790.決戦前の面会
「アルムに会いたいぃ……」
「ついに限界が来たか」
普段のしっかりとした様子が完全に消えたミスティはテーブルにうなだれていた。
エルミラはよく頑張ったほうだなと思いながらも、完全に気が抜けたミスティを見て少し安心する。
アルムが牢屋に入って二週間近く経つが、ミスティはずっと無理をして平然とした態度をとっていた。対大蛇に向けてわかりやすいくらいに気を張り続けていたミスティを少し心配していたのだが、ようやく気を抜いてくれたようである。
「み、ミスティ様しっかり!」
《大丈夫ですか?》
「ありがとうフロリアさんネロエラさん……でも辛いです……アルム成分が足りません……」
部屋に来ていたネロエラとフロリアの励ましでも起き上がらない。
ミスティ自慢の青みがかった銀髪は項垂れるミスティの心情を示すようにテーブルに広がり、その美しさを思い切り無駄にしている。
「結構頑張ったほうー?」
「めちゃくちゃ頑張ったでしょ。とはいっても……どうする事もできないっていうかね……」
ミスティがアルムをずっと心配しているのはエルミラもベネッタもわかっているのだが、いかんせんミスティの要望を解決する手段がない。
というのも、アルムへの面会はアルムが求めてきた時だけに限るとされてしまっているからだった。
王都の地下牢獄は本来、マナリルにとってメリットとなる情報を持つ者だけが収監される場所であり……本来は情報以外の理由での面会は許されていない。
アルムは保護を目的に収監されているが、それでも拘束されているのは地下牢獄。心配だからとミスティ達が何度も足を運べば職員達の負担は増えるし、地下牢獄の在り方を損なってしまうとファニアが判断し、アルムが求めてきた時だけとした。
厳しいように見えるが、アルムが面会したいと言えば動いてくれるのでかなり寛大な処置と言えよう。しかしアルムが一度も面会を求めてきていないため、この二週間ミスティはアルムと会えていない。
「無力ですね……アルムの苦しみをわかってもあげられず、そばにいる事もできないなんて……」
「アルムは多分そういうの思ってないでしょ」
「ですが……それでも何かしてあげたいと思ってしまうのです」
ミスティはため息をつく。
「いえ、違いますね……私がアルムに会いたいだけなのに何かしてあげたいだなんて卑怯な言い回しをしてしまいました……」
「み、ミスティ様ぁ……! そんな事ありませんよ……」
「優しいですねフロリアさん……ありがとうございます」
フロリアがミスティの手を握ると、ミスティも弱弱しく握り返す。
ミスティの寂しさが晴れるわけではないが、それでもフロリアの心配する気持ちが伝わってくる。
《エルミラ、アルムは誰とも面会していないのか?》
ネロエラが筆談用のノートに書いたのを見せる。
「そうなのよね……一応ファニアさんが様子見に行ってくれてるんだけど……」
《誰とも会っていないのか……少し心配だな》
「食事の時とかも無言らしくて何も話さないだってさ。心配だけど……まぁ、きっかけ作った私が言うなって話なんだけどさ」
「エルミラはアルムくんが心配でルクスくんに相談したんでしょー? なら心配してても何も変じゃないって!」
そうかしら、とエルミラは暗い表情へと変わった。
当然アルムの事を心配している事には違いないが、それとは別にこれでよかったという感情があるのも事実だった。
今回だけはアルムを戦場に出すわけにはいかない。そう思うとルクスの判断は乱暴ではあったが正解だったと思ってしまう自分がいるのだ。
「歯痒いわね。私達に出来るのは万全の態勢で準備する事だけだなんて……」
「ガザスで大蛇の首を討伐したって話が来たから残りは一本……もう少しだねー……」
大蛇の首全てが現れるまで予断を許さない状況のせいか、ここ数日の間、王城内は緊張感に包まれている。
首全てが破壊された後、どこに大蛇の本体が出現するのか……それこそ王都に出現する可能性だってある。いや、むしろその可能性が高いと踏んでいた。
ダブラマの王都セルダールとガザスの首都シャファク。
どちらも大蛇の首が出現しているが、マナリル王都には出現していない。最後の首がくるかそれとも本体が来るか……王都全体の警戒度が上がっていた。
ミスティ達がリラックスのためにと集まるこの客室でさえ……ふとした瞬間、張り詰めた空気が漂うくらいだった。
「……? どうぞ」
話が途切れしんとしているとノックの音が鳴る。
エルミラが声を掛けると、王城の使用人が部屋に入ってきた。
「失礼致します。こちらにフロリア様がいらっしゃいますでしょうか」
「え? 私? はい、私がフロリアです」
ここはエルミラの客室だ。王城の使用人は誰かからここにミスティ達が集まっていると聞いたのかもしれない。
だがフロリアは答えながらも何故自分が呼ばれたのか疑問符を浮かべていた。
対大蛇の鍵であるミスティやエルミラならわかる。王都に残る部隊長のネロエラならわかる。ダブラマとの仲介を兼ねてベネッタだって呼ばれる理由はあるだろう。
しかし自分?
おかしな話だが、フロリアは自分が特に重要なポジションでない事を理解しているがゆえに全く心当たりが無かった。
ミスティの手を名残惜しくも離して、首を傾げながら使用人のほうに歩いて行った。
「な、なんでしょう? 私何か失礼な事をしでかしました?」
「いいえ、面会のご希望です」
「へぇ……面会……って、ええ!? わ、私!?」
フロリアは面食らったように自分を指差す。
王城の使用人は淡々と用件を伝えた。
「現在拘束中のアルム様より面会のご希望です。ファニア様がお待ちですので至急地下牢獄入り口までご案内致します」
「何かの間違いじゃ……? あ、同じ北部の貴族だからってミスティ様と間違えていませんか?」
「いえ、確かにフロリア様とを仰せつかっております」
フロリアは何度も確認して、恐る恐る後ろを向く。
すると……テーブルから身を乗り出し、嫉ましそうにフロリアのほうを見るミスティと目が合った。
「な、なんで私なのぉ……?」
その視線にフロリアは声を震わせながら涙目となってしまう。
当然フロリアにはアルムと面会する理由に全く心当たりがない。
ミスティからの視線を背中に感じながら、フロリアはそそくさと逃げるように使用人についていった。
「いってらっしゃい……フロリアさん……」
部屋を出る直前、薄っすらと聞こえたミスティの言葉を聞こえない振りをしながら。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここで一区切りとなります。次の本編更新から対大蛇編となります。読者の皆様、応援よろしくお願いします。




