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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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792.星生のトロイメライ

 王都から三日ほど馬車を走らせた所にある町ドラーナ。

 人口は千人を下回る村よりは大きい程度の町ながら羊毛産業が盛んであり、ある意味どこよりも有名な町だ。

 なにせベラルタ魔法学院の制服に使われる羊毛はこの町の羊のものであり、町全体がベラルタ魔法学院と専属契約を結んでいる珍しい場所である。

 王都直轄領であるため税金に関する手当てがある事に加えて、四季折々の花が咲く山が近くにあり、羊毛ではなく観光目的の客から得られる収入も合わせると中々栄えている町と言えよう。

 王都が近い事もあって治安も良く、土地も広いのでゆったりとした生活を送りたい平民にとっては羨ましい場所に違いない。


 ――だがこの数日で、この町はマナリルで最も不幸な町へと転落する。

 最初はただ小さい地震が続くなと思っていただけだった。

 数日経って体調を悪くする住人が出始めた。地響きの度に体調不良の住人達は増えていく。

 町の薬師にもお手上げだった。

 医者も原因を特定できなかった。

 同時に羊が暴れ始めた。小屋と柵を破壊して逃げ出した。普段の穏やかさはなく、羊飼い達の誘導など全て無視して大移動を開始した。

 羊が逃げれば魔獣が山から下りて襲い始める。住民達は魔獣の襲来を危惧したが……その魔獣も逃げていた。隣で羊が走っているというのに、羊を襲う事も無く逃げていた。

 住民達にとって最大の幸福は、この町の老人達が優秀だった事だろう。住民達の体調不良が原因不明の病ではなく、この土地に何かが起こっていると気付いたのだ。古くからの言い伝えが残っているこの町ならではの迷信じみた根拠だったが、誰も否定はしなかった。羊と魔獣が並んで逃げる異様な姿を見ればそれも当然かもしれない。

 若い住民は町を出て、原因究明のために老人は町に残った。



【勘のいい人間がいるようだ。我等の呪詛に気付いたとは】



 その声でドラーナの町は終わった(・・・・)

 平民が居住権を得たい羨ましい町ではなく、羊毛で栄えた穏やかな町でもなく、ただの更地へと変わる。

 千五百年前に眠った怪物の寝床だったなど町の誰も知らなかったのだ。

 地中から現れたのは山と見間違える巨大過ぎる怪物だった。

 怪物は八本の首に八本の尾を持ち、高さだけでも三百メートルを超えている。首と尾を伸ばした全長はそれ以上だ。

 八ある頭には黄金の瞳がおぞましく輝き、漆黒の鱗は闇よりも深く光を吸う。

 山一つ分を乗せる巨大過ぎる背にはドラーナだった大地が乗っていて木々や野原がそのまま残っており、ドラーナだった場所で無事なのはそこだけだった。

 

 (いち)の首が野を焼いた。火は広がり村を覆った。

 ()の首は落雷を呼んだ。(さん)の首は死の匂いを届ける風を呼んだ。

 (よん)の首は川のごとき水をおこして焼き残った残骸を吹き飛ばす。

 ()の首は大地を割り、自らの水を地に吸わせる。

 (ろく)の首が後光を放ち、(しち)の首が怪物としての闇を纏う。

 (はち)の首が淀んだ怨嗟を垂れ流して……魔力そのものを呪詛とした。


 廃墟も残骸も生命すら一つも残らず、大地すら生気を失って。

 八つの咆哮と共に、伝承は世界と時を経て復活を果たした。


【がががががが! ようやくだ!! 楔となる宿主もいらぬ! 星に座する生命として今一度我等はこの世界に再誕を果たした!!】


 八の属性に八の首、その首には八の核。それすなわち八つの命。

 魔法と生命どちらの枠組みをも超えた怪物。大蛇(おろち)とは(りゅう)。神に並び信仰された生命の一柱。

 日の本の神話に描かれる神獣――【八岐大蛇(やまたのおろち)】は復活する。

 その首が操るは災害に等しき力。絶対なる"存在証明"、圧倒的な"現実への影響力"。

 倒せるとすれば神と呼ばれる存在であろうが……この世界に神はいない。


【人間の時代! 繁栄! 発展! 文明! その全てを我等が食らおう!! 歓喜に震えよ人間達よ!! 貴様らを支配する長が今戻ったぞ! がががが……! がががががががが!!! 残念だったな創始者共!! 我等を止められる者は……もういない!!】


