798.星生のトロイメライ6
「全体の防衛はミスティ殿と学院長含めた教師陣が対応すべきだと思います」
――大蛇の本体をファニアが確認した時のベラルタ魔法学院の一室。
大蛇迎撃線の主力となり得るベラルタ魔法学院の三年生七人と教師陣、そして討伐部隊の指揮を務めるクオルカが集まり、迫る大蛇に対して話し合う中……ルクスは切り出した。
「私とログラはともかく、ヴァンも防御に回すのかい? "飛行"もできる貴重な風属性の攻撃魔法の使い手だ……私が一番信頼する魔法使いでもある」
「学院長、その信頼は対魔法生命においても同じですか?」
生意気ともとられかねないルクスの直球にオウグスはふむと顎に手をやった。
確かにオウグスのヴァンへの信頼は対人での戦争もあるが、それよりもこの学院で同じ志を持って働いているという人間関係に起因する。ルクスの指摘通り、相手が大蛇という事を考えると意味が無い。
「ヴァン先生は魔法使いとしては自分よりも上でしょう。一対一で戦えば分が悪い……ですが対魔法生命においては違うはずです。ヴァン先生は魔法生命に対して有効打を与えた経験が無い」
「遠慮が無くて結構。それでこそだルクス。ルクスの言う通り……俺は魔法生命との戦闘を経験しちゃいるが有効打を与えられた事が無い。大百足の時もアルム達のサポート、大嶽丸の時もだ。他の連中よりはましってだけだな」
ヴァンは不愉快そうにするわけでもなくむしろ嬉しそうだった。
対大蛇において必要なのは家の格や二十年前の名声ではなく、魔法生命に対して有効な攻撃を行えるかどうか。
ベラルタ魔法学院の方針は実力主義。対魔法生命においての実力は間違いなくミスティやルクス達のほうが上なのは言うまでもない。それを物怖じすることなく言い切ったルクスは間違いなくこの学院の理念を正しく受け取っている。
「僕達よりも経験が上で後方から戦場を俯瞰した時の判断力も高いというのも理由です。有効打になり得る僕やエルミラは大蛇に近付く必要がある。全体を見て危険を判断するのはどうしても難しいし、攻撃は僕達のほうを向く……戦場を俯瞰して指示を飛ばせる人間は多いほうがいい」
「それは間違いなくそうね」
「本当はミスティ殿も攻撃に回ってもらいたいけど……大蛇の能力がわからない以上、大蛇の大規模攻撃を防ぐために防御に回ってもらうしかない。創始者と同レベルの"現実への影響力"を引き出せるのが現代ではミスティ殿しかいないからね」
「お任せを」
ミスティも同意見なのか首肯する。
大蛇の能力がわからない以上、一撃で討伐部隊が全滅……などというシナリオを防ぐためにもミスティは大蛇の攻撃に対するカウンターとして置くしかない。
「ミスティ殿と学院長の世界改変を主軸にヴァン先生とログラ先生が局地的なサポートをする……これが討伐部隊の生存率と継戦能力を最大限引き上げられる配置だと思います……あ、ログラ先生の血統魔法を把握していないのでその点は自分の口からは何とも言えないのですが……」
しまった、と見落としていた要素にルクスは気付いて申し訳なさそうにログラのほうを見るが……オウグスが噴き出すように笑い始めた。
笑いすぎですよ、とオウグスを窘めるように言いながらログラは優し気な表情をルクスに向ける。
「いいえ、私のはオウグス殿やヴァン殿のように大した血統魔法ではありませんので問題ありませんよ」
「は、はぁ……?」
「んふふふふ! 本当に大した魔法じゃないんだよログラのは!」
「オウグス殿?」
「はい」
「ぶふっ!」
笑っていたオウグスの笑い声がぴたっと止まる。
すん……と急に落ち着いたオウグスを見てベネッタは耐え切れずに吹き出した。
定番の流れなんだろうなぁ、と教師陣の素を垣間見ながらルクスは話を続ける。
「ベネッタは大蛇が感知範囲に入ったら核の確認だ。これも君くらいしかできない」
「ま、任せてー……ふふっ……」
「つぼりすぎでしょあんた……」
「うふふ」
笑いが治まらないベネッタは置いておいてルクスは続ける。
「エルミラと僕は大蛇への火力役だ。とはいっても、僕達で大蛇を倒さなければというわけじゃない。討伐部隊の血統魔法を核に届かせればいいから……」
「大蛇の狙いを集中させるための囮役ね」
「ああ。集まった人間の中で僕達が一番の脅威だと思わせて攻撃を集中させれば守りやすくもなる。危険ではあるけど、討伐部隊に混じって戦うよりも全体の生存率は上がるはずだ」
ルクスとエルミラは当然のように一番危険な役目を引き受けると、サンベリーナが扇を広げる。
「であれば、私達はあなた方のフォロー役が適任ですわね?」
「後方で全体を防御するミスティ殿や学院長達とは他に僕達と一緒に大蛇に接近しながら僕達をフォローできる人が必要だからね。鬼胎属性を考えると対魔法生命経験者にしかそれができない。サンベリーナ殿とフラフィネくんも必然的に攻撃に回ってもらう形になるだろうね。
