793.星生のトロイメライ2
「"現実への影響力"観測! た、対象大蛇ダメージ軽微!」
ファニアが率いる部隊の観測班による報告により、宮廷魔法使いの中でも武闘派であるファニアの血統魔法でダメージ軽微という事実が部隊全体に動揺を生んだ。
部隊員の総数はファニアを合わせて三十。今回の対大蛇に向けて選ばれた者達だが、それでもファニアに劣っているのは間違いなく、多少の動揺は必然と言える。
しかし、当の血統魔法を放った本人であるファニアは一片の動揺も無い。
むしろ勝機ありと言わんばかりに鋭い目付きはそのままに口元を緩ませた。
「無傷ならともかく軽微という事は通じているという事だ。何を戸惑う事がある。私の第二射に合わせて攻撃班、遠距離血統魔法"充填"準備。一斉攻撃により迎撃の気勢を削ぐ」
淡々としたその命令で部隊全体の動揺は収まった。
……最年少宮廷魔法使いというファニアの肩書きは尊敬と侮りどちらも生む。
実力ではなく、若いという一点で侮る愚か者がいるからだ。今回ファニアが率いる部隊は対大蛇のために各地から集められた混成部隊。その中には多少なりともファニアを侮る者もいただろう。
だが、ファニアの今の姿を見て彼等の中の侮りは消えた。
部隊に伝播しかけた動揺を落ち着かせる一声。それは確かな実力とカリスマによるもの。
「総員、狙いは私の魔法の行く先だ。外れるかもしれないという不安や魔力を温存しておこうなどという甘い考えどちらも捨てろ。少しでも構築を緩めればただ魔力の無駄遣いになる可能性が高い。常に最大火力を叩きこむつもりで臨め!」
「了解!!」
「了解しました!!」
狙いと注意事項をそれとなく伝えながら士気を上げる。
最も強大な敵を前に、ファニアは次代を牽引する魔法使いに相応しい器となった。
「"放出用意"。三、二、一……【夜空駆る光華】!」
魔法名を唱えると共にファニアは構えた剣を勢いよく突き出す。
今度は雷ではなく炎属性の"変換"。放たれるのは空気を穿つ火属性の熱線だった。
ファニア・アルキュロスの血統魔法【夜空駆る光華】の強みは魔法に対する解釈の自由度だ。
使い手が体に纏えば魔法と共に高速で移動できる魔法となり、剣に纏わせれば小回りが利く魔法となり、纏わずに放てば超長距離への攻撃が可能な魔法となる。ファニアの特異体質である二属性の"変換"によってこの血統魔法はさらに自由度を増すのだ。
大蛇の侵攻を妨害する危険な部隊を任されたのもこの自由度とその全てを余すことなく使いこなせるファニアの腕あってこそのもの。攻撃に使うも撤退に使うも自在なこの血統魔法を持ち、魔法生命の脅威を知るがゆえに正確な判断が可能なファニアだからこその大役だった。
「攻撃班! 続けぇ!!」
空気を震わせるファニアの号令に続いて、後列の魔法使い達も血統魔法を唱えた。
ファニアの熱線を追うように放たれる攻撃班八名による血統魔法。
巨大な水の槍、岩石の槌、光の弓矢に荒れ狂う風の剣。
重なる声が響き渡り、それぞれの家の歴史の積み重ねの結晶……魔法使いにとっての最大火力が数キロ先にいる怪物に向かっていく。
普通なら途中で"現実への影響力"を失ってしまうような距離だが、ここに集められたのは特に遠距離に特化している魔法使い。その威力が損なうことはない。
「――第二射命中確認」
「目標の"現実への影響力"観測! 予測ダメージ……依然として軽微です!」
大蛇へのダメージを確認する観測班の報告を聞き終わる前にファニアは振り返り、部隊全体に聞こえる大声を張り上げる。
「予定通りすぐに撤退を開始する! テントは破棄! ポイント61まで後退だ! 急げ!!」
「了解!!」
大蛇へのダメージの詳細を確認する事なく、ファニアの部隊は撤退のために動き始めた。
最初の攻撃の際に部隊全体に走った動揺をすでに収めていたのもあって今攻撃を放って疲弊したはずの攻撃班含めて動きに淀みがない。
「ファニアさん……じゃなかった部隊長、いいんすか? せっかく命中したのをろくに確認もしないで……」
若干荒立つ馬を撫でるファニアに副部隊長であり、元からファニアの部隊に所属していたタリクが耳打ちする。
大蛇のダメージを予測する観測班は"現実への影響力"のわずかな揺らぎを感知魔法によって確認しているだけで、大蛇の状態を正確に把握できるわけではない。
