777.アルム3
「……俺の産みの親はこんな感じだったのか」
カヤの血統魔法によって映し出された映像が終わるとアルムはそう呟いた。
いつも通りの無表情だが、その声色にはほんの少しの動揺があった。ミスティ達でなければ気付かないような僅かなもの。
自分が捨てられたのはきっとそうせざるを得ない理由があったのだと、そう言い聞かせて納得させたであろう現実が今になって残酷に映し出されて……アルムのがどれほどの傷を負ったのかは周りからはわからない。
「……これがわらわの血統魔法になります」
「自分が覚えてる限り、間違いはありません。てきとうに見せている感じもありませんが……一応血統魔法は本当の事を言っていると判断していいと思いますが、どう思いますか?」
「え? あ、ああ……とりあえずは証明の一つとして、いいんじゃないか……」
アルムは振り返ってヴァンに意見を求めるが、衝撃的な映像だったからかヴァンも呆けていたようで反応が遅れる。
何も無かったかのように振舞うアルムの姿は見ているだけのミスティ達には痛々しい。
「ありがとうございました。カヤさん、少なくとも自分は信じます」
「アルム様にそう言って頂けるのなら百人力でございます」
「信じた上で聞きます。自分達は大蛇に勝てますか?」
アルムはなおも自分の役目を果たそうとする。
今までのカヤの言葉が真実であれば大蛇の呪法にも引っ掛からないという事も本当だという事だ。
なら大蛇に逆らうような言葉を発しても不都合なことはない。
千五百年前に創始者が倒しきれずに眠りについた魔法生命相手に、自分達には何ができるか具体的な事を口にさせるためにアルムは踏み込んでいく。
「あなたなら勝てます。"分岐点に立つ者"……創始者と同じように"星の魔力運用"を操るあなたであれば」
「自分なら……?」
「はい、大蛇様は千五百年この星で眠り……接続こそしていませんが霊脈から途方もない魔力を得ています。普通に戦えばまず間違いなく人間は負けるでしょう」
霊脈からは絶えず魔力が発せられており、その地に住む生き物に魔力を宿す。
動物にも草木にも、そして人間にも例外は無い。魔法が使えずとも生命力の一部として魔力を蓄積させていくのだ。
魔法使いが集まる王都や魔法学院、そして四大貴族の領地が霊脈となっているのはこの特性によるものが大きい。霊脈のある地で才有る者を生活させることによって魔力を伸びやすくするためである。
……そんな場所に魔法生命が居続ければその魔力がどうなるかは想像に難くない。今までの魔法生命よりも膨大な魔力を持っているだろう。
「自身を封印する事でこの星で眠りについた大蛇様は千五百年で魔力を完全に回復させているでしょうが……あなたにはそれを上回れる手段がある」
「それは……?」
「あなたが魔法生命になり、霊脈に接続することです」
「……なるほど」
部屋の外にいたミスティ達は驚愕を顔に浮かべる。
アルムが大嶽丸との戦いで見せた魔法生命への変生、そして霊脈への接続。
カヤが示した勝算は確かに、敵がどれだけの魔力を持っていようが撃ち抜ける方法だった。
「いくら大蛇様の魔力が膨大でも霊脈という無尽蔵の魔力には勝てません。アルム様には"星の魔力運用"という無尽蔵の魔力を"現実への影響力"に出来る技術もある……確実に大蛇様を消滅させるにはこの手段しかないとわらわは考えております」
「……霊脈に接続させる前に、俺が霊脈に接続して叩く」
「はい。わらわが大蛇の出現位置を捕捉し、大蛇様を迎え撃てる態勢を取れるなら……勝算はあるかと。少なくともわらわはこうする以外に大蛇様を霊脈に接続させずに倒す方法が思いつきませんでした」
「……」
「確かにその方法なら……!」
アルムが少し考え込んでいると、部屋の外でファニアが声を漏らす。
途方に暮れていた対大蛇の方針が固まるかもしれないと考えれば無理もない。今までの魔法生命相手ですら後手後手だった所に舞い降りた救いの手に見える事だろう。
