776.アルム2
「ベネッタ頼んでいいかい?」
「う、うん……【魔握の銀瞳】!」
部屋の外で固まっていたベネッタはルクスの声で目を開き、血統魔法を唱える。
魔力を持つ命を映す信仰属性の瞳は確かにカヤ自身の命とカヤの首にある小さな核を捉えた。
「ほ、本当にあるー……!」
「ならあの女の首へし折れば問題解決ってやつじゃねえのか? 魔法生命は核を破壊すりゃ死ぬんだろ?」
ヴァルフトが拳を鳴らすがミスティ達はまだ動かない。
普通に考えればヴァルフトの言う通りなのだが、それで終わるならあまりにも呆気なさすぎる。
カヤが大人しくこんな事を言っている意味もわからなければ大蛇が宿主を放置している意味も分からない。あまりに不可解な点が多すぎて行動に移すことができなかった。
「……一応、私の血統魔法であの女に命令を書き込めるけどどうする? 真実を言え、って命令すれば嘘かどうかわかるわよ。あの女が大人しくしているならね」
黙るミスティ達に提案したのはグレースだった。
グレースの血統魔法【狂気満ちよ、この喝采に】は相手の思考に一つ命令を書き込める精神干渉系の血統魔法……真偽を確かめるには打って付けの"現実への影響力"を持っている。
「ありがとうございますグレースさん……。ですが、嘘を言っているようには見えません……。それにそんな嘘をつくメリットもありません」
ミスティの言う通り、そんな嘘をつくメリットがない。
そう思っていたのは質問するアルムも同じようでさらに問う。
「察するに、その首の核を破壊してもめでたしめでたしとはいかないようだな」
「はい、大嶽丸と戦ったと思いますが……覚えてらっしゃいますか?」
その魔法生命をアルムが忘れるはずもない。
自分自身も殺されかけ、そして恩人である師匠を殺した魔法生命だ。
「大嶽丸の核を破壊するのは苦労されたでしょう?」
「大蛇の核を破壊するにも条件がある?」
「はい、その通りです。大蛇様にとっては起床と言うべきでしょうか」
「起床?」
「アルム様はもう目にしているのでは?」
カヤがそう言うとアルムは気付く。
アルムだけでなく部屋の外にいたミスティ達もカヤが何を指し示しているのか気付いた。
「各地に現れている大蛇の首……!」
「あれってそういう事ー!?」
「つまりあれは襲いに来ているのではなく……自分の本体を出す為の儀式なのか……?」
霊脈に出現する大蛇の首の真の目的はアルム達を倒す事でも霊脈と接続する事でもない。
そう考えれば、他の魔法生命よりも手応えが無いのも納得がいく。本体出現のための儀式……もしくはただの余波だとすれば一体大蛇の本体はどれだけの規模の魔法生命になるのだろうか。
「残る首は後三つです。終われば大蛇様の本体が目覚め……わらわの首の核は霊脈を通じて大蛇様への本体へと送られます。わらわはあくまで仮初めの宿主ですから当然魔法名も知りません。
クダラノ家は千五百年前から大蛇様の核を代々継承し、大蛇様とこの世界を繋ぐ楔となることで霊脈に干渉する血統魔法を編み出し……常世ノ国での地位を築いてきたのです」
カヤの話を聞きながらアルムはさらに問い続ける。
ヴァンに言われた通り質問は躊躇わない。
「宿主無しで大蛇は活動できると?」
「はい、大蛇様だけでなく……今王都近辺にいらっしゃるケトゥスにも宿主はいませんよ。この世界と自身の伝承を繋ぐ"楔"に相当する物さえあれば宿主無しで活動できる魔法生命もいるのです」
「……何故そこまで詳しいのに呪法をかけられていない?」
初めて疑いを帯びた声色でアルムは問う。
向けられた疑心を物ともせずカヤは答える。
「警戒されるのも無理はありません。ですが、呪法をかけられていないのは当然です……わらわは仮とはいえ大蛇の宿主……。宿主には呪法は使えません。でなければ魔法名も唱えられなくなってしまうでしょう?」
「なるほど……確かにそうだな」
「ですが確かに、これを知っているわらわを大蛇様が放置している所を見ると……もしかすれば大蛇様にとっては大した情報ではないのかもしれませんね……」
「……他に何かこちらの有益になりそうな情報は?」
「この場で言える情報はこの首の核だけで後は当時の常世ノ国の内情くらいですが……わらわを生かしておくメリットは提示できます」
カヤは再び自分の首を指差した。
