786.友人達の奔走5
ダブラマに大蛇が出現した頃、ベネッタの部屋にアルム以外のベラルタ魔法学院の三年生全員が集まった。
理由は勿論、対大蛇におけるアルムが霊脈に接続するリスクについての共有だ。
エルミラがトヨヒメから聞き出した情報はルクスの口から語られた。
サンベリーナやグレース、そしてフロリアは静かに。
ベネッタとフラフィネ、ヴァルフトはわかりやすく動揺を見せた。
ミスティとネロエラは顔が青褪めていて、エルミラが励ますように寄り添っていた。
「元々敵だった人間からの情報だけど、だからこそ信憑性は高いと考えてる。アルムが僕達に黙ってカヤさんに二回目の面会を求めていたようだし……アルムだけは霊脈に接続するリスクに薄々気付いていたんだろう」
「それで? それを私達に聞かせてどうすると?」
サンベリーナはルクスに睨むような視線を向けている。
さっさと考えを話せという事だろう。同情だけでは何も進まないのをよくわかっている。
「アルム抜きで大蛇を討伐する。力を貸してくれ」
「勝算は?」
「僕に出来る限り上げるつもりだが……まずは君達の協力が勝算を上げる一歩だ」
ルクスの目が本気だというのは誰が見ても明らかだった。
アルムの事を認め、魔法生命を知っていて、かつ自分達と連動して戦える戦力。
協力者としてベラルタ魔法学院の三年生ほど当てはまる者達はいない。
大蛇の"現実への影響力"の詳細はわからないが……どんな魔法生命であれ戦うにあたってベストな状況を作るためにもここは避けて通れない。
「客観的に見るのなら、私は反対です」
「……わかるよ」
冷徹にも聞こえるサンベリーナの言葉にルクスは頷く。
「魔法生命と戦えると言っても私達はガザスでは負け、帰郷期間中に戦った大蛇の首も一本だけ……しかもその首に私とフラフィネさん、そしてネロエラさんで戦ってようやく勝利しただけです。時間稼ぎや防衛という意味でなら間違いなく戦力となるでしょうがアルムさんという切り札抜きでは……いうなればストロベリーパフェからストロベリーを抜いたような状態ですわ。決定打になる要素を削って成立するとは思えません」
「例えは意味わからないけど……でもサンベリっちの言ってる事は否定できないし」
わかりやすかったでしょう、という例えに対する抗議はともかくとして……フラフィネの言う通りサンベリーナの言う事はあまりに的を射ている。
そもそも対大蛇の迎撃戦に光明を見出していた要因は二つ。
一つはカヤの情報による大蛇の出現位置の推測。そして二つ目は対大蛇の決定打としてアルムが霊脈に接続するという方法があったからこそだ。
一つ目は変わらないとしても、アルム抜きという事は二つ目を完全に捨てるという事。迎撃戦が最善なのは変わらないが、それでも不安が残る。対魔法生命において絶対の信頼があるアルムが一人抜けているのだから。
「意外だなおめえ。普段なら……おーっほっほ! アルムさん抜きでも私に任せて頂ければ何の問題もありませんわー! とか言いそうじゃねえか」
ヴァルフトがものまね混じりに言うと、サンベリーナはゴミを見るような目をしながらため息をついた。
「それ私のつもりでいらっしゃいますの……? 馬鹿じゃないのですからそんな事言えるわけないでしょう。対魔法生命に関してこれまでの功績から考えてもアルムさんやエルミラさんに比べれば私の価値は使えなくはない程度のものですわ。自分を客観視できずに驕る愚か者ではありませんのよ」
自身の価値を冷静に分析し、サンベリーナは扇を勢いよく開く。
サンベリーナは自信家ではあるが、それは自身を客観的に見つめた上での事であり誇張する事はほとんどない。
現状オルリック家に劣っている事もルクスを嫌いながらも認めてはいるし、自身の外見に関しても常日頃から美貌に気を遣っているからこそ口にできる事だ。
対魔法生命において自分は大した駒ではないとサンベリーナは理解しているからこそ、ルクスの目的が難しいと判断しているだけに過ぎない。
「大蛇とは千五百年前に創始者ですら倒しきれなかった魔法生命なのでしょう? であれば、二年ほど前にベラルタを襲った【原初の巨神】に対応できるクラスの力が必要なはず……この中でそんな規模に達しているのはミスティさんくらいでしょう」