「私からもカルセシス陛下に進言しよう。現状、勝算のある方法は見つからなくてな……今までは大蛇という魔法生命の情報も不足していてアルム達を中心に部隊を編成するくらいしかなかったが、ここまで具体的ならば詳細な作戦を練ることができる」
「お役に立てたようでなによりです。もっとも、アルム様も可能性の一つとして考えておられたのでは?」
アルムは腕を組み、黙ったままだった。
部屋の外では対大蛇に対する方針についてミスティ達も口々に語り始める。
アルムの過去を見て沈んでいた空気が、対大蛇に光明が見えたおかげかほんの少し明るくなった。
「つまり、アルムっちをフォローするってことだし?」
「そうなりますわね……確かに功績から見ても妥当な作戦ではあるでしょう」
「なんだかんだ魔法生命相手はアルムくんが一番強いからなー……」
「悔しいような誇らしいような……流石はアルムだねって言うしか無いか」
「うふふ、また頼る事になってしまいそうですわね……ですが私達にも仕事が無いわけではありません。対魔法生命となれば私達も投入される事は間違いないですし、アルムの負担を減らすためにも私達だけで大蛇を倒すくらいの気持ちで臨まなければ……ね、エルミラ?」
ミスティがエルミラのほうを向くと、ミスティの声が聞こえていないのかエルミラは黙ったままだった。
睨むような視線の先には微笑みを浮かべながらカヤがいる。
「エルミラ……?」
「……」
その後、カヤから情報を引き出し終わったアルム達は地下牢獄を後にした。
地下から王城まで上がっていく間……アルムとエルミラだけは黙ったままだった。
ほどなくして……カヤからの情報を基に対大蛇の方針がマナリル国王カルセシスの名前で決定する事となる。
アルムと対魔法生命を経験した人物で構成された混成部隊による迎撃戦。有力な魔法使いと治癒魔導士を含め、大蛇を討伐するためにその二日後には召集の旨が書かれた通告が各地へと送られていった。
「はひゅー……気持ちよかっだー……」
「うふふ、そうですわね」
地下牢獄から戻り、作戦の草案にも関わったミスティ達はようやく解放された。
ミスティ、エルミラ、ベネッタの三人は王城の一階にある貸し切りの浴場を一時間近く堪能し、湯気でほかほかの体で客室へと戻ってくる。
流石に王城客室だけあって広く、カーテンや絨毯、そして調度品含めて豪奢な部屋だ。
「……」
「エルミラー? どしたの?」
「え? ああ……いや……。ちょっと考え事してて……」
ベッドに座りながらエルミラはいつもより暗い笑顔を浮かべる。
地下牢獄から戻ってきたエルミラの口数が少ない事はミスティもベネッタも気付いていた。
「アルムくんの記憶見たからー? ちょっと衝撃的だったもんねー」
「ああ、あれね……アルムも私と同じで母親が糞だとは……つっても子供捨てる母親だから普通にその可能性はあったか」
赤ん坊の頃に捨てられたというのは本来なら同情すべきなのだが、あの記憶を見てからというものアルムが捨てられた事が幸運にすら思える。
あの母親の下で育っていてアルムが今のように隣で笑っている姿が想像できない。
それでも……アルム自身のショックは大きいだろう。
実の母親が自分を捨てた理由がやんごとなき事情ではなく、ただ邪魔だったからというのを突き付けられてしまっては仕方ない。動揺するなというのが無理な話だ。
「それでも、あの場面に遡るまでのアルムは幸せそうでした……こんな事言ってはいけないのかもしれませんが、アルムが今の人生を歩んでくれてよかったです」
ミスティは小指にアルムから貰った指輪を嵌める。
この指輪を貰った時の幸福が無かったかもしれないと思うと愛おしくてミスティは抱きしめるように小指を手で包む。
