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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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787.友人達の奔走6

 ルクスの覚悟を包むように闇夜らしい静寂が続く。

 ケトゥスは目を細めながら、首を横に振った。


『なるほど、悪くない手ではあるが……すまない、無理だ』

「理由を聞きたい」


 間髪入れずにルクスが聞き返す。

 理由を言わねば納得できないと言いたげな険しい表情だった。

 生半可な覚悟ではなく、本気で言っているのだと念を押しているかのよう。


『まず一つ……此方(こなた)が望まない。此方は結末に介入したいのではなく、見届けたいだけだ』

「二つ目は?」

『霊脈の接続のリスクを軽減させるという着眼点はいいが、此方はすでに大蛇(おろち)の呪法に蝕まれている。奴とは戦えず、関われない。

此方の核を受け入れた瞬間、君まで大蛇(おろち)と戦えなくなってしまう』


 ケトゥスの状態を薄々わかっていたのか、断られてもルクスは露骨に肩を落とすような事はなかった。

 しかし少なからず期待もしていたようで照明用魔石に照らされるその表情には若干落胆の色も見える。


「それはまずいな……わかりました、ありがとう」

『意外だったな。君はもっと清らかな方法を好む人間だと思っていた……此方は君の母親を少しだけ知っている。君の母は少なくとも人間にとって清廉と言える人間だった』


 ケトゥスはルクスの母親アオイを知っている。

 常世ノ国(とこよ)のため、人間のために魔法生命達の危険度を一早く察知し立ち上がったこの時代における最初の魔法使い。

 常世ノ国(とこよ)における絶対的な地位にいながらその地位を正しき事のために平気で捨てた者。

 万人が思い浮かべる善性。世界を見続けていたケトゥスにとってアオイとはそういう女だった。

 そして、ケトゥスはルクスの事も見続けている。

 苦悩しながらも正しい事をし続けたルクスの姿を見ていたからこそ、意外という感想が自然と口から出ていた。


「……綺麗なだけで救えるのならそれに越した事は無い。けれど、それだけじゃアルムを救えない」

『君の母が死んだのは魔法生命の呪詛だ。そして此方もまた魔法生命……母を奪った者と同じ存在を受け入れてまで、アルムという他者を救いたいと?』

「ああ、救いたい」


 一片の迷いもなくルクスは言い切る。

 

「アルムがいなければ僕はここまで成長できなかった。彼は初めて出会ったかけがえのない友人だ。彼を助けるなら権力も利用しよう。救うためなら横暴だと蔑まれよう。僕が歩く道がどれだけ綺麗だったとしても、泥に塗れて構わない! 友人の危機を前にくだらないこだわりを貫くくらいなら……僕は正しくなくていい!!」


 闇夜に響くルクスの叫びはケトゥスだけが聞いている。

 アルムのためなら清濁を飲み込む。自身が最も嫌っている権力をいたずらに振るう貴族になってでも……母を呪殺した魔法生命の力ですら受け入れると決めたルクスの決意はそんな問いごときでは揺るがない。


『そうか、これもまた人間の変化か』

「偉そうな事言ってもあなたの協力を得るのは無理だったので無駄でしたけどね」

『確かに無駄だったかもしれない。だがそれでも君は行動を起こした』


 ケトゥスは夜空を見る。

 釣られて、ルクスも上を見上げた。

 ケトゥスの目には漆黒が。ルクスの目には星空が映る。


『此方の願いは再び宙で世界を見届けること。そのためには神になるか……この世界で伝承とならねばならない。だが此方は何もしてこなかった。空を泳いでいただけだ。自身より強大な魔法生命達が引き起こす悲劇を傍観し、介入する事も無ければその悲劇に乗じようと卑怯にもなれない。無駄な事をしていないと言えば聞こえはいいが……何もしていないと言えばそれまでだ』

「後悔をしているんですか?」

『そうとも。だから見届けたいのだ。君達が織りなす答えの数々を……それがどんな結末であっても、此方はこの目で見届けたいのだ』


 ケトゥスとルクスはしばらく空を見上げると互いに視線を移す。


『世界は残酷だ。どれだけ苦しんで歩んだとしてもその先には何もなく、無駄で、無意味で、無価値を味わう時がある。それでも……その歩みだけは決して間違いなどではないのだと人間の繁栄は示している』

