799.星生のトロイメライ7
【一掃を止めるというのならただ手数で圧倒しよう】
大蛇の首が討伐部隊に向けられる。
果敢にも距離を保って血統魔法の準備をし続けるマナリルの精鋭だが……ぎょろりと巨大な瞳が向けば怯むのも無理はない。
【有象無象の魔法は集中してようやくかすり傷……対して我等の力は必殺……。本当に天秤が釣り合っていると思っているのか?】
大蛇の全ての首が口を開き、討伐部隊や空にいるミスティ達に向けて一斉に魔力を放つ。
信仰以外の八属性による魔力の流星群。
能力ではなく圧倒的な魔力量から放たれるただの魔力の弾丸。人間でいうところの無属性魔法『魔弾』と変わらない。
色とりどりの魔力光を放つ魔力が悪意とともに降り注ぐ。
「防御魔法展開!」
「展開!!」
討伐部隊は小隊ごとに防御魔法を展開する。
小隊の人数は十人前後。当然、防御魔法に長けた人材も組み込まれている。小隊ごとに防御魔法を展開し、降り注ぐ魔力を弾いた。
即座に破られる様子もなく、どの小隊も小隊全体を守れる防御魔法を展開していて被害はない。
怪物の行動に即座に対応できている自信が伝播し、討伐部隊全体はさらに戦意に昂らせるが――
「いかん! 誘導されている!! 総員後退! 距離を取れ!!」
状況に危機を覚えたのは指揮官であるクオルカ。後退を促す。
この戦闘が対人間相手ならば完璧だっただろう。だが相手は人間ではない。
どれだけ防いでも、どれだけ魔力を弾いても……大蛇の魔力は途切れることなく討伐部隊に降り注ぐ。
いくら討伐部隊の魔法使いが精鋭だからと、いつまでも防御魔法を展開できるわけではない。魔力を弾いていた防御魔法は次第にひび割れ、魔力の弾丸という単純な物量に押されていく。
「手数で、圧倒される……!」
「あ……う……!」
「う、うあああああ!?」
降り注ぐ魔力の雨を防いでいる間、大蛇が動かないなどとは言っていない。
大蛇は口内から魔力を勢いよく散布しているだけ。動きに支障がでるはずもない。
防御魔法を展開する事で速度の落ちた小隊の一つに向かって大蛇の弐の首……雷属性を宿す首がしなやかに動く。
魔力が渦巻く赤黒い口内はさながら死後の世界への入り口。並んでいる白い牙のどれもが人間を絶命させる刃となって襲い掛かった。
「【天鳴の雷女神】!!」
「【生き食みの妖槍】!!」
向かってくる弐の首の横から、二つの血統魔法が突き刺さる。
討伐部隊と同じように馬を駆り、独自に動いて地上のフォローをし続けていたサンベリーナとフラフィネの血統魔法が大蛇の首の軌道を逸らした。
「かった……い……!!」
「鱗を削るので精一杯だし……!」
二人の血統魔法はがら空きの頭に突き刺さったにも関わらず、弐の首に大したダメージはなかった。
鎧のような黒い鱗を剥ぎ取り、牙に多少の傷はつけるもルクスやエルミラのように肉に当たる部分に魔法が届いていない。
魔法使いの切り札たる血統魔法を使って攻撃の軌道を逸らすので精一杯……その結果に二人の表情は嫌でも歪む。
【……まともな羽虫もいるにはいたか】
二人への大蛇の評価は障害ではなく羽虫。
鬱陶しくも優先して敵意を向けるほどの価値は感じない。
他の首がミスティやルクスを警戒しているのに比べてサンベリーナとフラフィネへは一段落ちる。
障害にはなり得ないが鬱陶しくはある。人間が虫を払うように、弐の首は雷を纏って二人へと牙を剥いた。
「しっかり捕まりなさいフラフィネさんっ……! 【天鳴の雷女神】!!」
向かってくる弐の首に向かってサンベリーナは続けて血統魔法を展する。
四本の腕全てに剣を持つ女性型の巨人が襲い掛かってくる大蛇の頭を受け止めた。
サンベリーナの血統魔法の本質は防御魔法。これ以上無い使いどころではあるが、いかんせんサイズが違う。
大蛇の頭が十メートル以上あるのに対してサンベリーナの血統魔法は絞り切るように"変換"しても七メートルが限界。
女性型の巨人は大蛇に食われるようにしながら、弐の首の突進を後退りながら耐えていた。
「っ……! っご、ぶ……ああああああ!」
「踏ん張れサンベリっち!!」
ぶるぶると体を震わせながらサンベリーナは突進の衝撃に耐える。
馬車に轢かれるような衝撃が血統魔法を通じてサンベリーナを襲っているが、サンベリーナは崩れない。