「この首にある核が大蛇様の本体に行った際……わらわは大蛇様の本体の場所を血統魔法によって確実に割り出す事が可能です。わらわを生かしておいてくだされば、皆様は後手に回ることなく大蛇様を迎え撃つことができます」
「!!」
「水属性創始者であらせられるネレイア様が常世ノ国の巫女であるわらわを囲っていたのもネレイア様がいずれ大蛇様に挑む際の有利な手札となるから……そのネレイア様亡き今わらわには後ろ盾もなければ安全な場所もありません。どうかこの条件でわらわの亡命を受け入れてください」
カヤは深々とアルムに頭を下げる。
アルム達からすれば願ってもない条件だ。
今までの魔法生命との戦いはほとんどが出現場所を特定できず、後手に回るしかなかった。
戦力を分散させ、その場その場での戦力で何とかするしかなかった状態を迎え撃てる状態にできるのなら戦力を集中できる。
「……」
アルムは背後でカヤを見張っているヴァンにちらっと視線を向ける。
ヴァンはカヤを見ながら難しそうな表情を浮かべていた。次にファニアのほうを見るとこちらもヴァンと似たような表情だ。
カヤが嘘をつくメリットはないが、信用が出来ないという所だろうか。
そして大蛇の本体が現れた時の条件という事は……このままカヤを王都かベラルタに置き続けなければいけないという事。
大蛇の核を持ったカヤをここに置いて、もしこの場で顕現されたら王都の民は避難する暇もなく蹂躙されるだろう。今でさえその可能性を孕みながら情報を引き出そうと牢獄に置いているというのに、これ以上のリスクを果たして背負えるのか。
……なにより、本当に大蛇の本体の場所など掴めるのか?
戦力を集中できるメリットが大きいゆえにリスクと天秤にかけて揺れ動く。
「血統魔法でわかるというのは具体的には?」
決めあぐねる二人を見てかアルムは続ける。
普通なら血統魔法の力を使いもせずに喋るなど有り得ないが、状況的に問い詰めるしかない。
「わらわの血統魔法は"霊脈に干渉し、記憶を読み取る"というものでございます。本来は霊脈を通じて記憶を読み取る事で、本人すら知らない人の記憶や誰も知らない土地の記憶などを映し、回収し、閲覧するというのが主な用途だったのですが……わらわの代で魔法の記憶にまで干渉できるようになりました。魔法生命の核を霊脈から回収したのもこの血統魔法の力です」
「今まで魔法生命の核を見つけたように大蛇の核がどこに行ったかも読み取れる……という事ですね?」
「はい、仰る通りです」
カヤは覚悟を決めたように目を閉じ、首を差し出すように少し上を向く。
この交渉が決裂すればマナリル側が自分を生かしておく意味が無いとわかっているのだろう。一か八か首ごと核の破壊を試みる可能性が高いと思って首を差し出している。
「ならまずは証明してほしい」
「え?」
目を閉じていたカヤがその言葉で目を開けるとアルムの真剣な眼差しと目が合った。
「あなたの言う血統魔法の力が本当なら……証明してほしい。霊脈を通じて人の記憶を見れるんだろう? 俺の記憶をここで映してあなたの言葉が真実だと証明してみせてくれ」
「で、ですが……その、見る人は選べても見れる記憶は選べません。万能ではないのです。あなたが知らない記憶や秘密にしたい記憶もこの場で再生されてしまいますよ……?」
アルム達に囲まれても毅然とした態度をとり続けていたカヤが初めて狼狽した様子を見せた。
これは血統魔法の力が嘘で取り繕おうとしているのか、それとも本当に記憶を公開する事に抵抗を感じているのか……アルム達には判断が出来ない。
「アルム、俺達は席を外すか? 本当だったら流石に俺達が見ていいものじゃあないだろう」
ずっと静観していたヴァンが口を開くが、アルムは首を横に振る。
「それだと証明になりません。直接話してた俺はカヤさんの事を信用してもいいと思い始めていますが俺だけ信用しても意味が無い。カヤさんの提示したメリットは対大蛇を考えれば大きい。大蛇の核が本当に本体のほうに行くかは今どうやっても証明できませんが……カヤさんが言った血統魔法の力だけはここでも本物と証明できる。信用するにしてもしないにしても判断する材料は全員で共有しておくべきです」
「それはそうだが……いいのか?」
「この中で記憶を見せてもいいのは自分くらいでしょう。他は女性だったり貴族としての機密だったり、血統魔法について探られてしまう。見れる記憶が選べないなら、なおさら自分しかしない」