「そうだねー、どんな境遇であれ幸運か不幸かを決めるのは本人だしー……アルムくんもショックだろうけど逆に今を幸せだと思ってくれると嬉しいなぁ……」
「あいつはそういうの見失わない奴だからちゃんと思ってくれてるでしょ。そりゃショックではあるだろうけど、それで今も投げやりにするタイプじゃないし、何より育て親二人を大事に思ってるから大丈夫でしょ」
エルミラは言いながらミスティの頬をつんつんとつつく。
「こんな可愛い恋人もいるしね。余裕で幸せ取り戻してるでしょ」
「もう……からかわないでくださいな……」
言いつつもまんざらではない表情のミスティ。
エルミラが頬をつんつんとつつくのも受け入れている。
「なんだー、考え事してたって割にエルミラ全然わかってるじゃんー」
「え? ああ、ええ、そうね……えっと、ほら……アルムには何も言ってあげられなかったから」
「おお、流石エルミラやっさしー」
「茶化さないで」
「あいて」
「うふふ」
いつものようにベネッタを小突くエルミラとそれを見てミスティが微笑む。
傍から見ても三人のありふれた光景だったが……エルミラの表情にはほんの少しだけ影があった。
(まぁ、私が考えてたのはそっちじゃないんだけどね……)
地下牢獄でずっと引っ掛かっていた疑問。
――本当にこれでいいのか?
エルミラの頭の中では小さく、警鐘が鳴り続けていた。
地下牢獄での情報提供から丸三日以上経った頃。
アルム達は王都に数日滞在していた。元より三年生は魔獣の討伐や自立した魔法の破壊などの実戦に出るのが主流の過ごし方であり、学院にはほとんどいないのが基本である。
千五百年前の魔法生命である大蛇……創始者達が戦っていた魔法生命とだけあってその準備は上級貴族や下級貴族などの身分、老いや若さのような年齢など関係なく優秀な人物達をピックアップして招集する事が決まっていった。
大蛇に負ければ人間は支配されるだろうとわかってる今、利権や年功序列などを主張する者は邪魔なだけだ。
アルム達もまだ学生の身であるものの、カルセシス王などと意見を交えて一日を過ごしていた。
「他の者は呼ばなくていいのか?」
「はい、大丈夫です。出来ればファニアさんも席を外してください」
アルムとファニアは再び王都の地下牢獄に来ていた。
正確にはアルムがファニアに頼み込んでだ。
「いや、しかし……いくら情報をもっと引き出せる可能性があるからとアルムを一人で行かせるわけには……」
「マナリルの方針は次善策こそ作りますが、カヤさんの情報を信じる方向で固まっているはずです。少なくとも自分に危害を加える気は無いはずですから」
「……わかった。だが私が目をつぶれるのは五分だけだ。それと異変があった時はどんな手段を使ってもいいから私に伝わるような手段をとれ。多少ここの備品が壊れてもいい。わかったな?」
「はい、すいませんファニアさん」
「私達こそすまない。大人だというのに君達に頼りっぱなしだ」
牢のエリアを抜けて、アルムは交渉用のエリアへと再び足を踏み入れる。
ファニアは警備の人間に目配せすると、警備の人間も外へと出た。
「五分だからな。約束だぞアルム」
「はい、わかってます」
ファニアは念押しして扉を閉じる。
無機質な廊下にアルムの足音だけが響き、そのまま取り調べ用の部屋まで歩いていくとそこには前回と同じようにカヤが座っていた。
アルムが無言でカヤの向かいに座ると、カヤは深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました。あなたならきっとまた来てくださると……カヤは思っておりましたよ」
「あるんだろう。俺にだけ教えられる話が」
「はい……ございます」
同じ髪色に同じ瞳の色。運命に選ばれた者同士。
真実を求めてアルムは再びカヤと対面する。
いつも読んでくださってありがとうございます。
普段なら更新お休みのタイミングですがちょっと駆け足で今日も更新です。