「わかってる。無理なら僕だけでもやる。これはあくまで僕からのお願いだ。強制力はない」
「あなた……一人で?」
本気で言っているのかと言いたげなサンベリーナの声。
ルクスは冗談を言っている雰囲気ではない。普段の穏やかそうな表情の下には鬼気迫る覚悟がある。
いかにサンベリーナがルクスを嫌っていたとしてもその覚悟を笑うことなどできるはずもない。
「俺は乗ったね」
「ヴァルフト……!」
サンベリーナが思案している間にヴァルフトが手を挙げる。
「あいつばっか目立ってんのずりいと思ってたんだ……ここらでいっちょ俺も歴史の教科書に載るくらいの事しとかねえとな」
「ありがとう。ダブラマ以来の共闘になりそうだね」
「だな。で? どうせそこの三人もルクスと同じだろ? 今更アルム見捨てるって感じの奴等じゃねえもんな」
ヴァルフトは青褪めてるミスティとそれを支えてるエルミラ、呆然と聞いていたベネッタを指差す。
「私は当然よ。ルクスが行くにしてもアルムのためにしてもね」
「ボクもルクスくんに賛成だけどー……」
ベネッタはちらっとミスティに目をやる。
ミスティはエルミラの服を辛そうにぎゅっと掴むと、息を吐きながら顔を上げた。
「……当然です。ショックを受けている場合ではありませんね」
「そうこなくちゃな」
毅然とした態度のミスティにヴァルフトはにっと笑う。
全員が纏まるような空気が流れ始めるが――
「賛成したいところだけど……私達は無理ね」
冷静な声でグレースがその空気を破った。
聞いたルクス達はその意見に感情的になるでもなく、耳を傾ける。
「私やフロリアは前線から外れるでしょう。明らかに魔法生命との戦いに不向きだもの」
「悔しいけれど、そうね……私達はどう考えても魔法生命相手だと足手纏いね」
フロリアは目を伏せる。
グレースとフロリアはどちらも攻撃能力の無い血統魔法。対人ならともかく対魔法生命で役に立てるかどうかは自分達が一番よくわかっていた。
「それにネロエラも……王様直属の仮設部隊の隊長だから緊急時の逃走手段として前線に配置されないと思うわ。カンパトーレの介入の可能性もあるし、アルムが前線に出ないなら護衛役が必要でしょう。そっちになるんじゃないかしら」
「確かにグレースの言う通りか……わかった、負担になるような事を聞かせて悪かったね」
「いいえ。本音で言えば協力したいわ。基本面倒事は避ける性分だけど……これは本当よ。足手纏いがいたら集中できないし負担が増える。戦力にならない私達はいないほうがいい。ごめんなさい」
グレースは眼鏡を直しながらルクスに頭を下げる。
普段付き合いもなく、演劇の時でくらいしか本音を聞いたことのないグレースの本音を再び聞けた気がして少し嬉しくなった。
当たり前だがアルムを思っているのは自分だけではない。
「うちはどっちかというとアルムっちよりサンベリっち死なせたくないからサンベリっちが行くなら行くし」
「フラフィネさんあなたそういう冗談は……」
「冗談じゃないし」
「いや正直で嬉しいくらいさ。行く理由が何であれ目的は一つだからね」
部屋中の視線が集中し、サンベリーナは諦めるように扇を閉じる。
「仕方ありませんわね……戦う力があって友人を見捨てるなどラヴァーフル家の名が廃りますわ」
サンベリーナがそう言うとルクスだけでなくミスティ達の表情もぱあと明るくなる。
「サンベリーナさん!」
「ありがとうサンベリーナ殿!」
「か、勘違いしないでもらえますか? あくまでラヴァーフル家のため! あなた方はついでですわ!」
思った以上の反応に照れくさかったのか頬を赤らめるサンベリーナ。
自分など大した戦力でもないだろうにと内心で珍しく自虐するほどには照れていた。
「そ、そうと決まったら誰が指揮を執るかは決めねばなりませんわね……部隊が分かれる可能性が高いでしょうが、前線で連動する際に意思が統一されている私達だけの指揮系統があったほうがいいでしょう」
「確かに。指揮か……」
「学院の実地依頼などでもあなた達はアルムさんと合わせて一緒だったでしょう? 私やフラフィネさん、ヴァルフトがそこに加わる形がいいと思いますわ。