あまりにも真っ当な意見にヴァンはため息をつきながら手をひらひらと振る。
お前の好きにしろ、の意だという事はすぐにわかった。
「では……よろしいのですね?」
「はい」
アルムが頷くと、カヤの周囲の空気が変わる。
万が一を考えての緊張が走る中、カヤはその血統魔法を唱えた。
「"放出領域固定"――【永久への星扉】」
空気が止まった。響くような言の葉が溶けていく。
どこからか現れた白い光が粒となってカヤの周囲を飛び交う。
無機質な取り調べ室に現れる幻想のような光景。まるで宙の星がここに映し出されているようだった。
カヤが手を前に出すと、カヤの周りを飛び交う白い光がその手に着地して……ふわっと柔らかく弾けた。
『アルムは大丈夫かい?』
『ああ、仮眠もとったしな』
光が弾けると中空に映像が映し出される。
映し出されたのは王都に来る馬車の中でしていたアルムとルクスの会話だった。
「あ、さっき話してたやつだー」
「記録用魔石の映像に似てるわね……」
吹き消された蝋燭の火のように映像は消えて、次の光が弾ける。
『ふわあ……しまった、また机で寝てしまった……』
今度は寮の部屋で目覚めたアルムの姿だった。
本を読みながら寝たのか起きた場所は机。手には本を持っている。
「ベッドで寝ないなんて不健康ですこと……」
「案外寝起きだらしないし」
寝起きのアルムの油断しきった姿を見ながら部屋の外はくすくすと笑い声が上がる。
その映像も消えて、次の光が弾けた。
『今日は疲れたな……』
「ひゃああああああああああ!?」
映された映像はアルムが上半身裸の姿だった。風呂に入る前らしい。
映像に映るアルムを見た瞬間、ミスティは耳まで真っ赤にしながら顔を両手で覆う。
「ミスティ殿しっかり!!」
「気を確かに! 上だけだから全然だよ!!」
「なるほど……女性は駄目ってこういう事ね」
「運が良ければ覗きたい放題の夢の魔法だなこりゃ……」
ぼそっと呟いたヴァルフトにグレースが蹴りを入れる中、また映像が変わった。
今度はベラルタ魔法学院の講堂だ。舞台の上で演劇をするアルムがいる。
次の映像はダブラマの地下遺跡にいる姿が、その次は南部のイプセ劇場でクエンティと戦うアルムの姿が映る。
「……どんどん遡ってるのか?」
「私も思った」
ルクスとエルミラの予想通り、何でもない一人の映像も一緒にいる映像も徐々に遡っているようだった。
南部に馬車で向かう姿、学院でなんでもない話をする姿、そしてその次に映ったのは……アルムと師匠が花畑の中心で涙する姿だった。
『アルム……。君をずっと、愛してる』
『師匠……。俺も、俺もだよ……! ありがとう……!』
その映像を見て涙ぐむベネッタ。先程までのような茶化す声もなく見守って次の映像に変わる。
映ったのはミスティの家の外で一緒にいるアルムとミスティの姿だ。
『アルムが……指につけてくださいませんか?』
『俺が?』
『はい……あの時のように……あなたに付けてほしいのです』
アルムがミスティの指に指輪を通すシーンになると、アルム以外の視線が一斉にミスティの手に集まった。
ミスティは照れながら小指の指輪を見せびらかすように手を少し挙げる。
『俺は教わったよ。誰かに助けられたから誰かを助けたいと思うんだって。
俺は教わったよ。そうやって誰かに助けられた自分が、また誰かを助けていって……誰かを救いたいって気持ちを繋いでいくんだって』
映像が二転三転し、映し出されるのはミレル。
懺悔するシラツユの姿と諭すアルムの姿。
カヤの周りを飛び交う白い光は次々とアルムの記憶を映し出していく。
『"魔力堆積"! 【天星魔砲】!』
今度は【原初の巨神】に向けて魔法を放つアルムの姿が。
血塗れになって放つその姿は映像とわかっていても鬼気迫る。
映し出される映像を懐かしみながら、または驚愕しながら辿る。
アルムという人間の人生が知っている事も知らない事も映し出されて……物語を見ているようだった。波乱万丈なアルムの人生にいつしかミスティ達の目は釘付けになっていく。
『行ってきますシスター』
『ああ、頑張りなよ!』
そしてミスティ達では知り得ない過去まで。
カレッラを出発する時のアルムが。今より少し幼く見えるのは気のせいだろうか。
『師匠! できた! できた……! 俺にも、できた……!』
『ああ、見ていたとも』