 大蛇(おろち)の笑い声が響き渡るドラーナの町から一キロ以上離れた場所にてその様子を観測していた魔法使いがいた。

 今年から宮廷魔法使いに任命されたダミアン・ロードヴォー。

 南部出身の貴族であり、その実績と感知魔法の圧倒的な精度から三十歳でついに宮廷魔法使いとなった男である。

 言い渡された任務はドラーナの地の観測。ダミアンほどの魔法使いを使うにはあまりに簡単すぎる任務だったが、大蛇(おろち)の出現によってこの任務に何故宮廷魔法使いとなった自分が任命されたのかを彼は知る事になる。


 ――マナリル宮廷魔法使いダミアン・ロートヴォーによる観測記録。

 カヤ・クダラノの観測から七日後ドラーナ近辺の地中より出現を確認。

 出現より数分の間、八つの属性による魔力反応を観測。信仰以外の八属性の魔力を有している模様。ドラーナの大地は荒廃した荒れ地のように変貌しており復興は絶望的か。

 後にベラルタの方向へと侵攻を確認。進行速度は極めて鈍重だがその巨体により到達は二日後と予想される。


「へ、陛下……どうか……ご武運を……!」


 震える体と止まらない汗に抜け落ちていく茶の髪、大蛇(おろち)の力が届かない場所にいてなお……ダミアンは恐怖に支配されていた。

 彼は感知魔法によって大蛇(おろち)の力とその力がもたらしたドラーナの惨状を目の当たりにしてしまったが、マナリルを脅かす怪物の動きを察知する斥候としてこれ以上無い役割を果たし切る。

 なにせ連れてきた部下は全員逃げ出した。

 そしてその部下を責められない自分もいた。何故なら、自分も逃げたいからだ。


「さ、最後に……この報告をもって(いとま)を頂きたく……存じます……! 陛下、どうかご武運を……! このような形で逃亡する自分ですが、マナリルへの忠誠はほ、ほ、本物でした……!」


 観測記録を送り、ダミアンは王城に繋がる通信用魔石に一方的にそう告げて通信用魔石を投げ捨てた。

 任命された時は誇らしかった軍服もそこらに投げ捨てて、吐瀉物と排泄物を撒き散らしながら大蛇(おろち)とは正反対の方向へと逃げ出す。

 おぼつかない足元、泥の中に転んでも気にせずにダミアンは走る。

 それはドラーナから一目散に逃げ出した羊や魔獣達と同じようで、生命の本能がそうさせていた。

 逃げる。心が折れた生命としてこれ以上無い正しい選択を彼は選んだのである。



【む……?】

【どうした我等?】

【いや、遠くから羽虫の気配がした気がしてな……どうでもいいか。我等が目指す先は――】


 首同士の会話の最中。空気を奔る光があった。

 その光は大蛇(おろち)の出現によって重苦しくなった空気を断つ。

 大蛇(おろち)に向けて一直線で放たれた鋭い剣閃のような光は雷の魔力。大蛇(おろち)の鱗を削り、呪詛の魔力を切り裂いた。

 大蛇(おろち)の鱗を削ったのは明確な敵意。偶然では有り得ない閃光だった。

 

【ほう……この距離で我等の鱗に傷をつけるか。人間にしては中々の者もいるらしい】


 周囲には生命の痕跡はない。だが大蛇(おろち)の感覚は敵意の位置を捉える。

 大蛇(おろち)のいるドラーナより数キロ離れた場所。

 ドラーナからベラルタへの直線上となるルートであるその場所には設営されたテントが張られ、マナリルの国旗がはためいている。

 中心には、災害に等しき怪物に抗う人間の意思が確かにあった。


「――【夜空駆る光華(アステラス)】第一射命中確認」


 剣を構え、魔力を迸らせるのは宮廷魔法使いファニア・アルキュロス。

 カヤ・クダラノによる大蛇(おろち)の復活位置観測から数日……鱗を削ったのは対大蛇(おろち)に備えて待機していたファニアの血統魔法。

 斥候を務める宮廷魔法使いの同僚が逃亡した報告は通信で届いている。それを知ってもファニアの心は揺るがない。もう二度と。


【一番最初に死にたいのがよりによって女とは……がががが! 生贄にしてはお転婆ではないか魔法使い!】

「現時刻をもって対大蛇(おろち)迎撃作戦開始。来い怪物。ベラルタまでの道のり……このファニア・アルキュロスが付き合おう」


 互いの距離は遠く離れ、その声は届いていない。

 それでも、敵意だけは互いの間に確かにあった。

 射殺すような目つきでファニアは大蛇(おろち)のいる方角を見据える。

 マナリルに仇なす敵。その悪意を貫くために、ファニアは再び剣を構えた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

いつものペースを崩さずに更新していきたいと思います。頑張ります。

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