「……」

『此方は人間が歩む姿をずっと見てきた。ああ、そうだ。此方はきっと羨ましいのだろうな』


 あまりに遠い言い回しだが、恐らくは励ましているのだろう。

 数十メートルの巨体を持ちながら、ケトゥスという魔法生命はルクスの目には繊細に映った。

 ケトゥスと向き合っていたルクスは微笑んで、踵を返す。


「さようならケトゥス。話を聞いてくれてありがとう」

『さらばだルクス・オルリック。此方は空を泳ぎながら君達を見届けよう』


 ルクスは馬を駆り、王都へと戻っていく。

 照明用魔石の光が遠く、遠くへとケトゥスから離れて……ケトゥスの巨体が闇に溶けていく。


『そう、此方は見届けよう。彼の"答え"を。死と忘却、そして叶わぬ夢に絶望した者が……どんな結末を迎えるとしても』


 辺りに風が吹き荒び、ケトゥスは空へと戻っていく。

 恐らくはもう地上に降りることはない。

 世界を見届けるために空を泳ぎ、空で死ぬ。

 それが魔法生命である自身にとっての停滞であると理解していても……ケトゥスは二度目の生を歩むことはできない。

 この世界に生まれ落ちて、自身よりも強大な怪物達の存在を知った。

 自分の願いは決して叶うことはないと悟り、諦めて空へと逃げた怪物。

 だから……彼は人間を羨んだ。空からずっと怪物に立ち向かう者達を見続けた。

 彼は最後の時まで空を泳ぎ続ける。地表で生きる人間達の歩みに、かつて泳いでいた自由な星の海を見ながら。















 数日後。ガザス首都シャファク。

 大小多くの運河が張り巡らされた美しい町に影が落ちる。

 窓が多く明るい色合いをした建物が並ぶ調和のとれた町並みも全て、たった一体の異物によって損なわれる。

 民の悲鳴とがたがたと揺れを気にしない馬車の車輪の音が町のそこら中で響いていた。


常世ノ国(とこよ)よりも小国と聞いたが……中々に人が多い。大嶽丸(おおたけまる)め、随分とここで遊んでいたらしいな】


 その影は逃げ遅れた手近な人間を一人、二人と口の中に放り込む。

 ダブラマに続いて大蛇(おろち)の首の一つがガザスに顕現していた。

 数十メートルの巨体をひきずり、メインスストリートの水路を這う。

 水路から溢れる水と一緒に呪詛を巻きながら大蛇(おろち)は霊脈地であるシャファクを我が物顔で進んでいた。


「魔法騎兵隊ハミリア前へ!」

【む?】


 大蛇(おろち)がメインストリートを這って進む先に現れる人造人形(ゴーレム)の大軍。

 その一騎を女性の魔法使いがポニーテールを揺らしながら駆る。

 大嶽丸と交戦した経験のある魔法使い――マルティナ・ハミリアが大蛇(おろち)を迎撃すべく出撃した。


【がががが! なるほど、人造人形(ゴーレム)だけ出陣とは……考えたな!? よいよい、我等相手では臆病なのも免罪符になろうて! 出てきたのが女一人とは生贄には丁度いい!】

「勘違いしないで。これがガザス。人造人形(ゴーレム)を使った数の翻弄と戦力……そしてその中核を担う魔法使いがいればいい」


 馬の人造人形(ゴーレム)を駆りながら、マルティナは惜しみなく魔力を注ぐ。


「この国から立ち去れ――【死屍殺せ我が四騎士(ペイルライダー)】」


 今度こそ、留学で訪れた他国の者に頼るのではなく自分達の手で。

 若き女性隊長は血統魔法を唱える。

 現れたのは白い馬に騎乗した白い弓兵の人造人形(ゴーレム)

 傍から見れば切り札とは思えないその人造人形(ゴーレム)は戦闘開始の宣言をする。


真なる主(マスター)。マルティナ・ハミリアとの魔力接続を確認』

「ガザスの敵に死を。この国はもう、貴様らに怯えない」


 ガザスの魔法使い――マルティナ・ハミリアは血統魔法に愛されている。

 ここは無尽騎隊ガザス。国の危機に立ち向かい、アルムに救われた国。

 とある魔法生命に滅ぼされかけ、とある魔法生命の死に涙した懐広き小国。

 二度と暴虐に屈しないという誓いの下、新しい次代を作っていく。

いつも読んでくださってありがとうございます。

後二話ほどで一区切りとなります。

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