775.アルム
王都の地下牢獄にはマナリルにとって有益になると判断された囚人が管理されている。
マナリルにとって有益な情報となれば当然他国の情報であり、この地下牢獄には他国の魔法使いが特に多い。
様々な条件と引き換えに情報を引き出すのだが……非協力的であればすぐに南部の監獄に送られるので大抵の囚人は素直に情報を吐き出す。有益でなければここにはいられないからだ。
王都の地下だけあって地上と繋がる入口は厳重であり、ベラルタ魔法学院の実技棟にも使われる魔石によってこの地下牢獄は作られている。宮廷魔法使い達の感知もかいくぐらなければいけないので脱走も無謀と言わざるを得ない。
「こちらです」
部屋に迎えに来た使用人の女性から地下牢獄を警備している衛兵がアルム達の案内を引き継ぎ、アルム達は地下牢獄へと下っていく。
壁も階段も地下牢獄というよりは研究所といったほうが近い無機質さだ。
真っ白で清潔感のある階段を下ると魔石が加工された扉があり、衛兵が魔石に魔力を通すとその扉は開いた。
「実技棟みたいだな」
「そうですね。流石は王都の地下牢獄ですわ」
先頭だったアルムはミスティと小声で話しながら衛兵の後に続く。
廊下を進んでいくとまた扉があり、その扉の先にはようやく地下牢獄らしい檻が現れる。
とはいっても、檻全てに囚人が収監されているわけではない。有益になると判断される囚人はやはり少ないのだろう。並んでいる檻の半分程しか囚人は収監されていなかった。
「あ、マキビ」
「え? ミレルにいた?」
何か売ってる、程度のテンションでアルムが檻の一つに入っているマキビを見つけると、エルミラが様子を見にアルムのとこまで駆けてくる。
檻の中のマキビもアルム達に気付いたのか手を振っていた。
マキビ・カモノは大百足に雇われていたカンパトーレの魔法使いであり、ルクスとエルミラが倒した相手だが……本人は特に恨みもない様子で、口の拘束具があっても笑顔だという事がわかる。
「このエリアはかなり協力的な囚人が収監されています。精神鑑定でもマナリルに比較的敵意がないと判断された囚人達なので、近いうちに出れる者もいるでしょう」
「そうなんですね、よかった」
案内の衛兵がしてくれた解説に安堵したのはルクスだった。
直接戦ったルクスとエルミラからするとマキビは敵ではあったが悪い人間ではないと知っている。最後の最後で大百足を裏切ったのが証拠といえば証拠だろう。
マキビの牢を過ぎて次のエリアまで進むと……打って変わってその雰囲気は少し重々しかった。光は最小限。牢屋も前と比べると厳重で、囚人の数は少ないが前のエリアよりも警備も多い。
何より牢屋の中にいる囚人の拘束が厳重で、口だけではなく手足まで拘束されていた。
「っげ……」
「ヴァルフト、静かに」
突然牢獄らしい雰囲気になったからか最後尾でそわそわし始めたヴァルフトをグレースが咎める。
流石に無駄口や雑談をする気にはなれなくなったからかこのエリアは無言で通り過ぎる。
途中通った牢の中にグレイシャのクーデターの際に雇われていたファルバス・マーグートや南部で事件を起こしたトヨヒメなどが収監されている事に気付くが……口と手足を拘束されている囚人を刺激するような行動をとるべきでない事は誰にでもわかる。なにより警備の目が特に厳しくアルム達を睨んでおり、そういった興味本位の行動を許さないかのように視線を光らせている。
「こちらへどうぞ」
重々しい雰囲気を持つエリアを抜けて、突き当りに設置されたの扉の先に行くと雰囲気が元に戻る。
研究所のような無機質さを感じさせる白い廊下だ。廊下には扉が等間隔で並んでいるが囚人を収監しているわけではなく、部屋の中には机と椅子だけが見える。
アルム達は衛兵に着いていくと、突き当りの部屋にまで案内された。
その部屋の中ではファニアとヴァンの二人と黒髪の女性が座っており、ファニアはすぐにアルム達の来訪に気付いた。
「待たせてすまなかったな。よく来てくれた」
ファニアは疲れた様子で部屋から出てくるとアルム達を歓迎する。
ヴァンは部屋の中で黒髪の女性を睨むように見張っていた。
「お疲れ様ですファニアさん。それで、自分達はどうすれば?」
「私達もわからないがあの女はアルムがいないと話さないとの一点張りでな……。アルムとの面会を情報提供の条件として承諾している。何とか話を引き出してほしい。
君達が帰郷期間の間、魔法生命の出現があまりに多い……ダブラマでの一件といい常世ノ国の残党勢力との取引で得た情報といいマナリルは大蛇の本体が現れるのも時間の問題だと思っている。情報はいくらあってもありがたい。大蛇の出現場所、宿主、能力……は呪法で無理か。都合のいい弱点などがあれば最高なんだがな……」
自分で言いながらそんな都合のいい事はないとファニアは思っているのだろう。
