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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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794.星生のトロイメライ3

「ファニア達からの連絡は?」

「それが……依然として連絡はありません……」

「くっ……! 一人は逃亡、一人は音信不通……我が国の宮廷魔法使い二人を送り込んでもまともに情報すら得られないのか……!」


 マナリル王都アンブロシアの作戦会議室にてカルセシスは表情を歪ませる。

 大蛇(おろち)出現の報告から丸一日経ったが、定期報告が届かない。

 斥候として送り込んだダミアンは逃亡したのが判明しているが、ファニアは作戦開始以降の連絡がただないだけなのがカルセシスの不安を助長する。

 大蛇(おろち)に通信を妨害する力があるのか、それとも……ファニアの部隊は戦死したのか。後者は想像したくもない。


「ダブラマには妨害用魔石というのがあったな。カンパトーレの介入の可能性は?」

大蛇(おろち)の出現位置判明から今日までカエシウス家当主であらせられるノルド様が北部の貴族を纏めて主要ルートを見張っておられます。感知魔法によって転移魔法も警戒されているでしょうし、恐らくその可能性は薄いかと……」


 カルセシスは苛立ちを抑えるために大きく息を吐く。

 今会議室にいるのはカルセシスとラモーナ、そして各地からの通信を迅速にカルセシスに繋げるために通信用魔石を常に起動させ続けている魔法使いの面々……漂う緊張は半端ではない。

 しかしその緊張とは裏腹に通信用魔石に連絡は届かない。

 大蛇(おろち)侵攻中に攻撃を担当するファニアの部隊、そしてベラルタへのルートを含めてその経過を報告するために斥候を務める少数の部隊を送り込んでいるのだが……どの部隊からも連絡が無い静けさが今この場では残酷だった。


「送った部隊の総数は?」

「宮廷魔法使いファニア・アルキュロスの部隊がファニア含めて三十。同じく宮廷魔法使いダミアン・ロートヴォーが率いるドラーナに送り込んだ斥候が八名……こちらは全員逃亡したと見られます。

王都からはポイント61に三名、ポイント43に四名ほど感知魔法に秀でた者を送っていますが……いずれからも連絡はありません」

「……ラモーナ、食われたと思うか?」

「いえ、ダミアンの部隊の様子から見るに……全員逃亡したと考えるほうが自然でしょう。ファニアはわかりませんが……」

「ううむ……」


 カルセシスが唸る。自分が何もできないもどかしさがそうさせていた。

 国の窮地だからか、王らしくない自分を隠そうとする気が薄くなっているような気がする。

 これではいかん、と背筋を伸ばした。国の長である王が狼狽えては周りの人間も不安になってしまう。


「ベラルタから通信です」

「繋げ!」


 静かな会議室を破るかのように一人の魔法使いの魔石が光る。

 迎撃の要であるベラルタからの通信からとあらばなおさらだろう。

 カルセシスの通信用魔石に通信が繋がると、


『んふふふふ! 陰気臭くなってないかーい? カルセシス!!』


 会議室に漂う緊張感も破る軽薄な声が会議室に届いた。



















 マナリル王都地下牢獄。ここには情報など届かない。

 いつものように最低限の明かりだけで薄暗く、牢が並ぶ通路を警備兵が巡回している。

 外界と切り離されているような場所だが、それでも少数の人間……魔法生命に触れた人間は異変に気付いていた。

 それは当然、囚人としてではなく守るためにここに隔離されているアルムも例外ではない。


「……」


 アルムは牢獄の中でうずくまりながら顔を伏せていた。

 警備の兵士が牢を覗き込み、アルムが牢の中にいる事を確認する。

 その瞬間、アルムは顔を上げて立ち上がった。

 中でアルムが動いた事で警備兵が驚き、あやうく声を上げそうになった。巡回の際、いつ覗いても同じような体勢でうずくまっていたアルムが今日に限って動きを見せたのだから仕方ない。


「どうした。何か用か?」


 檻越しに、警備の兵士は警告する。

 アルムは口枷を着けられているが警備の兵は当然魔法を唱えたい放題だ。

 警備の兵士と一口に言っても、ここに所属されるのは当然王城での勤務を許される魔法使い。万が一脱走した囚人を魔法で捕える役目もあるため、拘束魔法に長けている者ばかりだ。口枷のせいで魔法を唱えられないアルムがどうこうできる相手ではない。


「……」

「おい、動くなよ」


 警告されながら、アルムは警備の兵のほうへと歩を進める。

 ゆっくり。ゆっくりと。

 警備の兵は一瞬、ストレスによる心神喪失を疑ったが、アルムの目を見てその可能性が捨てた。

 アルムの目はあまりに真っ直ぐで数週間閉じ込められているとは思えない力強い意思が宿っている。

 どうしてそんな目ができるのか? 新たにそんな疑問が頭によぎる。

 より一層、兵士の警戒を強めた。


「悪く思わないでくれよ。君が囚人ではないのは我々も知っている。だが君の動きには注意しろと言われて――」


 そこでアルムの目が少し優しくなる。

 口枷の下で薄っすら微笑んでいるのがわかるような。

 しかし、その視線が自分に向いていない事に兵士は気付いた。

 むしろ、自分の背後に向けられているような?