ベネッタさん達五人のグループは誰が全体の指揮をしていらっしゃったんですの?」
サンベリーナに聞かれるとミスティ、ルクス、エルミラ、ベネッタの四人は顔を見合わせる。
「あ、アルム……ですわね……」
「アルム、だね……」
「アルムよね……」
「アルムくんだねー」
すると、ばつが悪そうに四人は同じ名前を口にしながら目を逸らした。
「あなた達揃いも揃って貴族の恥さらし大会でも開いてますの!? こんな事言いたくないですが、あの方は平民ですのよ!? 何で指揮まで任せちゃいますのよ!?」
「いや違うんだよサンベリーナ殿。最初は僕やミスティ殿が主導してたんだけど、魔獣相手だとアルムの指示がほんと的確で時間が経つにつれて自然と……」
「言い訳は結構ですわ! 今まで以上に苛烈な戦いになる可能性が高いというのに先が思いやられますわ……よく自分達だけでとか言えましたわね……! とにかく一から話し合いますわよ!」
いつの間にか最初の重苦しい空気は消え、全員の意思は纏まる。
前線に出る者も出ない者も気持ちは同じというだけで切り出したルクスの心は救われていた。
少なくとも、ベラルタ魔法学院の三年生の中にアルムの犠牲を望んでいる者はいない。
(なら……)
ならば、その思いに応えるためにも自分が出来る事は全てやろうとルクスは改めて心に誓った。
その日の夜。
ベラルタ魔法学院の三年生全員での話し合いが解散し、夜も更けた頃……ルクスは王都の外れまで外出していた。
勿論許可は得ている。三年生全員との話し合いの後、カルセシスに直談判して手に入れた機会だ。
馬を駆り、王都から丁度南のほうにある林へと入っていく。
照明用魔石を使っているとはいえ流石に暗い。遠くでは王都の光がうっすらと見えていた。
「僕もアルムのことは言えないな……」
この事について話したのはカルセシスだけ。
ミスティ達は勿論、エルミラにも黙ってルクスはとある存在に会いに来た。
その存在は林にある道の途中まで走っていくと、約束通り地上へと降りてきた。
『此方に話があると聞いたが』
「ええ、その通りです」
降りてくる風で木々を斜めにさせながら空を泳ぐ魔法生命ケトゥスがルクスの眼前へと着地した。
ケトゥスはどちらかといえば人間寄りの魔法生命であり、今は大蛇と人間の結末を見届けるために王都の上空で待機するように泳いでいる。
ケトゥスは横並びの獰猛に見える牙と数十メートルを超える巨体の海獣という見た目にそぐわぬ丁寧な口調でルクスに問う。
『アオイの血筋である君であれば大抵の事は答えようルクス・オルリック。だが此方が持っている情報は今君達が捕虜として捕まえているカヤ・クダラノと大差ない。此方は魔法生命ではあるがただ見つめるだけの者……役に立てるとは思えないが』
「魔法生命ケトゥス……あなたに宿主がいないというのは本当ですか?」
『本当だとも。カヤ・クダラノから聞いたのか?』
「はい、大蛇の核の話になった時に少し……詳細は分かりませんが本当なんですね?」
『そうだ。此方は宿主という楔が無くともこの世界で活動できる魔法生命……元は宙から世界を見つめる者であるがゆえに、この星を通じて存在することが出来る。もっとも、だからといって"現実への影響力"が高くなるわけでもないがね』
「それなら、頼みがあります」
『聞こうアオイの血筋よ』
照明用魔石が照らす人間と怪物。それは今にも人間が食われるようなシチュエーションにも見えるが、互いに戦意は一切無い。
魔石の光に照らされて、ルクスの金の瞳が光る。
決意と覚悟に燃えた炎を秘めた瞳が。
「僕を宿主にしてくれ」
『……今、何と言った?』
聞き間違いかとケトゥスは耳を疑う。
違う。これだけ力のこもった声を聞き間違うはずが無い。
聞き返しても、ルクスの頼みは変わらない。
「僕を宿主にしてくれ魔法生命ケトゥス。人間の精神では霊脈の接続には耐えられないと聞いた。人間だけで無理ならば魔法生命の精神を合わせるまでだ。
あなたという魔法生命の器を利用させてくれ。僕が霊脈に接続して……大蛇を倒す!」
いつも読んでくださってありがとうございます。
季節の変わり目は体調を崩す方もいらっしゃるので皆様お気を付け下さい。無理せず暇な時間が出来たら覗いてくれると嬉しいです。