その顔には少し疲れも見えており、普段見せるきりっとした鋭さも少しキレがない。立場上アルムに命令してもいいものを、命令というよりも頼んでいるように聞こえる。
ファニアは数人となった宮廷魔法使いの中でも唯一魔法生命と遭遇しているのもあって帰郷期間中に起きた魔法生命の事件の調査に引っ張りだこなのかもしれない。
「私達は何を?」
「君達はどちらかといえばこの後だな。アルムが引き出した情報によってカルセシス陛下とご相談する事になる……気付いた事や引っ掛かった事があれば記憶し、意見してほしい。なにせ君達がどこまで魔法生命についての知識があるのかこちらは把握できていないからな、どれだけ不都合でも情報を共有するという形がベストだと判断した。今回ここに君達を招いたのもその一環だ」
「まぁ、普通学生に入らせないわよねここ……」
ファニアはアルムに部屋に入るように促す。
中で黒髪の女性を見張るヴァンもアルムを見て頷いた。
アルムが部屋に入ると外で待つミスティ達にも少し緊張が走る。
なにせ相手は魔法生命の核を霊脈から発掘できると言われるいわば元凶の一人。
今までの戦いを思えば複数人で捕虜として囲んでいる今でさえ油断はできない。
「アルム、やばそうだったら俺が止める。質問を躊躇うな」
「心強いです」
部屋の中で厳しい目付きのヴァンに耳打ちされながらアルムは黒髪の女性――カヤ・クダラノの向かいへと座った。
「アルム様……! お久しぶりです、わらわに会いに来てくださったのですね!」
「久しぶりですね、自分になら色々教えてくださるとか」
「はい、あなた様の嫁になる者として協力は当然です」
緊張が走る中、渦中の人物であるカヤは目の前にアルムが座るとその表情を明るくした。
服は初めて会った時と同じような民族衣装。黒髪は囚人とは思えぬほど美しく、黒い瞳はアルムを映しながら輝いている。
部屋の外でミスティが怒りに震えているようだが、エルミラとベネッタが宥めた。
「わらわはカンパトーレに匿われていたのですが、カンパトーレ国内でも大蛇様を崇める蛇神信仰が完全に広がり……もうこの首をマナリルへの土産にする他無いと思っていた所にあなた様は現れてくださいました。あのままカンパトーレに捕虜として連れ戻されていれば私は本懐を遂げられずに終わっていたでしょう。
流石はわらわが嫁ぐ御方……同じ"分岐点に立つ者"である事を含めてこれはもう運命ですね」
部屋の外でミスティの気配が大きくなる。心なしか周囲の気温が下がったような気さえした。
表情はそのままなのは流石だが、よく見なくても怒っているのは間違いない。
「悪いが……俺には恋人がいるんだ、あなたの期待には応えられない」
アルムははっきりとそう言って窓の向こうにいるミスティのほうを見る。
瞬間、ミスティの雰囲気が穏やかに戻っていった。乙女心は時に迷宮より複雑で時に一本道のように単純なのだ。
「ええ、今がどうだろうと構いませんよ。最終的にあなたの隣にいるのはわらわになるのですから」
「……?」
しかしアルムに断られてもカヤはまるで未来が見えるかのようにそう断言した。
その表情は悪意を持っているわけでもなく、ミスティに向けて挑戦状を突き付けているような感じでもない。
何より奇妙だったのが……普段アルムがミスティから感じているような恋慕の感情があるわけでもない。
これ以上言っても考えを変えさせるのは難しそうだと判断したアルムは話を変える。
「自分相手なら情報を提供してくれると言っていましたが……他の人がいる場でもそれは可能ですか?」
「はい、それでもこの状態で話せる情報は全てお話しますよ。わらわが恐れていたのはわらわの話がアルム様に一つも伝わらない事ですから」
「助かります。それならまずは……今マナリルは大蛇の脅威に晒されている。各地にあいつの首が召喚されているが、それでも大蛇の情報がほとんどない状態だ。いずれ来る大蛇の本体との戦闘のために……大蛇に関連した情報が一番欲しい。あの魔法生命と繋がっているわけではないという疑いを晴らす意味でも」
「ここにお集まりの皆様全員が納得する有益な情報を、というわけですね?」
アルムは頷く。
カヤはそれでは、と自分の首に手を当てた。
「ここに核があります」
「……はい?」
「大蛇様の情報でしょう? ですから、ここに核があります」
部屋の中にいるアルムとヴァンだけでなく、外で聞いていたミスティ達も凍り付いたように思考が止まる。
確かにアルム相手なら情報を提供するという条件だった。だがあまりに核心的な情報に目の前で聞いていたアルムまでも一瞬言葉を失った。
「わらわはこの時代における大蛇の核を持つ宿主でございます。大蛇様と敵対している皆様にとって有益な情報ではないでしょうか?」
部屋の外でファニアが腰の剣に手をかける。
この女の首を刎ねれば、全てが終わるのかと。
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