 そう思って兵士が振り向いた時には……遅かった。


「むぐう!?」


 タコのようなぬめる足が兵士の口を塞ぐ。

 兵士はもがくが体全体がその足に絡めとられて一瞬で身動きがとれなくなった。

 暴れながら牢を蹴り、物音を立てるが……他の警備の兵士が駆け付けてくれる様子はない。


「ごめんね。このエリアの兵士は全て気絶してもらいました。数分したら他の人が来るだろうからその時に助けて貰えるはずよ」

「う……ぐ――!!」

「でも安心して。君達が悪いわけでも、私達が悪い事をするわけでもないからね」


 その言葉を聞きながら兵士は気絶する。

 兵士に絡みついたタコの足はゆっくりと兵士を横に寝かせると……その姿を変えて一人の女性へと変貌した。

 その女性の手には二本の鍵が握られている。その内の一本の鍵をアルムの牢の檻に差し込むと、かしゃん、という音を立ててアルムが入っていた牢は開いた。


「ベストタイミングでした?」


 アルムの牢を開けた女性はアッシュブラウンの髪を揺らしながらアルムの口枷にもう一本の鍵を差す。

 口枷を外すよりも先にアルムが頷いて、女性は嬉しそうに笑った。


「いると思ってたよクエンティ」

「あなたが牢に入ってからずっとお傍で見守っていましたから」


 アルムの牢を開けたのはクエンティ・アコプリス。

 数ある魔法の中でも変身を最も得意とする元カンパトーレの魔法使いであり、今はマナリルに寝返っている女性だった。


「でもよかったのか? せっかくカルセシス様やラモーナ様に気に入られてるのに」

「問題ありません。私が仕えるのはマナリルではなくアルム様です」


 アルムが口元を気にしながらそう聞くと、クエンティは自然にその場に(ひざまず)く。


「あなたが名前を呼んでくれたのなら私は星の裏側にも駆け付けましょう。私の主人はあなただけです。あの日、敵だった私を助けてくれた時からずっと」

「前から思ってたが……お前は恩を感じ過ぎだ」

「でも、そのおかげで助かったでしょう?」

「おっと……痛いところをつかれたな……」


 困ったように頭を掻くアルム。

 その様子を見て、クエンティは安心したように微笑んだ。


「もう、大丈夫ですか?」


 アルムが牢獄に入ってから、クエンティはずっとアルムを見守っていた。

 牢獄の中で死んだような目を浮かべ、時に声を押し殺しながら泣いていた少年がもがく姿はあまりに痛々しく……目を逸らしたい時もあったがクエンティはずっと見守り続けていた。

 いざとなれば自分がアルムをここから連れ出し、遠い場所へ逃げようと決意して。

 大蛇(おろち)の目も届かない遠い場所で一緒にゆっくりと死んでいくのも悪くないと本気で思っていたが、数日前に状況は変わった。

 アルムがとある友人に面会を求めた時からその目が蘇っていた事にクエンティは気付き、アルムが行動を起こすのを待っていたのだ。


「ああ、情けない姿を見せて悪かったな」

「いいえ……いいえ。それでこそ私の魔法使いです」

「……結構一人で泣いてたぞ?」


 地下牢獄の出口へと歩きながら、アルムは照れくさそうに問う。


「人間はすべからく弱いもの……恐怖に怯えながら自分と向き合い続けたあなたを誰が見損なうでしょうか」

「クエンティ……」

「行きましょう。あなたのお友達に話はつけています」


 クエンティは地下牢獄を出る扉の前でその手足を先程と同じようにタコの足に変身させる。

 自由な変身こそが『見知らぬ恋人』と呼ばれる魔法使いクエンティの真骨頂。

 クエンティは扉を勢いよく開くと同時に、外にいた警備の兵士達をすぐさま拘束した。

 中から襲撃されるとは思っていなかったのか、扉の前を守っていた兵士二人はすぐにクエンティによって気絶させられる。


「行きますよアルム様! あなたの歩む道……まずはこのクエンティが切り拓きます!!」

「ああ頼む! 俺をベラルタに送り届けてくれ!!」


 クエンティの手引きによる地下牢獄からの脱走。

 立ち止まっていた少年は今再び歩き出す。

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― 新着の感想 ―
[一言] クエンティほんといい子だわ アルムが居なくなった後はどうしてるんだろ?
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