一撃目はともかく二撃目は各地から選ばれた魔法使い達の血統魔法を加えた一斉攻撃……多少の期待は生まれてしまう。目標がどれくらいのダメージを負っているのか。
「確認する必要はない。私達の魔法で倒せるとは思っていないからな」
「へぇ……えぇ!?」
「早くお前も乗れ。後退だ」
ファニアはさらっと言いながら馬に乗る。
タリクも続いて馬に乗り、部隊全体での移動が始まった。
後退ルートは数日前から決めてある。大蛇の進行速度は今のところ鈍重……馬を半日走らせれば十分に距離を稼げる。
「最初からこの作戦の目的は言ってあったはずだ。私達の目的は大蛇の討伐ではなく大蛇の魔力を出来る限り削ること……という名目での攻撃が通るかどうかの確認だ」
「こ、これだけの魔法使い揃えてそれでいいんすか……?」
タリクはファニアに続いて馬を走らせる他の部隊員をちらっと見る。
地方でくすぶっていた才能ある下級貴族から有名な上級貴族もいる。部隊としての練度を高めればそのまま王都の部隊として新設してもいいくらいの面子が揃っていてやる事がただの確認と言われれば疑問に思うかもしれない。
しかし、ファニアの認識は違っていた。
「これだけの魔法使いが招集に応じてくれたからこそ……我々だけでそれが可能なのだ。大蛇は魔法生命の外皮はあるが防御魔法に類似した障壁は今の所ない……それを死人無しで確認できただけでもかなりの収穫だ」
「まぁ、遠距離のエキスパートばっかだから当然じゃ……」
「魔法生命を甘く見過ぎるなタリク」
それは静かだったが叱責にも似た声色だった。
以前からファニアと同じ部隊に所属していたタリクだったが、このような声を聞くのは珍しい。
「これだけの面子、遠距離のエキスパート、そして宮廷魔法使い……そのような肩書きでの評価はこの戦いが終わるまで捨てろ。恐怖に呑まれればそんなもの何の役にも立たなくなる。事実……今年から宮廷魔法使いになったダミアンは先程逃亡したと連絡を聞いただろう」
「は、はい……」
「私はその行動を責められない。私も一度、魔法生命の力を前に恐怖で力を出せなかった」
ファニアの心に引っ掛かるのは南部でトヨヒメと交戦した記憶。
本体がすでにいない魔法生命の魔力残滓を前にして、ファニアの心は恐怖に蝕まれ……自分の力を十全に発揮する事ができず、それをエルミラに言われるまで気付くことができなかった。
あの場の人間を守って血塗れになるのはエルミラではなく、自分であるべきだったというのに。
「誰かの肩書きを見て安心するな。自分の心を強く持て。言うは易く行うは難しというやつかもしれないが、言い換えれば……その一点を持っているだけでも魔法生命を相手するにはかけがえのない戦力になる」
「りょ、了解です」
「私達の行動はこれから一貫して攻撃と撤退を繰り返すだけだ。討伐は本隊との合流後……それまでは休息によって魔力を回復させながらこの流れを繰り返す。単調だが相手の引き出しを引っ張り出せる事を考えれば有効な策とみている」
これからファニアの部隊が二日間行うのは攻撃と撤退の繰り返し。
大蛇の反撃がない長距離から血統魔法を放ち、大蛇が接近する前に撤退する。ただそれだけだがそれだけが難しい。集められたこの部隊の面子は確かに精鋭と言っていいが、魔法生命相手の戦闘経験は当然皆無……鬼胎属性の力が部隊にどのような影響を及ぼすかわからない。恐怖に負け、全員が逃げ出す可能性も十分あり得る。
それを回避するためにも、こちらの血統魔法が届き、かつ鬼胎属性の力が届かない絶妙な距離をとり続けながらこれを繰り返さなければいけない、
大蛇迎撃に備えて待機している本隊のいる場所までただひたすらに。この絶妙な距離をとり続けながら、少しでも人間側が有利になるように立ち回るのがファニアの役目だ。
「――!!」
「ファニア隊長! 後方から大規模な魔力反応!!」
「馬鹿な! 何キロ離れていると――!!」
嵐のような轟音が後方から響き渡る。
大蛇は復活するもその力の全容は未知数。
これはただの咆哮か、力の行使か。それすらも人間には判別がつかない。
いずれにせよ、その轟音は大蛇が改めて人間を狙った合図であったのは間違いなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラと並んで毎回相手が悪い代表ファニアさん。