ヴァルフトは僕を乗せて欲しい。狙いを地上ではなく空に集中させるためにも機動力の高い"飛行"ができる魔法は必須だ」
「くはははは! 一蓮托生だなおい!」
「何で笑えるし……」
ルクスとエルミラと同様にサンベリーナ達も危険な役目をあてられるが、誰も文句を言うわけでもなく反論も無い。
ルクスは同意を求めるようにクオルカをちらっと見るとクオルカも首肯した。
「討伐部隊の動きは父上にお任せします。この点は僕が口出しするより父上や学院長達の経験をあてにしたほうが確実にいいですから」
「魔法生命に関しては君達が。部隊運用については我々が。人に合った役目が各々ある。それでいい。こちらは任せて貰おう」
「はい、お願いします」
ルクスはクオルカに頭を下げるとそのまま止まった。
「……僕にはこれが正しいのかはわかりません」
か細い声が静けさを揺らして集まった全員に伝わる。
頭を下げたまま呟きはこの場に集まった人間にだけに漏らすルクスの不安だったのかもしれない。
「それでも、親友を救うためにはこうするしかないとは思っています。これは僕の我が儘でしょう……この中の誰かが死ぬ事になるかもしれない。そうなった時はどうか僕を呪ってほしい。アルムを連れてこないという作戦に変えさせた僕のことを」
弱音のようなものを漏らしたかと思えば、頭を上げてルクスはそう言い放つ。
親友の確実な死を避けるために、この場の全員に死の可能性を背負わせる事を選んだルクスは全ての恨みを自分に向けろと覚悟を口にした。
「はぁ……」
そんなルクスにエルミラは肩を竦めてため息を漏らす。
ミスティとベネッタは呆れたように顔を見合わせ、サンベリーナとフラフィネ、ヴァルフトの三人は苛立ちを表情に浮かべながら立ち上がった。
「え? あれ? みんなどうし……いたい! いだっ! いだだ! 何でみんなで殴るんだい!?」
「あんたが馬鹿だからよ」
ミスティ達全員からルクスは殴られて、話し合いは終わった。
教師陣は青春だねぇ、とその光景を見届けるだけで止めるわけでもなく……父親であるクオルカは痛快に笑いながら見続けていた。
【がががが! 流石ネレイアを殺しただけある!】
大蛇が引き起こした洪水のごとき水量は一瞬にして迫力ある氷像へと変わった。
今まさに巻き込まれそうになった討伐部隊も味方であるカエシウス家次期当主――ミスティの頼もしさに喝采に近い歓声を上げる。
あわや全滅、生き残っても相手が災害だという絶望に呑み込まれそうになった窮地をミスティは何とか乗り切った。
氷となった波は砕け散り、魔力となって霧散する。
冷えた空気の中、大蛇とミスティの視線が交差した。
「私がいる限り……そういった能力は全て氷に変わると思ってもらいましょうか」
ミスティの頭上に輝くは白い王冠。
血統魔法を完成させ、"現実への影響力"を限界まで引き出した王の証が輝く。
ミスティも大蛇も町一つを呑み込みかねない規模の魔力を行使したにも関わらず……その魔力は未だ尽きることもない。
【アルムがいない今……やはり貴様が最後の障害となるか】
【あの男がいないのなら時間の問題だというのに足掻く足掻く!】
【逃げ出した愚か者の代わりを数で補うか。がががが! 人間らしい醜さだ!】
【歪! あまりに歪! 個としての差異を求めるにも関わらず誰かの代わりを果たそうとするとは! そんなに逃げ出したあの男が大事か? それともあの男が駆け付けると願望を抱いて待っているのか?】
大蛇の首が口々に笑い出す。
その声には明らかに余裕が含まれており、アルムが今この場にいない事を煽るように問う。
人間を見下す姿勢は神に近い神獣ゆえか。それとも人間への蔑みか。
魔力を帯びた声から伝わる感情には軽蔑がある。
「代わり……? 願望……?」
ミスティはそんな大蛇の声を笑い飛ばす。
アルムを持ち出された事で普段見せないような感情に火が付いた。
「あなたにはわからないでしょうね……自分よりも大切な誰かを死なせたくないと思う心が。私達はアルムに来て欲しいなど誰も思ってなどいませんよ」
【がががが! だから弱い。だから滅びる! 欲望を掲げながら利他的な在り方を是とする生命としての欠陥が貴様らの繁栄の限界なのだから! 貴様らの言葉で言うならば綺麗事とでもいうか?】
「弱いからこそ、その綺麗事を為すために一歩……また一歩と人間は歩むのです。その在り方は決して欠陥などではありません。そうやっていつか、人間はきっと理想に辿り着く」
ミスティの瞳が青く輝く。
魔法に刻まれた意思とミスティが溶け合って真の姿へと変わる。
「『それを否定する者に……私達の世界は渡さない』」
【たった一人で我等の足下に辿り着いた程度で吠える吠える……だが無駄な足掻きというのは存外、余興としては面白いものだ】
大蛇は嗤う。
障害にはなれど自分の敵にはなり得ないと……人間の決死に大蛇は唾を吐いた。