フラフィネは他から助けを期待するが、大蛇による魔力の雨はまだ止んでいない。他の首の対応に追われて期待できないような状況だった。
【がががが! いつまでもつかな!】
「第四! 放てぇえ!!」
【む!?】
サンベリーナの血統魔法がひび割れ限界が近い事を示す中……サンベリーナとフラフィネに助けられた小隊から複数の血統魔法が弐の首に向かって放たれる。
頭に向けて集中させた血統魔法は纏っている雷の魔力を破り、サンベリーナとフラフィネに襲い掛かる弐の首の軌道を逸らす。
「かはっ……! はっ……! はっ……!」
「助かったし!」
フラフィネは第四と号令をかけていた小隊に会釈をするとサンベリーナの代わりに馬の手綱を握る。
サンベリーナは二回連続で血統魔法を使ったせいもあって、肩で息をしている。その姿に普段のうっとうしいほどの自信満々さはない。
見上げれば弐の首は複数の血統魔法の斉射によって傷こそ負っているが、大したダメージはないように見えた。
「このままじゃジリ貧だし! 何とか状況変えられないの!?」
サンベリーナの消耗を見てフラフィネが通信用魔石に叫ぶ。
サンベリーナだけでなく、魔力の雨に耐えている討伐部隊全体を見れば大蛇の行動一つに対してこちらの消耗が大きすぎるのは明白。
このままでは大蛇の能力ではなく、ただ魔力差だけで圧殺されてしまう。
「何とか大蛇の核を破壊しないと……! 首一つ破壊するだけでも戦況を一変できる!」
「そうしたいけど……! 核狙うってなったら私達の動きは警戒されてる!! それに破壊するには大蛇が固すぎる……!」
ルクスとエルミラは共に違う場所から大蛇を見るが、大蛇の警戒は常にミスティ含めた三人に向けられている。
討伐部隊による血統魔法は大蛇に傷こそつけているものの、一斉掃射しなければ有効打にならない。核以外の場所で受けさえすればいいためか大蛇の優先度は依然としてミスティ、ルクス、エルミラの三人だ。
対魔法生命に慣れており、単独で核まで攻撃を届かせられるこの三人にさえ警戒していれば少なくとも致命にはならないと大蛇は理解している。どれだけ攻撃されてもその余裕が崩れないのはそのためだろう。
【がががが! 踊れ踊れ! 踊り続けばそれだけ支配は遠のくぞ! 無駄な奇跡を信じながらせいぜい我等を愉しませるがいい!】
大蛇がすぐに一掃しないのもその余裕から。
人間の決死の抵抗を笑いながら踏み躙る結末が人間を支配する際に楽になると考えているのかもしれない。
ただ魔力を放つだけで討伐部隊の陣形はすでに崩れ始めていた。
「おいどうする!? お前らがどうにもできねえならこのままずるずる死ぬだけだぞ!!」
「わかってる……! 首全てに違う属性が宿っているせいでミスティ殿を攻撃に回しても手数が足りない……何とか一つ……一つでも破壊できれば……!」
ルクスとヴァルフトを乗せた白い鳥は大蛇が放つ魔力の雨を何とか躱しながらも一定の距離を保つ。
【雷光の巨人】の射程範囲は広くない。射程外に追いやられればそれだけ核の破壊も遠のいてしまう。
思考を巡らせ、討伐部隊の陣形が徐々に歪になっていく様子に焦りを見せ始めると、
『ルクスくんー、ボクに任せてー』
通信用魔石から聞こえくる間延びした声がその焦りを吹き飛ばした。
全員に芽生え始めた焦燥感を溶かすような、ゆっくりと落ち着いたベネッタの声だった。
「べ、ベネッタ……?」
『もっと重要な場面でとか思ってたけどー……そんな余裕無いよねー。出し惜しみはなしでいかないと』
ルクスはログラと共に負傷者を待っているはずのベネッタがいる城壁のほうを振り向く。
『でもボクは核の破壊はできないからー……みんな、後は頼んだよー?』
通信用魔石で顔は見えずともベネッタが笑顔なのがわかるような声だった。
ベネッタが何をする気なのか……そんな事は聞くまでもない。
「ヴァルフト! しっかり合わせろ!! チャンスはきっと数秒だ!」
「お、おお!」
「――っ! ベネッタ……!」
ルクスとエルミラはベネッタの意図を察して魔力を"充填"する。
自分にとっての最大火力を最速で。ベネッタが必ず作る隙を信じて待つ事に決めた。
「へへ……見てなよー? ボクだって力を貸せるようになったんだから」
城壁の上でベネッタは満面の笑みを浮かべる。
魔法で作り上げた目で感じ取る友人達の背中は遠くとも、横並びで一緒に戦っている充足感がベネッタを奮い立たせていた。




