍の首の根本辺りがぼこぼこぼこ、と膨れ上がり――次の瞬間、肉と黒い血を撒き散らしながら爆散する。
【ぐぎゃああああああああああ!!】
悲鳴と共に伍の首は消えていき、降りかかる肉と黒い血をエルミラは全て燃やして灰へと変える。
そのまま灰をドレスのように纏い、突き立てたヒールの音が高らかに響き渡った。
「来なさいよ糞蛇。それとも……遠距離で攻撃できないと人間が恐いのかしら?」
【図に乗るなよもどき女。首二本程度で勝ち誇るめでたい頭蓋の中身を啜ってやろうか?】
大蛇の首は残り六本。内一本はオウグスにより侵食。
全身から放たれる呪詛の影響は変わる事無く――それでも人間の決死の抵抗は続く。見えるかもしれない勝機を離さぬように。
【教えてやろう。我等の本質は魔法ではなく、呪いだということを】
今まで目立った動きを見せていなかった捌の首がもたげる。
鬼胎属性を司る捌の首――ベネッタすら拘束を避けた他よりどす黒い魔力を纏う本体が動き出す。




