774.雨音の中2
「あんたらも!?」
「私達が休暇を楽しんでいる途中、ラヴァーフル領に現れましたわ」
「ラヴァーフル領は南部だったよな?」
「ええ、ラヴァーフル領はダンロードの庭に所属していないので観光も自由ですのよ? あなた方も是非一度はお越しくださいな、歓迎いたしますわ」
アルムはラーニャから聞いた話を思い出す。
ラーニャが調査した活性化した霊脈の中に南部の名前は出てきていなかった。
つまり霊脈がある所ならどこも現れる事が出来るという事か。
「てか……あんたら帰郷期間一緒だったの?」
「うちらだけじゃなくてネロっちとフロっちもいたし」
「ネロエラさんとフロリアさんも……? 何といいますか、ベラルタ以外でも遊んでいるのは想像つかない面々ですわね?」
ミスティがそう言うとフラフィネはサンベリーナを指差した。
「うちがサンベリっちに誘われて海行こうって話になって王都に水着買いに来たら」
「私がネロエラさんとフロリアさん、それにグレースさんと偶然お会いした所を誘いまして」
サンベリーナは少し離れて座るグレースを扇で差し示す。
「……私は断ったけどネロエラとフロリアに強引に連れられて」
「そんでたまたま帰郷期間前に王城に呼ばれてた俺様が水着見たさに空飛ぶ移動手段になるって下心満載の約束で一緒にいたってわけだ!」
「あんたら仲良いわね……」
意外そうにサンベリーナ達を見つめるエルミラ。
考えてみれば数少ない三年生同士、話も合えば交流したいと思うのは当然のことなのかもしれないが、改めて纏まって遊びに行っていたと言われると驚きが勝る。
「あなた達に言われても……それにこちらは一人すけべなだけですし」
「おいおいレベル高い女ってわかってる同期生の水着だぜ!? 男ならそりゃ好機とばかりに行くだろうよ! いや行かなきゃ男じゃねえ……! たとえただの移動手段に使われているだけだとしても……可愛い女の水着が見たいのは男の共通の願望だろうがぁ!!」
ヴァルフトは胸を張って、自分が言うべきだと思った事を言いきった。
水着目的であるという事を隠さずに堂々と、同期だからと恥ずかしさで照れ隠しすることもない。
俺は同期の水着が目的で着いていった。ある意味男らしくある宣言と言えるかもしれない。
自分の欲望を隠さない姿は裸一貫の獅子のごとく。ただの移動手段としての扱いが獅子らしいかは別の話である。
「ヴァルフト、気持ちはわかるけど……女性が多いここでは言わないほうがいいんじゃないかな?」
ルクスは生暖かい目でヴァルフトを注意しながら肩を優しく叩く。
堂々と言い切ったヴァルフトだったが、堂々と言ったからといって心証がよくなるわけではなく……部屋にいる女性陣からの視線は冷ややかだった。
「もう少し慎ましくと言いますか……」
「最低とまでは言わないけど、もう少し考えなさいよね」
「ヴァルフトくんそういうのは頭の中で考えるだけにしないとー……」
「だからモテないんですのよ」
「わかってたけど変態だし」
「〇ね」
容赦ない女性陣からの忠告含めた罵詈雑言。
だがそれでもヴァルフトは誇らしく腕を組んで佇んでいる。
どれだけの罵倒を浴びようとも俺に後悔は無い、とでも言いたげな様子だ。
実際、移動手段となってサンベリーナ達の水着姿を目に焼き付けたからこそこの堂々っぷりなのかもしれない。
「サンベリーナとフラフィネ以外は大丈夫だったのか?」
「戦ったって言ってもほとんどサンベリっちが倒したし」
「何を仰いますのフラフィネさん、あれは皆様がいらっしゃったからこその勝利ですわ」
「こういう時も自分凄いって言えばいいし」
「事実を捻じ曲げて手に入れる栄光など私は着飾りたくありませんわ」
サンベリーナが謙遜……するわけがないので恐らくは本気でそう思っているのだろう。
二人の譲り合いのようなものを聞いていたグレースが面倒臭そうに眼鏡の位置を直しながら話を補足する。
「実際はサンベリーナとフラフィネ、それとネロエラが基本的に戦ったのよ。私とフロリアは戦闘向きじゃないし、ヴァルフトはひたすら足の悪い老人やら子供やらを避難させていたから」
「おお、やるねヴァルフト」
「だろ? 水着分くらいは働いたつもりだぜ。褒めろ褒めろ」
ルクスの手放しの賞賛もどこか台無しにしてしまうヴァルフト。
こんな事を言えるのも勝ったからこそと思えば微笑ましいか。女性陣の視線は相変わらずだ。
「それでフロリアとネロエラは?」
「どちらも大きな怪我はありませんわ」
「それならよかった……ここにいなくて少し不安になってな」
「アルムさんが思ってるような大怪我を負ったとかではありません。ただ正式に得ていない部隊長権限を使って私のとこの衛兵を動かしたのが少し問題だったので各所に報告しているのと……」
「と?」
サンベリーナは一つ間を置いて不服そうにため息をつく。
「フロリアさんは水着で避難誘導したせいかそれが平民の間で話題になったようで……取材やスカウトからの連絡に追われてるだけです」
「あ、そう……平和な理由で何よりだわ」
「フロリア、スタイルいいもんねー」
エルミラが呆れたような笑いを浮かべるが、サンベリーナは扇を勢いよく開いた。
「何故私のところにはそういったお話が来ませんの!? 私も水着でしたのよ!?」
「どこを悔しがってるし……」
「サンベリーナさんの領地で起きた一件ですわよね……? 自分が住む領地の次期領主を水着で売り出そうと思うのは中々難しいといいますか、平民からすると畏れ多い事なのではありませんか?」
「ふむ、なるほど……そういう事情でしたら仕方ありません。全く遠慮なさらずともよろしいですのにね? 確かに私のにじみ出る高貴さに怯んでしまう気持ちもわかりますが」
ミスティに丸め込まれたかと思えばサンベリーナはそれっぽいポーズをとる。
隣でそのポーズを見ていたエルミラの頭の中に、残念美人、という言葉は浮かび上がったが本人は怪我が治ったせいかいつもより楽しそうだったので言わない事にした。
「ち、ちなみにアルムはその……私の……み、みずぎ……姿とかは……」
「水着が何だ?」
「い、いえ! なんでもありませんわ!」
ミスティは顔を赤らめながら出かかった質問を引っ込める。
アルムの表情が真剣だったからかタイミングではないと思ったようだ。
「……サンベリーナ、印象を聞きたい」
「印象ですか?」
聞き返されてアルムは頷く。
「なんでもいい。気になったことはないか?」
「気になったことですか……」
サンベリーナはその時のことを思い出すように腕を組む。
「申し訳ありません。あなた達のように魔法生命との遭遇回数が多いわけではないですし……何より必死でしたから」
「そうか……変な事聞いて悪かった」
「いえ、あなたの事です。何か気になるんでしょう?」
「ああ、少しな……」
アルムはそれを聞いて考え込むように口元に手を当てる。
その時、客室の扉がノックされた。入るように促すと王城の使用人であろう女性が一礼してアルム達に告げる。
「皆様お待たせしました。こちらへどうぞ」
女性に連れられてアルム達は立ち上がる。
魔法生命事件の発端その一人……常世ノ国の巫女カヤ・クダラノに会うために。