無属性魔法を初めて使いこなせるようになって泣くアルムの姿が。
『シスター……何で魔獣の解体してる時だけタバコ吸うんだ……』
『いひひ! 悪い悪い!』
狩った魔獣の肉を切るアルムの姿。
『シスターのシチューはおいしいなぁ……おかわり!』
『シスター、私もおかわりを貰えるかな』
『師匠ちゃんは五杯目だからなし!』
今より小さいアルムが師匠とシスターとシチューを食べる姿が。
『今のままではなれないね』
白い花畑の中心で泣く幼いアルムとそこに現れる師匠の姿が。
『俺、魔法使いになれるかな?』
夢に出逢い、目を輝かせる幼いアルムの姿が。
『うぁ……シスター? シスターどこぉ……? うう……どこ行っちゃったの……? すん……ぐすっ……しすたぁ……』
深夜に起きて泣きながらシスターを探す幼いアルムの姿が。
アルバムを見ているように次々と映し出されていく。
友人の幼い時の映像というのは興味深いようで、ミスティ達はそのまま映し出される映像を眺め続ける。
『うあうま……むあ!』
『あ、こらこら! ばっちいだろうが!』
そしてついにアルムがシスターに拾われる時にまで記憶は遡った。
シスターの姿もミスティ達と初めて出会った時より遥かに若く、アルムは当然赤ん坊なので幼いなんてものではない。黒髪と黒い瞳、そして顔立ちはうっすらとアルムの面影がある。
「シスターさん今も美人さんだけど若い頃もっと美人さんだー!」
「拾われたって言ってたけど、もろ山じゃない……」
「でもシスターさんに拾われて幸せそうだったね」
「はい、小さいアルム可愛かったです……」
幼い頃のアルムを見て反応は違えど楽しんだミスティ達。特にミスティはご満悦の様子で呆けている。
カヤの血統魔法の力は言った通りだったようで、一緒に見ていたアルムも特に訂正する部分はないのか映し出された自分の記憶について指摘する事はなく無言で映像を見つめていた。
「ともかく、これで血統魔法の事については本当だという事が証明されたようですね」
「ええ、カヤ殿についてはこの後――」
これで終わりかと全員が思った中……次の白い光がカヤの手の上で柔らかく弾けた。
『じゃあね役立たず。お母さんからの最後の願い。綺麗に骨まで食われなさい。生まれないまま死んでほしいって最初のお願いは聞いてくれなかったものね?』
突然映し出された映像にはくすんだ茶髪をした見知らぬ女性がいた。
そして先程シスターがアルムを拾った場所に捨てられる赤ん坊。
先程とは違う意味で、アルム達の視線は浮かび上がる映像に釘付けとなった。
『ああ、そうだ! 野犬に食われた事にしましょう! 子供を亡くした女になれば邪魔者はいないし男がまた寄ってくるかもしれないわ! 子供を亡くした可哀想な母親だなんて慰めたい男がいっぱいいるに違いないわ! そうと決まれば早く捨てに行かないと! さあ行こうか赤ちゃん?』
赤ん坊のアルムを喜々として捨てに行こうとする女の姿。
これがアルムを産んだ母親だとすれば自分の子供に名前すらつけない母親とは一体……どんな人物なのか。
『おろせないから産んだけど、やっぱ子供なんて邪魔なだけね……同情だけは引けたけど同情だけじゃ金にもなりゃしない。こんなんじゃ客もとれないじゃないのよ……うるせえ! 泣いてんじゃねえよガキ!!』
『ふふ、妊婦だからって理由でみんな気遣ってくれるから楽だわー……子持ちになったもっと楽になったりするかしら?』
『子供なんていらねえよー……金もねえし……。ざけやがって……』
『は? 私が妊娠? ちょっ、お医者さん冗談でしょ……? ねぇ、聞きたいんだけど、子供って腹ん中で勝手に死んでくれたりしないわけ? そっちのが私はありがたいんだけど』
そこでようやく浮かび上がった映像は完全に途切れ、カヤの周囲にあった白い光も全て消える。
記憶を遡って遡って、母親の中にいる時までカヤの血統魔法はアルムの記憶を鮮明に映し出した。
カヤ・クダラノの血統魔法が映すのは本人が持っている記憶ではなく、星が記憶したアルムの人生。
カヤは確かに言っていた。本人も知らない記憶まで……この血統魔法は映し出してしまうのだと。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今回長くて申し訳ないです。本当は二話に分けるつもりだったんですが……どうかお許しを……!




